EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
新型コロナウイルス感染症は、米国のヘルスケアシステムが、いかに対面での医療提供に依存しているかを浮き彫りにしました。シームレスでいつでもどこにいても診療が受けられるヘルスエコシステムの維持に欠かせないデジタルヘルスの技術は、10年以上前から活用できる状況でした。とはいえ、当時は患者、医師および医療業界がこうした技術を採用せざるを得なくなるような状況にはありませんでした。
「デジタル技術によるバーチャルケアへの必然的なシフト」の形で始まった状況は、すでに近い将来の医療提供の姿を変えつつあります。例えば、メディケア(高齢者向け医療保険制度)下のプライマリーケア(一次診療)外来のうち、遠隔医療を通じた診察は、2020年2月の1%未満(0.1%)から4月には43.5%へと約半数に達しました1。しかし遠隔医療が急拡大したからといって、バーチャルケアに対する患者や医師の抵抗感が今後緩和されるのか、またヘルスケア企業がスマートヘルスエコシステムへの移行を加速させるのかは、依然として不透明です。
EYでは、こうした疑問に答えるべく、2020年7月、全米の2,000名超の患者と300名の医師を対象に医療技術の利用状況とそれぞれの見方について調査しました(「今回の調査について」参照)。調査によると、米国の医療システムでは、新型コロナウイルス感染症への対応を契機として医療技術の採用が加速し、「デジタルファーストのヘルスエクスペリエンス実現には、ある種の条件が欠かせない」という先入観が崩れ去ったことが分かりました。結果として、短期的には遠隔医療の「定着」が進み、また将来的にスマートヘルスケアテクノロジーを積極的に受け入れる姿勢が強まりました。この結果は、2019年にEYが調査した内容とも一致しています。その調査によれば、米国の患者と医療従事者はコロナ禍前から、今後10年間でデジタル医療システムへの大幅なシフトが進むと予想していました2。
こうした状況は米国だけにとどまりません。世界各国でも米国と同じようにバーチャルケアへのシフトが進行し、リアルとバーチャルを一体化させたエコシステムとして自国の医療システムを見直す動きが進んでいます。
パンデミックの加速に伴い、オフィスや病院を避けたいという意識の高まりを含む複数の要因により、人々が医療に直接アクセスする機会が減少しました。非営利医療団体のカイザー・ファミリー財団(KFF)の調査結果によると、米国人の42%が治療をキャンセルしたり、延期したりしました3。一方、診察を受けた人のうち、対面での治療が必要な場合や、むしろそれを望んだ人がいたものの、その多くはバーチャルケアを利用して自宅で安全を確保しつつ、新型コロナウイルス感染症の症状を診断してもらったり、ケアを受けたりしました。
結果として、パンデミック中は遠隔医療の活用が激増しました(図1)。EYの調査によると、ビデオ診療の割合は以前の5%から19%へとほぼ4倍、電話診療も11%から24%へと2倍以上増えました。また大半(70%)の患者は電話診療が対面で医師に症状を説明するのとほとんど変わらないと回答しています。
医師にとって、遠隔医療の採用は選択肢の一つではなく、医療・ビジネスの両面から見て必要不可欠な対応でした。従って電話とビデオの利用率は以前の20%から80%超へと激増し、多くの診療所で瞬く間にバーチャルケアが受けられるようになりました(図1)。プライマリーケアや専門診療だけでなく、病院や外来医療施設など従来型の医療機関においても同じ傾向が見られました。
医師の報告によると、コロナ禍においては診療を可能な限りバーチャルにシフトさせることで、従来よりも多くの患者に対応できるようになりました。パンデミック中に、自分の患者がバーチャルケアを提供する医療機関に奪われたと感じる医師が極めて少ないのは、ほぼすべての医療機関が遠隔医療を採用したためかもしれません。それでもデジタル面で高い能力を有し、魅力的なアクセスポイント(アプリやウェブポータルなど)を提供する診療所は、患者の取り込みにおいても、より満足度の高いペイシェントエクスペリエンス(患者経験価値。患者中心の医療の観点で、患者が医療サービスを受ける中で経験するすべての事象)の提供においても、長期にわたり競争優位に立てる可能性があります。すなわち、大半の医師(81%)が新たなデジタル技術の導入を加速させる方針を示しても驚くことではないでしょう。また向こう3年間で、デジタル技術に中・大規模の投資を行うとしている医師の割合も63%に上ります。
