EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社は2022年に、立教大学経営学部 田中聡准教授(公開時時点)と共同で「管理職のマネジメントに関する調査」を実施しました。異動や出向、転職といったトランジションに際して早期に成果を上げることのできるマネージャーはどのような行動を取り、またどのような組織的支援が有効かを解き明かすことが目的です。
調査からは、意外なことに「何をするか」よりも、その行動の「タイミング」が鍵を握ることなど、いくつかの興味深い結果が得られました。調査のポイントを紹介するとともに、マネージャーのトランジションを通して企業として成長を続ける株式会社サイバーエージェントからもゲストを招いて、マネージャーの役割と組織による効果的な支援について考察したセミナーの模様をお届けします。
立教大学 経営学部経営学科
田中 聡 准教授(公開時時点)
Section 1
異動や転職といったトランジションに際してさまざまな困難に直面するマネージャーは少なくありません。そんな中で早期に成果を上げるポイントが、EYと立教大学 田中聡准教授の共同調査で見えてきました。
世界情勢の不透明化や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を受けての生活様式の変化、価値観の変化、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)といったように、経営を取り巻く外部環境は激しく変化しています。
そんな中でも、「企業はこうした激しい経営環境の変化に耐えず適応していかなければなりません。そして、企業の成長の要である現場マネージャーも、常に変化する状況下で成果を出していく必要があります」と、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社ピープル・アドバイザリー・サービス ディレクター 桑原由紀子は指摘しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープル・アドバイザリー・サービス ディレクター
桑原 由紀子
過去にはいわゆる「Know Who」の世界でやってこられた部分があったかもしれませんが、変化の激しいこの時代においてはもはや通用しないでしょう。「マネージャーの思考や行動様式を根本から見直していく必要が出てきているのではないかと思います」(桑原)
一方で世の中を見渡すと、こういった環境下でもすぐに成果を出せる人もいます。中でも特に、転職や今まで経験してこなかった部署への異動、あるいは出向といったトランジションにおいて、早期に成果を上げられるマネジメント行動とはいったいどのようなものか。EYではそうした問題意識に基づいて、立教大学経営学部の田中聡准教授と共同で「早期に成果を出せるマネージャーの条件」に関する調査を行いました。
この調査ではまず、早期に成果を上げているマネージャー、9社16名に調査としてプレインタビューを実施。その内容を受け、トランジションにおいても早期に成果を出せるマネージャーの要件と組織要件の仮説を構築して本調査のフレームワークを作成しました。
具体的には、トランジションにおけるミッションに対し、早期に高い成果を上げられるマネージャーの行動を「目標設定のマネジメント」「合意形成のマネジメント」「チームと成果のマネジメント」「自分自身のマネジメント」という4つの観点で、また組織については「組織風土」「組織からの支援」という2つの観点で整理し、アンケート設問を設計しました。
調査は2022年3月にインターネット形式で実施し、トランジションを経験したマネージャー、主に部長・課長クラスの1,040名から回答を得ることができました。
この結果、転職や出向といったトランジションに直面したマネージャーのうち、「短期間で成果を上げることができた」と回答したのは全体の10%に過ぎませんでした。メンバー不足やモチベーション不足、自社の競争力の不足といったさまざまな課題を打開して早期に成果を上げるのは非常に難しいことがうかがえます。
