品質不正やデータ偽装リスクに関する社会動向と対応のポイント

シリーズ:品質コンプライアンス対応

第1回 品質不正やデータ偽装リスクに関する社会動向と対応のポイント


企業のインテグリティ(誠実性)経営が求められる一方で、品質不正やデータ偽装といった非財務に関する不正・不適切行為の発生が後を絶ちません。社会的にも品質不正やデータ偽装の防止に向けた動きが加速化している中で、企業が今できることは何でしょうか?


要点

  • 品質不正やデータ偽装の防止に向けて社会の動きが活発化している
  • 品質不正やデータ偽装の予防において不正・コンプライアンスの観点に基づくリスクマネジメントが重要である


1. はじめに

企業のインテグリティ(誠実性)経営が社会から求められる一方で、企業における不正・不祥事の発生が後を絶ちません。とりわけ、品質不正やデータ偽装といった類型の不正・不適切行為の発生に関する報道を目にする機会が増加傾向にあり、企業は財務と非財務の両面から不正・不祥事リスクへの対応の見直しが急務となっています。一方で、品質不正やデータ偽装といった不正・不祥事リスクへの対応を実務に落とし込むに当り、多くの企業がさまざまな課題に直面していると思われます。

EY Forensicsでは6回にわたり、品質不正やデータ偽装リスクに関する社会動向や対応ポイント(今回)などについて、解説していきます。

トピック

(現時点の予定のため予告なく変更となる可能性があります)

第1回 

品質不正やデータ偽装リスクに関する社会動向と対応のポイント

第2回 

再発防止策および改善策の検証と見直し

第3回

企業文化の測定と改善活動

第4回 

品質不正やデータ偽装リスクの評価

第5回

内部通報制度とマイナス情報の収集

第6回 

品質不正やデータ偽装リスクに関するモニタリング活動


2. 社会動向

品質不正やデータ偽装が発覚した場合、ブランド価値の毀損(きそん)、社会からの信頼喪失、第三者認証の取り消し、ビジネスの停止、従業員の士気低下とそれに伴う人材流失、競争力低下、事業撤退、製造物責任(Product Liability)リスク、集団訴訟(Class Action)、懲罰的損害賠償(Punitive Damage)といった、深刻なダメージや巨額損失を被ることが危惧されます。さらに、当局や顧客などに対する状況報告、謝罪対応に加えて、開示している非財務報告の信頼性の早急な確認と訂正など、各種対応に追われ、企業活動の窮地に立たされることが想定されます。

2017年12月4日、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)より「品質管理に係わる不適切な事案への対応について」という声明が発表されました。その中では、会員企業および会員団体に対する不正・不祥事の全社的かつ自主的な調査、法令・契約遵守の徹底、不正・不祥事に対する実効性のある防止策の実施、経営トップ自らの率先した問題解決および原因究明への取り組みが要求されています。また、一般社団法人日本品質管理学会(JSQC)の日本品質管理学会規格として、23年1月26日に「テクニカルレポート品質不正防止」が制定され、23年9月20日には「品質管理用語」の改正版が制定されました。これらにおいては「品質不正」という用語が新たに定義・言及されています。このような社会動向を踏まえると、品質マネジメントシステム(QMS)や総合的品質管理(TQM)の考え方においても、品質不正やデータ偽装といった不正・不祥事リスクへの対応の必要性が高まっていくことが想定されます。


3. 第三者認証規格で不正・不適切行為を防止することはできないのか

より良い製品やサービスを提供することを目的とする品質マネジメントシステムに関する第三者認証規格の代表例として、国際標準化機構(International Organization for Standardization)のISO9001:2015が挙げられます。また、特定の製品に関する規格も存在しており、Underwriters Laboratories Limited Liability CompanyのUL認証規格などが代表例です。実際、品質不正やデータ偽装が発覚した多くの企業は、これらの第三者認証規格を取得しており、不正・不適切行為の発覚に伴い、当該認証規格が取り消された、または一時停止となったケースが多数存在します。

 

第三者認証規格を取得しているにもかかわらず品質不正やデータ偽装が発生している背景として、品質マネジメントが認証取得レベルにとどまり、パフォーマンスと連動していないことが指摘されます。しかしながら、これらの枠組みを活用して、品質不正やデータ偽装を防止することは、本当に不可能なのでしょうか。

 

