EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部
加藤優一
国内コンサルティングファームにて民間・官公庁向けのアドバイザリー経験を経て、2021年5月より国際公共チームに参画。日本企業の新興国進出支援業務や経済安全保障に関連する調査業務に従事している。東京大学公共政策大学院修士。当法人 シニア。
中務貴之
企業における多様な人材活用に関する領域だけでなく、科学技術・イノベーション政策、高度人材政策に関する立案・実行支援業務を担当。当法人含め、国内金融機関シンクタンク、官公庁政策研究所にて計20年の経験を有する。東京大学大学院修士。当法人 アソシエイトパートナー。
民野元哉
会計監査、政府開発援助のプロジェクトおよびJBSにてEY南アフリカでの業務等を経て2020年5月より国際公共チームにて新興国への進出支援調査業務や国際協力機構の「還流人材」支援業務等に従事している。米国公認会計士。当法人 マネージャー。
要点
本稿では、当法人FAAS事業部CCaSS国際公共チームにて実施した経済産業省(以下、METI)委託事業「令和3年度重要技術管理体制強化事業(我が国製造業の経営基盤実態調査)」の結果から企業にとって参考となるポイントの一部を紹介します。
本事業は、米中貿易摩擦やCOVID-19によるパンデミックを契機として経済安全保障の重要性が高まりを見せる中、日本の製造業の間でもサプライチェーン対策に温度差があるという問題認識の下で実施されました。
目的は大きく3つあり、①日本の製造業の技術・経営基盤の実態の把握②外為法をはじめとする安全保障貿易管理の政策立案のための基礎情報の取得③製造拠点に着目したサプライチェーンの在り方の企業に対する意識喚起です。
調査は日本の製造業の技術の優位性と脆弱性の観点を鑑みて、輸送機器や電気機器、素材や医薬品等の10業種200社(うち日本65社、海外135社)を対象に行いました。
分析に際して「経営持続力評価指標」と「国内外の製造拠点配置分析指標」の2つの指標を作成しました。「経営持続力評価指標」は、企業の経営成績の健全性・脆弱(ぜいじゃく)性・成長性を測るための指標として位置付け、複数の指標を吟味した上で、最終的にそれぞれ総資産利益率(ROA)・デット・エクイティ・レシオ(D/Eレシオ)・株価純資産倍率(PBR)に絞り込みました(<図1>参照)。
一方、「国内外の製造拠点配置分析指標」は、企業の製造拠点のグローバル化度・分散度・海外拠点における成長性を測るための指標として位置付け、それぞれ海外拠点の割合・製造拠点のバラツキ・海外売上比率を算出することで作成しました。
<図2>で表された「経営持続力指標」に関し、日本の製造業の多くは他国企業と比べて、健全性・成長性を示すROA・PBRの値が低いことが定量的に再確認されました。分析対象とした欧米企業や中国・韓国・香港・台湾に所在するアジア企業が軒並みROAとPBRの値が高い傾向にあるため、対照的な傾向を示しています。
2014年8月に発表されたMETIの「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」(通称伊藤レポート)では、日本企業が中長期的にイノベーションと高収益性を達成するためには、資本効率を意識した経営を行う必要があると繰り返し提言がなされており※、今回の調査結果は、日本企業が未だ資本効率改善の途上にあることを示す結果となっています。
<図3>で示した「国内外の製造拠点配置分析指標」からは、日本の製造業の多くが、製造拠点を複数国に分散して配置している傾向にあることが定量的に示されました。
分析対象とした欧米企業は、さらにこの傾向が強い一方で、アジア企業はむしろ国内拠点に集中して配置する傾向を示していました。
本調査では、企業の製造拠点が海外の特定国に偏っている場合は、米中貿易摩擦やウクライナ情勢などの有事に際して事業継続性の観点からリスクが高く、複数国に分散しているとリスクが抑えられるという価値判断をしています。また、製造拠点が自国に集中している場合は、東日本大震災のような国内の自然災害発生時の事業継続リスクが懸念されることも念頭に置いています。
