新型コロナウイルス感染症危機は医療機器業界に商機をもたらすでしょうか
新型コロナウイルス感染症危機は医療機器業界に商機をもたらすでしょうか

新型コロナウイルス感染症危機は医療機器業界に商機をもたらすでしょうか


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は医療機器業界に大きな影響を与えましたが、そのイノベーションの必要性はかつてないほどに高まっています。EYの年次レポートに、2019年の評価と今後の見通しをまとめました。


EY Japanの視点

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は、医療機器業界にも大きな影響を与えており、企業には迅速なビジネスモデルやサプライチェーンの改善のみならず、デジタル化への変革が求められています。
ソーシャルディスタンスが必要な社会では、オンライン診療などの遠隔医療が重要なライフラインとなりつつあり、医療のバーチャル技術を利用した遠隔型ビジネスモデルへの移行は、2020年の年明けには想像し得なかったスピードで加速しています。

日本においても、今年4月に電話・オンライン診療が時限的に解禁されました。足元ではオンライン診療に係る適切な在り方が議論されています。これまで医療機器業界は臨床データの上に成り立ち、データを保護すべき資産としてみなしてきましたが、今日さまざまなデータがあふれる社会においては、これらデータの利活用に必要なデジタル能力の構築に投資を行うことが必要となっています。


EY Japanの窓口

大岡 考亨
EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング & エコノミクス パートナー

要点

  • あらゆる変化が過去18カ月間に凝縮されており、同セクターの企業は新世代の医療に軸足を移しつつある。
  • パンデミックと地政学的懸念でサプライチェーンの問題が起きている一方、規制のハードルは大幅に引き下げられた。
  • 医療機器業界は、データ主導型のデジタル機器を先端コネクテッドヘルスエコシステムに取り込む新たな時代の先駆けとなることができる。

医療機器業界にとって、2019年はそれほど前年と変わらない年でした。売上は引き続き1桁台の伸び(6.3%)を示し、研究開発投資は対前年比で11.5%の増加、成長率も2桁台と2007~08年の金融危機以前の状態に戻しています。

ところが2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起きたことで、未来の可能性はたちまち喫緊の課題となりました。医療機器業界が危機と機会の分岐点に立つ中、EYのグローバルライフサイエンスはPulse of the industry(PDF、英語版のみ)第14号を発表しました。

ソーシャルディスタンスが求められる今日において、医療技術で実現する遠隔医療が重要なライフラインとなる一方、サプライチェーンの多くではいまだ混乱が続いています。イノベーションの重要性がかつてないほど高まっているものの、スタートアップ企業はIPOとベンチャーキャピタルの不確実性に直面しています。これまでは、規制当局とのエコシステムパートナーシップやコラボレーションは不可能と考えられてきましたが、各国政府が解決策を見いだそうと懸命になっている今、それが現実味を帯びてきました。

Pulse of the industry 2020では過去18カ月間、すなわち新型コロナウイルス感染症のパンデミックなど誰も耳にしたことがなかったときから、それが不可避の現実となったときまでを振り返り、次の段階、さらにその先の未来を見据えた検証を行っています。レポート全文(PDF、英語版のみ)では、主要な医療機器企業の幹部とソートリーダーの見解も紹介しています。

2020年版のPulseレポートをダウンロードする(英語版のみ)

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第1章

2019年を振り返り、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を検証する

医療機器業界の直近の業績・資金調達・M&Aデータを見ると、混乱に見舞われた不確実なこの時期になぜ明るい見通しを持つことができるのか、その理由が分かります。

2010年代は、医療機器業界の業績が堅調に推移しました。2007年~08年の金融危機では医療機器業界とその他多くの業界が大きな打撃を受けましたが、その後の10年間は力強いファンダメンタルズと、投資家のセクターに対する信頼感の高さによって医療機器業界は復活を遂げました。年間売上成長率は21世紀初頭の数年間の高水準には戻っていないものの、研究開発の伸びをはじめ、2019年も堅調に推移しました。

2000~19年の医療機器業界

2020年通年の財務データは未入手のため、パンデミック(および、それによって生じた社会経済の混乱)が医療機器業界に与えた影響を評価することはできませんが、2020年の財務状況が、2019年をはじめ過去10年間と大きく異なることは明らかです。

2020年第1・第2四半期の財務報告を分析した結果、米国の医療機器大手(年間売上が5億米ドル超の医療機器専業企業)とコングロマリットのうち、総売上が5%減少した企業は約3分の2に上ることが分かりました。ただし、実際の数字には大きなばらつきがあります。

