EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
今回のテーマは「ロングタームバリュー:2050年の世界と日本を見据えた人材・組織の大変革」です。
基調講演(スペシャルトークセッション)では、日立製作所 執行役専務・CHROの中畑 英信氏、ソニー 社外取締役などを務める岡 俊子氏、NewsPicks CEOの佐々木 紀彦氏を迎え、「30年先の世界」から見た現在の人材・組織が抱える重要課題について、多角的な視点で 語っていただきました。
基調講演のファシリテーターを務めたEY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス リーダーの鵜澤 慎一郎は、「30年先の世界観」をテーマに盛り込んだ目的について 、「新型コロナウイルス感染拡大による困難な状況に直面している今だからこそ、長期的かつ広域な視点に立脚し、未来を見つめる必要があると考えました」と説明します。
Section 1
最初に発言した 日立の中畑氏は、日立の事業変化を踏まえた今後の人事・組織のあり方について、同社における具体的な取り組みを交えつつ紹介しました。
中畑氏は、日立における事業変化の トレンドは3つあると指摘します。1つ目はグローバル市場の変化、2つ目がデジタル化(事業内容)への変化、そして3つ目が社会全体の環境変化 です。
日立でも過去20年間でグローバル化が進みました。1999年の全売上高に占める海外売上高比率は29%だったのに対し、2018年にはその比率が51%まで増加しました。同じく、1999年には20%だった海外従業員比率は、2018年には55%を占めるようになっています。
グローバル化に伴い、事業内容も大きく変化しています。同社では、直近の5年間で売上高約2.5兆円に相当する事業内容を入れ替え、グローバル事業の拡大とデジタルソリューションの強化を推進してきました。この金額は、全売上高の約4分の1に当たります。中畑氏は「これまでの日本を起点とした製品やシステムを販売する『もの売り』から、国内外を問わず顧客ニーズを探索し、課題解決を提案する『サービス=こと売り』にシフトさせています」と説明します。
こうした事業変革の推進に必要な“人財”と組織体制について、中畑氏は以下のように語ります。
「さまざまな価値観や多様化する顧客ニーズを理解し、課題を的確に捉えて解決策を積極的に提案できる人財、自立した“個”が集まった多様性のある組織が不可欠です。30年後を見据えると 、これらのスキルを身に付けた人財の育成と組織体制の構築は、今から手を打たないと間に合いません」(中畑氏)
日立ではダイバーシティ&インクルージョンを推進すべく、グローバル・グループ共通の人財マネジメント基盤を構築しました。同時に、人事制度の共通化にも着手しています。具体的には人財データベースの構築、マネージャー以上の職務に対するポジションの格付け (グローバルグレード)、パフォーマンスマネジメントの共通化などです。
中畑氏は人事制度の共通化に取り組む理由について、「自立(自律)した働き方を実現するには『ジョブ型人財マネジメント』への転換が不可欠だからです」と説明します。
これまで多くの日本企業は、職務を限定せず人に仕事を割り当てる「メンバーシップ型」の人財マネジメントを採用していました。しかし、事業環境が大きく変化していく今後は、職務内容を明確化し、仕事内容や遂行状況に応じて待遇を決定する「ジョブ型」の人財マネジメントが求められます。「多様な人財を能力に応じて適所適財に配置するためには、評価基準を共通化しなければなりません」(中畑氏)。
「組織や従業員の意識を変革するには、3年から5年のスパンで取り組む必要があります」と力説する中畑氏。最後に「30年後の市場でも成長し続けるためには、目指す方向を明確化し、長期的な視点で実行することが重要です」と説きました。
Section 2
続いて登場した岡氏は、M&Aの観点から30年後を見据えた企業の事業戦略について話を進めました。
冒頭、岡氏は世界でもっとも長寿企業が存在する国が日本であることを紹介しました。日本には200年以上続く企業が3,000社以上あり、2位のドイツ(800社強)を大きく引き離しています。
グローバルにおける企業の平均寿命は、約35年だといいます。岡氏は「事業には寿命があります。単一事業だけでは企業は長く生き延びられません。ですから、既存事業の寿命が尽きる前に、新規事業が必要なのです」と説明します。
新規事業を手に入れる選択肢は2つあります。1つは新規事業を社内で育成すること。もうひとつはM&Aで外部から取り入れることです。これら2つについて、岡氏は以下のように説明します。
