IPO企業のビジネスモデル多様化:ファイナンス環境が回復傾向にある2023年。24年以降のIPOの展望とは? ~東証常務青氏とEYパートナー藤原選が熱論を交わす

IPO企業のビジネスモデル多様化:ファイナンス環境が回復傾向にある2023年。24年以降のIPOの展望とは? ~東証常務青氏とEYパートナー藤原選が熱論を交わす


宇宙ベンチャーの上場などIPO企業のビジネスモデルが多様化した2023年。ファイナンス環境も回復傾向にあり、IPOを取り巻く環境はより良くなると考えて良いのでしょうか。

EY新日本で数多くスタートアップのIPO業務に携わる藤原選が、東京証券取引所(以下、東証)青克美取締役常務執行役員をお招きして、2023年のIPOの振り返りと24年以降の動向について探っていきます。


要点

  • 2023年の国内IPO社数は124社(TOKYO PRO Market :TPM込み)で22年の111社から13社増加。なお、「一般市場」では、IPO社数が92社と、22年の90社から2社増加の微増。グロース市場では65社と、22年のマザーズ込みの70社から5社減少の微減。そしてTPMのIPO社数が22年の21社から、23年は32社と、11社の大幅な増加。
  • 業種別に見ると、情報・通信業とサービス業のIPOが中心。特にSaaSやAI等のIT系テック企業やDX推進企業が多かった。また政府のスタートアップ推進政策の1つであるDeep Tech企業のIPOも注目された。特に宇宙ベンチャー企業の2社のIPOが実現したのが印象的だった。
  • 23年はファイナンス環境が回復傾向にあり、投資家のリスクオフの姿勢も緩み始めている。24年はIPO企業数のベースラインは90社から100社と予想。



株式会社東京証券取引所 取締役常務執行役員 青 克美 氏(写真右)、 EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンターIPOグループ統括 公認会計士 藤原 選(写真左)

<プロフィール>

ゲスト:株式会社東京証券取引所 取締役常務執行役員 青 克美 氏(写真右)

東京証券取引所に入所後、上場関係業務を中心に担当。その後、総務部⻑、⼈事部⻑、株式部⻑を経て、2016 年から執行役員(上場担当)に就任、22年から常務執行役員(上場担当・上場推進担当)、23年より現職。 
現在、新規上場制度・適時開示制度を含む上場制度全般の企画・運用、東証の新市場区分の創設およびそのフォローアップ、上場会社のコーポレート・ガバナンス向上、新規上場の支援などに尽力。

モデレーター: EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンターIPOグループ統括 公認会計士 藤原 選(写真左)

オーナー系企業やスタートアップを中心に20年以上にわたり多数のIPO業務を経験するとともにスタートアップの支援に注力。
日本医療ベンチャー協会理事(現任)、経済産業省「Healthcare Innovation Hub」アドバイザー(現任)。
厚生労働省調査研究事業委員を務めた他、経済産業省などが主催するビジネスコンテストでの審査員経験も多数。 
主な著書(共著)に、『金庫株の資本戦略(ぎょうせい、2003年)』『外食産業のしくみと会計実務Q&A(中央経済社、2015年)』がある。




2023年は直近10年で2番目のIPO社数
投資家のリスクオフ緩和の影響か

藤原選(以下、藤原) TOKYO PRO Market込みの国内IPOベースで124社と、2022年の111社から13社増加しています。一方グロース市場ベースでは65社と、2022年の70社から5社の減少となっています。2023年のIPOの状況やマーケット市況についてどのようにお考えでしょうか?