そのため、現在の日本企業の製造拠点配置の在り方は、海外有事において事業継続のリスクに一定程度晒(さら)されていると考えられます。
一概に、製造拠点の配置の在り方に正解があるわけではないですが、各企業を取り巻く状況に応じて製造拠点を含むサプライチェーンの在り方を変えられる柔軟性が必要ではないかと感じています。
本調査では、企業のサプライチェーン強靭化・管理体制の整備状況に関して、①サプライチェーン上のリスクを特定する仕組みの有無②サプライチェーンをグローバルで管理する体制の有無③サプライチェーンの強靭性を高めるための施策の有無、の3つ観点について机上調査を実施しました(<図4>参照)。公知情報の限りでは、わが国製造企業の一部では、サプライチェーン上のリスク対策が後手に回っている可能性があります。
業種別に見ると、重工業、精密機器、鉄鋼・非鉄の日本企業は、海外企業に比べてサプライチェーン強靭化に向けた取組みの充実度に差がある印象です。<図5>は、前記3業種の日本企業(赤)と海外企業(青)のサプライチェーン上のリスクに対して統合報告書等でどの程度リスク認識をしているか(横軸)、そして<図4>に示す対策をどの程度行っているか(縦軸)に関して整理をしたものです。
横軸のリスク認識は、統合報告書においてサプライチェーン上のリスク説明が一般的な抽象度に留まっている場合は左側、国際情勢や地政学的リスクに関して言及をしている場合は中央、地政学的リスクを個別具体的に詳述している場合は右側にプロットしています。
縦軸のサプライチェーン上のリスク対策への取組みは、<図4>の取組み事項を一切行っていない場合は下部、1~2程度行っている場合は中部、3つ全て行っている場合は上部にプロットしました。
海外企業は、製品情報のトレーサビリティを高めるためのサプライチェーンのデジタル化を進め(①)、サプライチェーン管理組織や責任者を配置してグローバルの全体最適を図れるような体制を構築し(②)、製造拠点を分散化あるいは国内回帰を進める(③)といった複数の強靭化施策を行っている企業が多数を占めています。
変化の激しい経済安全保障情勢の中、特に上述の業種の日本企業は、海外企業の動向を参考に、定期的にサプライチェーンの在り方を見直し、時々の状況に応じた対策が採れる体制の整備をすることが求められます。
以上の議論を整理すると、日本企業は資本効率を高めて株主の期待値を高めるような経営をすることが必要であり、その際、本稿で触れたようなサプライチェーンの在り方も勘案して、調達・製造・販売のグランドデザインを進めることが望ましいとまとめられます。
22年5月に経済安全保障推進法案が国会で成立しました。新たな法律の制定によって、本調査対象の企業が保有する重要技術の保護や研究開発促進を国家が推進していく見通しとなります。
従来、企業は経済合理性という一側面から調達先の選定、製造拠点の配置、販路の開拓・拡大を行ってきました。しかし今後は、情報漏洩や技術流出のリスク、貿易摩擦や紛争の発生、突発的な自然災害やパンデミックによるサプライチェーンの断絶リスクを勘案して、経営の舵取りを進めなければならない時代に突入したのだと思われます。
本調査の結果が、各企業の経営やサプライチェーンの在り方を再考するきっかけとなれば幸いです。
※ 「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(伊藤レポート)最終報告書 平成26年8月
経済安全保障の重要性の高まりを背景に、外為法の運用・執行体制の強化を目的として、日本の製造業の経営基盤・技術基盤を把握すべく実施した経済産業省の委託事業である本調査は、製造10業種200社を対象に、他国企業との比較を通じて、日本の製造業の経営持続力および製造拠点の配置の在り方を踏まえて企業のサプライチェーンの今後の在り方を提言しました。
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