欧州の金融サービス業界の企業経営者は、いかにして生成AI導入に取り組んでいるか

欧州の金融サービス業界の企業経営者は、いかにして生成AI導入に取り組んでいるか


関連トピック

人を起点とする最良の知見と生成AIが持つ広範な能力を結び付けることが、金融サービス業界全体の価値を引き出すための鍵となります。


要点

  • 欧州の金融サービス業界では、生成AI導入に関わる機会が捉えられており、今後1年間の大幅な支出増が予想される。
  • 金融サービス業界の企業経営者は、AIが生産性向上の要であることを確信しているが、研修やスキルアップについてのより戦略的、かつ長期的な計画が求められている。
  • 経営者が抱える主な懸念には、従業員が生成AIを十分に理解していないことに加え、将来の規制や倫理面の問題といった点がある。

金融サービス業界では、30年以上にわたり大規模なデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めてきましたが、人工知能(AI)と生成AI(GenAI)のテクノロジーが発展を遂げつつある今、業界全体での機会や価値創造、未来の仕事の在り方が根本から変わる時期に来ています。

欧州における⾦融機関の取締役会では、機会から、リスク、顧客、法律、規制、コンプライアンスといった観点まで、あらゆる議題においてAIが注⽬を集めています。経営幹部は、⽣成AIの⼤規模⾔語モデル(LLM)の活⽤によって、顧客サポートや顧客体験から、社内のオペレーションに⾄るまで、さまざまな課題を変⾰できる可能性を認識しており、⽣産性向上を実現する機会を積極的に模索しています。

EYが実施した「European Financial Services AI Survey 」は、欧州の金融機関60社の経営層を対象に意見をまとめたものですが、この調査により、自社全体へのAIと生成AIの導入に向けた今後の道筋を描く際に経営者が共通して感じる高揚感、楽観的見方、好機の到来についての感触を明らかにしています。

しかし、銀行、保険、資産運用会社の経営幹部の回答からは、人的資本と経験を最大限に引き出し、業務効率を向上し、新たなリスクを軽減することに関連する、AI導入の過程で業界がすでに取り組んでいる複雑で多面的な課題も明らかになっています。
 

AI導入を次の段階に進める上では、企業経営者は戦略的思考をもって対応しなければなりません。AIは、ビジネスの広範な目標や目的から切り離された、いわゆる「ボルトオン」戦略であってはなりません。欧州全域の金融サービス業界の未来をけん引する人材の育成につながる、責任あるイノベーションと価値創造を可能にするには、AIを企業の戦略に完全に統合する必要があります。


 

人工知能がもたらす機会を積極的につかむ

欧州の金融サービス業界の企業経営者、生成AI導入の将来を楽観的に捉えており、信頼感を深めていることは言うまでもありません。63%が、システム、アプリケーション、モデルの高速化が事業にもたらし得る恩恵に期待を寄せています。
 

生成AIの台頭により、多くの企業には、顧客の理解とコミュニケーションの向上やバックオフィス業務の自動化、エンゲージメントの個別化など、現存するAIのユースケース(使用事例)を拡充する可能性が生まれています。
 

欧州の銀行、保険会社、資産運用会社の間でAIの活用が最も進んでいる分野は、データサイエンス、オペレーション、IT、マーケティング・販売、カスタマーサポートです。

競争が非常に激しい業界では、企業経営者は同業他社と比較して進捗(しんちょく)状況を見極めています。今回の調査では、自社が競合他社と同等であると認識しているのは半数超、自社が後れを取っていると考えているのは4分の1未満でした。
 

1年後には、企業経営者のほぼ半数(47%)が、より広範なユースケースで生成AIのケイパビリティを確立したいと考えています。5分の1強が生成AIの試験的導入を目指すことを長期的計画として掲げています。さらには、5分の1が、他社に先んじるために生成AI導入を急加速することを計画しています。
 

変化の速さが、引き続き、企業の適応力と対応力に対する課題になるとみられます。AI導入の速度とAIによる効力が、企業間の競争上の優位性としてさらに重要になっていくでしょう。

 

生成AIテクノロジーへの投資に対する意識はすでに広く普及しており、過去1年間に60%の企業が積極的な投資を行っています。AIの導入と取り組みを戦略的に実行するか否かが、この業界の経営者を選別することになるでしょう。短期的には、経営幹部の75%が今後1年間に資本配分の拡大を計画しており、当面、競争は続くとみられます。


AIの持つ潜在能力を現実化して生産性向上につなげる

欧州の金融業界の企業経営者は、生成AIへの投資を通じて生産性の向上、顧客の利益、業務の効率化を目指していますが、潜在的なメリットを実現し、活用するには、綿密で長期的な計画が必要です。しかし、この認識はまだ業界全体に完全には浸透していません。

欧州金融サービス業界においては企業経営者の4分の3超(77%)は、生成AIテクノロジーが生産性に予想外の大きな利益をもたらすことを期待しているものの、自社の従業員と業務運営には大きな影響が出ることも予想され、その影響に備えています。AIは計り知れない可能性を秘めており、成長に向かう新たな道を切り開くでしょう。

回答者の3分の2(68%)は、全職種のうちの4分の1までが、今後1年のうちにAIの研修やスキルアップが必要になると予想しています。また、約5分の1(17%)は、こうした研修やスキルアップの必要だと考える回答が全職種の半数にもなる可能性があるとしています。しかし、研修やスキルアップを通じて生産性の向上を促す動きはまだ広まっていません。回答者の3分の1以上(35%)は、生成AIテクノロジーに関して従業員向けの研修を実施する計画はなく、42%が計画は「初期段階にある」と回答しました。より焦点を絞ったアプローチとしては、7社が特定のグループ向けに研修を実施中であるとし、6社は計画を策定済みと報告しています。

