ケーススタディ

任意適用のIFRSを早期に導入し、さらなる事業拡大を見据えるライフネット生命の成長戦略

ライフネット生命はEYと連携し、2023年度からIFRSの第17号に移行しました。日本基準との大きな違いは、保険契約における繰延収益の決算処理。より実態に則した開示を行い、ステークホルダーとの健全な信頼関係を築くために、業界に先駆けて適用を決めました。

The better the question

IFRS第17号の適用は生命保険会社の成長戦略とどのような関係があるのでしょうか?

「グロース」と「トランスフォーメーション」を柱に、成長戦略を推進するライフネット生命保険株式会社。国際財務報告基準であるIFRSの第17号適用を、どのように持続的な成長へとつなげていくのでしょうか。

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成長ステージだからこそのIFRS移行

山野 浩(以下、山野):ライフネット生命は2008年に創業し、オンライン生保のパイオニアとして市場でのポジションを確立しましたが、目下の事業の状況はいかがでしょうか。

河﨑 武士 氏(以下、河﨑 氏):創業時からのマニフェスト経営を継承しつつ、2018年からは成長戦略を掲げ、顧客体験の革新と販売力の強化に取り組んでいます。足元の保有契約は57万件(2023年7月時点)まで伸びていて、他社の顧客基盤を通じた保険販売というパートナーシップ戦略も軌道に乗り始めました。

直近では団体信用生命保険事業もスタートし、多くのお客さまに安心・安全をお届けするための取り組みを拡大しています。保険会社の企業価値を計る指標であるEEV(European Embedded Value:ヨーロピアン・エンベディッド・バリュー)2,000億円到達という目標に向けても着実に積み上がっており、オンライン専業の生命保険会社として第一に想起いただける存在になってきたという手応えがあります。

河﨑 武士 氏 ライフネット生命保険株式会社

河﨑 武士 氏
ライフネット生命保険株式会社
執行役員


山野:事業が順調に成長している中、なぜ日本会計基準からIFRSに移行するのでしょうか。IFRSは保険会社の情報開示に大きな変化をもたらすと考えられていますが、日本では任意適用です。金融・保険業にはさまざまな規制もあり、適用に踏み切る金融機関・保険会社は現時点ではまだほとんどありません。

河﨑 氏:2017年から18年にかけて新契約件数が伸びていく過程で、日本会計基準では赤字が膨らんでいきました。当社は成長途上で、新規の契約を積み上げていく段階にあるのですが、そこに係る新契約費を繰り延べできないことが主な理由です。事業は順調に成長しているにもかかわらず、日本会計基準では赤字決算になってしまう、実態に即した開示になっていないという課題がありました。そうしたタイミングで出てきたのがIFRS第17号です。

山野:おっしゃるように、健全性を重んじる日本会計基準は、生命保険の業績表示に適していない側面もあります。一方、IFRSは期間損益重視ですから、会計基準の目的による差異と言えるでしょう。

河﨑 氏:当時、社内では、「『IFRS第17号』では保険期間にわたる保険料の収入に対応して、保険期間にわたって新契約費を繰り延べできる可能性が高い。導入したら当社にどのようなインパクトがあるのか」という議論になり、「IFRSであれば当社の実態に即した期間損益を開示できるのではないか」という仮説のもとで検討し始めました。また、成長戦略を実現していく上で、グローバル基準の会計で実態に即した情報開示を行い、投資家の裾野を広げることも見据えていました。


約5年におよぶIFRS導入プロジェクトをハンズオンで支援

The better the answer

約5年におよぶIFRS導入プロジェクトをハンズオンで支援

国内生保では初となるIFRS適用に踏み切ったライフネット生命。EYは任意適用初年度の2023年度を見据え、IFRS第17号の導入を支援しました。

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EYのサポートも経て本格始動を決意

山野:2018年の検討開始から移行まで約5年かかりました。この長期間にわたるプロジェクトをEYがサポートしましたが、今日までの取り組みを振り返っていかがでしょうか。

