IPOの新潮流:2021年に上場したスタートアップの特徴とは? 〜2022年以降のIPO動向を探る〜

IPOの新潮流:2021年に上場したスタートアップの特徴とは? 〜2022年以降のIPO動向を探る〜


新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大からニューノーマルへ。そしてウクライナ情勢の世界経済への波及。そのような国際情勢の中で、日本のIPO株式市場はどのように変化し、成長していくのでしょうか。

EY新日本有限責任監査法人でスタートアップのIPO業務に数多く携わる藤原選が、東京証券取引所(以下、東証)取締役専務執行役員の小沼泰之氏を迎え、2022年のIPOを振り返り、2023年以降の動向について探ります。


要点

  • 2021年のIPO社数は合計136社、前年比34社と大幅に増加。マザーズ市場においては93社が上場を遂げ、過去最高を記録した。
  • 赤字上場する企業は2020年が8社だったが、2021年は13社と大きく増加。投資家は赤字の内容をしっかり検証する傾向にある。
  • グローバルオファリングを含めた海外投資家へのオファリングは進化中であり、今後も注視が必要である。
  • 2022年のIPO社数は110~120社程度になると予想している市場関係者が多い。東証の新たな市場区分によって、投資家と企業との新たな関係の構築が期待されている。


株式会社東京証券取引所 取締役専務執行役員 小沼泰之氏(写真左)、EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括 公認会計士 藤原選(写真右)

株式会社東京証券取引所 取締役専務執行役員 小沼泰之氏 
(写真左)

1984年慶応義塾大学経済学部を卒業し東京証券取引所に入所。 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)への出向や米カリフォルニア大学バークレー校への留学(同校経営学修士課程を修了)を経験し、その後は東証の国際関連業務に従事。2007年からは上場推進業務に携わり、企業の新規上場支援、新商品(ETF、REITなど)の開発・プロモーションを統括。2017年取締役常務執行役員を経て、2020年より現職。

EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括
公認会計士 藤原選

(写真右)

オーナー系企業やスタートアップを中心に20年以上にわたり多数のIPO業務を経験するとともにスタートアップの支援に注力。

日本医療ベンチャー協会理事(現任)、経済産業省「Healthcare Innovation Hub」アドバイザー(現任)、厚生労働省調査研究事業委員を務めた他、経済産業省や早稲田大学などが主催するビジネスコンテストでの審査員経験も多数。 主な著書(共著)等に、「金庫株の資本戦略」、「外食産業のしくみと会計実務Q&A」がある。



2021年IPO社数の大幅増加と業種の動向が示唆するものとは

株式会社東EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括 公認会計士 藤原選

藤原選(以下、藤原): 2021年のIPOを振り返り、その状況、傾向、特徴を見ていきたいと思います。まず上場社数は136社で、前年比34社と大幅に増加し、2007年の121社を14年ぶりに更新しました。特徴的だったのはマザーズ市場の上場社数が過去最高の93社だったことです。このあたりについてどのように捉えているかをお聞かせください。

小沼泰之氏(以下、小沼氏): リーマンショック以降のIPOマーケットの冷え込みの中、私たちは日本の経済成長を担う新しい企業に次々と登場していただきたいという思いで、各業界のご協力を得ながら制度の見直しや情報発信などに取り組んでまいりました。ここ数年は安定的に100社前後のIPOを目標に市場環境整備に努め、2021年の136社という結果には新型コロナウイルス感染症の流行禍における新しい環境への適応というフェーズアップを感じました。

藤原: 業種別に見ると情報・通信業とサービス業のIPOが目立ちました(図1参照)。例えば、SaaS(サービスとしてのソフトウエア)やAI(人工知能)など、新しいテクノロジー領域のプラットフォーム企業や、新型コロナウイルス感染症の環境において大きく躍進したデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を推進する企業ですね。また、私自身がヘルスケア企業を支援していることもあって、デジタル治療(DTx)の新領域の企業が上場したのも感慨深かったです。

小沼氏: 業種区分を見ると確かに情報・通信業とサービス業が目立ちますが、それだけではやや漠然としており、具体的な傾向が見えてきません。藤原さんがおっしゃった通りテクノロジーが1つの鍵となります。新しいテクノロジーをさまざまな分野で活用し、時代を切り開くビジネスモデルを推進する企業、あるいはそうした新しいビジネスをサポートする企業が多く市場に登場しました。そこには医療やヘルスケア分野も含まれていますし、伝統的な企業、例えば不動産サービスや建設業についても新しいビジネスモデルの要素が評価されています。その根底には社会の変革があると感じています。また、東京など大都市への一極集中ではなく、ジワジワと大都市圏以外の地域への分散化が進んでおり、本店所在地が大都市ではない企業も増えました。これには政府の「働き方改革」の影響も感じられ、着々と良い方向に進んでいるのではないかと感じています。