中でも、選択的手術用の機器を主に扱う企業が受けた影響は、より大きなものでした。2020年第2四半期は、新型コロナウイルス感染症の治療が最優先される病院への入院を患者が避けたからです。これとは対照的に、診断用機器を主力とする企業はパンデミックにより需要が高まり、売上を大幅に伸ばしました。

医療機器企業は2020年の混乱を乗り切り、業績を2010年代の水準に戻す、あるいはその水準を超えることができるのでしょうか? 業界の直近の業績・資金調達・M&Aデータを精査したところ、おおむね肯定的な結果になりました。ただし、懸念材料もいくつかあります。

2020年に医療機器企業のバリュエーションが再び上昇

2020年になりここまで、医療機器企業の主要指標の中で特に際立っているのが、投資家の信頼感です。医療機器企業のバリュエーションは、より広範な市場と同様に低下していたものの、2020年3月下旬には底を打ち、その後の数カ月で力強い回復を遂げました。2020年8月末までに、医療機器企業のバリュエーションは2019年1月比で50%上昇しました。これはニューヨーク証券取引所やS&P 500などの幅広い総合指数(同時期の上昇幅はそれぞれ15%と40%)の反発をはるかに上回る数字です。

デジタルヘルス企業は65%上昇と、さらに堅調な回復を遂げました。その要因と考えられるのが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで利用が増えたオンライン診療など遠隔テクノロジーに対し、投資家の期待が高まったことです。一方、主要な医療機器企業のパフォーマンスは営利・非営利を問わず、大手製薬会社(2018年1月比でバリュエーションが18%上昇)やバイオテック企業(同40%上昇)のそれを優に上回っています。

医療機器企業のバリュエーション上昇の主要因となったのは非画像診断セグメントです。2019年1月から2020年8月までにバリュエーションが116%上昇し、他セグメントの2倍を超す増加となりました。その背景の1つは、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を食い止めるために、新たな診断ツールが至急求められていることです。診断検査事業を手がけるQuidelのバリュエーションは、新型コロナウイルスへの感染を検出する同社の迅速なポイントオブケア検査に米国食品医薬品局(FDA)が緊急使用許可(EUA)を与えたことから、331%も跳ね上がりました。

長期的には、パンデミックが非画像診断の成長ドライバーの役割を果たす可能性があります。例えばExact Scienceは、同社の結腸がん在宅検査キットCologuardの利用が倍増して170万件となり、売上も93%増の8億7,600万米ドルに達しました。

資金調達:大手企業は債務が膨らみ、スタートアップ企業も不確実性に直面

医療機器業界が2019年7月から2020年6月までの1年間に調達した資金は、前年同期から2倍以上増えて過去最高の571億米ドルを記録しました。中でも、356億米ドルと全体の40%超を占めているのが公募債の発行による資金調達です。その背景には、歴史的な低金利があります。5億米ドル以上を調達した企業は過去最高の18社に上ります。調達額はThermo Fisher Scientific 1社だけで実に92億米ドルです。

医療機器業界では資金調達が急増したものの、低金利資金と借入による資金調達が中心

ただし、借入による資金調達と追加資金調達(同時期の資金調達額の約23%)を主に行っているのは大手の医療機器企業であり、業界の研究開発をけん引する中小企業ではありません。「イノベーション資金」(業界の主要な非営利企業が調達する資金)の総額は184億米ドルに減少し、資金調達額全体の32%(過去10年間の平均47%から減少)を占めるにとどまっています。

同時期、IPOとベンチャーキャピタル(VC)という2つの資金調達手段の利用は、借入による資金調達と追加資金調達のそれを下回りました。この2つの方法に頼っている、創業まもない企業にとっては厳しい状況です。また、IPOは史上3番目に高い総額32億米ドルを記録しましたが、このうちの約85%をわずか3つの案件が占めており、案件数は10年間で最も少ない14件でした。対象となる12カ月間に実施されたIPOのほとんどは、今回の危機の影響が出始める前の2019年第3四半期に集中しています。2020年第1・2四半期は、IPO活動が激減しました。