自動化やビッグデータの処理を根本的に向上させ得るAIと生成AIのテクノロジーが、仕事の本質と、人間がキャリアを通じて学習し、経験を積む道筋の双方を、どのように変容させる可能性があるのかを企業が積極的に検討することが極めて重要です。

生産性を向上させるAIの可能性
生成AIテクノロジーが生産性に予想外の大きな利益をもたらすことを期待している企業経営者の割合。

キャリアの早い段階からAIを活用できるようにする

欧州の金融サービス業界の企業経営者は、今後自社に加わる次世代人材に対する、AI導入の潜在的効果を検証しています。

経営幹部の半数超(60%)は、新しいテクノロジーが新入社員や新卒者の担う役割や業務に多大な影響を与えると予想しています。こうした影響に対処するため、35%の企業がAI研修を新卒業者向け研修プログラムに組み込むことを計画しており、4分の1(25%)は、新入社員のポジション全体で役割と責任をより広範に見直す予定としています。

繰り返し行うタスクを排除し、人間以外のリソースを増やすことで、AIは管理業務を合理化し、実行率を高め、職場チーム全体の能力構築が可能になります。その結果、従業員エクスペリエンスとエンゲージメントを向上させる機会が生まれます。欧州の金融サービス業界の企業全体で、将来的を見据えた計画が進行し、新卒者向け研修制度の開発がすでに実施されていることは心強いことです。この長期的な考え方こそが、テクノロジーを最も効果的に統合するための支えるとなるものです。結局のところ、重要になるのはテクノロジーが何をもたらすかではなく、テクノロジーがどのように適用され、人々が何を達成できるかです。

また、企業の人材戦略の一環として生成AIテクノロジーを業務に組み込む機会を評価することは、全従業員の職務の構造、スキルギャップ、研修の機会について包括的な理解を深めることにも役立ちます。

将来を見据え、生成AIを活用できる従業員の最も価値のある特徴が何かを考慮した場合、欧州の金融サービス業界の企業経営者が望むのは、「テクノロジーに精通」し、実験をためらわず、革新的で学際的な考え方を備えている人材であり、そういった就職希望者を引き付けたいと考えています。経験豊富な人材の中でも、AI導入の加速に伴い今後2年間で最も需要が高まると金融サービス業界の企業経営者が予想する分野は、データサイエンスとイノベーション、IT、運用スキルです。

 

全てのステークホルダーに対しAIのメリットを活用する

アラン・チューリング研究所(The Alan Turing Institute)の2021年のレポート「AI in Financial Services(金融サービスにおけるAI)」1では、機械学習、従来とは異なるデータ、自動化での責任あるイノベーションの必要性が強調されていますが、生成AIユースケースが進化するにつれ、この必要性はさらに高まるものとみられます。

AIと生成AIの導入に関して企業経営者が抱く懸念として突出している領域には、知識とスキルのギャップ、従業員への影響、規制の変更、AIの倫理的影響があります。これは、新しいテクノロジーを責任を持って導入するという企業経営者のコミットメントを示すものです。

同様に、生成AIの倫理に関する主な懸念は、プライバシー、透明性、説明可能性に加え、差別、偏見、公平性の欠如が生じる可能性に対するものです。

これらのリスクに対処するために、一歩踏み出そうとしている企業もあります。5分の1近く(18%)がAIの倫理性に関する枠組みをすでに策定しており、30%が策定に着手しています。

AI導入が持続可能な事業戦略の一部として完全に統合されるようにするためには、説明責任を定義することが不可欠です。金融サービス企業のテクノロジー部門の半数(50%)は、最高情報責任者(CIO)または最高デジタル責任者(CDO)の直属として、事業全体でAIを統合する役割を担っていますが、10社中4社近く(38%)では、説明責任の指示・報告系統がまだ定められていません。

各企業が業務全般において新たな機能にどのようにアプローチ、開発、統合していくかを厳密に定めることが、リスク軽減に不可欠な最初のステップです。金融サービス企業は、強固なガバナンスの枠組みを整備することを通じて、顧客と自社従業員のどちらにとってもAIと生成AIのテクノロジーのメリットを活用する自身の能力に自信を持つことができるようになります。

AIのメリット
生成AIテクノロジーが生産性に予想外の大きな利益をもたらすことを期待している金融サービス企業の経営者の割合。

提案事項

  • 長期計画の策定に役立てるために、あらゆる事業部門においてAIの潜在的なユースケースを検討する。

  • 部門横断的なチームの連携により、AIに関する懸念事項を長期的な研修と採用の戦略に組み込むとともに、人材ギャップに対処する。

  • 成長を促す主要分野とスキルセットに生じ得る、能力面の制約を評価する。

  • 各戦略計画のタイムラインに沿って達成できるようにチームと経営指導部を編成し、トップが指示を出せる体制にする。

  • 広範なリスクに対処するため、強固なガバナンスの枠組みを確実に導入する。


サマリー

欧州の金融サービス業界の企業経営者は、AIと生成AIテクノロジーがもたらす機会に期待を寄せています。新しいテクノロジーが業務、プロセス、顧客体験を変容させる中、テクノロジーへの理解度やスキルギャップ、規制の影響、倫理に関する懸念は依然として多大な関心を集めています。金融サービス企業とその従業員にとって、リスク軽減を実現し、価値創造を最大化する鍵は、長期的かつ戦略的なアプローチを取ることです。


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