藤原: IPOを実施する企業は世相を反映しており、近年は労働力不足という面で人材マッチングサービスに関わる企業が多く見受けられます。

小沼氏: 確かに大きなくくりで「人」を扱うビジネスというのが目立っていました。

図1 「情報・通信業」と「サービス業」87社中75社がマザーズ上場(全体の81%)

時価総額と赤字上場の動向から国内市場の特色と課題が見えてくる

藤原: 時価総額に関して、2021年度は公開価格ベースで300億円を超える新規上場会社が15社ありましたが、IPOの中心は100億円以下でした。一方でマザーズの公開価格ベースの時価総額中央値は90億円となり、前期66億円から3割以上も上昇しています。

株式会社東京証券取引所 取締役専務執行役員 小沼泰之氏

小沼氏: 一般的に日本の大企業は「小粒」だと言われている中で、マザーズに上場する企業の時価総額が上がり大型IPOも出てきているため、バランスが取れてきていると認識しています。日本のマーケットには個人投資家が多く入ってきますし、業務内容がわかりやすい企業が比較的多い。そして小規模の段階から上場して、投資家と市場関係者がその企業を見守り、応援しながら「小さく産まれて、大きく育てる」という傾向があります。東証には海外のマーケットとは異なるそうした特性を追求していきたいという思いがあります。

藤原: 赤字上場の傾向について、申請期の予想利益の段階で赤字企業が、2020年は8社でしたが2021年は創薬バイオ企業2社を含めて13社と大きく増加しています。「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示を含めて、今回の赤字上場の増加傾向についてどのようにお考えですか。

小沼氏: 赤字上場は長らく市場関係者の間で議論されてきました。もちろん東証の規則上で赤字が絶対に許されないわけではありませんが、証券会社の立場からすれば、赤字の企業を紹介してどこまで投資家の支持が得られるかという問題もあります。従来は、投資家も赤字企業の将来性について固く見る傾向がありました。しかし近年は赤字の中身についてしっかり検証する傾向にあり、例えば将来においてより飛躍するためにあえて赤字を出して投資を行う企業を評価する投資家は少なくありません。そうした傾向を受けて赤字上場の比率も増えているため、私たちも将来の事業計画に対する書面をこれらの企業に提出していただき、投資家の判断に役立つための材料づくりなどを行ってきました。このような取り組みを通じて、新規上場企業にも投資家との対話の基盤を整えていただきたいと思っています。

藤原: 2021年は初値の公開価格に対する上昇率(初値上昇率)は約6割弱(56%)となり、アベノミクスが始まった2013年以降で最も低い水準でした。これは2012年の約5割(49%)以来の低水準で、特徴的だったのは2021年12月のIPOが32社だった中、約4割(38%)にあたる12社が公開価格割れとなったことです。このような株価パフォーマンスに対して、どのように感じていらっしゃいますか。

小沼氏: 上場前に算定した公開価格とマーケットの初値との乖離については、常に議論の種でした。これまでマーケットがなかったところに投資家の意思で投資が集まり、その需給関係で実際の株価が決まりますので、必ずしも公開価格に近い価格になるわけではありません。ここは悩ましいところで、初値が高いと公開価格が低かったのではと言われますし、その逆のパターンもあります。これについてはその時々の需給関係や相場環境に左右されるため、投資家の皆さまも企業とマーケットをしっかり分析して注文を出すようにしていただくしかありません。ご指摘の通り、12月の集中については、以前から対策を講じてきておりますが、引き続き業界をあげて検討していきたいと考えております。

藤原: 最近のスタートアップは3月期決算以外の企業も増えており、今後、分散が進むかもしれませんね。


グローバルオファリングを含めた海外投資家へのオファリングの動向


藤原: グローバルオファリングの動向を見ると、2021年は5社(前年3件)と増加しており、オファリングサイズはいずれも300億円以上でした。一方、米国以外の海外投資家にアプローチする旧臨時報告書方式(以下、旧臨報)が27社(前年13社)と大幅に伸び、海外投資家へのオファリングは前年と比べて2倍になっています。中には旧臨報でもオファリングサイズが300億円以上の事例も出てきています。未上場における資金調達も多額かつ海外調達も多くなってきていますので、IPO時の海外オファリングもさらに増えることが予想されます。

小沼氏: 海外投資家へのオファリングの動向については、とても興味深い現象が起きていると感じています。かつて日本のIPOはほとんど個人投資家によるもので、機関投資家への割り当ては限定的でした。ましてや海外はあまり視野に入っていませんでしたが、ここ数年、日本社会の変革に伴い、新しいビジネスモデルを打ち出したIPO銘柄に対する海外投資家の評価が上がってきたといえます。米国とそれ以外の欧州やアジア地域の海外投資家向けのオファリング企業を合わせて32社という数は、日本のマーケットの国際競争力にとって大きな進展であると感じています。今後はこうしたことを所与にIPO関係者は準備を進めていく必要があります。前述の「小さく産まれて、大きく育てる」という日本のマーケットの傾向と同様に、未上場時から支援する海外の投資家グループの存在や上場後に次の担い手となる投資家もクローズアップされてきたという期待感もあります。