M&A:2021年に揺り戻しはあるのか

新型コロナウイルス感染症拡大の影響による混乱が特に顕著なのは、業界全体のM&Aのパフォーマンスです。2019年7月から2020年6月の1年間のM&A関連支出は271億米ドルにとどまり、前年同期比60%減でした。2020年8月、Thermo Fisher Scientificが125億米ドルでのQiagen買収を断念したため、既に低水準にあった取引総額がさらに減少しています。感染症などの分子診断に力を入れるQiagenは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、2020年上半期の営業利益が84%も急増しました。そのため、Thermo Fisher Scientificが提示した金額に株主が応じなかったのです。

これに次ぐ大型案件は、整形外科用機器メーカーであるWright Medicalの、Strykerによる54億米ドル規模の買収計画です。2020年9月時点では米国と英国の規制当局の審査を受けています。しかし、M&Aが受けた影響は、100億米ドルを超える「メガディール」の減少だけではありません。メガディール以外の案件の取引総額も41%減少し、業界全体の平均取引金額は前年の4億6,300万米ドルから1億6,700万米ドルに縮小しました。

M&A、IPO、VCによる資金調達の低迷により、主要なイノベーションの源泉をこうした資金に頼るスタートアップや小規模な企業が集中的に影響を受けることが懸念されています。イノベーションサイクルを回し続けるには、大手医療機器企業がパートナーシップ、インキュベーター、マイルストーン払いなど別のアプローチを検討する必要があるかもしれません(2007年~08年の金融危機の余波に対処するため、これら企業がよく採用していた戦略です)。

しかし、大手の医療機器企業が近い将来の買収加速を視野に入れている可能性もうかがえます。新型コロナウイルス感染症のパンデミックに端を発した経済的に不確実な現状を切り抜けることができるか、小規模な企業だけでなく中堅企業でさえもが自問する今、買い手市場になる可能性があります。一方、先に述べたように、大手医療機器企業は借入による資金調達と追加資金調達で資本を増強しており、現在、潤沢なM&A資金を有しています。

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第2章

危機から生まれる機会:次の段階とその先の未来を視野に入れる

新型コロナウイルス感染症のパンデミックがもたらした課題は、ビジネスモデル、サプライチェーン、規制当局との関係に改善の余地があることを浮き彫りにしました。

医療機器業界のトランスフォーメーションの根底にある要因は、ここ数年で次第に顕在化してきました。今回のパンデミックは多くの点でこうした要因を強め、緊急性を高めています。コネクテッドデバイスの隆盛によって医療機器業界でもIoT化が広まりつつあり、臨床アウトカムをデータ主導で改善する新たな機会が開かれようとしています。一方、医療システムについてはますます予算の制約が厳しくなっており、患者である消費者は、もっと顧客寄りの医療体験への要望を強めています。

今こそ、医療機器業界が限界に向き合い、次の段階とその先の未来に成長を遂げるべく体制を強化するチャンスといえます。対処すべき課題は以下の3つです。

1. ビジネスモデルを変える

2020年初め、米国の医師の80%はオンライン診療を利用していませんでした。しかし、それから6カ月後には95%がバーチャルテクノロジーの利用を増やし、そのうち58%は利用増加率が50%を超えたことが、EYが実施した調査から分かりました。医療のバーチャル技術を利用した遠隔型ビジネスモデルへの移行は、年始には想像し得なかったスピードで加速しています。

慢性疾患の遠隔医療の必要性がにわかに、かつてないほど身近になっています。医療機器業界は既に先頭に立ってこの新モデルを提供しており、特に新しい診断用機器の台頭や、遠隔医療への診断用機器組み込みなどに取り組んでいます。日常を奪われる中、世界中の人々が、慢性疾患だけでなく心と身体の健康維持という課題に直面しています。これを踏まえ、FDAは2020年4月、メンタルヘルス危機の阻止を目的に、行動療法向け医療機器の上市のハードルを引き下げました。

とはいえ、ビジネスモデルの変更すべてがオンライン診療に向けられているわけではありません。医療には新たな課題が浮上しており、それに対処するための画期的な新しいイノベーションが必要です。医療機器企業は2020年に入り、新型コロナウイルス感染症危機を管理するための医療機器を迅速に設計、設計変更、改造するだけでなく、画期的な商品の開発も目指してきました。最近の一例として、ExThera Medicalの血液フィルターSeraph 100 Microbindが挙げられます。これは、病原体の同定前であっても血中の病原体を減らすことができるファーストインクラスの医療機器です。

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医療機器企業は、ダイナミックでコネクテッドなエコシステムにおいて信頼されるパートナーとしての立ち位置を確立させるべく、新しいビジネスモデルを進化させる必要があります。