一方で、この「10%」の回答をひもとくと、早期に成果を上げるためのマネジメント行動や組織要件も見えてきました。まず言えるのは、マネジメント行動においては「何をやるか」も重要ですが、その「タイミング」こそが非常に重要であることが分かってきました。
マネジメント行動においては、3つのキーワードが挙げられます。
1つ目は「スタート前ダッシュ」です。自分がアサインされた理由を確認し、新たに着任する組織のビジョンを設計し、上司の合意を得るという行動を着任前からフライングで実行し、満を持して着任することが成果につながります。2つ目は、臨機応変ならぬ「臨機不変」です。周囲のさまざまな意見に耳は傾けつつも、自分の立てた方針を曲げずにやりきることがポイントとなります。そして3つ目は、「人知れる努力」です。着任先で人知れず努力するのではなく、あえて現場力を見せつけ、有能感を示すことでメンバーの信頼を得ることが有効でした。
また組織カルチャーについても、3つのキーワードが浮かび上がってきました。
1つ目は「組織の連帯感」です。ドライな関係性よりもウェットな関係の方が、方向性が決まった後はトップスピードで進んでいくことができます。2つ目は「周到な準備」です。近年、試行錯誤を繰り返しながら進めていくアジャイル組織が注目を集めていますが、トランジションの際にはむしろ、周到に準備し、組織間のすり合わせを行った上で物事を進める方が成果につながります。そして3つ目は「情報の透明性」で、メンバーにきちんと情報が行き渡り、自身の仕事について意思決定ができる状態をつくることで、互いに率直な意見を言い合うことができ、成果を上げる近道になります。
調査からは、組織からマネージャーに対しどのような支援があると成果につながりやすいかも探りました。この結果、同僚や他部署からの支援よりも、上司からの支援がポイントになることが見えてきました。ビジョン策定の段階においては経営層・役員クラスとコミュニケーションを取り、承認を得ることが有効ですし、着任後は、直属上司から裁量を与えられるかどうかがポイントとなります。
「転職や出向、社内異動、新規組織の立ち上げや既存組織のてこ入れといったトランジションにおいて、マネージャーにとって最大のチャレンジは、メンバーの質・量ともに足りないという状況です。限りある人的リソースをフル活用しなければならない時に裁量が与えられないと、がんじがらめになってしまいます」と桑原は述べ、適切な裁量を与えていくことが合理的な組織からの支援になると説明しました。
一方で、気になる調査結果もありました。成果を上げているマネージャーの4人に1人が「キャリアが充実していない」と感じていることが明らかになったのです。
マネージャーに短期的な成果ばかりを追わせると「燃え尽き症候群」に陥り、ひいては離職につながる恐れがあります。そうした優秀なマネージャーのリテンションは企業にとって重要な課題であり、成果と中長期的なキャリア充実を両立する方法を見いだすことが求められるでしょう。
今回の調査の結果、それを満たすには「チーミング」と「自分自身のマネジメント」が重要であることが分かってきました。
「マネジメントの根幹は『人を通じて事を成す』ですが、チーミングはそれにつながります」(桑原)。ビジョンを共有し、コミュニケーションを図ってチームとして強くなることが持続的な成果につながり、マネージャー自身の充足感にもつながります。また、転職や異動といったトランジションが自分にとってどんな意味を持つかを考え、前向きに捉え、自らを高める行動に取り組めるかどうか、自分自身のマネジメント行動を内省できるかどうかもポイントの1つになります。
さらに、こうした過酷な状況にあるマネージャーが成果を上げ、かつキャリアを充実させるため、会社としても、金銭的報酬だけではなく非金銭的報酬も含めたトータルリワード、つまりウェルビーイング向上、職場環境の整備や能力開発といった仕組みを用意し、長期的に活躍し続けてもらえる環境を整備することが重要になると締めくくりました。
Section 2