青克美 氏(以下、青 氏) 2023年は、直近10年の中で2番目に多いIPO社数となりました。23年は欧米金融機関の破綻・経営資金への懸念などから上場予定時期を見直す企業も幾つかありました。
ただ投資家の2022年に続くリスクオフの動きが少し落ち着いてきたと捉えておりまして、その結果IPOの社数は高めの水準に落ち着いたのではないかと思っています。なお23年後半について、株価の観点では、東証グロース市場指数が低迷して投資家の姿勢が慎重になったとの声も、たしかに聞かれております。しかし22年に予定していたIPOを延期した企業の一部が23年以降に無事IPOを果たされたりもしました。

 

IPO企業のビジネスモデル多様化
グロース市場では8割以上がITとサービス業

藤原 IPO企業を業種別に見ると、情報・通信業とサービス業のIPOが中心となっています。特にSaaSやAI関連のIT企業やDX推進企業が目立ちました。また日本の最大社会課題の一つである高齢社会に対応する医療・介護のヘルスケアスタートアップのIPOも見られたかと思っております。一方で政府のスタートアップ推進策の一つであるDeepTech企業のIPOもありました。今回特徴的だったのが宇宙ベンチャーの2社がIPOを実現したことです。業種の傾向や特徴について、どのように考えられておられますか?

青 氏 国内全体で考えると、情報・通信業とサービス業の2つの業種でIPOの6割程度を占めることについては、これまでの傾向と大きな変化はないと思っています。そしてグロース市場に限って言えば8割以上が情報・通信業とサービス業という状況になっています。
そして、上場承認日に公表される会社概要や上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)にて、個別の事業内容をキーワード検索してみますと、23年に目立ったのがAI、DX、そしてクラウドという単語です。その他は人材紹介、派遣、人材育成支援といった単語が多く出てきた印象があります。
併せて藤原さんのご指摘の通り、月への物資輸送サービスをはじめとした月面開発事業を手掛ける「ispace」や、小型SAR衛星の開発製造、それら衛星より取得した画像データの販売を行う「QPS研究所」が上場しました。宇宙ベンチャーと呼称される企業が無事に上場に至ったことは、とても印象深いです。
そして2023年は全体的に個別の事業内容、ビジネスモデルの多様化が進んできた年ではないかという印象を持ちました。

 

IPO企業の4割弱が東京以外
東証の地域経済活性化への貢献は継続

藤原 2023年は東京以外の地域に本店を置く企業のIPOが目立ったと思っています。大阪、京都、愛知、福岡のみならず、東北エリアにわたり全国的な広がりが見られたかなと思っています。特に国内IPOの124社中で、東京以外の本店所在地の企業数が48社と全体の4割弱を占める広がりになったように思いますが、その結果について解説をお願いできますか? 

青 氏 東京以外の地域からの上場が多かったことは印象深いです。直近5年間で見た場合に、東京以外の地域に本店を置く企業の割合が一番高い状況だったと言えます。
個別の地域で見てみますと、2023年では九州・沖縄地域の上場が7社と、直近の5年間で最多の状況になりました。東北地域につきましても、「オカムラ食品工業」が青森県を本店とする企業で16年ぶりに上場されました。
従前から東証では全国の各地域にある自治体や金融機関をはじめ、さまざまな方々と連携をしながらIPO企業が誕生するための取り組みに注力をしています。今後も引き続き、地域経済の活性化に貢献できるように尽力をしていければと考えている次第です。
たしかに地域からのIPO企業が増えてきましたが、その実現に向けてのハードルの1つとして各地域でのIPOに携わる人材の不足が挙げられてきたと思っています。東証ではいろいろなつながりを作ることで、人材の層を厚くするということに努めています。
コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響は不幸なことではあるのですが、社会全体として働き方の変化やデジタル化が進む中で、従来に比べて物理的な制約無しにお仕事をできる環境が整備されてきています。さらに全国各地から上場を支援する体制が厚くなってきたことも、東京以外の地域のIPO社数増加の追い風となっているのではないかという印象を受けております。

 

