EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance
福地史朗
グローバルプロジェクトにて、言語や文化が異なるメンバーのプロジェクトリードとして組織改革を推進。プロジェクトマネージャーとして製造・消費財、通信インダストリーの業務改革支援を担当。近年はFinance領域において、デジタル技術を用いたDX Financeサービスの開発・提供に従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ディレクター。
西村真木子
会計・経理領域を中心として、業務標準化や業務改革プロジェクトの推進・支援、ERP導入プロジェクトの構想策定から本番稼働・運用までの導入・定着に従事。近年は、Finance領域におけるオペレーション改革をするためのデジタル技術活用サービスの開発、および提供に従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) シニアマネージャー。
要点
New Normalと呼ばれる経営環境下で、ファイナンス部門に求められる役割は大きく変化しており、その期待に応えるためには、業務プロセスの効率化・高度化に加え、データ蓄積・活用の観点からのデジタル技術の適用が必要です。
本シリーズ第3回目となる本稿では、ファイナンス部門がその役割を高度化するにあたって必須となる、データの蓄積と利活用という観点から、デジタル技術の適用について論述します。
「おむつを買った人はビールを買う傾向がある」という1990年代のマーケットバスケット分析以来、企業経営におけるデータ活用は論じる必要がないほどに、当たり前のものとなっています。各種メディアにおいても毎日のようにデータ活用に触れられ、データアナリティクスやデータモデリングといった用語も市民権を得ています。
一方で、ファイナンス部門におけるデータ活用は、多くの企業で実績データの収集、KPIモニタリング、予実差異分析など、過去情報の蓄積と活用にとどまっているのが実情です。また、従来型のデータ活用でさえ、欲しいデータをタイムリーに取得できない、データの粒度や意味合いが標準化されていないためデータクレンジングや配賦処理などの前処理に多大な工数を要するというのが現状ではないでしょうか。
その間にもビッグデータアナリティクスやAI技術の進展など、デジタル技術は進歩しています。また、データ自体も、仕訳データのような従来の構造化されたデータにとどまらず、音声や映像のような非構造データの重要性がますます高まっています。
そうした状況を踏まえた際、「データの蓄積」と「データの活用」の両面で、ファイナンス部門が果たすべき役割を大きく見直すべき時期が来ていると考えます。
本誌22年3月号でファイナンス部門の役割を、Score Keeper、Custodian、Commentator、Business Partnerの2軸4象限で定義しました。次章以降ではこの分類に沿って、ファイナンス部門がデータに対してどのように向き合うべきかを詳述します(<図1>参照)。
Score Keeperはその名の通り、会計処理を行う・仕訳計上するというアクションを通じて、データそのものを生成する役割を担っています。したがって、いかに正確に、スピーディーに、かつ効率よくデータを生成するかという点が重要です。
一方で、生成したデータも経営判断に活用できなければその意味が半減します。Score Keeperをデータの源泉の担い手として捉えた際の処理プロセスの自動化・効率化にとどまらず、データ利用者にとって利用価値の高いデータをどのような形で生成・蓄積すべきか、これまで以上に真剣に取り組む必要があります。
例えば、ERPシステムの導入プロジェクトにおけるこれまでのファイナンス部門の関与は、現状プロセスとERP標準プロセスのFit/Gap分析など、プロセス面に照準を合わせたタスクに終始していたケースが多いと思います。その結果、新システムが無事稼働し、日々の経理オペレーションや決算プロセスが進むようになりましたが、一方でERPに蓄積されたデータを経営判断にスムーズに活用できないという現象が生じています。
管理指標をどのような管理軸で評価・分析したいかという「管理要件」は、そのために保持すべきデータの粒度・属性・鮮度といった「データ要件」に直結します。したがって今日的なERP導入プロジェクトにおいては、経理処理プロセスの効率化にとどまらず、利用価値の高いデータを使いやすい形で生成するために、どのような業務処理プロセスであるべきかという観点の方がはるかに重要です。経理処理プロセスの標準化はその効率化のためではなく、データ標準化の実現手段であるというくらいの割り切りが必要になると考えます。