「専門職ではない何か」「総合職の延長」と捉えられがちだったマネージャーですが、その専門性は「人を通じて事を成す」ことにあります。今回の共同調査では、あらゆる組織において人を通じて事を成せるマネージャーの能力や行動と、それを支える組織的な支援が解き明かされました。
続けて、EYと共同で調査に携わった立教大学経営学部経営学科の田中聡准教授が、「マネージャーが新たなチームを率いて早期に成果を出すには?」と題する講演を行い、今回の調査の「見どころ」を説明しました。
そもそも、なぜ「チームを率いて早期に成果を出せるマネージャー」にフォーカスしての調査プロジェクトを実施したのでしょうか。田中氏は「端的に言えば、さまざまなチームで成果を最大化できるプロフェッショナルなマネージャーに対する社会的な需要がますます高まっているからです」と説明しました。
企業を取り巻く環境が激変する中、事業のポートフォリオそのものを見直す「コーポレート・トランスフォーメーション」(CX)が日常的になっています。それに伴い、企業の中で働くマネージャーにとっても、社内で頻繁に異動を繰り返したり、複数の会社を渡り歩いたりしながら、新しいチームをリードしていくことが日常化しました。これは決して悲観的なことではなく、「マネージャーの持つ専門性を武器にして活躍できる機会がより広がっている時代とも受け止められます」と田中氏は言います。
さて、そもそもマネージャーの専門性、武器とは何でしょうか。しばしば日本企業において管理職は専門職と対比するものと捉えられてきました。今でも多くの企業では、プレーヤーとして一人前になった後のキャリアパスとして「マネジメントコース」と「スペシャリストコース」が用意され、その二択から選ぶ仕組みが一般的です。「これは、管理職とは『専門職ではない何か』であることを暗に示しているという見方もできます。残念ながら、マネージャー=プロフェッショナルなジョブという共通認識がないのではないでしょうか」(田中氏)
こうした状況に対して田中氏は、経営学者であるMary Parker Follett氏の言葉を引用し、「マネージャーの役割とは、『人を通じて事を成す』ということです。つまり、ある特定の組織、ある特定のチームではなくて、あらゆるチーム、あらゆる組織で、他者を通じて成果を出せる能力がマネージャーの専門性です」と説明しました。
そして今回の調査は、そのように、あらゆる組織で人を通じて事を成せるマネージャーとはどのような能力を持ち、どういう行動を取っているのかを明らかにし、さらに、そうしたマネージャーに対してどのような組織的な支援が有効なのかを科学的に解き明かすものだと位置付けました。
「そこから導き出された結論は先ほど桑原さんがご説明した通りですが、中にはいわゆる『マネジメントの定説』と比べると違和感を持つ内容も含まれています」(田中氏)
例えば定説からすると、あるべきマネージャーの姿は、メンバーと対話をし、全員が納得できるビジョンを描きつつ、柔軟に周りの意見を取り入れながら方向性を決めていくという形で語られがちです。しかし今回の調査で明らかになった「着任後に早期に成果を出せるマネージャー」の姿はやや異なります。スタート前からある程度ビジョンを描き、周りの意見を聞き入れないというちょっとドライな印象を持たれるかもしれません。
しかし田中氏は、「チームの発達度合い」という変数を加味して考えると、それは不思議なことではないと説明しました。なぜなら、場面や状況によって効果的なリーダーシップは異なるからです。「今回の研究に当てはめると、新しい部門に着任してチームを立ち上げていくフェーズにおいては、実はコーチングよりもダイレクティング、すなわち指示型のマネージャーの方がふさわしいのではないか、ということになります」(田中氏)
田中氏が一例として挙げたのは、サイバーエージェントが「ABEMA」を立ち上げた際の藤田晋社長のリーダーシップです。今でこそ誰もが知るサービスに成長したABEMAですが、立ち上げ間もない時期、藤田氏は配下にいる担当役員に「イエスマンに変わってくれ」と要求し、現場へどんどん細かく口を出していくスタイルで事業をリードしていきました。サイバーエージェントには本来、若手に責任ある役割を任せ、人を伸ばすことで事業をつくっていくスタイルがあります。しかし、社運を賭けて勝負する新規事業で、藤田氏はあえて「時にはリーダーが圧倒的な強権を持つことが必要だ」と判断し、ABEMAの事業を成長軌道に乗せていったのです。