資金調達100億円以上のIPO企業数が大幅増加

藤原 TOKYO PRO Marketを除く東証IPO市場全体でのファイナンス額は公募・売出し・OA含めて、約6,300億円と、2022年の約3,400億円に比べまして2倍近く増加しております。一方、グロース市場全体でのファイナンス額は500億円超の大型案件もあったこともあり、約2,900億円と22年の約1,800億円から約6割の大幅な増加をしております。
ファイナンス額100億円以上では、23年は13件と、前年の3件から比べて大幅増加となっており、一方、中央値ベースのオファリングサイズで言いますと、TOKYO PRO Marketを除く東証IPOベースで、22.2億円と、22年の13.2億円から約9億円の7割ほど増加しております。
ファイナンス額50億円未満で考えますと、TOKYO PRO Marketを除く東証IPOの社数ベースの割合で全体の8割弱を占める一方で、10億円未満も全体の2割弱を占める状況になります。

青 氏 23年は規模が大きな銘柄が少し目立ってきたという明るい兆しとなり、いい形になってきている印象があります。

 

時価総額1,000億円超の大型案件数増加
ファイナンス環境回復傾向、24年につながる1年に

藤原 大型案件について見ていきたいのですが、初値ベースの時価総額1,000億円超(公募・売出し・OA含む)の大型案件は6件と、前期比3件増加しております。
公開価格ベースの時価総額でも、300億円を超える新規上場会社が14社となり、前期の7社と比べて2倍増加しております。
一方、グロース市場を見ていきますと公開価格ベースの時価総額ベースで300億円を超える案件は9件となっており、22年の4件からこちらも2倍ほど増えております。
大型のオファリング案件については、プライム市場で1,000億円超えサイズの案件も出てきておりまして、グロース市場でも500億円超え案件が出てきたことも今回特徴的だった点かなと思います。
大型案件で行われるグローバルオファリングは2022年は4社でしたが、23年は7社と、前期比3社増加しております。
また国内規制に基づいて海外投資家へ販売する方式である旧臨報方式も26社と、22年の15社と比較して、11社の大幅増加となり、前年と比較して大型化してきております。 
オファリングサイズや大型案件をめぐるこうした傾向へのご見解を伺えますか? 

青 克美 氏
 

青 氏 東証でのIPO個別企業のオファリングサイズについて申し上げますと、中央値別に見た場合に、2023年は直近5年で21年に次ぐ水準を記録しているレベル感になっていることが挙げられます。

グロース市場について見てみますと、2023年のグロース市場では最大値で見ても、最小値で見ても直近の5年間で21年に次いで2番目に高い水準と言えると思います。

ファイナンスの総額に着目した場合でも、2023年は21年に次いで2番目に大きいということで、6,311億円まで回復してきていることは明るい兆しだと思います。

大型案件について見てみますと、初値ベースでの時価総額で1,000億円を超えるIPOが6件実現していますし、直近5年間の初値時価総額1,000億円超のIPOを大きい順に並べていきますと、「KOKUSAI ELECTRIC」が過去5年で最大というかなり大規模な時価総額を記録されました。そして2023年上場の2社も上位にランクインするレベル感になっている点も印象的です。IPOの企業の規模について申し上げますと、2023年は前年と比べますと売上高・経常利益・純資産・初値ベースの時価総額、あるいはIPO値のファイナンスの額といったそれぞれの水準を中央値で比較してみますと、全体的に大きくなってきている状況だと思っております。

2023年は前年と比較した結果として全体的にファイナンスの環境が回復の傾向にあったと言っても過言ではないと受け止めております。

他方では2023年後半については東証グロース市場指数の低迷があり、IPOへの投資家の姿勢が慎重になったことが関係者から聞かれています。そして業種や業績によって企業の選別が進んできているというお声があるようですが、ファイナンスの環境が良くなってきたという中で、23年は24年につながる1年だったのではないかという印象を受けています。


赤字上場への見解
グロース市場では上場後の成長性に期待か

藤原 公開価格ベースの時価総額および赤字上場について見ていきたいのですが、TOKYO PRO Marketを除く東証IPO市場の公開価格ベースの中央値の時価総額は2023年で76億円と、22年の59.9億円から約16億円増え、約3割弱の増加になっております。時価総額的にはユニコーン銘柄の上場は見送られているようで、小規模な案件が多かったものの、オファリングサイズや時価総額は前年よりも改善している印象を受けております。
一方で赤字上場ですが、申請期の予想ベースの経常損益で赤字の社数は、一般市場で2023年は10社で、22年12社と比較してもほぼ同水準だったと思われます。
特に赤字案件や利益水準の少ない案件のバリエーションでは非常に厳しかった状況が見られる一方で、成長性と収益性を実現して利益がしっかり出ている案件のバリエーションは一定の評価につながっているように思われました。
赤字上場についてのご見解をお話しいただけますか?

