製造業の競争力向上に向けて、AIを最大限活用するために取るべき適切なアプローチとは

製造業の競争力向上に向けて、AIを最大限活用するために取るべき適切なアプローチとは


ヨーロッパで実施された調査では、多くの企業がAIなどのテクノロジーを活用した業務改善の重要性を認識しているものの、実際に導入に至っているケースは少ないことが分かっています。


要点

  • 調査に協力いただいた製造関連企業はAI導入による業務改善の必要性を認識している一方で、主管部署を設けて具体的な導入計画の策定・実行を進めている割合はわずか10%にとどまる。
  • AIをはじめとしたテクノロジーを利用することにより大幅な業務改善を進めることができる。
  • ロードマップに添ってAI導入の6ステップを踏むことで、最高責任者レベルの経営幹部の賛同を得ながら体制整備や新たな人材要件への対応を推進することができる。


EY Japanの視点

現在、日本の製造業は高齢化に伴う労働人口不足や、工程作業の属人化により技術継承が困難といったさまざまな課題に直面しています。また昨今の世界情勢の影響などを受け、需要だけでなく供給サイドにもその時々で大きな変動が生じることから、より柔軟性の高い生産体制の構築は非常に重要です。

これらの課題に対応するソリューションとして、製造業におけるAI活用が注目を集めています。AIは、本文で示されているヨーロッパだけでなく、日本においても重要性の認識が広がっています。

予知保全や画像検査など、製造現場での活用が進む一方で、ビジネスモデルそのものの変革をもたらすようなインパクトの大きい事例はまだ限られています。多岐にわたる活用事例の一部を以下でご紹介します。

  • リカーリングビジネスモデル確立の足掛かりとして、部品の故障予測機能活用により、定期交換や事後対応にとどまっていたアフターサービスを予測型に転換し、サービスレベルを向上
  • 外部情報とAIを活用し、需要予測精度の向上と、価格・需要の関係性に基づく推奨販売価格算定を行い、それらをベースとした利益計画により収益を大幅に向上

EY Japanの窓口

EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
サプライチェーン&オペレーションズ
パートナー 平井 健志
シニアマネージャー 杉浦 紫乃

多くの製造業において、AIの活用は抽象的なイメージにとどまっており、本格的な将来像を描いた導入に向けた取り組みは始まったばかりです。こうした状況の中EYとMicrosoft社による調査を実施したところ、AIを活用した業務改善には多くのメリットがあるという、企業のAI活用を後押しする結果となりました。

本調査はヨーロッパにおける製造業86社を対象としたものですが、その結果はヨーロッパのみならず全世界の製造業に通じるものといえます。過去12カ月で、「自社のビジネスにとってAIの必要性・重要性がさらに増している」と回答した企業は81%に上りました。一方で、具体的にAI導入を目的とした主管部署を設け、詳細な実行計画を策定している企業はわずか10%にとどまります。また16%の企業は、具体的な将来像を描かないままに部分的な開発・導入を行っていると回答しました。全社的に導入できている企業は12%にとどまりますが、そうしたAIにおけるリーディング企業は平均5年以上取り組みを継続し、コスト削減やより的確な意思決定、顧客満足度の向上を実現しています。
 

ただし、これらの効果は導入さえすれば完全に得られるというものではありません。AIの本来の価値を引き出し、効果を最大化するためには、綿密な導入計画に沿った適切なアプローチが重要です。本記事では、製造業がどのように先進的な取り組みを進めることができるかをご紹介します。(詳細は調査報告書をご確認ください)
 

 

オポチュニティと課題

M&Aに関するインサイトを提供するクラウドベースのプラットフォーム「EY Embryonic」によると、製造業がサービス開発力強化を狙ってAI関連事業とM&Aや出資といった形で協業した事例は、2014年時点ではわずか5件でしたが、2019年には59件まで急増しました。この期間での事例総数は179件、複合年間成長率(CAGR)も64%となり、総額は14億ユーロに上りました。
 

製造業がAIに注目するのには理由があります。工場にスマートセンサーやIoT、AIなどを導入することで予知保全が可能となり、コスト削減や重要資産の寿命延長が期待できます。本調査でも68%の企業が既にデジタルを活用した予知保全を実施していると回答しています。また、デジタルツインによって製品やプロセス、設備などの仮想レプリカを作成し、AIでリアルタイムにデータを分析・処理することができます。デジタルツインを採用していると回答した企業は62%に上り、例えば物流プロセスに関する事例では、主要な港の混雑状況を監視することで、輸送コストやリードタイムへの影響の把握が可能となります。これらは迅速で的確な輸送手段の判断につながります。さらにAIは、生産や物流に限らずバリューチェーン全体にわたり有効であり、66%の企業がAIチャットボットによるテキスト解析により、迅速な問い合わせ対応を実現しています。サイバーセキュリティ関連では、不正アクセスの検知にAIを活用する企業も多く見られました。(69%)
 

活用法は多岐にわたり、上記の他にも大きな効果が期待されているものがあります。例えば、顧客の需要予測(37%)やシームレスな在庫管理(32%)が挙げられます。また、アナリティクスはより良い意思決定と労働力の有効活用を促進します。ARの活用などにより、遠隔の熟練技術者とデバイス上で確認しながら、新人の技術者でも作業を可能にするビジュアルアナリティクスは、熟練技術者をより高価値な作業に充てることで、生産や保全活動におけるオペレーションの効率向上を実現します。