一方、指示型のリーダーシップを取るマネージャーの下ではメンバー側のやる気が下がるのではないかという懸念が生まれます。では、どうすればやる気が生じるのでしょうか。一般的には目標設定や納得度の高い評価、フィードバックといった項目が挙げられますが、創造性研究で有名なTeresa Amabile氏らの研究によると、実は「確かな進捗の実感」こそが、最もメンバーのやる気に影響を与えるということが分かっています。従って「チームアップ期に大事なことは、目の前の仕事やチームが前進している実感を早いタイミングで感じてもらうことです」(田中氏)
こうした事柄を踏まえると、トランジションで着任するマネージャーにとっては、まず自身がアサインされた理由を明確に確認しておき、上司・経営層との間でビジョンを握り、メンバーと一緒に汗を流しつつ、「クイックウィン」、つまり小さな手応えを早めに感じてもらえるかがポイントとなり、そのタイミングこそが重要だ、というわけです。
また、マネージャーに組織のあらゆるしわ寄せが寄せられることを踏まえ、マネージャーを支える組織の側にも必要なことがあります。それは、過度にマネージャーに依存し過ぎないチームをつくっていくことです。
そんなチームを実現するには、繰り返しビジョンを語ってメンバー一人一人に腹落ちしてもらいつつ、情報を行き渡らせ、メンバー同士の横の相互信頼を培っていく取り組みが必要です。「チームについて皆の認識をそろえ、皆がチームの視点を持ち、『私たち』を主語にして会話できる環境をつくれるかがポイントで、そのようなチームづくりにどれだけ時間を割いているかが『周到な準備』の1つに当てはまります」(田中氏)
最後に田中氏は、成果を上げているマネージャーの約25%がキャリアに満足していないという結果を踏まえ、「マネージャー一人一人が、今の仕事を通じて成長の実感を得られているのか、定期的に振り返っていく機会が大事ではないか」と述べ、現状ではその支援が足りていないと指摘しました。
さらに「異動し、新しい不慣れな経験を積む」ことがマネージャーの成長につながるとする米国の調査や、最速で昇進していくスプリンターCEOに共通する経験として「傍流での経験を積む」ことが挙げられるといった研究結果を紹介し、「マネージャーにとってトランジションの経験は、一皮むける上で最も効果的であり、経営人材としての活躍につながるものです」と述べました。
合わせて、プロフェッショナルなジョブとしてのマネージャーのあり方を国全体として見直し、次なるマネージャーを志す若者にとって魅力を感じられるものになってほしいと、自身の期待を述べて講演を終えました。
Section 3
マネージャーのミッションを「組織成果を出すこと」と定義し、会社にとってプラスになると判断すれば、新規事業の立ち上げとセットで大胆な人事施策を取ってきたサイバーエージェント。同社はマネージャーにどのように向き合い、支援しているのでしょうか。
最後に、自身も広告営業からマネージャーへ、そして人事へという異色のキャリアを積んできたサイバーエージェント(以下、CA)の人材戦略部部長、キャリアエージェントシニアマネージャー、大久保泰行氏を招いて、CAでの実例を交えながら、成果を出せるマネージャー像とそれを支援する組織の特徴についてパネルディスカッションが行われました。
株式会社サイバーエージェント
人材戦略部 部長 キャリアエージェント シニアマネージャー
大久保 泰行 氏
大久保氏によると、CAにおけるマネージャーの定義は「組織成果を出すこと」です。その上で、マネジメントの異動も通常の異動と同様推進しています。広告領域からメディア領域に、あるいはメディア領域からゲーム領域にといった具合にまったく異なるドメインへの異動も珍しくありませんが、共通するのはそこで組織成果を出していくことです。
