EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
経済産業省の栗原涼介氏をお招きし、本プロジェクトを支援してきた EYストラテジー・アンド・コンサルティング 公共・社会インフラセクター パートナー 池尻能が、支援機関に着目した背景や中堅・中小企業におけるDXの重要性について伺いました。
要点
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 池尻 能
池尻:今回、新たに策定された「DX支援ガイダンス」は中堅・中小企業をサポートする支援機関にフォーカスしています。まず、その理由について教えてください。
経済産業省 栗原 涼介氏
栗原氏(以下敬称略):中堅・中小企業は日本企業全体の99.7%を占め、産業界を支える非常に重要な存在です。しかしながら、人材不足の深刻化や生成AIなどの新技術の台頭により、デジタル技術を効率よく活用できなければ、競争力が大きく低下してしまいます。
私たちはこれまで2020年に「デジタルガバナンス・コード」の策定や、特に中堅・中⼩企業のDXを推進するため、「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の⼿引き」の策定、「DXセレクション」といった表彰制度やDX認定制度など、個々の企業に対する⽀援を⾏ってきました。しかし、これらの取り組みから、中堅・中⼩企業のDXは単独での実施には限界があり、また、⽀援機関を活⽤いただくことも必要で、⽀援機関のDX⽀援の取り組みを⽀援する「新たなアプローチ」が有効であることが明らかになりました。そのため、⽀援機関向けの「参考書」として今回の「DX⽀援ガイダンス」を作成いたしました。
対象となる支援機関は、地域の金融機関、地域のITベンダー、コンサルティングファーム、地域のコンサルタント(ITコーディネータや中小企業診断士など)、SaaSツール事業者、大手ITベンダー、公益財団法人、地方自治体、大学や教育機関、商工会、商工会議所など、多岐にわたる支援機関を想定しています。
池尻: DXに取り組むことで、中堅・中小企業だからこそ得られるメリットについて教えてください。
栗原:大企業と比較すると小規模であり、デジタル化やDXの効果をすぐに実感しやすいというメリットがあります。また、中堅・中小企業は独自の“光る”事業を持つ企業も多いです。DXに取り組むことで、そのような特徴的な事業をより伸ばせるのでは、とポテンシャルを非常に感じています。
池尻:今回の「DX支援ガイダンス」で印象的だったのは、「DXは一つの手段に過ぎず、あくまで経営変革のための取り組みである」と明言している点です。この考え方は「デジタルガバナンス・コード」から一貫しています。
ただ、そう言いつつも、デジタルツールの導入が手段ではなく目的に向かってしまった企業も多いと感じます。正しいDX支援に導くアプローチ方法についてお聞かせください。
栗原︓中堅・中⼩企業の皆さんにはデジタルツールの導⼊で満⾜するのではなく、経営変⾰を起こすための⼀つの⼿段としてデジタルの⼒を活⽤いただきたいと考えています。そして、最終的には、デジタルの⼒を活⽤して、既存事業に付加価値をつけて売り上げを伸ばしたり、新規ビジネスを⽴ち上げたりすること、すなわち、事業変⾰の取り組み、まさしくDXを⽬指していただきたいのです。
ただし、デジタルツールを導⼊したからといって即座に成果を得られるわけではありません。まずは業務上でデジタルに慣れていただき、⼩さな成功体験を積み重ねて、デジタルの⼒を実感してもらうことが必要です。そして、⽀援機関は、DXを進める⽀援企業に伴⾛し、中⻑期的に成⻑を⾒守っていただきたいと考えています。
池尻:「DX支援ガイダンス」では、支援機関同士の連携の重要さにも触れています。
栗原:中堅・中小企業の背後には、事業を運営していく上でさまざまな支援機関とのつながりがあります。そのため、支援機関は個別でサポートするのではなく、支援機関同士が連携することで、それぞれが持つ強みや弱みを相互補完できる相乗効果が生まれます。さらに、同じ地域のDX事例や支援ノウハウなどの情報を共有することで、より高度な支援が可能になるでしょう。
池尻:栗原さんの「一歩ずつDXを進めていくことが大事」という考えに、私も強く共感します。例えば、給与計算にデジタルツールを導入し30分の作業時間が削減されたなど、現場で小さな成功体験を積み重ねていくことが、DXを長期間続けていく秘訣(ひけつ)だと考えています。
また、私個人としては、現場がどれだけ疲弊せずにDXを実施できるかも重要な要素だと考えています。そのためには、現場での慣習の変化や違和感を体感することが大切だと思います。
例えば、伊勢の老舗食堂様の取り組み事例では『伊勢神宮には、午前中に関西のお客さま、午後から関東のお客さまが多く来場される』と、従業員は何となくの肌感覚を持っていたそうです。しかしながら、実際に来客データを取得したところ、想定とは全く異なっていたという新たな発見をされたそうです。
データを可視化する過程で、気付き、違和感を言語化することが、従業員たちにとっては業務をデジタル化していく際の喜びや刺激になります。こうした感覚を大切にすれば、DXの取り組みを長く続けることができるのではないでしょうか。