青 氏 赤字上場につきましては、ご指摘の通りで以前と比較し、投資家によるIPO時点の業績を重視する目線が強まっているとの関係者のお声を聞いてはおりますが、2023年に上場された企業のうち、申請期の経常利益予想が赤字の企業が10社ございました。それらに宇宙ベンチャー企業や医薬品開発の企業など先行投資型の企業が並んでいるということは、日本のIPOマーケットの姿が、企業が将来収益を上げられるようになるための投資をしっかりと行うスタイルに切り替わってきた表れだと思っておりますので、私共も期待をしております。
グロース市場につきましては、利益の額や純資産の額に関する新規上場の基準を設けていないことはご承知の通りだと思いますが、規模が小さく利益が出ていない状態であっても上場し、それを契機に上場後に大きく育つことが可能という市場設計になっています。
プライム市場も、利益や純資産の額に関する新規上場基準はございますが、大規模の企業であれば中長期的な投資によって相応の利益を一時的に計上することができなかったとしても、必要な確認さえ取ることができれば新規上場可能な仕組みにしております。東証は赤字の企業や短期的には利益が出ていない企業に対しても比較的緩やかな立場で臨むスタンスとなっております。
東証としてはIPO時に赤字であったとしても、上場によって中長期的に企業価値を向上することが一番重要だと考えております。2020年にも赤字上場する場合の上場審査のポイントの明確化を行っておりますし、企業が一番大きく成長するために適切なタイミングで上場することを阻害しないように常に意識をしながら取り組む努力を重ねているところです。

 

2023年IPOの特徴:バリエーションの多様化とプライム市場変更企業の着実な成長

藤原 2023年のIPOでは、B Corp認証企業で初のIPOやインパクトIPOが出てきたことが特徴的だったと思います。
また引受証券会社が発行会社の指定する投資家に販売する方式である「親引け」の活用が12社になり、多くの数がございました。
さらに23年は12月の一般市場の上場は14社と、前年は24社でしたので10社減りました。12月集中のIPOが緩和されたのかなと思っておりますが、この辺り含めても23年度の特筆すべき特徴はございますか?

青 氏 ご紹介いただいたような企業やIPOのやり方のバリエーションが増えてきたことは非常に良い傾向であると思っております。各企業の工夫がうまくつながるとマーケットを提供している私共も非常にやりがいを感じますので、もっとこれからも活用していただければと思います。
2023年につきましてはIPOに限らず申し上げますと、グロースあるいはスタンダードからプライムに市場区分の変更を行った企業が昨年23年には15社ありました。新市場区分になりまして、以前の市場第一部への市場変更と比べ、ハードルが高くなる中でこれだけの数字が出てきたということは、しっかり成長されていらっしゃる企業が出ている表れだと思っております。15社すべてが、おおむねIPO時と比較し時価総額がかなり大きく伸びておりまして、この結果は非常に力強いと受け止めております。
今年24年以降も、IPOを通じて企業価値をしっかり高めていく事例が積み重なり、新しい産業の発展などに貢献するような企業がどんどん増えてくることを期待しております。

 

IPOプロセス変更やグロース市場見直しへの見解
グロース市場は産業の柱となる企業創出の場に

藤原 2023年以降のIPOプロセス変更やグロース市場見直しの概要について触れていきたいのですが、まずは上場日程の期間短縮についてです。S-1方式、正式には「承認前提出方式」といわれておりますが、上場承認前に届出書を提出して投資勧誘を行う方式で、10日間程度の上場日程短縮が可能となっております。
また仮条件の範囲外での公開価格の決定について、公開価格が仮条件の下限の80%以上、上限の120%以下の範囲内であればブックビルディングのやり直しが不要となっております。
さらに上場日程の柔軟化に関して、届出書や目論見書に、一定期間、具体的には一週間程度の範囲内で上場日程が記載可能となりました。
一方でグロース市場の新規上場基準と上場維持基準の引き上げが検討されているとも伺っておりますが、この辺りはいかがでしょうか?