    2020年は、効率的な製造メーカーの重要性も高まっています。個人用防護具や人工呼吸器、診断用機器をはじめ、病院に不可欠な医療機器の大量かつスピーディーな納入を、全世界の医療システムが必要としています。強固で俊敏な製造・流通システムを整備した効率的な製造メーカーは、パンデミックによる混乱の軽減に取り組む医療機器業界の最前線にいます。こうした混乱の中で特に大きな問題となっているのが、グローバルなサプライチェーンへの影響です。


    2. サプライチェーンのトランスフォーメーション

    医療機器業界のサプライチェーン問題は2020年に始まったものではありません。以前から、規制当局と企業双方の透明性の欠如や、中間業者や柔軟性を欠いたレガシーシステムによる効率の悪さは指摘されてきました。サプライチェーンの可視化と効率化を巡る問題はこれまでも業界内での議題となっており、各企業はこうした問題への対処、コストの削減、顧客の需要の変化に的確に対応するためのアナリティクスの使用拡大を検討しています。


    また、グローバル経営モデルに対する国家主義的な批判も、パンデミック以前から存在しました。今後、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがどのように展開するとしても、こうした緊張関係が続くことは確実と見られています。医療機器企業は当面の間、政治の世界的分断を覚悟する必要があります。

    Ernst and Young LLPと先進医療技術工業会(AdvaMed)が共同で開催した医療機器企業CEOとのラウンドテーブルにおいて、業界では企業が余剰のためではなく効率のために規模を調整しているという話がありました。デジタルテクノロジーとデータは、サプライヤーにどの程度の余剰があり、増産が可能かどうかを把握するために利用できると述べた参加者もいます。長期的には、渡航制限だけでなく、米国内の州外移動制限が続く状況に業界として対応する必要があるでしょう。また供給基盤を守るために、製造拠点の一部を米国か欧州に戻す必要もあるかもしれません。

    ビジネスモデルが変われば、新たなサプライチェーン問題も生じるでしょう。「いつでもどこでも」というモデルである遠隔医療の台頭を例に考えてみます。医療機器企業がこの変化に合わせてサプライチェーンをシフトさせるにはどうすればよいでしょうか? さらに、医療機器のスマート化が進みソフトウエアやデータへの依存が高まるにつれ、医療機器企業には、自社の機器に対するより幅広い製品ライフサイクルのアプローチがこれまで以上に求められることになります。

    3. 規制改革

    今回のパンデミックでビジネスが長期的に受ける影響がどのようなものであれ、既に規制規範の在り方が変わったことが見て取れます。米国では商品供給への懸念から、政策当局者のサプライチェーンへの関与が強化されただけでなく、市場参入障壁が大幅に撤廃されました。2020年2月以降にFDAが与えた緊急使用許可(EUA)は250件を超えています。このEUAの対象となる商品は、体外診断などの検査キット、個人用防護具、人工呼吸器やその代用として使用できる機器などさまざまです。

    緊急使用許可

    規制規則の緩和が行われているのはEUAだけ、米国内だけではありません。そして、上市が早められたのも医療機器の新商品だけでなく、新規参入者もその対象です。例えば、業界外から参入した複数の企業と医療機器企業が協力し、生命維持に必要な機器の需要に応じました。規制当局の寛容な姿勢によって、2020年はセクター内でのコラボレーションも容易になっています。米国司法省と連邦取引委員会は、今回の危機が続く間は、医療機器サプライヤーが協働しても独占禁止法に違反したことにはならず、必要に応じて能力や専門知識・技術を共有できることを認めました。

    FDAなどの規制機関が理解ある姿勢を示していることで、今後の規制の在り方を構築する大きな機会が生まれています。そこでは、パートナーシップの果たす役割が一層重要になるはずです。FDAが提案するAI管理のアプローチを例に考えてみましょう。FDAは、商品を個別に規制するのではなく、ソフトウエアとアナリティクスを市場に投入する実行能力のあるパートナーとして、企業をより広範に、継続的に評価することになります。規制当局の賛同を得たことで、医療機器業界はこのトランスフォーメーションを進め、デジタル新時代の先駆けとなることができます。データ主導型のスマートデバイスが業界に変革をもたらすかもしれません。