河﨑 氏:当時、IFRS第17号は公表されたばかりで、その適用の前例はありませんでした。社内でIFRSの基準に当てはめて試算してみたものの、それが合っているのか、広告宣伝費用を中心とする当社の新契約費の繰り延べが本当に可能なのかなど、判断できないことばかりでした。EYに入っていただいたのはこの時で、やはりIFRSに精通している有識者の知見が不可欠でした。

さまざまなパターンでの試算や繰り延べの検証などを支援してもらい、その結果、「IFRSは当社の実態を表せる会計基準である」という蓋然(がいぜん)性が大きく高まりました。

山野:日本会計基準の決算とIFRSへの適用準備を並行で進めていくのは非常に大変です。EYでは会計士とコンサルタントでチームをつくり、一時期は5人が常駐してフレキシブルなサポートを心がけました。

河﨑 氏:そして、一連の準備が整い、2023年3月の取締役会において23年度決算からのIFRS適用を決議したというのが、今日までのプロジェクトの流れです。検討の初期から導入まで、すべてのフェーズを支援してくれたEYに感謝しています。

山野 浩  EY Japan 保険セクターリーダー

山野 浩
EY Japan 保険セクターリーダー


IFRS導入でも業界のパイオニアに

山野:国内生保のIFRS導入は「前例がない、コストも時間も人手もかかる、また、経営・財務戦略などへの影響があるかもしれない」という不透明さがあります。どのように社内のコンセンサスを得ていったのでしょうか。

河﨑 氏:システム改修なども含めると相応の投資になりますが、IFRSを導入するメリットは定量的に測れません。正直なところ、企業や事業の実態が変わるわけでもなく、「会計の見せ方だけの話ではないか」といった意見もありました。しかし、日本会計基準では当社の業績が不利な見え方になっているという問題意識は共有されていたと思います。
また、当社は国内の事業に特化しているものの、保険業界全体がグローバル化していく流れの中で国際比較の観点からもIFRSという物差しに合わせることは重要です。「正直に、わかりやすく、安くて、便利に。」という当社のマニフェストと照らし合わせても、当社の実態を表しにくい日本会計基準からIFRSに移行した方が、投資家をはじめとするステークホルダーに有用であるという判断もありました。

山野:ライフネット生命の企業風土がIFRSの導入を後押しした面もありそうですね。

河﨑 氏:それも大きいと思います。当社は、付加保険料と純保険料の比率を開示するなど、保険業界の長い歴史の中で、常に新たな挑戦によって価値を創造してきました。チャレンジを推奨する企業風土は創業以来のもので、IFRSの導入についても、「前例はなくても、ポジティブな可能性があるならしっかりと検討しよう」、「やるからにはIFRS第17号適用開始年度(2023年度)からの導入を目指そう」、というコンセンサスが形成されていきました。

山野:そういえば、プロジェクトが始動して間もない頃、御社でIFRSの勉強会を開催した際に、最前列に座っていた方からご質問をたくさんいただきました。「ずいぶん熱心だけど経理の方かな?」と思っていたのですが、実はライフネット生命で代表取締役社長を務められている森亮介氏だったということがありました(笑)。勉強会の最前列に社長がいらっしゃるというのが、御社の社風を表していますよね。

河﨑 氏:その光景が目に浮かびますね(笑)。「やろう」となったら全社一丸となって動けるのは強みだと思います。

河﨑 氏:その光景が目に浮かびますね(笑)。「やろう」となったら全社一丸となって動けるのは強みだと思います。

山野:ところで、日本の企業会計の基準は1990年代後半から2000年代初頭の「会計ビッグバン」で大きく変わりましたが、IFRS第17号は保険会計におけるそれ以上の転換だと思います。御社では、2023年度からのIFRS移行を前に、2022年度はIFRS基準の業績予想を開示し、投資家やステークホルダー向けの勉強会(セミナー)を開催されましたが、反応はいかがでしたか?

