DX人材育成に求められる企業のアクションとは:ユーザー主導のSAP導入を成功させる2つのポイント

DX人材育成に求められる企業のアクションとは:ユーザー主導のSAP導入を成功させる2つのポイント


【2022年12月9日開催】JSUG Conference 2022
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 外部顧問・鈴鹿 靖史(前JSUG会長)とEY導入チームリーダー 吉本 司が「JSUG前会長が聞く:EY自社へのグローバルSAP事例から学ぶ『コンサル依存からの脱却の重要性』」と題し、ユーザー主導のSAP導入に関して対談しました。


要点

  • SAP導入コンサルティングを行うEY Japanが、自らユーザー主導のSAP導入を実現。
  • ユーザーが自ら主導するSAP導入のポイントは「当事者としてのプロジェクトへの関与」と「強力なリーダーシップ」。
  • DX推進にはリーダー人材の育成が不可欠。役員やシニア層のバックアップによる若手育成が急務となっている。


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なぜEYは、ユーザー主導のSAP導入に踏み切ったのか

DX人材不足は、外部委託に頼らずに解決するのでしょうか。EY Japanは、コンサルティング企業でありながら、SAPユーザー企業としてユーザー主導でSAP導入を行いました。

写真:外部顧問・鈴鹿 靖史

ユーザー企業からのSAP人材、DX人材不足の声が聞かれる昨今、企業ができることは、外部に委託することだけなのでしょうか。前JSUG会長でもある、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の外部顧問・鈴鹿靖史は、「コンサル依存からの脱却」の重要性を指摘しました。

「日本企業がグローバルでの競争に打ち勝っていくためには、ユーザー自らがより主導的に取り組み、自らDXを実現していくことが重要であると認識しています。多くの企業がDX人材不足を叫んでいますが、コンサルティング会社などの外部に頼らず、ユーザー自身が主体的に取り組むことがその問題の解決の一助になると期待しています。」(鈴鹿)

今回、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 カスタマーエクスペリエンス・トランスフォーメーションリーダーの吉本司がご紹介するのは、自社のSAP導入事例です。コンサルティング会社としてではなく、ユーザー企業のSAP導入リーダーとして、当時発生した問題、現場の混乱、対処法や反省点などを解説しました。

EYが行ったのは、グローバル全体で順次進められているテンプレートの導入です。業務プロセスごとに異なるシステムが用いられていたERPをSAP(Mercury)に置き換える対応は、グローバルWaveで進行。すでに主要国での導入が完了している中で、日本独自のカスタマイズを加えることは難しく、テンプレートそのままに、10カ月という短期間で導入する必要に迫られていました。

図1:EYグローバルスケジュールと日本の導入

本来は、EY社内のコンサル部隊主導で行うほどの大規模なプロジェクトですが、一方で、コンサルティング部隊の主業務は、クライアント向けの支援です。社内向けプロジェクトに割けるリソースがなかったため、吉本は、経理や調達といった自社のバックオフィスのメンバーを中心にプロジェクトを組成しSAP導入へ踏み切ることになりました。

「正直に言えば、私自身もSAPの導入自体は素人でした。わずかに参画してくれたコンサルタントにはグローバルとの調整などを依頼し、バックオフィスのメンバーたちで、SAPを学びながら業務設計を行い、導入を進めました」(吉本)


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システム稼働後、現場は大混乱。そして緊急プロジェクトの発動へ

10カ月という短期間で行ったユーザー主導によるSAP導入は、結果として現場に混乱を引き起こしてしまいました。プロジェクトリーダーである吉本が発動した、緊急プロジェクトとは――

写真:吉本 司

いわば素人集団が、限られた時間で取り組んだSAP導入プロジェクトにおいて、吉本は何よりも「まずは稼働させること」を重要視しました。例えば、SAPに切り替えることで生まれる効果が不明瞭な箇所は、検討を凍結して全体の導入を優先させるなど、業務の中で随時チューニングを行いました。時間もなく、コンサルタントも必要最低限の人数しかおらず、十分な検討を行えなかったための苦肉の策でした。

導入後の混乱を端的に表した現場として、経理部門の例が挙げられます。SAP導入前は、経費精算手続き等に関する疑問は、FAQの参照や過去の経験の蓄積により、85%程度が経費申請部門であるビジネス側自身で解決しており、経理部門の介入は15%程度に抑えられていました。しかし、SAPが稼働した直後は、新たなマニュアルやFAQが機能せず、疑問のうち85%が経理部門への問い合わせにつながってしまいました。

経理部門全体が、定常業務に加え、問い合わせ対応にも追われる混乱状態となってしまったため、吉本は緊急プロジェクトを発動。経理部門の負担軽減に乗り出しました。経理部門に加え、ビジネス部門もユーザーとして組み込みながら業務フローの見直しを進め、経理部門への問い合わせをブロックしたり、派遣スタッフや少数のコンサルタントによる時限措置的なサポートチームを設置したりするなど3度もの緊急措置を行った結果、業務の安定に成功しました。

図1:EYグローバルスケジュールと日本の導入

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コンサル依存からの脱却に必要な2つのポイントとは?

