金融セクターにおけるESGデータ市場の進化の様相と課題

金融セクターにおけるESGデータ市場の進化の様相と課題


金融機関のESG(環境・社会・ガバナンス)データに対するニーズの高まりを受け、ESGデータ市場は急速に進化しています。


要点

  • 金融機関と投資家からのニーズの高まりや規制要件への対応の必要性に伴い、ESGデータ市場は進化し続けている。
  • ESGデータ市場を席巻しているのは大手ベンダーであるが、金融機関が必要とするニッチな領域に特化したデータプロバイダーも市場に参入している。
  • 利用可能なデータの品質には依然課題や弱点があり、今後も複数のデータプロバイダーに依拠せざるを得ない状況が続くことが予想される。


EY Japanの視点

サステナビリティ関連情報の法定開示化を控え、その土台となるESGデータの品質に関心が集まっているのは日本も同様です。加えて本邦の金融機関では、地域ごとのガバナンス体制により、各部署、各地域で個別に管理されている社内データと、外部のESGデータのひも付けが課題となっています。統一的なディクショナリーが整備されないまま、各所・各分野の報告ニーズに対応したアドホックなデータ加工・蓄積が個別に継続されると、万一品質や一貫性が問題になった際の、調査・復旧のハードルが高まることが懸念されます。ESGデータはいずれにしろ将来の経営戦略に不可欠なものです。開示範囲が小さく、深度も限られている現段階から、ESGデータ管理のロードマップを策定し、十分な投資と共に着実にコア業務への統合を進めていくことが肝要と考えられます。


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ESGデータ市場は、規模、洗練度、成熟度などあらゆる面で成長しています。ESGデータの日常的な利用も、実質的にすべての金融機関で行われており、2年前の調査時よりもESGデータの市場規模ははるかに拡大しています。2021年度のESGデータプロバイダーの収益は10億ドル超でしたが、2022年度は、13億ドルにまで増加することが予想されます1

ESGデータ市場の成長の主な原動力となっているのは、投資家の要請です。「ESGに関する問題意識の強い金融機関は、同業他社に比べて競争優位性を高く保つことができる」とみられるようになってきています。こうした要請は法規制の強い後押しにささえられており、今後もESG市場のあり方に大きく影響を及ぼしていくと思われます。欧州における法定開示規則の対象となる金融機関は増加し、米国2やアジア3でも新しい規制の導入が進んでいることから、さまざまな国・地域でESGデータの需要が高まることが予想されます。利用者の内訳をみると、アセットマネージャーが最も多く全体の59%を占め、それに保険会社と機関投資家が続いています。

ESGデータ市場の規模は、現在、欧州が世界最大となっています。ベンダーが提供するデータの地理的カバレッジに関するEYの分析は、その国・地域で入手可能なESGデータセットの成熟度が反映されたものです。欧州の企業によるESGデータの購入は全世界の60%を占めています4。他の国・地域でもカバレッジは急速に拡大しており、とりわけ、米国でそうした傾向が顕著に表れています。これは2020年以降、同国でサステナビリティに対する意識が非常に高まったことが背景にあります。アジア太平洋地域をカバーするプロバイダーの数も急増しています。しかし、欧州に比べると、データの幅も深さも限定的です。中東やラテンアメリカのESGデータ市場は比較的小規模にとどまっています。

データプロバイダー上位20社のアセットマネージャー数

現在、ESGデータ市場を主導しているのは、一握りの大手ベンダーです。それに続くのは、互いに拮抗し合う2番手ベンダー、そしてより小規模で専門的な分野に特化した多数のデータプロバイダーです。特定の領域を取り扱うニッチなプロバイダーの参入も続いています。しかし、新興プロバイダーは、ワンストップショップを目指す大手ベンダーに買収されるケースが多く、こうした買収が今後も続けば、ESG市場が成熟するにつれ、小規模プロバイダーの割合は減少傾向をたどることが予想されます。

