EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに、経理・財務、人事、営業管理といった企業の各機能のデジタルトランスフォーメーション(以下「DX」)について掘り下げるWebinarシリーズを企画しました。
技術革新による社会変化の影響で、あらゆる産業分野では既存のビジネスモデルが根底から覆されています。もはや、DXは待ったなしの課題となっており、金融・保険業界も例外ではありません。しかし一歩踏み出そうにも、具体的に何から取り組めばいいのか、推進に当たってどのような課題が浮上し、どう解決していけばいいのかなど、解決すべき事柄は山積みです。
「DX or Die(デジタルトランスフォーメーションするか、それとも死ぬか)」をテーマに講演したSOMPOホールディングスでグループCDO(最高デジタル責任者)執行役常務を務める楢﨑浩一氏は、「何もしなければ、保険業界や金融業界は“ゆでガエル”(※1)になって消滅するでしょう。ビジネスはDXをして生き残るか、それともDXをせずにビジネス自体がなくなるかの崖っぷちにあると感じています」と危機感をあらわにし、DXの必要性を訴えました。
※1 ゆでガエル……ゆっくりと進行する危機や環境の変化に気付かず手遅れになること。
SOMPOホールディングス
グループCDO(最高デジタル責任者)執行役常務
楢﨑 浩一氏
Section 1
SOMPOホールディングスは国内の損害保険事業を筆頭に、海外保険事業、国内生命保険事業、介護・ヘルスケア事業を展開しています。
そして現在、「安心・安全・健康のテーマパーク」を全社スローガンに掲げ、「保険が必要ないほど安心・安全・健康な世界」の実現にまい進しています。この目標を設定した背景について、楢﨑氏は以下のように説明します。
「社会変化と技術革新の先にあるニューノーマル時代は、働き方・学び方・遊び方、そしてビジネスの仕方が変わります。そのような環境下でわれわれは、(自社が提供する)価値を再定義する必要があるのです。これまでの損害保険は、事故や災害に遭って初めて役に立つ存在でした。しかしこれでは安心・安全・健康を担保できません」(楢﨑氏)
注力すべきは、安心・安全をプロアクティブに支援するサービスの開発・提供です。楢﨑氏は、「既存の保険とまったく異なるサービスを提供するには、DXが不可欠なのです」と力説します。
楢﨑氏がSOMPOホールディングスに入社したのは2016年5月。三菱商事で米国シリコンバレー駐在を経験したのち、現地の複数のソフトウエアスタートアップ企業で事業開発や経営に携わりました。シリコンバレー在住は通算12年で、現地のテックベンチャー事情にも精通しています。
DXの第一歩を示す4つの基礎スキルとして楢﨑氏は、「AI(人工知能)」「Big Data」「CX Development(アジャイル開発)」「Design Thinking(デザイン思考)」を挙げます。いずれも近年台頭しているITトレンドですが、楢﨑氏は「これらを習得することは、江戸時代の寺子屋で読み・書き・そろばんを習うようなものです。現代でいえば、Eメール、エクセル、パワーポイントなどです。これからのビジネスには必須であり、いずれは当たり前のように利用するようになるでしょう」と予測します。
さらに楢﨑氏は、SOMPOホールディングスのDXを推進する上で、「SOMPO Digital Lab(以下「デジタルラボ」)」を立ち上げたことについて、江戸時代の「出島」になぞらえます。日本が鎖国をしていた時代、外部(外国)から最新技術を取り入れて、“日本仕様”に改変してきた出島。楢﨑氏は、グローバル/デジタル時代の「出島」として、東京(日本)、シリコンバレー(米国)、テルアビブ(イスラエル)を拠点に横断的イノベーション部門をつくりました。今、デジタルラボは出島と同様、日本のイノベーションを下支えする役割を担っているのです。
デジタルラボで特筆すべきは、これまでに実施したどのPoC(実証実験)も全て内製で、平均2カ月のプロジェクト期間を実現し、スプリントによる短い開発サイクル、アジャイル型開発を進めていることです。楢﨑氏は、「顧客・ユーザー事業部・スプリントチームの三者が、お互いにアイデアを出し合いながら新しいユーザー体験を創造していくスタイルで開発を進めています」と説明します。
デジタルラボ発の新プロジェクトは続々と登場しています。例えば、次世代型電動車いすを開発するWHILLと協業した介護プロジェクトでは、デジタルラボが自動運転ソフトを開発し、SOMPOホールディングスが展開するケアホームに自動運転車いすを導入しています。また、AIで健康状態をモニタリングするシステムを開発しているbinah.ai(イスラエル)との協業では、SpO2(血中酸素濃度)を計測できるアプリケーションを開発中です。
こうしたプロジェクトで共通しているのは、特定分野に特化したデータ&テクノロジーの活用をしていることです。それを象徴するように、2019年11月に、SOMPOホールディングスとPalantir Technologies(米国、以下「Palantir」)は新会社Palantir Technologies Japanを共同で設立しました。楢﨑氏はPalantir Technologies Japanの代表取締役CEO(最高経営責任者)も兼務しています。
