サステナブルファイナンスの多様化と、そのアウトカムの透明性向上のための、定量的なインパクトの測定・管理とは

サステナブルファイナンスの多様化と、そのアウトカムの透明性向上のための、定量的なインパクトの測定・管理とは


金融におけるESG要因の考慮に対する理解の深まりとともに、サステナブルファイナンスの手法は多様化し、そのインパクトとリターンとの関係もさまざまとなっています。「グリーンウォッシュ」も懸念される中、インパクト、すなわち期待されるアウトカムに貢献するプロセスの透明化のためには、今後何が必要でしょうか。


要点

  • 責任投資の文脈でのESG投資に加え、最適リターンだけでなく、ESGへのインパクト、つまり具体的な目的の達成を明確に目指すようなものも含む、サステナブルファイナンス商品の多様化がみられる。
  • グリーンウォッシュなどと呼ばれる、名目と差のある商品の品質も懸念される中、EUでは開示規制が強化されるなど、そのポジティブ・ネガティブ両面のインパクトを客観的に明らかにすることが求められてきている。
  • インパクトの評価に定量的指標が用いられ、アウトカムがより予測可能となることを通して、サステナブル・ファイナンス市場全体の拡大を通じた、効果的なインパクトの実現が期待される。


責任投資とサステナブルファイナンス

企業やプロジェクトの財務情報を利用した伝統的な投融資意思決定に対して、非財務情報も活用し、ESG(環境・社会・ガバナンス)要素の達成を直接的・間接的に志向する、さまざまなファイナンス活動が広まっています。

「責任投資原則(PRI 1)」が2006年に国連から機関投資家に提唱されたことで、このESGという言葉が広まったことはよく知られています。しかし、倫理的投資、社会的責任投資やインパクト投資のような目的達成型の投資と違い、責任投資が「投資リターンを唯一の目的とする投資家でも追求でき、追求すべきもの2」とされている点は意外かもしれません。ESG要因を取り入れることこそが経済的リターンの達成に不可欠であるという考えが根底にあると考えられ、受託者責任の範囲でのESGの考慮を十分に説明可能にする、重要な前提となっていると言えるでしょう。

一方で、サステナブルファイナンスは、「持続可能な経済活動やプロジェクトでのより長期的な投資を導くように、金融セクターにおける投資意思決定に際してESG問題を取り入れるプロセス」などと定義されます3 。この下で、「プロセス」として取り得る戦略は表1のようにまとめられます。この例では、経済的に最適なリターンを得られるとは限らない、インパクト投資のような目的達成型の手法も含まれていることが分かります。

表1:GSIAによるサステナブル投資戦略の類型4

表1:GSIAによるサステナブル投資戦略の類型

表1の戦略は、必ずしも株式投資に限定されるものではありませんが、株主権利の行使などは、債券投資や融資などのクレジット系のファイナンスでは不可能であり、同じようには当てはまりません。逆にこのような商品は、サステナビリティへのインパクトを直接商品条件に仕組むことが比較的容易であることから、投資戦略ではなく金融商品として、表2のようにさまざまな形態が存在します。
 

表2:ICMAによるクレジット型のサステナブルファイナンス商品の類型 6

商品名

定義の例

1.   グリーンボンド

調達資金が、適格なグリーンプロジェクトのファイナンスのみに充当される債券

2. ソーシャルボンド

調達資金が、適格なソーシャルプロジェクトのファイナンスのみに充当される債券

3. サステナビリティボンド

払込金の全額がグリーンプロジェクトやソーシャルプロジェクトのファイナンスに充てられる債券であり、上記1と2の両方に共通する要素に適合するもの

4. サステナビリティ・リンク・ボンド

発行体が事前に設定したサステナビリティ/ESG 目標の達成状況に応じて、ファイナンス的・ストラクチャー的に変化し得る債券。発行体のサステナビリティ目標の将来における達成状況に連動し、(i) KPI を通じて測定され、(ii)成果目標に照らして評価される

5. トランジションボンド(ファイナンス)

主として温室効果ガス(GHG)排出量が削減困難なセクターにおいて、脱炭素への移行に向けた、上記1~3に沿った資金使途特定型商品7の債券または4の発行による資金調達