「大規模企業にとって、新規事業を社内から生み出すことは、組織構造の観点から考えても容易ではありません。現実的なのはM&Aです。(M&Aは)新規事業育成の時間と手間をお金で買うのですから、手っ取り早い。ただし、日本企業はM&Aに慣れておらず、高値づかみをしているケースが少なくありません。今後は買収した企業をうまく経営することが大きな課題です」(同氏)
さらに岡氏は「起業家やベンチャー企業の育成 は、企業にとって『セーフティネット』です」と指摘します。
「企業を存続させるためには、新規事業を取り入れること。そのためには、社会全体で起業やベンチャー企業の育成を支援し、継続的に新たな事業(の源)を生み出す状況を作るのです。これは(M&Aを行う)大規模企業 のためでもあります」(岡氏)
Section 3
最後に登場した佐々木氏は、自身の著書「日本3.0:2020年の人生戦略」(幻冬舎)の内容を紹介しつつ、日本の新しい国家モデルについて自説を展開しました 。
佐々木氏は「近代の日本は、70年に1度の周期で『ガラガラポン革命』 が起こっています」と指摘します。ガラガラポン革命とは、既存の概念や思想、社会構造が外的要因によって根底から覆される現象を指します。佐々木氏は、明治維新から第二次世界大戦の敗戦までの期間を「日本1.0」、戦後から現在までの約70年間を「日本2.0」とし、現在を「日本3.0」と表現。そして、今、日本は大きな岐路に立っていると指摘します。
「コロナショックは第3のガラガラポン革命を推し進めるでしょう。特に、企業を取り巻く環境を見ると、新技術や業界再編、人口減少、働き方改革など、既存の社会システムを覆す複数の要因があります」(佐々木氏)
では、第3のガラガラポン以降、日本はどのように変化するのでしょうか。佐々木氏は日本の国家ビジョンとして、昨年逝去した堺屋太一氏のインタビューを紹介し、「楽しい日本」 を挙げます。
富国強兵で目指した「強い日本」、経済成長を最優先にした「豊かな日本」の次は、「面白い・楽しい日本」を目指すべきだというのが、佐々木氏の見解です。
「これまではGDP(国内総生産)の増加を目指していましたが、これからはQOL(生活の質)の向上に意識を向ける時代です。会社への帰属意識を持つのではなく、社会のあり方と個人の生活に目を向け、スーパーニッチな視点を積み重ねてビジネスを創造していくこと。こうした新しい社会モデルを、今後5年くらいのスパンで構築していくことが求められるのではないでしょうか」(佐々木氏)
基調講演の最後に設けられた質疑応答では、登壇者3人に対して聴講者からさまざまな質問が寄せられました。
大規模企業で人事制度を変更(共通化)することの難しさについて問われた中畑氏は、「会社が明確なビジョンを示し、なぜ人事制度の変更が必要なのかを従業員に納得してもらうこと。人事制度の変更を自分事として捉えてもらうことが大事です」と説明しました。
また、日本企業のM&Aが成功しない理由を問われた岡氏は、「意思決定の遅さが問題」であると指摘しました。この問題を解決するためには、自社が必要とする新たな事業分野 を明確にし、良い案件があればすぐに交渉できるよう準備をしておくことが重要だと説きます。
さらに岡氏は「M&Aは、いつも“その先”を想定することが必須です」と強調します。自社とのシナジー効果はどの程度あるのかを事前に分析すること。そして、買収した会社のガバナンスをどうするのか、今後のM&Aに備えて、これまでに経験したM&Aのノウハウをナレッジとして蓄積し、次に生かすことが大切であると語りました。
また、グローバルな視点を持つ人材をどのように育成するかという質問に対しては、三者で多様な示唆が示されました。
「外国で生活したり教育を受けたりすることが不可欠というわけではありません」(岡氏)。「外国という“場所”にこだわるのではなく、多様な人とコミュニケーションすること。自分の(情報を受け取る)“レシーバー”感度を上げて、広く情報を受け入れることが大切」(中畑氏)
これに対し、佐々木氏は自身の経験も踏まえ、「多様な人とコミュニケーションし、情報感度を上げることはもちろんです。ただし、何でもオンラインで情報が得られる時代だからこそ、肌感覚で外国を味わうことも大きな糧になると思います」と語りました。
Section 4
イベント後半ではEY ピープル・アドバイザリー・サービスの専門家らによる実務的なセッションが行われました。
EYのピープル・アドバイザリー・サービスは、組織・人事のプロフェッショナルコンサルティングサービスです。世界で13,000名超、日本では180名の専門家が、グローバル規模での課題解決を、フルラインサービスで支援しています。
セッションは人材・組織の課題を「Now」「Next」「Beyond」といった時間軸で分け、それぞれのフェーズで留意すべきポイントを解説しました。