2020年のAI導入上位4つの活用方法

AIの導入によってビジネスの価値を最大化するには、第一にビジネスの成果に焦点を当てたアプローチ、次に堅固なデータ品質とガバナンスプロセスが重要です。今回のEYとMicrosoft社の共同調査においても、本番環境でAIを備えたソリューションに容易にデータを取り込むためには、どのようにデータを収集しクレンジングすれば良いかといった課題感が挙げられています。外部との連携が考慮されずに孤立化した機能や統合されていないプラットフォームが原因で、AIの有効活用に不可欠なデータの一元管理が実現できていないといった状況が多く見られます。

さらに、デジタル化するためのマニュアル作業やセンサーデータポイント間の連携といった課題もあります。AIを全社的に導入・活用するためには、AI活用に伴う倫理的リスク(個人情報の保護、公平性、差別や偏見の回避、透明性・説明可能性など)を正しく認識する(pdf、英語版のみ)ためのガバナンスも重要です。テクノロジーの活用は人の意思決定によって実現されます。人の活動を中心に考えることで、従業員の働き方や果たすべき役割、それらを後押しする文化を刷新することができます。

 

最適なAI導入のためのアプローチ:ロードマップの策定

AIの導入から活用までの一連の流れを加速し、最適化するためには、以下の6つのステップを踏んで進めることが重要です。これらは導入を検討し始めたばかりの企業だけでなく、全社的なAIの拡張を進めようとしている企業にも有効なアプローチです。

AIのロードマップ

1. AIが持つ可能性を理解する

事業横断的な大規模なAI導入を試みる際に、その活用方法やリソース確保および優先度について、経営層と討議し承認を得るには、最高責任者レベルの経営幹部の賛同が必須です。そのためには、AIに関して知見のある人材をプロジェクトのサポーターとしてつけることも効果的です。こうした人材がいることで、説得力のあるビジネスケースの作成やPoCのための指標設定を行った上で導入を進め、本番環境へと移行できます。経営層の理解や賛同が得られない場合、AI導入に向けた取り組みは、他の優先課題や市場の混乱に埋もれてしまう恐れがあります。
 

 

2. 組織変革と計画策定を行う

AIに限らず、テクノロジーを効果的に活用するためには、アジャイルでオープンな組織文化であることが大前提となります。導入計画には、組織のビジネス戦略に沿ったKPIが設定され、十分な予算が割り当てられる必要があります。また、プロジェクトのサポーターやデジタルを専門とするチーム、もしくはセンター・オブ・エクセレンス(CoE)と連携し、データ収集やクレンジングなど現時点での要件に対応し、将来像の実現に向けた取り組みをサポートする主管部署の設置も必要になります。
 

 

3. データの基盤構築と構造化を行う

データ主管部署またはオーナーは、多くの顧客とプロセスが入り交じるサプライチェーン全体におけるデータポイントを、徹底的に監視するための重要な存在です。データ品質を向上させるためには、アナログデータのデジタル化や、その他のデータソースのクリーニング、構造化が不可欠であり、それらがAIを備えたソリューションの有効性向上へとつながります。またデータレイクなどのデータベースに保存することで、データの流れを導き、アナリティクスのケイパビリティを強化します。データのガバナンス、プロセス、説明可能性、透明性は全て必要なものであり、AI導入前に対処しておく必要があります。

4. 外部とのパートナーシップを組む

製造業は、さまざまなスキルセットを持つ多くの有能な人材を育成してきましたが、AIに関するノウハウを持つ人材はまだ不足しています。こうした状況に対し、スタートアップや研究機関、コンサルティングファーム、その他のテクノロジーの専門家といった外部の強固なエコシステムを活用することで、ビジネスやユースケースに異なる視点を加えることができます。
 

 

5. 社内でAI人材を育成する

外部とのパートナーシップを築いた場合でも、社内の従業員もAIの活用に関する新たなスキルを習得し、新たな役割を果たす必要があります。AIの専門家やデータサイエンティスト、エンジニアといった、知見を持つ人材を新たに採用することももちろん重要ですが、データサイエンスに対する理解を組織全体に浸透させることが求められます。足元のニーズだけにとらわれるのではなく、将来的な可能性を見据え、多様な分野のスキルや経験がそろった環境でこそ、AIはその価値を発揮します。
 

 

6. アーキテクチャとインフラストラクチャーを構築する

本記事ではAIを活用するための組織づくりを中心に説明しているため、ここまでAIを備えたソリューションにおけるアルゴリズムについてはあまり触れてきませんでした。しかしこれらも重要な要素であり、かつ既存のシステムに対して、AIのアルゴリズムを組み込むことは一筋縄ではいきません。明確なガイドラインと小規模のモジュールを使って、シンプルなプロセスでPoCやソリューション拡張を行っていくことが求められます。また市販の標準化されたインフラストラクチャーサービスを活用すれば、柔軟性のあるAIを備えたソリューションをアジャイルかつ強固に開発することができます。
 

これら全てを実行することは決して容易ではありませんが、先々の大きな効果が期待できます。AIを積極的に取り入れるカルチャーの製造業は、コスト削減や顧客と従業員満足度の向上を実現し、競争力を高めることができるでしょう。


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サマリー

AIの活用により、製造業はコスト削減やより迅速で的確な意思決定、顧客満足といった多くのメリットを享受することができます。EYとMicrosoft社がヨーロッパの企業を対象に実施した調査によると、多くの製造業がそのメリットを認識はしているものの、実行には至っていないことが分かります。AIを適切に導入、活用していくためにここまでに述べてきた6つの重要なステップを踏んでいくことが求められます。


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