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    第3章

    デジタルヘルス:近い将来の夢が今、現実に

    この分野の課題は一つずつクリアされてきました。それでも医療機器業界内部には多くの障害が残っています。いつになったらこうした状況が変わるのでしょうか。

    医療機器業界は常に臨床データの上に成り立ってきました。一方、私たちの周りで進化するデジタル世界は、これまでよりはるかに幅広く充実したデータをもたらします。環境データからライフスタイルデータ、体内外で集められた生物学的プロセスのリアルタイムデータに至るまで、私たちはさまざまなデータがあふれる社会に暮らしています。こうしたデータは、医療の在り方を変える可能性を秘めています。

    ステークホルダーはこのことを認識しています。そしてステークホルダーは、データが不足していることではなく、統合されていないことが今の課題であることも認識しています。生成されたデータがサイロ化されてしまっているのが現状です。このデータをまとめるには複数の課題があります。これらの課題の一部は技術的なもののため、テクノロジーの急速な進歩によって克服できると期待されています。

    他の課題は規制関連です。新型コロナウイルス感染症危機は、現状に合わせた規制の見直しがいかに迅速に行われるかを示しました。今必要なのは、この見直しを続け、医療の在り方を変え得るデータの利用を可能にすることです。

    データ共有に対する消費者の意思という課題もあります。これまではデータプライバシーが障害となってきましたが、2020年4月に実施したEY Future Consumer Index調査の結果から、消費者の56%が、感染クラスターの監視と追跡に役立つのであれば個人データを提供してもよいと考えていることが分かりました。そうなれば、新たなビジネスモデルの道が開ける可能性があります。

    消費者がデータを共有する理由

    とはいえ、医療機器分野におけるビジネスモデルのデータ主導型トランスフォーメーションを阻む最大の障害となってきたのは、おそらく変化の受け入れに消極的な業界の姿勢です。医療機器へのソフトウエアや接続機能組み込みが進む一方で、増え続ける大量の実環境データへのアクセスと利用に必要なデジタル能力の構築に多大な投資をすることを、多くの企業は躊躇してきました。

    2020年に起きた事象は、医療機器業界と広範なライフサイエンス業界に対し、デジタル化を加速させることの必要性を実証するかもしれません。慢性疾患や健康維持を対象とした遠隔医療モデルへの移行の鍵を握るのが、デジタルテクノロジーです。今回のパンデミックを受け、その需要は急増しています。医療機器企業のバリュエーションは、ライフサイエンス分野のその他のセクターより堅調に推移しています。投資家の間で特に人気が高いのがデジタルヘルス分野です。Rock HealthのDigital Health Public Indexは2019年1月から2020年8月までの間に65%上昇しました。

    実際、デジタルヘルス分野で史上最大規模のM&A投資が行われたのは2020年8月(本レポートのM&Aデータの集計対象期間外)です。Teladoc HealthがLivongoを185億米ドルで買収すると発表しました。これは、巨大ヘルステクノロジー企業を誕生させ、デジタルヘルス企業のバリュエーション水準を新たな高みに引き上げる、潜在的な変革となる動きです。

    Livongoは、糖尿病など慢性疾患の管理テクノロジーを提供している企業です。今回の買収により、米国内だけでなくTeladoc Healthが事業展開する175カ国で、Livongoのテクノロジーが利用可能になります。このデジタル企業2社が、従来型の大手医療機器企業やシリコンバレーの巨大企業の傘下に入るのではなく、独力で新たな自社プラットフォームの構築に乗り出したことも注目に値します。

    このようなデジタルトランスフォーメーションの取り組みを阻む、最後の障害となり得るのが医療機器企業自体の文化です。そこでは、共有することで価値が得られるリソースとしてではなく、保護すべき所有資産としてデータを見なしています。ところが、新型コロナウイルス感染症危機により、企業は独占禁止法違反のリスクを冒すことなく協業できるようになりました。データを基にした、顧客や競業他社とのコラボレーションの拡大は、パンデミックが去った後も長期にわたって続く医療機器業界の将来成長の可能性を切り開きます。


    サマリー

    医療機器業界は、危機と機会、そして過去と新型コロナウイルス感染症のパンデミックを乗り越えたときに私たちが創造する未来の岐路に立っています。在宅による遠隔診療や、病院や診療所から離れた場所での疾患管理を可能にする新たな診断ツールとデジタルヘルスは、今回の危機が収束した後も⻑期にわたって成⻑をけん引するでしょう。


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    医療機器企業は、ダイナミックでコネクテッドなエコシステムにおいて信頼されるパートナーとしての立ち位置を確立させるべく、新しいビジネスモデルを進化させる必要があります。