以上を踏まえ、図1は、サステナブルファイナンスにおける、インパクトとリターンの関係を整理した例です。純粋なファイナンスを目的としたものから、寄付のようなインパクトだけを目的としたものまで、グラデーションが存在しています。グローバル金融危機以降、金融市場の短期的な利益追求への批判が高まり、持続可能性の懸念が高まる中では、このように投資リターンの多寡にかかわらず、長期的なESG要因をビジネスの意思決定に取り入れ、顧客をはじめ社会における全てのステークホルダーに対し、より公平で、持続可能、インクルーシブな便益の提供を後押しする、あらゆる金融サービスをサステナブルファイナンスと呼ぶべきなのかもしれません。
 

図1:サステナブルファイナンスの形態ごとのインパクトとリターンの関係8

図1:サステナブルファイナンスの形態ごとのインパクトとリターンの関係8

サステナブル・ファイナンスの品質への問題意識の高まり

市場の拡大に伴い、サステナブルファイナンスの効果、いわば品質のバラつきの懸念が聞かれるようになっています。効果が小さかったり、あっても現状と変わらない(追加性がない)、あるいはむしろ悪影響の方が大きくなるなどの場合にもかかわらず、あたかもサステナビリティへの配慮があるかのような体裁をとる、いわゆるグリーンウォッシュやESGウォッシュに対する目も厳しくなりました。このような中、2018年のアクションプラン9 を経てEUで立法化されたのが、金融市場参加者(資産運用会社、保険会社、年金基金など)およびフィナンシャルアドバイザーに対し、企業レベルならびに金融商品レベル双方の開示要件を定めた、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR 10)です。

SFDRには契約前開示義務があり、サステナビリティのリスクの投資意思決定への統合(インテグレーション)の方法や、リターンに与えるインパクトの開示が求められています 11。加えて、図2のように、一般的な商品(第6条)と別に、俗に「ライトグリーン」と呼ばれるESGに配慮した投資(第8条)、「ダークグリーン」と呼ばれる目的達成型のインパクト投資(第9条)を類型化、それぞれいかにしてサステナビリティの目的を達成し得るかの説明を追加することになっています。
 

図2:SFDRにおける金融商品のサステナビリティ開示要件

図2:SFDRにおける金融商品のサステナビリティ開示要件

また、ポジティブな効果だけでなく、自らの投資意思決定がサステナビリティ要因に及ぼす、主要な不都合なインパクト(PAI: Principal Adverse Impacts)の考慮の有無とその方法に関する説明や、定量的な指標を含む開示12 を継続的に行う旨を明示することも同時に求められています(第7条)。温室効果ガス(GHG)排出量削減だけが優先される課題ではなく、貧困の解消、人権侵害や生物多様性への影響など、サステナビリティの達成には、現実にはさまざまなトレードオフがありえます。このため、ポジティブなインパクト達成への取り組みが本格化するにつれて、表裏一体となるネガティブなインパクトの公平な認識が、より重要になってきたということでしょう。

日本では、2020年に再改訂されたスチュワードシップ・コード13 において、機関投資家の責任の一つとして、「運用戦略に応じたサステナビリティの考慮」がうたわれましたが(原則7)、サステナブルを名乗る商品が販売される際の、SFDRのような具体的な開示規制は導入されていません。しかしながら、市場参加者や個々の金融商品が与えるインパクトの客観的で公平な把握が求められる中、何らかの形で、このような情報が今まで以上に豊富に提供されるようになるに違いありません。

 

インパクトの測定と管理

では、「インパクト」たるものを客観的に測定・管理する方法はあるのでしょうか。

国際的なイニシアチブであるIMP(インパクト・マネジメント・プロジェクト)によれば、インパクトとは、「組織によって引き起こされる結果(アウトカム)に対する変化」と定義されています 14 。ポジティブなものもネガティブなものも、意図的なものも意図せざるものも含まれることがポイントであり、測定は5つの切り口、①アウトカムへの貢献(What)、②享受するステークホルダーと困窮度(Who)、③享受の程度(How much)、④貢献の有無(Contribution)、⑤インパクトの不確実性(Risk)で行うとされています。

また、この測定に客観的な尺度をもたらすべく、IMP傘下のGIIN(グローバルインパクト投資ネットワーク)ではIRIS+ 15 というサービスを公開しており、さまざまな環境・社会アジェンダに対応したアウトカムを測るための、定量的指標を提案しています。表3がその内容の一部です。