また、データの源泉はERPだけではありません。経営判断に活用するためのデータの価値・重要性・有用性を適切に判断し、企業内で発生するさまざまな活動の中で、どの活動を、どのような形で、アナログ情報からデジタルデータに変換すべきか、Score Keeperをデータの源泉の担い手として捉えた際、ただやみくもにデータを生成・集積するだけでなく上記の観点を包括的に検討し、そのための手段として業務プロセスを再構築する視点が求められます。
Custodianは企業価値を守る番人として、不正リスクの検知や予防的統制、あるいは財務リスクの適時把握とヘッジのために、データを活用します。
さらにデータに着目した際、Custodianはデータそのものの番人、すなわちデータガバナンスの推進者としての役割も見逃すことができません。
経営管理要件を満たすためには、トランザクションデータの標準化・構造化要件のために、ファイナンス部門にとどまらない社内各部門のオペレーションルールの統一・徹底や業務プロセス標準化を推進する必要があります。また、取引先マスタ、勘定科目マスタといった、マスターデータをグループ内で統合・標準化するために、メンテナンス処理、申請プロセスを含めたガバナンスの徹底も必要です。こうしたグループ内の会社・部門横断的な役割の担い手として、ファイナンス部門のCustodianが進化する必要があります。
前述のようにERPシステムは、標準化されたデータを構造的に蓄積するための手段として非常に有用です。
このERPシステムにも課題があります。一つ目は、巨額となりがちなシステム投資を正当化できるかという点です。Finance DXで見込まれる定量効果、定性効果を包括的に把握した上で、客観的にROIを見極め、その是非を判断する必要があります。
二つ目は、過度な業務標準化を許容できるかという点です。
ERPが広がり始めた1990年代半ば、あたかも取引伝票と仕訳伝票が複写式になっているかのようなフロントモジュールからの自動仕訳生成は、非常に魅力的なものでした。それ以前は販売管理システムから売上伝票を出力し、それを元にシステム外で仕訳伝票を起票して、会計システムに再投入するような手作業が横行しており、それが非効率や間違いの温床になっていました。当時のERPシステムの登場は、この問題を一気に解決したと言えます。
しかし、こうした便利さとは裏腹に、ERPシステム内の取引伝票処理と会計仕訳伝票処理が密結合であることに起因する不都合もあります。ERPで定義された取引伝票パターン×仕訳伝票パターンで対応できるよう、経理処理プロセスにとどまらず、フロント側の業務プロセスまでも定型パターンに収まるように標準化する必要が生じました。すなわち、経理をはじめとした後続プロセスの効率化やデータの標準化のために、営業などのフロント部門に対しても業務標準化を強いる結果になりました。
これはフロント部門の現場ユーザの不平不満の原因となるだけではなく、新規事業や新たな収益モデルが既存の取引パターンで対応できない場合、システムが迅速な新規事業・新収益モデル展開の足かせになる、という最悪のケースを招く懸念がありました。
こうした懸念を払しょくする一つの方法として、事業特性にマッチした各フロントシステム、仕訳生成システム、会計帳簿システムの三つにシステム構成を分け、その間を標準インターフェースでつなぐコンセプトが考えられます。この方法により、フロントシステム側の柔軟性・拡張性と、会計仕訳・データ側の標準化・統合化を両立することが可能です(<図2>参照)。
この疎結合なシステム構成の肝は、間をつなぐ仕訳生成システムですが、その拡張性や柔軟性、および設定の簡便さを備えたデジタル技術も実用化段階に入ってきており、ERPとの併用・代替も含め、今後の動向が注視されます。
従来のファイナンス部門におけるデータ活用は、財務データをはじめとした構造化されたデータを元に考えられてきました。すなわち、Commentatorが実績データを収集し、予実分析を通じて差異原因を特定し、Business Partnerが事業現場の改善アクションを促す。あるいはCommentatorが将来予測やシナリオシミュレーションを駆使し、Business Partnerが最適な意思決定オプションの選択を数字の裏付けを持ってナビゲートする。そのような活用方法が主軸でした。
こうした構造データの利活用の重要性は今後も変わりませんし、今後5年程度はこれをいかにして効率的・効果的に行うかが、Finance DXのメインテーマの一つとなるでしょう。
一方で、取引データや会計データといった構造化されたデータは、企業を取り巻くデータの1割にも満たない、といわれています。SNSや監視カメラ、センサー情報など、企業の基幹システムの外にある音声データや映像データなどの非構造データが、近年その存在感を増しています。5~10年後には非構造データを企業経営、事業運営にどのように役立てるのか、その巧拙が差別化や競争優位の源泉として重要になってきます。
前述の通り、Commentator、Business Partnerとして取り組むべき足元のDXは、構造データの活用の高度化です。