藤原 選
 

青 氏 まずこれまで行ってきたことについて触れさせていただければと思います。日本証券業協会がIPO公開価格設定プロセスの見直しをされていらっしゃいますが、それを受けて、上場日程の柔軟化や仮条件の範囲外で公開価格の設定を適用された企業が複数確認されている状況です。
仮条件の範囲を超えて公開価格を設定されたケースも出てきているようですので、少し状況が動いてきた印象です。制度導入が2023年10月に行われたばかりですので、これから影響や効果が出てくるのかなと考えています。
そして日本のスタートアップ育成という観点で考えますと、一番の課題としては企業がどうスケールアップしていくのかという点です。企業規模がもともと大きい企業が少ないこともございますし、小さい規模で上場された企業もその後の成長が必ずしも十分ではないというご指摘もある中で、それについての解決方法をどのように考えるかが大きな課題だと思っております。
とりわけグロース市場につきましては、私共としては将来日本の産業の柱となる企業が幾つも出てくるような役割を期待しております。グロース市場が期待される役割を発揮するためには、多様な関係者を巻き込みながらさまざまな観点から検討していくことが必要であり、取引所の中だけでは限られておりますので、検討のスコープを広げていきたいと思っています。現在は私共の有識者会議であります市場区分の見直しに関するフォローアップ会議で、検討に取り組んでおります。
具体的な対応案として、ある程度見えている方向感で申し上げますと、新規上場時の開示において、上場する理由や、非上場が良いのか上場するのが良いのかについての考え方について、上場の時期、ファイナンスの内容の設定に対する考え方、その企業の成長段階に応じ、いつどのような目線でこのタイミングを選ばれたのか、資金調達をどのようにしてその後の成長を図っていくのかを示していくというものがあります。
開示を通じまして、新しく上場を目指されている企業がそれら内容をしっかり意識して経営に携わっていくことを促していけたらと思っております。特に、IPOはあくまで成長を実現していく一つの過程ですので、成長をリードされる経営者の方に、上場後にさらに成長することが多くの投資家、関係者の方々から期待をされていることを意識していただくための議論を行っており、近々具体化できればと思っております。
そして大事な点として、機関投資家からの投資が非常に重要になってくると思いますが、機関投資家への情報発信の支援も私共で力を入れていきたいと思っております。
例えば機関投資家の目線を紹介するような経営者向けのIRセミナーを開催、あるいは経営者から機関投資家に情報発信していく機会を増やしていく対応も考えようとしている段階にございます。
私共取引所と致しましては、情報開示に基づいて機関投資家と建設的な対話をして成長につなげるスタイルをできる限り目指していきたいと考えております。投資家と企業とのやり取りの中で企業が自律的に考え、投資家からのヒントを得ながら成長していく姿を目指していけたらというイメージ感になります。
機関投資家を積極的に呼び込もうとする上場会社を支援することにつきましては、先ほどの経営者の方が自社の成長ストーリーを発信できる場を提供することと、IRにつきましては良い事例を示す、あるいは機関投資家の目線紹介などの組み合わせにより効果的なIRを実践できて、そこに機関投資家の方々が反応して良いお付き合いが始まるといったサポートができれば、その後の成長にもつながるのではないかという発想で行っております。
今後の基準の改正が特に注目されているかと思いますが、さまざまなお声があるところです。新聞などを最近読みますと、新規上場するための基準や上場を維持するための基準について、引き上げをすると自然と企業が大きくなろうとするといったご指摘もいただいているところもございます。そうした指摘についてわれわれとしてどのように考えるべきかと検討している段階になります。
上場は企業が成長していくための手段と考えており、特にグロース市場につきましては市場のコンセプトを踏まえますと、高い成長を実現していくことを私たちとしては大変期待しております。現在の上場基準につきましては、小規模の段階からでも比較的上場しやすく、そこで資金を調達して大きく育つことを目指す考えもあり、かなり上場基準を低めに設定している状態です。