EY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス HR Transformation パートナーの野村 有司とOrganization & Workforce Transformation ディレクターの高柳 圭介は、「働き方改革 第二章の幕開け」と題し、これからの働き方と人事のあり方、さらに戦略的なワークフォースプランニング(要員管理)について解説しました。
不確実性が高く、将来の予測が難しくなっている現在は、より柔軟な組織や多様な働き方の選択肢を示すことが重要です。野村は「これを実現するためには、これまでの人事制度を見直すこと。時間や場所に縛られない労働管理や、従業員が『働きたい』と思うようなコミュニケーションをすること。そして、従業員に選ばれる会社になることが大切です」と説きます。
高柳は「従業員の選択肢が拡大する時代だからこそ、タイムリーに要員過不足を把握し、ギャップを埋める施策と、その基盤作りが必要です」と語ります。そのためには、HR(Human Resource)Techを活用して作業の効率化を図り、将来必要になる人材を的確に把握すること。高柳は「在籍する人材とのギャップを特定し、早期に対策を講じることが重要です」と力説しました。
またEY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス Integrated Mobility パートナーのNick Pondと、同じくIntegrated Mobility パートナーの藤井 恵は、直近の課題である海外渡航再開に向けた人材の移動に関する課題について解説しました。
Pondは新型コロナウイルス感染拡大で海外渡航が大幅に制限されている現状を紹介し、「この状況に対応するためには、既存の転勤プログラムを根本から見直す必要があります」と説明します。その際には人事制度だけでなく、リスクマネジメントポリシーの変更も視野に入れなければならないとし、要員管理の集中化を提唱しました。
税制や入国管理に関する法令違反の防止といったリスクマネジメントだけでなく、海外赴任者の待遇の詳細分析や会社全体のコスト削減にもつながるというのがその理由です。
同じく藤井も、「現在はこれまでの海外勤務者規定の整備不足を見直す機会です」と指摘します。そのうえで、今後の対応方針として、赴任者の所得税を一括で管理したり、報酬管理や分析を効率的に実施する体制を強化したりすることが必要だと指摘しました。また、赴任する従業員が赴任国の税務上の不明点を確認したり、申告漏れがないかをチェックしたりできる体制も必要だと訴えました。
最後に登場したEY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス Organization & Workforce Transformation パートナーの水野 昭徳とChange Experience and Culture アソシエートパートナーのNancy Ngouは、デジタル時代における人事オペレーティングモデルについて言及しました。
両氏とも“アフターコロナ”のニューノーマル時代には、人事部の果たす役割が大きくなると指摘します。多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む中、人事も「デジタルオペレーティングモデル」へと進化することが大切だと指摘します。
人事部門のDXとは、単にアナログな作業をデジタル化する(”Doing Digital”)だけでなく、HR Techを活用した従業員サービスの高度化や専門家コミュニティによるアジャイルな課題解決、オペレーションの標準化・自動化を含むオペレーティングモデルの変革(”Being Digital”)を指します。
水野は「人事のデジタルオペレーティングモデルへの進化が進めば、人事部門とビジネス部門が連携したプロジェクト型の課題解決が可能になります。さらにHR Techを活用したグローバルでの業務標準化などが実現できます」と指摘します。さらに、将来的にはHR Techを活用し、経営判断を支援するようなインサイトの提供も可能だと示唆しました。
一方、Ngouは「DXにおいては『人』がその中心にあるべきです」と説きます。会社の枠に従業員を当てはめるのではなく、会社側が従業員とのエンゲージメントを強化すること。Ngouは「変革の初期から従業員を巻き込むこと、それが変革の成功に向けて最も重要な要因です」と力説しました。
30年先の日本は、このままでは「明るい未来」と言えないようです。EYの分析では、グローバルで見た日本のGDP占有率は、2050年には3.2%にまで減少すると予想しています。鵜澤は「急拡大する世界のGDP規模に対し、日本の存在感は低下します。今後の30年を、『新たな繁栄の30年』にできるのかは論点のひとつです」と問題提起しました。