PDCAサイクルにおけるCheckの役割をより効率的・効果的に果たすために、データ収集や配賦処理等に時間を要さずに実績情報の把握と分析をタイムリーに行うことができるよう、前述のScore Keeper、Custodianの取り組みも含めてデジタル技術を活用することが最初の一歩となります。
次に、過去から現在という時間軸の視点を現在から近い将来に移し、構造データから得られる変数と予測モデルを組み合わせた、着地見込みやシナリオシミュレーションにデジタル技術を活用することで、PDCAサイクルのチェック役からOODAループの推進役にその役割を進化させることが期待されます。
非構造データに関連するデジタル技術は日進月歩です。AIを活用した認証技術やIoTの普及などにより、非構造データの認識・収集・検索といった観点でのデジタル技術は急速に進化し、すでに実用化段階に近づいています。
また、こうしたデータ活用に当たっては、本来パターン化することが困難である非構造データから、その変化を素早く捉えて解析することで、「パターンらしきもの」をいかに見つけ出すかが非常に重要となりますが、この観点でもAIの機械学習などのデジタル技術を適用する動きが進んでいます。
非構造データを含む大量のデータを回帰分析・解析することで近い将来の確からしい動向を先回りして提示する、ビッグデータアナリシスの技術も急速に進化しています。
では、こうしたデジタル技術の進化を踏まえて、ファイナンス部門のCommentatorやBusiness Partnerが、非構造データをどのように活用すべきかという点はまだ試行錯誤の段階にあると言えます。
活用方法の一例としては、例えば仮説検証サイクルの大幅なリードタイム削減や、アプローチの変革が考えられます。
意思決定オプションの選択結果が財務数値などの構造データに反映されるより前に、例えば営業日報や、コールセンターにおける顧客とのやり取り、売り場における購買者の導線や、製品品質に対する顧客の口コミなど、予兆を示す情報が非構造データの中にすでに発現しています。こうした情報をタイムリーに認識し、その予兆がもたらすだろう結果を予測し、意思決定の検証や軌道修正を迅速に行うことで、従来のリードタイムを要するサイクル型の意思決定・検証アプローチから、イベント・ドリブン型の迅速かつ柔軟なアプローチに変革することが可能になるでしょう。
特にVUCAの時代と呼ばれる、不確実性が高く将来予測が困難な経営環境下においては、想定される全てのシナリオを検討し、意思決定された計画通りにビジネスを実行していくことはもはや非現実的であり、エグゼクティブ層から現場マネージャーに至るまでが、ビジネス状況をタイムリーに把握して、的確に判断し、柔軟に対応していくことが求められます。そのためには、非構造データから得られる洞察の活用が、ますます重要になると考えます。
構造データ、非構造データにかかわらず、データを企業経営、事業運営のために使いこなすためには、一定のデータリテラシーが必要です。これはデータの蓄積・利活用に向けたシステムアーキテクチャーを実現するためのITスキルや、Pythonなどのプログラミング技術ではありません。
統計学的な観点から見たさまざまなデータの特性・特徴は何か、それをビジネスに活用するに当たっての取り扱い上の留意点は何かといった視座を持って、データサイエンティストなどの専門家や自社内のIT部門とコミュニケーションを行うことが大切です。
また従来の各種団体などが公表する統計データではなく、SNSなどで流れる情報を速報値として活用するには、そこに含まれるノイズやフェイクを排除するために、データの目利き力が重要です。
こうしたリテラシーを持つことで、世の中にあふれるさまざまなデータが示す解釈を単純に見て(See)振り回されるのではなく、ビジネス全体を俯瞰(ふかん)し、状況変化に柔軟に対応できるよう仮説検証を繰り返すためには、どのようなデータを観て(Watch)、どのような示唆を引き出すべきなのか、そのような視座を持ってデータと向き合うことができるようになります。
こうしたケイパビリティやマインドセットを一貫して持ち続けることが、これからのファイナンス部門には強く求められています。
本シリーズの次回(第4回)は、本稿でも若干触れたデジタル技術を活用したPDCAサイクルの効率化・高度化や、OODAループの推進を中心とした、データドリブン経営について論述します。
New Normalと呼ばれる経営環境下で、ファイナンス部門に求められる役割は大きく変化しており、業務プロセスの効率化・高度化に加え、データ蓄積・活用の観点からのデジタル技術の適用が必要です。本稿では、そのために必要なデータ分析・活用について、外部データを含む非構造データ利用といった近未来像も含め考察します。
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