機関投資家から資金を入れていただくことを考えますと、ある程度の規模がないとなかなか資金が入ってこない面がありますので、実態としては上場後に必要な額を機関投資家から、あるいはその他の方からを含めて資金調達できることが重要なのですが、スタートアップ時の規模が小さすぎるとそれらを行うのが難しいというご指摘もあります。そこに関してどうしていくか頭を悩ませているのが実情でございます。

単に基準を上げるとすべてうまくいくのかというと必ずしもそうではなく、企業の資金調達ができるタイミングが遅れてしまう、または一定の規模までに到達できない期間が長く続く企業もいらっしゃいますので、その辺りについてどのように考えていくのか慎重に考慮しながら、関係者の方々の声も伺いながら検討していく必要があると思っております。
もう一点、上場後の上場維持の基準の引き上げも同様にご指摘を頂戴している状況です。この点につきましても企業が上場後にどう成長していくのかという動機付け、あるいは仮に成長が停滞してしまった場合に企業の新陳代謝、企業の持っている事業や資産、そして作り上げてきたものの新陳代謝を進めるということが大事なのではないかというご指摘を頂戴しております。
この辺りもご指摘はごもっともという面がある一方で、22年に新しい市場区分・基準でスタートしましたので少なくとも経過措置の終了を待つべきとのご意見もあります。逆にあまり遅くなるとその後の展開を考えるとさらに遅くなってしまうのでもっと早く対応するべきではないかとのご意見もあります。
交錯しながら議論しているというのが実情で、この辺りを議論するフォローアップ会議の情報については、できる限り早い段階で東証のHPに情報を出すようにしておりますので、ぜひそちらもご覧いただけたらと思います。

藤原 非常に印象的だったのが、私共が機関投資家の方々をお招きしたセミナーを昨年行った際に皆さまがおっしゃっていたことが、機関投資家の考え方や常識を分かっているスタートアップの方々が少ないとのお話があり、東証さんが行われている機関投資家との接点機会や発信方法も含めて非常に良いお話だと思いました。

 

2024年のIPO動向
90社~100社がベースライン想定

藤原 IPO社数ですが、2024年のIPOは社数的には90~100社程度と2023年と同水準ぐらいと予想している市場関係者が多い様に見られますけれどもいかがでしょうか?

青 氏 まず企業のIPO意欲につきましては非常に旺盛という印象を持っております。IPO関係者の声を聞く限り、相応の企業数が上場準備を進められていらっしゃるとも聞いております。最終的にどの程度の社数かは相場に左右される部分もありますので難しい話ですが、例年と変わらない水準というところでは90~100ぐらいがベースラインかと思っておりますが、それに加えて規模の方も期待できればと思っております。
TOKYO PRO Marketの新規上場の数につきましても、最近の市場注目度の向上やJ-Adviserの参入が続いているところで見ると2023年以上の水準になるのではないかという空気は感じられます。

 

2024年、グロース市場は回復するのか

藤原 続いて、スタートアップ関係者の方々の一番関心事であるグロース市場の回復見込みについて触れていきたいと思います。
2024年は日米の金融政策や選挙の動向も注視される年ですが、市場関係者の方にお伺いすると、米国利上げの落ち着きから、グロース市場に年の後半くらいから資金が流入してきてくるのではないかと言われています。
そして今後の大型上場には海外機関投資家が戻ってくることが必要不可欠ですが、今後の海外機関投資家の動きも気になるところです。
特にダウンラウンドを嫌って延期されている大型案件を含めて、今年2024年にIPOを実現していくのかが個人的には注目しておりますが、24年のグロース市場を中心としたIPOマーケットはどのようにご覧になっておられますか?

