EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿では、デジタル保険会社や保険業務のバリューチェーンに関わる技術・ソリューションを有する企業を紹介します。
要点
InsurTechとは、Insurance × Technologyを掛け合わせた用語であり、保険業界におけるテクノロジーとイノベーションの統合を指す用語です。経済産業省が2017年5月に公開した「FinTechビジョン1」では、「保険分野におけるFinTech」と定義されているように、Fintechという大枠の中に含まれることもあります。
保険業界では近年、主にスタートアップ企業によるテクノロジーやデータを活用した、個々の消費者ニーズや利便性が高い保険商品が普及しており、米国ではLemonadeやOscar Healthといったオンライン上での顧客接点に焦点を絞ったデジタル保険会社のIPOも進んでいます。また、リスク評価や引受査定、保険金請求管理といった保険業界における多岐にわたるバリューチェーンに関わる技術の進化も見られます。
バリューチェーン別の活用テクノロジーと代表スタートアップ
保険業界におけるテクノロジーの活用は、バリューチェーン全般にわたります。保険商品・サービスの高度化や顧客接点強化、顧客体験向上を含むフロントエンドでの取り組みだけでなく、社内の引受・保険金支払などの業務の効率化にデジタルを活用するなど、基幹業務でもテクノロジーの活用が進んでいます。
大手保険会社は、自社での取り組みも進めると同時に、各領域で強みを持つInsurTechスタートアップと提携することで、最新技術を取り込んでいます。
地域別のInsurTech市場規模
グローバルのInsurTech市場をけん引する北米やそれに次ぐ欧州やアジアが取り上げられることが多いですが、規模は小さくとも特徴的な動きがある南米など、各地域で特徴・トレンドがあります。各地域・国における公的保険の状況や所得水準、保険加入状況などにより、求められるInsurTech企業のサービスにも差が見られました。
地域別の注目InsurTechトレンド
ウクライナ情勢などの影響はInsurTech投資にも波及
InsurTech領域への投資は、2018年から21年まで順調に拡大。2021年はOscar HealthやLemonade、HippoなどのIPOにより、過去最大の調達額となる174億米ドルを記録しました。
しかし、2022年はウクライナ情勢のほか、欧米での利上げやインフレの高止まりなどの影響を受け、総調達額増減率は前年比約▲42%。調ほか達額は大幅な減少となった一方、投資家のInsurTech領域への投資件数は同約▲14%にとどまりました。
図1:InsurTech投資動向 2018~23
2023年上期も縮小傾向は変わらず
2023年上期においても、2022年からの傾向は変わらず、1件あたりのディール規模は縮小傾向、件数の伸びも鈍化傾向にあります(図1参照)。
2023年上期は、37億米ドルの投資規模でしたが、そのうち約6割が、決済プラットフォームを提供するユニコーン企業Stripe1社への投資(65億米ドル米ドル)であり、領域全体への投資が回復しつつあるとは言い難いでしょう。
より成熟したInsurTech企業への投資にシフト
上述のような世界情勢は、InsurTech領域における投資の優先順位に影響を及ぼしているようです。
2018年から22年にかけて、投資ラウンドごとの内訳はおおむね同水準で推移していますが、2023年上期においては、シード段階などのアーリーステージの投資が減少、上述のStripeを含め、シリーズC以上のミドルステージの企業への投資が増加しています(図2参照)。
欧州保険会社を中心に、より迅速な技術の取り込みや事業化を求め、新興スタートアップの開拓から、成熟し実績がある企業への投資にシフトしている傾向が見られます。
図2:投資ラウンド別のInsurTechの資金調達動向 2018~23
保険会社が注目しているInsurTech領域と代表的なスタートアップ
InsurTech領域のトレンドとして、成熟企業へ投資がシフトしている傾向があるのは上述の通りですが、新たなスタートアップが日々登場しているのも事実です。以下では、2023年上半期に投資を受けた注目InsurTechスタートアップを紹介します。これまでにあまり見受けられなかったようなサービス・技術を提供しているという観点に加え、大手企業のInsurTech Awardの受賞や大手Tech企業からの投資獲得などの観点から4社取り上げました。
2023年上期の注目InsurTech企業
その他注目動向
コロナ禍による巣ごもり需要で、ネット関連サービスを中心に多くのテック企業が大量採用を続けてきましたが、景気減速を受けて、GoogleやMetaをはじめとする米テック企業大手を中心にレイオフが発表されています。この動きは、保険業界にも波及しており、いずれも米InsurTech企業である、Lemonade、Corvus、Ethos、Branch Insurance、およびSwiss Reが設立したInsurTech企業iptiQの米国部門においてもレイオフが実施されています。
従来は、最先端・新技術を持ったスタートアップに早い段階から目をつけ、投資や提携することが望ましいという風潮があり、グローバルの大手保険会社もアーリーステージの企業の発掘に注力していました。しかし、本稿で取りまとめたように2022年頃からトレンドに変化が見られ、投資元の企業は、より確実な収益や早期事業化を求め、既に実績を持つInsurTechへの投資にシフトしつつあります。この傾向は恐らく2023年下期以降も継続する可能性が高いでしょう。
もちろん、新興スタートアップの発掘不要という意図ではありません。前述のようなとがった技術や目新しいビジネスモデルを持つスタートアップの登場は今後も注視し、適宜自社へ取り入れていく必要があります。ただし、成熟したInsurTechスタートアップでもレイオフが続いていることなどから、これまで以上に当該スタートアップの継続性や将来性を見極める必要があります。その際、財務体制や保有技術・市場の将来性などのほか、どのような企業が投資をしているか、という点も判断材料の1つとするかもしれません。
脚注
1. 経済産業省「FinTechビジョン」、meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170508001_3.pdf(2023年10月26日アクセス)
InsurTech領域での注目テーマは引き続き、エンベデッドインシュアランスやサイバー、SMEなどでしょう。投資額や件数の鈍化傾向は続く見通しですが、こうした注目テーマ関連のソリューションプロバイダーやプラットフォーマーに対する投資・事業提携の動きは継続すると想定されます。