Palantirは リアルデータの連携プラットフォームを提供する2004年創業のベンチャー企業です。実は、Palantirの創業者であるピーター・ティール(Peter Thiel)氏とアレックス・カープ(Alex Karp)氏は、楢﨑氏とはシリコンバレー時代からの知り合いだといいます。
新会社設立の背景について楢﨑氏は、「『ソフトウェアプラットフォームを通じて、国家課題・社会課題・経営課題を解決してより良い世界を目指す』というPalantirの創業理念と、SOMPOホールディングスの『安心・安全・健康のテーマパーク(を実現する)』というスローガンが合致したからです」と説明します。
Palantirが提供するビッグデータ・ソリューションは、米国および英国の新型コロナワクチン管理のバックボーンを支えています。楢﨑氏は、「こうした社会課題の解決にもDXは不可欠です。SOMPOホールディングスは今後もPalantirとの協業で、DXを加速させていきたいと考えています」と語り、講演を締めくくりました。
Section 2
講演後にはEY新日本有限責任監査法人で理事長を務める片倉正美が参加し、「CDOから見るDX成功への課題と対応」をテーマに、事前に寄せられた質問に答える形式でトークセッションを繰り広げました。
モデレーターはEY JapanでCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)を務める松永達也が務めました。
EY Japan
Chief Innovation Officer
松永 達也
DXの推進で真っ先に課題となるのが、「現場の役員や担当者のマインドセット」です。「全社レベルでDXを推進する際にDXの担当リーダーが留意すべきこと」について問われた楢﨑氏は、「大切なのは人間力です」とし、以下のようなアプローチが有用だと説きます。
「定期的に、リーダー層にデジタルを使ったデモンストレーションの実施など触れる機会をつくり、社会がデジタルでどう変わっていくのか体験してもらうことから始めました。保険会社にとってデジタルは“よそ者”でした。ですから、当初はネガティブな印象を持つ人も少なくありません。それを打破するため、『デジタルを使えばこんなことができる』という具体例を示し、『(自分の業務でも)何かができるかも……』と思ってもらうことが大切だったのです」(楢﨑氏)
一方、片倉は「トップと現場との間に、DXに対する熱量のギャップがあります」と指摘します。経営者は監査のデジタル化に積極的ですが、現場の役員は必ずしも推進派ではないというのです。その理由は、「面倒なことはやりたくない」と「自社のデジタル化レベルがデジタル監査を導入するまでに至っていない」からだといいます。片倉は、「今、企業に求められているのは、トップと現場の橋渡しとなるCDOの存在です」と強調しました。
また、DX人材の開発・育成に関する質問について片倉は、「既存の従業員に対する育成」と「STEAM人材(※2)のキャリアプラン形成」の2つの視点から考える必要があるとの見解を示しました。
片倉は、既存の従業員育成で重要なのは「理解度の見える化」だとし、EY Japanの取り組みを紹介しました。
EY Japanではデジタル人材の認定制度を設けて、必要なスキルを定義しています。特徴的なのは認定条件が研修の受講だけではなく、「ツールや技術を使って実務を経験しているか」「法人に対して(デジタル化支援などの)貢献をしているか」といった点も対象にしていることです。片倉は、「こうした具体的な認定は、受講者が自分の立ち位置と、目指すべきゴールを明確にするといった観点から役立ちます」と説明します。
一方、STEAM人材のキャリアプランについては、「STEAM人材にとって魅力的な監査法人にすることが大命題」だといいます。業務内容を定義し、将来のキャリアプランを明確に示さなければ、優秀な人材は確保できません。片倉は、「将来的に技術のわかる会計士と、会計のわかるSTEAM人材の融合で、DXを推進していきたい」との展望を示しました。
最後に挙げた「企業価値の向上・CSV(Creating Shared Value;共通価値の創造)の実現」については、「DXプロジェクトへの投資を正当化するには、どのような方法で意思決定者を納得させればよいか」との問いがありました。
これについて楢﨑氏は、「そもそも『意思決定者にROI(投資対効果)を提示して予算をもらう』という議論自体がおかしい。DX or Dieなのですから、全社を挙げて取り組むしかないプロジェクトです」と指摘し、以下のようにアドバイスしました。
「とはいえ、現状では意思決定者にDXの必要性を理解させなくてはならず、それにはDXで事業が成功した事例を具体的に示し、管理会計上の価値を提示することです。PoCを実施しながらシミュレーションし、『(今、手掛けているDXプロジェクトが)どれだけの価値を生むかを示した上で議論しましょう』と伝えることが、理解への近道です。注意すべきは、DX自体を目的化しないこと。ゴールを設定しないまま『他社がやっているから……』という姿勢で取り組むと失敗します」(楢﨑氏)
片倉も「社会的価値=社会貢献=コストという考えは過去の話です。現在はESG(環境・社会・ガバナンス)を前提とした投資が重要であり、自社の利益を出しながら社会貢献することが当たり前になっています。事業的価値と社会的価値は二律背反するものではありません」と指摘します。