さまざまな困難を乗り越えて実現したユーザー主導のSAP導入。吉本はコンサルタント主導では得られなかった、2つの大きな“学び”について語りました。

写真:吉本 司

SAP導入、そして稼働後の混乱を振り返り、改めて吉本は「SAP導入をユーザー主導で行うにあたって、大切だったポイントは2つあった」と言います。そして、1つ目を「ビジネス部門によるユーザー当事者としてのプロジェクトへの関与」と語りました。経理部門に加えてビジネス部門の参画です。

「一般的に、新しいシステムの導入は最後のチェンジマネジメントのトレーニングやオペレーションの切替に相当な工数がかかります。前述の通り当初は経理中心にプロジェクトを進め、実際に経費申請をする側のビジネス部門の参画は極めて少ない状態でした。現に今回も、緊急プロジェクトを発動させる前は、経理部門の業務改革が進みませんでした。理由はビジネス部門は変革を行わず、経理部門は従来踏襲型のビジネス部門のオペレーションと新しいSAPのオペレーション(テンプレート)の狭間に立ち、そのギャップは自分たちの手作業で吸収しようと考えてしまい、大混乱となってしまいました。
これを受けて緊急プロジェクトを発動し、ビジネス部門もユーザーとしてオペレーションの見直しに参画することで、当事者として取り組んでもらえました。『このチェックルールや規定自体がそもそも不要なのでは?なぜこんなチェックやっているのか?』等の意見交換を積極的に行えました。サービス提供者としての経理に加えて、ユーザとしてのビジネス部門の参画が実現できたことで、混乱を短期間での終息を実現できました」(吉本)

2つ目として挙げたのは「強力なリーダーシップ」です。何よりもスケジュールを最優先して進めた3月の稼働時には多くの問題が発生しましたが、その後の緊急プロジェクトの成功は、リーダーによる決断の影響が大きいと言います。

「緊急プロジェクトに参画してくれたCOOやグループ会社のCEOが、あらゆる場面で方針を決断してくれました。『この承認はやらなくていい』『規定は来週変えるからすぐにコミッティを開こう』など、スピーディーに方針を決めてくれたおかげで、現場が定めた業務が回せる状況を作れました(業務の前提となる規定やルールの見直し)。メンバーにいくらDXに強い人材をそろえても、率いるリーダーがいないとなかなかうまく動いてくれませんし、動けと言われる方がかわいそうです。リーダーシップの重要性は、今回のプロジェクトを通じて改めて学ばせていただきました」(吉本)


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DX時代をけん引するリーダーを育てるために

コンサルタントに依存しないDXの推進に必要不可欠なリーダーの育成。吉本はメンターとなるベテランやパートナー企業によるサポート、鈴鹿は役員によるバックアップの重要性を説きました。

写真:外部顧問・鈴鹿 靖史

リーダーシップの重要性を踏まえながら、鈴鹿は、リーダー不在の現状、また、リーダーを擁立しにくい企業体質の問題を指摘しました。

「ユーザー企業の中に決断できるリーダーがおらず、仕方なくパートナー企業にお願いしている企業も多いのではないでしょうか。何かを決断するために毎回役員会を開かなければならない会社も、まだまだ多い印象です」(鈴鹿)

「若手をリーダーとして抜てきし、サポート役となるメンターをアサインできるといいですね。
多くの人間に経験を分散させるよりも、一定の限定された人間に経験値を集約させた方がリーダーシップは育ちます。将来のリーダーに多くの経験を積ませることが未来につながると思うのですが、現時点でリーダーとして独り立ちするに至らない段階なら、社内で多くの変革を経験してきたシニア層をメンターとして活用するのは有効だと思います。また、これからは外部コンサルタントの活用法として、リーダー候補の伴走という組み方も考えられるのかなと考えています」(吉本)

ユーザー自身によるDXへの取り組みを推進するためには、コンサル依存からの脱却とリーダーの育成が必要であり、それには役員のアクションが重要であると鈴鹿は語ります。

「ぜひ役員の皆さんには『お前の思う通りにやれ。最後の責任は俺が取るから』と言えるようなリーダーを目指していただきたいと思いますし、時にはご自身が強力なリーダーシップを発揮することも大切でしょう。今後を見据えて、いろいろな手を打ちながらDX人材を育てる必要があります」(鈴鹿)

DX推進の傾向は、世界的に今後もますます強まっていくでしょう。吉本は、自らプロジェクトをけん引した経験を踏まえ、DXの推進・人材の育成には「実際に業務を担う当事者の意識変革が大切」と語りました。

「コンサルタントの立場からはプロジェクトに参画する社内外のメンバーに『当事者意識を持ちましょう』と話しますが、実際には当事者本人が取り組むことが最も大切だと感じています。今回のプロジェクトにおける当事者である経理の若手からは『経理は愚直にサポートするのが役割だと思っていましたが、自分たちで意見を言って変えてもいいことが分かりました』との声がありました。この当事者が変革の必要性と責任を認識することがDX人材となる大切な第一歩であると考えます。」(吉本)


サマリー

SAPユーザーによるコミュニティ JSUGでの講演会「JSUG Conference 2022」が、2022年12月9日に開催。EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社の外部顧問・鈴鹿 靖史(前JSUG会長)、EY導入チームリーダー 吉本 司が登壇し「JSUG前会長が聞く:EY自社へのグローバルSAP事例から学ぶ『コンサル依存からの脱却の重要性』」をテーマに対談しました。


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