ISO9001:2015に焦点を当てて考えてみましょう。当該規格には「リスク及び機会への取組み」という要求事項6.1が存在します。ここでは、企業活動に重大な影響を及ぼすリスクを識別・分析・評価し、その結果に基づく取り組みの検討・実行、推進した取り組みの有効性の評価などが求められています。これを踏まえ、品質不正やデータ偽装といった不正・不祥事リスクに対して正面から向き合っている企業は、品質マネジメントの枠組みの中で不正・不祥事リスクを想定し、必要な対策を講じるとともに、その結果に関する検証・見直し・定着に向けた取り組みを実践していることになります。

 

一方で、2023年にChartered Quality Institute (CQI)が実施した調査(品質マネジメント及びマネジメントシステム監査に関する幅広い専門知識を代表する CQI および International Register of Certificated Auditor <IRCA> のメンバーから寄せられた820件の回答の集計・分析結果)によれば、ISO9001:2015のうち「リスクと機会に関する現行の要求事項の明確化」について、「対応は不十分」といった結果となっています。その主な理由として、「組織におけるリスクや機会を構成する要素が不明確である」、「想定しうるすべてのリスクをリストアップしている組織もあれば、1つか2つしかリストアップしていない組織も存在する」などが挙げられています。こうした結果に鑑みると、実際のところ品質マネジメントを深化させ、自社における品質マネジメントに関連するリスクの構成要素の明確化や不正・不祥事の発生を想定したリスクの棚卸を実践できている企業は、少ないのではないでしょうか。

 

以上を勘案すると、当該規格の要求事項6.1「リスク及び機会への取組み」において、品質不正やデータ偽装といった不正・不祥事に関するリスクを加味し、当該リスクを回避・軽減し適切な予防に取り組んでいくことで、真の品質マネジメント、ひいては品質経営を実現することは十分に可能であると考えられます。


4. 公表事例から見る対応のポイント(概要)

品質不正やデータ偽装が発生した企業が公表した調査報告書において指摘されている企業の問題点を踏まえると、主に以下の対応ポイント(概要)が見えてきます。

No

対応のポイント(概要)

1

再発防止策および改善策の計画と徹底した実行

2

品質やデータの信頼性向上に向けたガバナンス強化

3

品質保証・品質管理体制の強化

4

人事制度や懲戒制度の適切な運用

5

危機管理体制の構築・強化

6

インテグリティ・カルチャー(企業文化や風土)の醸成

7

コンプライアンス意識の向上

8

リスク評価に基づくリスクマネジメントの実践

9

不正統制活動の整備・運用

10

内部通報およびエスカレーションの適切な運用

11

プロアクティブなマイナス情報の収集に向けた取り組みの実践

12

組織横断的な課題や問題に関する情報共有

13

実務に沿った教育・研修の実施

14

モニタリングの実効性確保

これらによると、組織の内部統制の枠組みの中に問題が生じており、コンプライアンス態勢の構築が不十分な状態にある、もしくは機能不全に陥っている状態であることが分かります。

2023年11月の第64回品質月間のテーマは、「原点回帰! 人づくりと強い現場で創る 新時代の品質」です。他社で発生した不正・不祥事を対岸の火事として傍観することなく、経営トップによる強力なコミットメントのもと、品質不正やデータ偽装といった不正・不祥事リスクを自分事として捉えつつ原点に立ち返り、自社の現状を多面的に確認し、インテグリティの浸透・定着に必要な取り組みを全社的かつプロアクティブに計画・実行していくことが、今、企業に求められているのだとEYは考えます。


5. 次回予告

品質不正やデータ偽装が発生した企業は、再発防止策を策定し徹底的に実行しようと取り組んでいます。一方で、残念なことに類似の不正・不祥事が再発している事例が後を絶ちません。第2回では、「再発防止策および改善策の検証と見直し」に焦点を当てて、実務における対応のポイントを紹介予定です。


EY Forensicsは、品質不正やデータ偽装の調査および危機管理対応、再発防止、予防に向けた平時のコンサルティングサービスなど、幅広く多様な実務経験を有しています。企業の品質マネジメントと不正・コンプライアンスリスクマネジメントを整合させるため、企業の実情に応じて最適なサポートを柔軟に提供します。



【共同執筆者】

田嶋 司
EY Japan Forensic & Integrity Services

※所属・役職は記事公開当時のものです。


「Forensic & Integrity Services (Forensics) のご案内」をダウンロード

「品質不正・データ偽装対応」をダウンロード

「品質不正・データ偽装に関する調査業務」をダウンロード


サマリー

品質不正やデータ偽装の予防に向けた取り組みが社会的に活発化しています。キーワードは「リスク評価」と「公表事例を踏まえた取り組みの計画・実行」です。当該リスクを自分事として捉え、インテグリティの浸透・定着に必要な取り組みを全社的かつプロアクティブに計画・実行していくことが重要です。


この記事について