青 氏 2022年と比較した場合に23年は回復傾向でしたけれども、引き続きIPOを取り巻く環境については順調に推移していくことを期待している状況だと思っております。主幹事証券などの関係者の方から伺うところによれば、24年以降IPOタイミングを見計らっている大型案件も複数あると聞いておりますので、期待したいところです。
IPOを取り巻く環境が悪化するということではなく、多くの企業がIPOを通じて資金調達を果たして、その後の成長を実現していくことは非常に良いことです。そして政府の何かしらの施策も示されていくと思います。
さらに資金提供サイドの環境の方もこれから変わってくることは考えられますので、そうした意味ではより企業が育つための土壌がしっかりしたものになっていくといえるのではないかと思います。

 

DeepTechやweb3関連のスタートアップへの見解

藤原 業種的には宇宙以外の新たな領域のDeepTech銘柄や将来的には、web3や暗号資産関連のスタートアップにも大きな期待が寄せられておりますが、この辺りの業種についてのご見解はいかがでしょうか?

青 氏 ビジネスモデルの多様化が進んでいる中で、とりわけ先端的な領域や新しい領域に対しては産業としての期待が持たれるところではないかと思っております。
DeepTech銘柄については、相対的に企業価値の評価が難しくなかなか上場にたどり着けない企業もございました。
2022年12月に企業特性に合わせた上場支援を円滑に行っていくという目線で、グロース市場に上場する場合に事業計画の合理性という観点の判断に機関投資家の投資評価を活用するなど幾つかポイントを整理し、大きな成長の可能性を持っている企業に対して必要な資金を供給しやすいような環境作りに少しでも近づいていければと努力しているところです。
主幹事証券をはじめとするIPO関係者の皆さまとコミュニケーションを重ねている中で、例示されたような業種、それに限らず新しいビジネスを手掛ける企業が出てきている話も伺っておりますのでかなり期待をしています。
なお東証では上場推進部にIPOセンターを設置しています。IPOセンターはIPOの時だけではなく前後のタイミングで多様な関係者の方々にステージごとに合わせてサポートすることを目指しております。例えば、主幹事証券や監査法人などのIPO関係者向けに定期的な意見交換会を行うことを通じ、最近の上場審査に関するトピックの共有やご意見を頂戴し将来的な上場審査というものをいかに円滑な仕組みにするのかを考える場とさせていただいております。

藤原 最後にスタートアップの方々へのメッセージをお願いできますか?

青 氏 政府がスタートアップを強く後押しする方針を示したこともありますので、私共としても支援をより一層強化できる環境が整いつつありますし、関係者の方々も積極的に動かれるきっかけができたことが昨年の大きな動きだと思っております。
東証株式市場が新たな産業の担い手となるようなスタートアップの成長の場としてうまく活用していただけるようにしていきたいと強く思っております。関係者の皆さまとしっかりと協力をし合いながらスタートアップ企業などへの円滑な成長資金の供給が実現する環境を作り出し、日本経済の発展につながるようまい進していきたいと思っております。関係者の皆さまやこれをご覧になっている方もぜひ支援をしていただければ幸いに存じます。

藤原 この度の青常務のお話を通じてIPOを正しく理解し、企業成長の発展につなげていただければ幸いです。本日はありがとうございました。

青 克美 氏(写真右)、藤原 選(写真左)

【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 竹田 匡宏


EY Japan公式YouTubeチャンネル でも動画公開を予定しています。ご関心のある方はぜひご視聴ください。


サマリー

宇宙ベンチャーの上場などIPO企業のビジネスモデルが多様化した2023年。時価総額1,000億円を超える大型案件は6件と、前期から3件増加しました。公開価格ベースの時価総額でも、300億円を超える新規上場会社が14社と前期の7社と比べて2倍に増加しました。そして23年は22年に比べるとファイナンス環境も回復傾向にあります。24年のIPO環境は23年に続き堅調だと予測され、24年以降でIPOタイミングを見計らっている大型案件にも期待が持たれます。


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