データプロバイダー上位20社のアセットマネージャー数

大手のデータプロバイダーは、業者を切り替える際のIT関連の障壁の存在により、その立場をさらに優位なものにしています。ユーザーはデータの調達先の小規模な変更は常に行っていますが、全体的に変更するとなると一筋縄ではいきません。大手のアセットマネージャーが主要なデータの調達先を切り替えようとした場合、複数種類のデータをコアとなるITシステムに統合しなおす必要があるため、通常、1年以上の移行期間が必要になります。

 

イノベーションによるデータカバレッジの拡大

ESGデータベンダーによる資産クラスのカバレッジは拡大傾向にあります。パブリック市場では、特にソブリン債券や上場不動産ファンドなどでその傾向が顕著にみられます。プライベート市場でもカバレッジが拡大していますが、中小企業のデータが不足しており、利用可能なデータは大手の非上場企業に集中しています。また、土地や不動産などのオルタナティブ投資のカバレッジは、その分野に特化したデータプロバイダーによる限定的なものとなっていることが一般的です。

ESGデータの対象のカバレッジも拡充されています。これは、投資家が気候変動だけではなく、そのほかの環境問題や社会的優先課題への対処に向けた取り組みも求めていることが背景にあります。そうした中、データプロバイダーが注目している新しいデータカテゴリーのひとつに生物多様性があります。現在、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)5フレームワークの開発が新しく進められていますが、この導入後には、この分野における有用なデータの提供が促進され、投資家がネイチャー・ポジティブ(生物多様性を維持し回復する)に向けた目標を設定する一助となるでしょう。

ESGデータプロバイダーは、さまざまな革新的アプローチを追求しています。大手プロバイダーの場合、生物多様性格付けを既存の評価手法を適用して行うなど、新しいデータソースをすでに確立されたプラットフォームに統合するアプローチを好む傾向がみられます。それとは対照的に、ニッチな領域を専門とするプロバイダーは、新しいアプローチやデータによる試みを行う傾向があります。例えば、土地利用の変化のモニタリングに衛星から収集したデータを活用したり、大量の非構造化データの収集・分析に機械学習ツールを導入したりする事例がみられます。ただし、データ利用者がこのような新しいデータタイプを自社のシステムや意思決定に組み込むのは、困難な可能性があります。

 

データ品質と期待値のギャップ

ESGデータの利用可能性が向上しているにもかかわらず、利用者の期待値がかつてないほどに高くなっているため、データ品質が期待値に見合わない状況が続いています。例えば、スコープ3の排出量データの場合、基となる開示情報に限界があるため、データプロバイダーは読み替えや代替指標に強く依存せざるを得ない状況にあります。

EYの記事「ESG+のポテンシャルをフルに引き出すには」で詳しく取り上げていますが、こうした品質と期待値のギャップを解消するためには、財務情報(financials)の「F」とESGとの間の関連性の強化「FESG」が必要です。これにより、ビジネスにおけるESGデータの活用が可能になり、企業の戦略的判断やイノベーションの推進、長期的価値の創造がもたらされます。

また根本的な問題として、多くのデータ利用者がESGスコアの品質に不満を抱いているということがあります。データ購入者にESGデータの課題について聞いてみたところ、比較可能性と一貫性の欠如が上位6つの懸念事項のうちの4つを占めました(表を参照)。こうした懸念材料は、同一企業の評価がデータプロバイダー次第で極端に異なるという現状により浮き彫りになっているものです。例えば、ある調査では、信用格付け間の相関は0.95を上回っている一方で、ESG格付けの相関がわずか0.61であるという結果が報告されています6 。

データプロバイダー間で異なるESG格付けを比較することによって、「さまざまな見地から検討し、多様な情報を考慮した理解を得ることができる」と前向きに捉えるデータ利用者もいますが、投資成果に悪影響を与える可能性があると考える利用者もいます。また、評価のばらつきにより、データ利用者は、投資家目線で最善の判断を下すのではなく、自らに都合のよい評価を「えり好みする」リスクがあるという指摘も上がっています。