楢﨑氏も片倉も「DXは長期的な視点で捉えることが大切」と口をそろえます。近視眼的な見方で利益を追求したり性急な成果を求めたりせず、将来のあるべき姿を描き、それに向かって何ができるかを考えることが、DX成功のカギであると力説しました。
最後に松永は、「DX実現を時間軸で捉えれば、(現在の取り組みが)投資対効果をもたらすことは明白です。DXの成果は、自社にとって持続的な価値があるだけでなく、将来的には社会的な価値につながるものだと確信しています」と総括しました。
※2 STEAM人材……STEAMとは「Science」「Technology」「Engineering」「Arts」「Mathematics」の頭文字を取った造語。これらを包括的に網羅する人材を指し、「DX人材」とも呼ばれる。
EY新日本有限責任監査法人
理事長
片倉 正美
Section 3
セミナーの最後は、2021年4月に『なぜ、DXは失敗するのか』(東洋経済新報社)を出版する、Transformantでプレジデントを務めるトニー・サルダナ(Tony Saldanha)氏が登壇。
「なぜDXは失敗するのか ~DXを成功に導くアプローチ」と題し、DXを支援するコンサルティングの立場から講演しました。
サルダナ氏は27年間、米国P&GでGBS(Global Business Service)部門とIT部門で辣腕を振るってきた人物です。業界のソートリーダーとして、GBS部門の立ち上げと運営を指揮し、CIOとしてDXを推進しました。2013年にはCOMPUTERWORLD誌の「プレミア100 ITプロフェッショナル」の1人に選出されています。
サルダナ氏は混沌としている今だからこそ、DXに取り組まなければならないと訴えます。「歴史的に見ると、経済危機をきっかけに成功を収めた企業は、危機の後ではなく危機の最中に改革に取り組んでいます。つまり変革に取り組み始めるタイミングは、今なのです」
DXは「第4次産業革命」だと言われます。デジタル化は蒸気力・電力・インターネットに次ぐものであり、既存の産業構造を大変革するものと目されています。ただし、DXによる第4次産業革命がこれまでと異なるのは、DXの存在が他の技術や産業に影響を及ぼしていることです。DXによって消滅する産業や異業種競争にさらされている業界など、数え上げればキリがありません。実際、サルダナ氏はこうした変化を目の当たりにしたといいます。
「2015年にスタートアップの米国Wonoloとやり取りをした際、こちらのカウンターパートとなってスケジュール調整をしていた“秘書”はAIでした。すでに6年前には、こうした技術がスタートアップでは導入されていたのです」(サルダナ氏)
この経験からサルダナ氏は、「DXとは最新技術やこれまでとは異なるビジネスモデルを追求するのではなく、(自社の業務の中で実践できる)具体的なプロセスの変革を追求することだ」という教訓を得たといいます。そして、すぐにP&Gでバックオフィスや事業部門が直面している単調な25の業務でDXを実施しました。
例えば、請求書を発行するプロセスをゼロにするプロジェクトでは、請求書の精査にAIを導入しました。また、コールセンターの効率化を図るプロジェクトでは、NLP(自然言語処理)を活用したAIを導入して入力にかかる時間を削減したり、顧客からの問い合わせ内容をAIが分析し、データベースの中から適切な回答を自動的にピックアップしてオペレーターに表示したりする仕組みを構築しました。こうした取り組みの結果、作業効率はDX以前よりも10倍向上したといいます。
「DXの70%は失敗すると言われています。しかし、成功の確率が低いからといって、変化をしないという選択肢はありません。失敗の原因は、イノベーションやテクノロジーの問題ではなく、明確な目標とプロセスの欠如にあります。ですから、リーダーはそのリスクを回避するにはどうすればよいかを考え、方向性を見極める必要があるのです」(サルダナ氏)
「成功の秘訣は規律ある行動」だとサルダナ氏は明言します。DX の意味を正しく理解し、実施する目的を明確にすること。リーダーは「プロジェクトチーム内だけでなく、会社全体に変化をもたらすにはどうすればよいか」の視点でDXを捉え、プロジェクトチームのメンバーがリスクを恐れずに取り組める環境を構築する必要があると力説します。
サルダナ氏は「コロナ禍を言い訳に、DXの歩みを止めてはならない」と訴えます。セミナーの最後にサルダナ氏は、「デジタルの未来は非常に明るい。今回のセミナーで紹介した事例は、(70%が失敗すると言われるDXであっても)英知を駆使すれば成功することを示したものです。DXに携わるリーダーや担当者の方々は自信を持ってください」と呼びかけました。
元P&G Vice President for IT and Shared Services
トニー・サルダナ氏
EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに、企業のDXについて掘り下げるWebinarシリーズを実施しています。第4回の今回は、SOMPOホールディングス楢﨑氏をゲストにお迎えして、「ビジネスはDXをして生き残るか、それともDXをせずにビジネス自体がなくなるか」との危機感をもとに、DXの必要性についてお話しいただきました。