こうしたダイナミックな異動の大きな原動力となっているのが、年に2回、CAの役員陣が集まって行われる「あした会議」です。CAの未来に向けた新規事業などの提案を行う場で、多い時には十社単位で会社が新たに立ち上がることもあるといいます。「ここでは事業と人がセットで議論されます。社内から抜てきすることもセットにして、新たなチャレンジをつくっています」(大久保氏)
そこでは、自ら手を挙げて立候補するだけでなく、他の事業で活躍している人を抜てきすることも珍しくありません。新しい事業を成立させ、成功させるために最適な人材をアサインするため、今のポジションに穴があくこともありますが、「そこはむしろ、他の人が育つチャンスでもあります」と大久保氏は述べました。
「『うちの会社では、異動させたくても、現場はその人が抜けられると困ると言って離してくれません。それはCAさんだからできることでしょう』と言われるのではありませんか?」という田中氏の問いに対し、大久保氏は、CAにおいても当然、人事と現場のせめぎ合いはあると述べました。
ですが大きな違いは、「役員の総意」があることです。「(ある部署にとってマイナスでも)、会社全体で考えた時にプラスならばやるべきだという総意をもって進めています」(大久保氏)
田中氏はこうした取り組みに対し、さらに「ナンバーワンのマネージャーが抜けても、続くナンバーツー、ナンバースリーが育ち、新陳代謝が図られて組織の成長につながることも素晴らしいと思います」とコメントしました。
これに対し大久保氏は、CAでは「人が流動していくこと、異動すること」を前提に組織をつくっていると述べました。「人がずっといることはありません。一定量の人は抜けていきますし、新しい事業にチャレンジする時には人を異動させなければいけません。その時に向け、『1人抜けてもこの人がいる』というフォーメーションを考えていくのもマネージャーの責任だと思っています」(大久保氏)。日常的に組織の変更や異動があるからこそ、変化がポジティブなものとして受け取られているそうです。
時には、異動によってマネージャーが孤立したり、悩みを抱えたりすることもあるはずです。特に、社外から転職で加わってきた人材となると問題が深刻化するかもしれません。そうした場合に、人事として何か支援を行っているのでしょうかという桑原の問いに、大久保氏は「これといった支援がそれほどあるわけではありません」と返しました。
ただ、それは決して「放置」ではありません。CAの組織内に、当たり前のように「歓迎する」文化が根付いているのだといいます。「トレーナーが付いたり、関係性の強い部署とは早めに接点を持つ時間をつくったりするといったことが現場で当たり前のように行われているので、人事からあえて明確にこうしてほしい、といった要望は伝えていません」(大久保氏)
また、外部からの採用にしても異動にしても、マネージャーに対し「ミッションは何か」「どんな期待を持っているか」を丁寧に伝えるよう心がけているそうです。
同時に「メンバーには、『今の組織にこういう力が必要であり、この役割を担ってもらうため、この人に来てもらいました』と明確に伝えています。その上でマネージャーには、目標設定やビジョン設計から一緒に入ってもらって、共通言語をつくるところから力を貸してもらっています」(大久保氏)。まさに今回の調査で明らかになったスタート前ダッシュの実践であり、もしその時点で違和感があれば対話を通してそのギャップをつぶした上で進めているそうです。
さらにCAでは、着任時にはマネージャーに期待している事柄や目標を明確にすると同時に、その後も定期的に「何か困っていることはありませんか」と尋ねるアンケートを実施し、「マネージャーだからこそ言えない悩み」を吸い上げているそうです。それも、ただ回答を得て終わるのではなく、その内容がたとえ小さなことでもきちんと対応する、という運用を徹底しています。
桑原も田中氏も、こうしたアンケートを通して経営陣や人事がマネージャーに向き合い、「何かあった時に守ってもらえる」という安心感や信頼の蓄積が会社のカルチャーになっていくというところに、CAの本質があると捉え、学ぶべきポイントは多いとしました。
パネルの最後には、おそらくマネージャー自身である方からの切実な悩みも含め、視聴者からのQ&Aも行われました。