EYの調査によると、今後数年間、患者による遠隔医療の利用はパンデミック前を超えるペースで拡大が続くとみられ、他の医療技術の採用も大きく進む可能性があります。
新型コロナウイルス感染症が収束して人々の間に安心感が広がり、対面受診への回帰が進めば、短期的にはデジタルヘルス技術の利用は落ち込むかもしれません(図2)。そうした傾向は2020年5月末以降、特にニューヨークなど、新規感染者数がピークを越えた地域のメディケア医療費請求データにすでに表れています。さらにこれを裏付ける形となっているのが、世界の消費者の行動と心理についてまとめたEY Future Consumer Indexのデータです。それによると米国人患者のうち、今後数カ月間に対面での受診に戻して予約することに抵抗はないと感じている人の割合は実に94%に上りました。
電話・ビデオ診察の普及は一時的に落ち込んだとしても、その後はパンデミック前を上回る水準で落ち着くものと考えられます。例えば、ビデオ診療の利用は、2020年年初の5%に対して10%と、ほぼ倍増する見込みです。また医療においては、対面で手当てを施すことによる治療効果が強くうたわれますが、今回のパンデミックで、対面による診療は必ずしも必要ではないことが明らかとなりました。遠隔医療を利用したことがあるものの対面受診を望む患者のうち、49%は引き続き遠隔医療を利用するとみられます。
EYの調査によれば、技術の内容にはよるものの、長期的にみて米国ではすべてのデジタル技術の普及率が3倍に拡大し、30~45%に達すると見込んでいます(図2)。当初、遠隔医療へのシフトをもたらした主たる原動力は個々人の安全への懸念でしたが、今ではその利便性や即時性を理由にデジタル技術の利用を続ける意思を示しています。これは私たちが、ペイシェントエクスペリエンスを効率化する管理技術が、最終的に遠隔医療技術をも超えて浸透する、と考える理由の一端でもあります。管理技術の例としては、オンラインの診療予約や、アプリを利用した薬の処方依頼などが挙げられます。今後数年間にバーチャルケアとリアルケアの統合を目指すヘルスケア提供者にとっては、これらの利点を心にとどめておくことが重要です。
人々がスマート技術への長期的シフトを実現するにあたっては、技術開発企業、医師および医療業界がいずれも重要な役割を果たすことになります。
第1に、一部の患者が対面受診に回帰したとしても、医療提供者はデジタルソリューションを提供し続ける必要があります。それにより、患者が受診方法を選べるようになるだけでなく、新しい技術に接する機会をもたらすことにもなります。例えば、遠隔医療ツールだけでなく、生体データを収集・送信するウエアラブル端末や、臨床研究に利用できるクリニカル(臨床)グレードの遠隔監視デバイスなどの技術です。こうしたことからもEYの調査は前向きなトレンドを示すものと言えるでしょう。図2で見た通り、60%以上の医師がパンデミック後も遠隔医療技術を使い続ける意思を示しているからです。さらに言えば、遠隔監視技術など、より患者に重点を置く技術は一体型スマートヘルスエコシステムの構築において鍵となる要素であり、今後、医師による採用が急拡大する可能性があることは明らかです。