池尻:中堅・中小企業の中には、DXを推進したいという気持ちがある一方で、社内にデジタル人材が不足しているために断念しているケースも多いと思います。今回の「DX支援ガイダンス」には、DX支援人材の重要性にも触れていますね。
栗原:日本全体で人材不足の問題が深刻化しています。特に、デジタル人材の採用に関しては、中堅・中小企業にとって非常に難しい状況です。私たちも、デジタル人材の確保・育成の指針であるデジタルスキル標準の策定やデジタル人材育成プラットフォームを構築して育成メニューの提供など、デジタル人材育成に関する施策を行っておりますが、大企業以上に難しい面があると感じています。
今回の「DX⽀援ガイダンス」では、DX⽀援⼈材の考え⽅やスキルセット、育成⽅法などを詳細に記載しました。⽀援機関の中でDX⽀援⼈材を育てていただきたいと考えています。特に、地域⾦融機関、地域ITベンダー、地域のコンサルタントは、中堅・中⼩企業の成⻑を⾒守り続ける「主治医」として⾮常に期待しています。DX⽀援の取り組みについて主導的な役割を担っていただきたいですね。例えば、実際に「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の⼿引き2.1」の中で事例として紹介したヒサノの社⻑は、ITコーディネータとの対話の中でDXの重要性に気付き、中⻑期計画を⾒据えたデジタル改⾰にかじを切っています。
このように、支援機関が後押ししたことでDXを進められたという事例は実は多くあります。最先端のIT企業ではなく、地元に密着した企業においてもデジタル活用による成長余地は多分にあります。ぜひ同じ地域の支援機関と連携しながら、DXに挑戦してもらいたいと切に願います。
池尻: DXで成果を出した中堅・中小企業を表彰する「DXセレクション」は、今年で3回目になりましたね。
栗原:今回は、審査プロセスを変更して、DX認定を取得していれば自薦による応募も可能としました。そのため、熱心にDXに取り組んでいる企業の応募が非常に多く、審査は甲乙つけがたく、グランプリや各賞の選定には大変苦慮しました。
池尻:特に印象に残っているのは、北九州市で廃棄物処理業を営む西原商事ホールディングスです。準グランプリであることを同社の社長にお伝えすると、(グランプリでないことを)大変悔しがっておられました。他の企業の取り組みも素晴らしく、企業変革に資するDXについて、中堅・中小企業でも少しずつ体現されてきていると感じました。
「DXセレクション」開催にあたって、参加企業からの反響も多かったのではないでしょうか。
栗原:はい、反響は確かにありました。「DXセレクション」はまだ3回目の開催で、認知度は今後さらに高めていく必要がありますが、受賞された企業を中心に、参加企業からの満足度は非常に高いです。受賞した企業は、その地域の中で目立つ存在になっていただいていると思います。今年のグランプリである浜松倉庫も、地元の新聞やメディアで取り上げられていました。また、講演依頼が続々と届いているという、うれしい声もいただいています。
池尻:この3年を振り返ると、中堅・中小企業によるDXの取り組みは全体的にレベルアップしていると感じています。取り組んだDXが徐々に成果として花開いたことや、DXに対する危機感が経営者に少しずつ芽生えてきたのではと考えています。
栗原:DXセレクションの受賞企業は、「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の⼿引き2.1」内に優良事例として数社紹介しています。これからDXを始める中堅・中⼩企業にはぜひDXの取り組みを参考にしていただきたいと考えています。
池尻:最後に、中堅・中小企業を含めた日本企業のDXを今後どのように推進していくのか、展望を教えてください。
栗原:本年度以降も、中堅・中小企業に対するDX支援の充実を図っていきたいと考えています。そのためにも、地域の支援機関の協力は不可欠です。実際に、取引先である企業のDXの支援をすると支援機関には多くのメリットがあります。「DX支援ガイダンス」には、支援企業にどのような「利益」が想定されるのかも整理していますので、ぜひ参考にしていただきたいと考えています。
「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の⼿引き2.1」は中堅・中⼩企業の参考になる内容を中⼼としつつ、⽀援機関にも参考になる資料です。企業ごとに参考にしていただくとともに、⽀援機関も⽀援を実施する際の参考とし、企業と⽀援機関双⽅が協⼒し合い、DXに取り組んでいただければと思います。
「DXセレクション」は、来年以降も引き続き開催し、DXに熱⼼に取り組む企業を表彰する予定です。受賞企業は地域のデジタル化をけん引する存在になっていただき、横展開することで地域全体のDXの取り組みが活性化することを期待しています。これからも、経済産業省は⽇本企業のDXを⽀援し続けていきます。
中堅・中小企業のDXはまだまだ課題がありますが、企業の競争力を高めていくには必要不可欠な取り組みです。そのためには、地域の支援機関と連携してDXを推進することが重要です。EYは、引き続き経済産業省の取り組みをサポートし、DXによる中堅・中小企業の成長を促進することで、日本経済全体の活性化を目指します。