順位別ESGデータの主要課題

ESG格付けの一貫性の欠如は、ESGデータにおけるいくつかの構造的弱点を示唆しています。国・地域間におけるデータ定義の調和の欠如については、肝心のタクソノミー(分類法)が不完全になることは言うに及ばず、ESGデータベンダーがスコアリングや格付けの際に利用する、企業の開示情報の大きな不整合につながります。

データの取得元として企業の開示情報に依拠すると、情報の選択や読み替え時にバイアスを引き起こす可能性もあります。また、企業開示やESG格付け会社への対応に大量のリソースを投入することができるような、大手企業のESGスコアをそのまま高く評価してしまう可能性があります。メディアによるレポートが、正式な開示情報の妥当性の検証や潜在的問題の特定に使用されるようになってきていますが、メディアソースの信頼性や判断にも相応の課題があります。

多様な手法が採用されていることも評価の一貫性が損なわれる要因です。ESGデータの種類の幅は非常に広範であるため、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)それぞれのカテゴリーの開示に対する、データプロバイダーの注目度が違っている場合がよくあります。このようなことから、全体としては、投資家は、ESG格付けに対してあまり信頼を置かずに投資判断を行わざるを得ないことが一般的です。

 

データ利用者はESGデータの収集に係るコストとリスクの増大に直面

ESGデータの信頼性の欠如は、データ利用者側の対応に大きな影響を与えています。明らかなのは、多くの金融機関が単一のデータプロバイダーだけに依存することはできないと感じていることです(図を参照)。しかしながら、複数のデータベンダーをブレンドして利用するアプローチをとる場合、外部コストの重複が発生するだけでなく、ESGデータを分析し、比較し、目利きするための内部コストも必要になります。実際のところ、大手のESGデータ利用者は、社内に評価チームを設置し、サードパーティーベンダーのさまざまなデータセットから独自のESGスコアを算出することが多くなっています。

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さらに大きくみると、一貫性の不足、標準化の不在、独立した第三者保証の欠如が、ESGデータ市場全体の信頼性を損ねていると言えます。この高まる懸念の背景には、コンプライアンス違反の代償の高まりや、グリーンウオッシュだという非難に関する脅威があります。これは、大手金融機関において、規制当局から罰金を科せられたり、上級管理職が辞任したりする事象が最近いくつもあることから裏付けられます7
 

これらの懸念は規制当局の関心に拍車をかけ、とりわけ大手データベンダーに対する規制要件の強化が進んでいます。2022年4月、欧州委員会は、ESG格付けに関する市中協議を行い、EUによるESGデータ市場への介入がもたらす影響の検討をしようとしています。最近の業界への反応では、英国の金融行為規制機構(FCA)もESGデータおよび格付けプロバイダーに対して、当局による監視を導入することに関する、「明確な論拠」を表明しています。
 

 

堅固なデータ管理がますます重要に

ESGデータの購入者の多くは、より効率的で効果的なデータ利用のできる余地があります。一般的な課題としては、ESGデータを必要とする活動が多岐にわたっていることが挙げられます。例えば、SFDRの開示、財務報告、ポートフォリオ管理、ストレステスト、戦略的計画、物品・役務調達などです。しかし、統一的な管理のない中では、無計画に複数のESGデータのライセンスを取得してしまう可能性があります。そうなると、余計なコストが発生するだけでなく、データ管理や利用にも混乱が生じる恐れがあります。
 

課題は不必要なコストだけにとどまりません。多くの企業が購入したデータから最大限に価値を引き出すことができていません。これは、ライセンス契約者が、利用できるすべてのデータを活用できていない、加えて、ビジネスにおけるデータの適用可能性を十分に見極められないことによるものです。
 

最後に、ESGデータは比較的まだ新しい領域であるため、その運用やガバナンスが十分に確立していないという問題があります。適切なテクノロジー、データに関するプロフェッショナル人員、監視体制が欠如しているため、マニュアル処理への過度の依存や効果的なデータ検証の欠如、情報のサイロ化、バージョン管理の不備などに陥り、非効率と混乱を招いてしまう可能性があります。