例えば「チームメンバーのモチベーションを高めていくには、マネージャーはどう振る舞うべきか」という質問に対し、大久保氏は「目標と役割を渡して評価することがマネジメントの役割だと思っています。ですから、『いい目標』『良質な目標』を渡すことがすごく重要です」と答え、手法にまで入り込まず、自走できる状態をつくることがポイントだとしました。具体的には、目標設定が終わった次の瞬間から「自分が何をやればいいか」が明確になっているような目標こそが、良質な目標だといいます。
例えば大久保氏の場合、半期ごとに目標を立てていますが、最初の月は目標設定にかなりの時間をかけているそうです。「そこがマネージャーの役割の6〜7割だと思います。そこさえ決め切れれば、あとは半期うまく回っていくでしょう」(大久保氏)。逆にそこが曖昧なままでは、メンバーが違和感を抱いたり、適切なマネジメントがされていないと感じたりするのではないかとアドバイスしました。
そして、個々人に渡される目標を腹落ちさせるには、まずチームとしてのあるべき姿を言語化し、合意を取った上で、個々の役割をブレークダウンしていくことがポイントだとしました。「この作業には時間がかかりますが、そのちょっとした時間が半期後に効いてきます」と大久保氏は述べました。最初にメンバーと一緒になってしっかりつくり上げることが大事というわけです。
これを受けて田中氏は、「そのビジョンや方向性について、マネージャー自身が腹落ちしているかどうかも大事だと思います。うまく自分の言葉で言語化し、伝えられない以上は、メンバーに腹落ちしてほしいと言っても難しいでしょう」と指摘し、マネージャー自身がミッションに共感し、自分の言葉にできるかどうかも重要なポイントだと付け加えました。さらに、ひとたび決めたビジョンや目標について定期的にコミュニケーションを取り、繰り返し伝え、確認していく作業も省くべきではないとしました。
そして「業務に追われて多忙なマネージャーが、どのように業務と向き合い、やりがいや楽しさを見いだしていけばいいのか」という最後の質問に対し、大久保氏は、「組織成果を出す」というマネージャーとしての業務にフォーカスし、そちらに徹することがポイントではないかと答えました。
「マネージャーはチームを率い、組織成果を出すという非常に重要な役割を担っています。個人で成果を出していた時とはスケールが違う、とても面白い仕事だと思います」(大久保氏)。ついついプレイングマネージャー的な振る舞いに軸足を置いてしまいたくなるかもしれませんが、それは「どっちつかず」に終わってしまいがちです。「自分の役割をきちんとマネージャー側として定義していくのが大事だと思います」(大久保氏)
これを踏まえて田中氏は「会社として、マネージャーと呼ばれる役割の人たちに何を求めているかをきちんと定義し、マネージャーの役割を再整理していく必要があるのではないでしょうか」と、組織全体として検討する必要性に触れました。こうして整理していくことで、現状では「あれもこれも」と、何かとしわ寄せを受けがちなマネージャーの苦しい立場を解決する糸口になるのではないか、といいます。
「いなくなっても成立するのがマネージャーだと僕は思っています。その人がいないと回らない仕事がある時点で、うまくいっていないことの証しです。きちんと会社や組織単位でマネージャーの定義をつくっていくと、役割分担がすっきりでき、いい組織がつくれると思います」(大久保氏)。さらに田中氏は、それを全社で共有し、皆がもう一段高い視座に立ってマネジメントやチームのあり方を見直していくことが大事だとし、パネルディスカッションを締めくくりました。
EYと立教大学経営学部の田中聡准教授が共同で実施した「管理職のマネジメントに関する調査」からは、転職や異動といったトランジションにおいて早期に成果を出すことのできるマネージャーにとって鍵を握るのは「タイミング」であることが判明しました。一方で、そうした優れたマネージャーの4分の1が「キャリアが充実していない」と感じており、サイバーエージェントのような先進的な企業の取り組みを参考に、組織的な支援を行うことの重要性も浮き彫りになっています。