藤原: 海外機関投資家から投資を受けている国内スタートアップの経営者に話を聞くと、海外投資家はグローバルな視座と豊富な業界の知見を持っており、それらに触れることに価値があるとのことでした。百戦錬磨の海外投資家グループに日本のマーケットが鍛えられるのではないかと期待が高まります。


「クロスボーダー企業」上場と「SPO」を開示する企業の登場

藤原: 2021年はいわゆる「クロスボーダー企業」の上場が5社と増加しました。これは東証の海外マーケティングの成果であり、アジア地域のスタートアップにとって東証は流動性が高く、魅力的なマーケットであると評価されているからだと考えます。

小沼氏: まず「クロスボーダー企業」とは、海外に起源を持ち日本に関連が深い企業や国内企業でも海外との結びつきが強い企業をグルーピングした名称で、日本のマーケットの国際性を印象付けるために打ち出した言葉です。現在、アジア諸国に続々登場するスタートアップは、IPOに際して米国の市場規模や訴訟社会、ドライな市場環境などを忌避するケースが少なくありません。そうした企業にとって、東証は投資家層が幅広く、納得感のあるマーケットの一つとして選ばれる傾向があります。今や日本のベンチャーキャピタルや投資家も海外での投資を盛んに行っていますが、上場時には東証としてもサポートしていきたいと考えています。また日本との親和性がある企業は国籍に関わらず支援し、今後も「クロスボーダー企業」を増やしていきたいと考えております。

藤原: 近年のサステナビリティに向けた取り組みとして、自社のESG(環境・社会・ガバナンス)への対応状況に関して、客観性を担保するために第三者機関からの評価を取得し目論見書などに開示するセカンド・パーティ・オピニオン(SPO)に取り組む企業が出てきたことも特徴的です。2020年は1社でしたが2021年は3社に増えました。SPO開示の増加をどのように見ていますか。

小沼氏: IPOを行う企業の多くは今後の日本経済を支えていく気概と社会課題解決への高い意識を有しています。現在、SPOの意義は債券のマーケットにおいて先行しており、エクイティの分野ではこれから議論が進むと見ています。グローバルな社会課題解決を視野にインパクト投資を追求する国内スタートアップも登場する中で、東証としてもこうした動向を見守っていきます。そして海外の事例なども参考にしながら、東証マーケットで新しい芽を大切に育てていきたいと考えています。


2022年以降のIPOの動向

藤原: 2022年以降のIPOの動向について、多くの市場関係者はIPOの社数を110~120社と予想しています。私個人としては、大型資金調達を行う未上場企業が増加していることから、オファリングサイズや時価総額が大きいIPOが増えることを想定しています。

小沼氏: 2022年のIPO動向については、社数などに関する具体的な数字はお答えしにくいですが、証券会社などからの情報によれば、おおむね2021年と同水準であると推測しています。東証としてはプライム、スタンダード、グロースの3つの市場区分とともに、新しい分野である一般の投資家が参加できないプロマーケットも伸ばしていきたいと考えています。プロマーケットの上場基準はそれほど厳しいものではありませんが、個人も含め目利きの投資家がそろっています。このマーケットでは大都市圏以外の地域で頑張っている企業への投資も進め、さまざまな地域で多種多様な雇用が生まれていく分散化の流れを作っていきたいと考えています。

藤原: 個人的に関心を寄せている分野は宇宙関連やDX関連、最初に話題に上がった人不足を解消するサービス関連などのスタートアップです。さらにデジタルヘルスケアやクリーンテック関連、Deep Techなどの分野にも大きな期待が寄せられるのではないかと考えています。

小沼氏: まさにDeep Techは、私たちも証券業界も強く望んでいる投資対象です。ただ実際の投資となると個々のDeep Techの中身、その将来の確実性についての議論に及びます。法規制など社会環境が整備されないと本格稼働できない領域もあるため、それらの環境下でどれほど投資マネーを集められるかが今後の大きな論点となるでしょう。前述の赤字上場も含めて、東証でも大きなチャレンジと受け止めています。そのためにはさまざまなタイプの投資家と企業が新しい関係や対話関係を築ける仕組みづくりに取り組んでいきたいと思っています。

藤原: Deep Techは、夢のある分野ですので今後に期待が高まります。本日はありがとうございました。



参考情報:
JPX「新規上場基本情報『最近のIPOの状況』」、https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/04_archives-01.html 、(2022年2月15日アクセス)

JPX「新規上場基本情報『最近のIPO企業の規模比較(2019年~2021年までのIPO企業)』」、https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/basic/index.html、(2022年2月16日アクセス)



サマリー

2021年は前年と比べ多くの企業が上場を果たし、マザーズには過去最高の93社が上場しました。海外機関投資家向けのオファリングは前期の2倍に増加し、この傾向は今後も続くと見込まれます。2022年のIPOは110~120社程度と予測され、新市場区分による投資家と企業の新たな関係が期待されます。


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