この対応策として、戦略的データ管理を導入する動きが高まっています。ESGデータを企業全体のデータ管理戦略に統合することによる、金融機関によるコスト削減とデータの利便性向上の対象は明確です。それゆえに、ESGデータの活用は、従来の財務開示情報と併せ、投資意思決定や顧客レポーティング、規制報告などにおいてもますます進んでいます。
 

 

今後に向けた展望

ESGデータ市場は、かつてないほどにダイナミックになっています。データのカバレッジやカテゴリーは急速に拡大してきています。しかし、ニーズとのギャップ、疑問点、不整合など多くの対処すべき課題が残っています。データの量の増加は、必ずしも質の向上を意味しません。
 

こうした課題はすぐに対処できるものではありません。そして、ベンダーがすべての問題を解決することなど不可能です。それでも、業界大手や新規参入者によるイノベーションは続き、ESGデータ市場は今後ますます進化していくでしょう。すでに、業界プラットフォームの連携に向けた動きも始まっているようです。民間レベルでは、ESGデータ交換の標準化を目的とする、オープンソースのプラットフォームの開発が進んでいます。一方、欧州委員会などの規制当局は、いわゆる欧州単一アクセスポイント(ESAP)を立ち上げる計画を進めているようです。これは、ITシステムが判読可能な形式で、ESGと財務に関する企業情報を1カ所に集約し、誰もが直接アクセスできるようにするものです。企業は財務諸表や経営報告書などの開示情報をESAPへ定期的に提出するよう求められるようになり、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の施行後は、EUタクソノミーに関する詳細な情報を含むサステナビリティ報告書の提出もこれに加わります。この提案は、一定の技術的・品質的基準の求めるところにより、自主的に追加的なデータを収集できる可能性も残しています8
 

こうした取り組みのすべてが、ESGデータの利用可能性、品質、アクセス可能性、ならびに金融機関におけるESGデータ利用における効率性向上につながります。CSRDに加えサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)が完全に施行されると、開示データの利用可能性と品質はさらに高まることが予想されます。
 

しかしながら、ESGデータの利用者の多くは今後も複数のデータプロバイダーに依拠せざるを得ない可能性が高いと思われます。対する明るい材料としては、現時点でも、コスト削減や、リスク低減、ESGデータから得られる価値の最大化に向けて、利用者が実行できる取り組みがあることです。特に下記の重点領域は、ESGデータ戦略において重要なものと言えるでしょう。
 

  • ESGデータのすべての用途に対応し、すべての関連チームがアクセス可能な、単一のデータレイヤーに移行するーこれにより、重複コストの回避や、整合性の欠如に起因するデータリスクの低減が期待されます。


  • 主要なESGフレームワークを統合し、データリネージを可視化することができる単一のデータモデルを使用するーこれにより、異なるフレームワーク間の重複を特定でき、外部データソースの合理化が促進されます。


  • ESGデータガバナンスのオペレーティングモデルを組み込むーこれにより、データガバナンス対応の定型化が可能になり、優先度に基づく包括的なデータ管理が実現します。
     

 

共同執筆者 Natalie Brandau, Manager, Wealth and Asset Management, Ernst & Young GmbH Wirtschaftsprüfungsgesellschaft

Jo Freeman-Young, Sustainability Actuary, Consulting, Financial Services, Ernst & Young LLP


サマリー

ESGデータの市場はかつてないほどにダイナミックになっています。とりわけ、データのカテゴリーやカバレッジは急速に拡大し続けています。しかし、ニーズとのギャップや整合性の欠如などの課題はまだ数多く残っています。

企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)が完全に施行されれば、開示データは質と量の両面で改善が期待されます。それでもなお、ESGデータ利用者の多くが、引き続き、複数のデータプロバイダーを利用せざるを得ない状況が続くでしょう。


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