第2に医師や医療業界は、人々が満足度を高め、将来的にスマート技術を進んで受け入れる状況を作り出すべく、既存ソリューションの採用拡大につながる策を講じる必要があります。私たちは、技術において現在の採用度と将来の採用度の間には強い相関があるとみています(図表3)。人々が新しい技術を一つ使うようになると、将来の技術に対する意欲は平均して約5%増大します。すなわち現時点での採用拡大は、将来のスマート技術の広範な導入に道を開くものになる、ということなのです。現在、69%の人々がわずかとはいえ医療技術を利用しており、この事実は大きな機会の潜在性を示唆します。医師や医療業界はこうした機会を生かすべく、さまざまなソリューションから成るデジタルエコシステムの構築に注力し、足元では複数技術の同時採用を加速させるとともに、将来の新たなスマートソリューションのためのプラットフォームを構築しなければなりません。
最後に、技術開発企業は利用者の主なニーズや課題に対応できる製品群を開発する必要があります(図4)。これは利便性を特に重視した技術、医師のワークフローにシームレスに統合できる技術の開発を意味します。一方で、医療の質の面で妥協したり、臨床医の事務的負担を増やしたりしてはなりません。患者のために開発を行うということは、高効率なユーザーインターフェースや、多数の異なるアプリに代わる一体型のツールなど、利便性や即時性の向上につながる機能を重視して開発に取り組むことなのです。
今回のパンデミックにおいて一つ光明があるとすれば、シームレスかつスマートで、より統合の進んだヘルスケアエクスペリエンスの提供に向けて、米国の医療業界が大きな一歩を踏み出したことでしょう(図5)。今回の危機は、医療提供のあるべき姿に対する先入観に疑問を投げ掛け、これまでデジタルヘルス導入を阻んでいた障壁が崩れる要因ともなりました。医療業界や医師は、バーチャルケアの提供を成功裏に実現させる手法を学んだだけでなく、将来的に欠かすことのできないサービスの一部としてバーチャルケアを実践しようとしています。医療技術によって自らのケアエクスペリエンスがいかに簡素化・強化され、個々人に合わせてカスタマイズされたかを目の当たりにした患者は、今後こうした診療をますます求めるようになるはずです。
リアル、遠隔、バーチャルそれぞれの環境下で、いかに医療の統合・調整を行うべきかについて、多くの学びがありました。さらにさまざまな組織がよりスマートな医療への移行を続けるべく必要な措置を講じる中で、得られる知見はまだあるはずです。例えば、①共通の技術・通信基準を開発する、②許可を得た上で医療情報を安全な形で交換できるようにする、③構造化・非構造化にかかわらず膨大な医療データから実用的な知見を引き出す能力を開発する、などが考えられます。これらは、コネクテッドヘルスエコシステムに向けて適切なデータ環境を整えるために不可欠な技術的要素です。EYのヘルス情報アーキテクチャー(How will you design information architecture to unlock the power of data?)に関する最近の記事で、以上の要素について取り上げています。
コロナ禍、医療の在り方を患者のニーズに合わせて変化させる取り組みが進んだ結果、最終的には「デジタルファーストのヘルスケアエクスペリエンスの提供に欠かせない」と誰もが長年信じ込んでいたものが覆されました。企業の幹部層やヘルスケア業界のリーダーは、「スマートヘルストランスフォーメーション」の姿を再度思い描き、3つの疑問について自ら問い掛けることが重要です。
Michael Wheelock, PhD, EY Global Advanced Insights Lead、Sheryl Coughlin, PhD, EY Global Health Sciences and Wellness Senior Analystによる寄稿
新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、ヘルスケア業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)は後戻りのできない段階に入りました。デジタル能力を深化させ、魅力的なアクセスポイント(アプリやウェブポータルなど)を構築することにより、デジタルファーストのヘルスエクスペリエンスを提供できるようになれば、患者の取り込みにおいても、より満足度の高いペイシェントエクスペリエンスの提供という意味でも、長期にわたり競争優位に立てる可能性があります。