表3:IRIS+におけるインパクト定量化のための指標

表3:IRIS+におけるインパクト定量化のための指標

まだまだデータの制約は大きいと思われますが、目的達成度を測る定量的な指標の存在によって、インパクトの観点から投資や企業の影響を客観的に評価すること、また時には相反する目標の中でのポジティブ・ネガティブ両面のインパクトを考慮した評価を行うことが、徐々に容易になってくると考えられます。また、尺度が標準化されることで、類似の目標を持つ複数の種類の投資にわたってデータを集約し、ポートフォリオ横断的にインパクトを測ることも視野に入ってくるでしょう。

これまでのESGの取り組みに関する説明は定性的なものが中心であり、必ずしも比較が容易とは言えませんでした。しかしながら、このように定量的な評価手法が標準化され普及することによって、今後は目的達成の度合いを公平かつ客観的に比較・評価しようとする動きが、さまざまなステークホルダーから出てくることとなるでしょう。

市場参加者にとっても、ESG要因の業務への統合の際にこのような指標を共通尺度とすることで、社内および社外のコミュニケーションの後ろ盾となるだけでなく、インパクトとリターンの関係もより理解が進み、サステナブルファイナンス商品の価値評価がより予測可能な扱いやすいものとなる可能性があります。こうして、市場全体の透明性の向上と裾野の拡大を通じて、金融をてこにしたより大きく効果的なインパクトが、社会のすみずみまで実現されていくことが期待されます。


引用・参考文献:

  1. Principles for Responsible Investment
  2. PRI 「責任投資原則」, 2018, www.unpri.org/download?ac=10971(2022年2月27日アクセス)
  3. European Commission, “Overview of sustainable finance”, Webpage(ec.europa.eu/info/business-economy-euro/banking-and-finance/sustainable-finance/overview-sustainable-finance_en#what(2022年2月27日アクセス)
  4. Global Sustainable Investment Alliance (GSIA), “Global sustainable investment review 2020”, 2020, www.gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2021/08/GSIR-20201.pdf(2022年2月27日アクセス)
  5. ESGインテグレーションとPRIで言うESG要因の考慮(incorporation)の違いについては、以下で詳しく議論されています。 日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)「日本サステナブル投資白書2020」、2021年3月、japansif.com/wp-content/uploads/2021/04/ESG投資の定義・日本サステナブル投資白書2020.pdf、2022年2月27日アクセス)
  6. International Capital Market Association (ICMA), “Green Bond Principles” (2021),  “Social Bond Principles” (2021), “Sustainability Bond Guidelines” (2021), “Sustainability-Linked Bond Principles” (2020), “Climate Transition Finance Handbook” (2020),  www.icmagroup.org/sustainable-finance/the-principles-guidelines-and-handbooks/(2022年3月7日アクセス)
  7. Use of Proceeds instruments
  8. Social Impact Investment Taskforce, “Allocating for Impact”, September 2014, gsgii.org/reports/allocating-for-impact/(2022年3月6日アクセス)を基にEY作成
  9. European Commission, “Action Plan: Financing Sustainable Growth”, August 2018, eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52018DC0097(2022年2月27日アクセス)
  10. Sustainable Finance Disclosure Regulation
  11. European Commission, “sustainability‐related disclosures in the financial services sector”, December 2019  eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32019R2088(2022年2月27日アクセス)
  12. 詳細な開示要件は、EU金融監督当局によるRTS(Regulatory Technical Standards)で定められます。
  13. スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(金融庁) 「『責任ある機関投資家』の諸原則 《日本版スチュワードシップ・コード》」、2020年3月、www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/01.pdf(2022年2月27日アクセス)
  14. IMP, “Impact management norms”, Webpage impactmanagementproject.com/impact-management/impact-management-norms/ (2022年2月27日アクセス)
  15. IRIS+ (Impact Reporting and Investment Standards Plus),  iris.thegiin.org/(2022年2月27日アクセス)

サマリー 

サステナブルファイナンスには、リターンだけではなく、個別の目的達成を第一に目指すものも含まれます。その品質が懸念されたことで規制が強化され、ネガティブ面を含むインパクトの把握が求められています。今後は、定量的な指標による評価が進み、より良いインパクトが広く実現されることが期待されます。


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