河﨑 氏:投資家向けの勉強会を2022年7月から3回開催し、非常にたくさんの方にご参加いただきました。保険業界に詳しい方であってもIFRSは新しいものですから、各回のアンケートで疑問点や関心事を吸い上げて勉強会の内容に反映しました。同業者からの「参考になった」という声もあり、業界全体の関心の高さもうかがえました。新しいことに取り組んでいる企業というブランディングにもなったようで、採用面でもプラスに作用しています。


若年層に価値を伝え「生命保険の未来をつくる」

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IFRS導入は、財務の見え方だけでなく、企業経営の在り方や事業計画に影響を与える可能性があります。

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会計にとどまらないIFRSの影響力

関連イベント・セミナー

IFRSウェブキャスト 適用間近の新基準、一般事業会社が気を付けるポイント~IFRS第17号『保険契約』~2022年9月

本ウェブキャストでは、2023年1月1日以降開始する事業年度より適用が始まる新基準:IFRS第17号「保険契約」について、一般事業会社が気を付けるべきポイントに絞り、具体例を交えながら分かりやすく解説します。

山野:IFRSの適用は経営やビジネスモデルにどのような影響があると考えられるでしょうか?

河﨑 氏:生命保険会社のビジネスモデルは、長期にわたる収益で初期コストを回収します。IFRSを導入したことで、全体としては安定的に利益を計上していけるようになったわけですが、今後は商品ごとやチャネルごとなど、収益性管理をより高度化させる必要性を感じています。商品設計においても、これまで以上に収益へのインパクトを見ていく形になるでしょうし、新契約の獲得や契約の維持に係る効率性を洗練させていくことも重要です。

山野:IFRS導入が経営管理やKPIの設定に影響を与える可能性があるということですね。

河﨑 氏:そうですね。副次的な影響としては、現在の東証グロース市場から東証プライム市場に移行する見通しが立ったことも大きいと思います。
当社は2025年度をめどに東証プライム市場への移⾏を⽬指すことを公表しているのですが、IFRS適用によって東証プライムの上場基準である「最近2年間の利益の額の総額が25億円以上」をクリアできる可能性が高まりました。東証プライムへの移行は、契約者の皆さまに安心・信頼をお届けすることにつながりますし、投資家層の拡大なども含めてさまざまなプラスの効果を期待できます。

山野:最後に、ライフネットの生命保険マニフェストの実現や中長期的なビジネスの展望についてはいかがでしょうか。

山野:最後に、ライフネットの生命保険マニフェストの実現や中長期的なビジネスの展望についてはいかがでしょうか。

河﨑 氏:今後、ステークホルダーが増えていく中で、サステナビリティの観点からもどのような価値を届けていくのかということと真剣に向き合う必要があります。マニフェストの一つにある「生命保険の未来をつくる」を実現するためには、まずは安定した顧客基盤の構築が必要不可欠です。だからこそ、当社は若年層の方にこそ長きにわたって契約し続けていただける企業でありたいと考えています。デジタルテクノロジーを活用し、サービスの質を進化させ続けなければなりません。そうした意味でも、さまざまな企業との連携や協業を積極的に推進し、より多くの方に生命保険の価値をお届けしていきたいですね。

山野:特に若い世代の所得が伸び悩む中、生命保険に加入するインセンティブをどう訴求していくかは重要ですね。IFRS適用による影響は、中長期的な視点でより明確になってくると思います。EYは日本の生保業界の健全な発展に貢献していきたいと考えています。



ニュースリリース

EY Japan、ライフネット生命のIFRS任意適用実現を支援

EY Japan(東京都千代田区、チェアパーソン 兼 CEO 貴田 守亮)は、EY Japanの金融サービス部門が、ライフネット生命保険株式会社によるIFRS第17号適用の検討が始まった2018年から任意適用初年度2023年度まで約5年間にわたり適用に向けてライフネット生命を支援し、IFRS任意適用の実現につなげたことを発表しました。


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