求められるTCFDへの対応

求められるTCFDへの対応


主要な機関投資家、金融機関をはじめ、世界中で非財務情報開示の重要性が強く認識されています。わが国でも東証プライム市場上場企業は2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が求められることとされ、企業経営への影響を強めています。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 気候変動・サステナビリティサービス(CCaSS) 公認会計士 沢味健司
監査、IPO支援に従事後、環境省入省。環境報告の法制化、環境配金融の制度化に取り組む他、環境活動の費用対効果手法の開発に携わった。EY復帰後、ESG情報の保証業務、非財務情報開示や企業価値評価向上を多数手がけ、近年はTCFD支援をリードしている。当法人パートナー。

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 公認会計士 衣川清隆
消費財セクターのLTV担当リーダー。消費財および小売業の大手上場会社の会計監査業務を担当している。消費財・小売業を専門とする他、素材、教育産業、サービス業にも精通している。当法人パートナー。


要点

  • 非財務情報開示の重要性が強く認識されており、わが国でもコーポレートガバナンス・コードが改訂され、プライム市場上場企業は2022年よりTCFD提言に相当する気候関連財務情報の開示が求められます。
  • TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、金融界の気候変動への危機感から立ち上がったもので、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標を情報開示することが提言されています。
  • TCFD対応におけるポイントはシナリオ分析であり、重要なリスク・機会の特定、複数の将来シナリオ世界観の定義、事業インパクトの評価、今後の対応策の定義の順序で検討を進めます。


Ⅰ 非財務情報開示の動向

1. 非財務情報開示が求められる背景

近年、主要な機関投資家、金融機関をはじめ、気候変動関連情報に代表されるような非財務情報の開示を求める動きが世界中で加速しています。この背景には大きく三つの要因が考えられます。

まず、これまでの伝統的な財務諸表だけでは企業価値を読み取ることが次第に困難になってきていることが挙げられます。技術進歩とデータ急増の中、企業活動は急速に変化しており、20世紀から利用されている財務会計的な指標では、その企業価値を定義しまたは計測することに限界が生じているのです。

次に、無形資産の重要性の向上です。これまでの企業価値は基本的に有形資産によって決まりましたが、現在は知的財産とイノベーションが主たる価値創造の源泉となっており、最新のビジネス環境においては、人的資本、企業文化、顧客のロイヤルティ、信頼といった無形資産の重要性が高まっています。従来の会計テクニック(会計基準)に基づいてこれらを財務諸表に反映させることは困難です。

さらに、長期的なリターン(LTV:Long Term Value)への期待があります。社会的責任を果たしている企業は長期的リターンも大きいであろう、との期待からESG投資は急激に伸張しています。これを裏付けるように、ほとんどの投資家がESG評価を行っており、構造化された審査も加速しています(<図1>参照)。

図1 機関投資家がESG評価を投資判断に組み込んでいる割合

2. コーポレートガバナンス・コードの改訂

こうした市場の変化に応えるための多くの施策が世界中で実施されており、わが国においても新時代の企業と投資家の関係を深めるべく、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードがすでに導入されています。さらに金融庁主導で両コードの浸透状況や市場の動向などが適時にフォローアップされており、昨年のスチュワードシップ・コード改訂に続き、今年はコーポレートガバナンス・コードが改訂されました。

今般の改訂の目玉の一つがサステナビリティ対応の開示です。まず「我が国企業においては、サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応を一層進めていくことが重要である」との基本原則に続いて、「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである」※1との原則が示されました。極め付きはプライム市場上場企業に対して、気候変動について自社に及ぼす影響を分析し、TCFDまたは同等の情報開示することを求めました。

 

Ⅱ TCFDの概要

1. TCFDとは

2015年12月に採択されたパリ協定を受け、温室効果ガスの排出量削減と低炭素経済への移行など、気候変動に対する取組みが世界中で進んでおり、気候変動問題は企業の事業活動に多大な影響を与える可能性があります。しかし、「足元、企業に求める気候変動の影響に関する情報開示の程度は十分ではなく、金融機関は気候変動関連のリスクと機会を企業の戦略や財務計画と関連づけて理解できない状況」※2であり、「その結果、将来、資産価値の大幅な急変が生じることにより、金融安定性が損なわれるリスクがあるとの懸念」※3がありました。

そこで、G20財務大臣および中央銀行総裁の指示により、金融安定理事会(FSB)は、投資家、金融機関等が企業の気候関連問題を評価するのに必要とする情報を明らかにできるよう、15年12月に民間主導の「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を設置しました。

金融界の気候変動への危機感から立ち上がったTCFDは、気候変動に対してレジリエントな経営の実践と開示を企業に要求しています。

2. TCFDの提言内容

TCFDが提言および推奨する開示は<表1>の通りです。TCFDの提言の要素は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の四つであり、11の項目の情報開示を推奨しています。中でも、情報開示で重要なものの一つとして、戦略の項目において「2℃以下のシナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、企業の戦略におけるレジリエンスについて説明する」ことが挙げられます。長期的で不確実な経営課題である気候変動によるリスクおよび機会に対して、企業の経営戦略がどのように変化し得るかについて情報開示することは、企業の気候変動に対するレジリエンスを評価する上での重要なステップであると考えられるからです。

表1 TCFDによる提言と推奨される情報開示 出典

Ⅲ TCFDの進め方

1. TCFDが提唱する気候関連リスク・機会の開示

TCFD提言では、気候変動によるリスクおよび機会が企業にもたらす財務的影響についての情報開示を求めています。

気候関連のリスクは移行リスクと物理的リスクに大別されます。移行リスクには、脱炭素経済への移行に関して生じる政策遂行、技術の陳腐化、マーケットの変化やレピュテーションリスクがあります。物理的リスクには台風や異常気象など資産の毀損(きそん)などの急性リスクと平均気温の上昇や海面上昇などの慢性リスクがあります。

また、気候変動に関連したビジネスの機会として、資源やエネルギー源の効率的な利用によるコスト削減や低炭素製品やサービス需要増加による売上増加、新規市場の拡大やレジリエンス計画による市場価値向上などを例示しています。

さらに、エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食糧・林業製品の四つのセクターを気候変動の影響を強く受けるセクターとして、推奨する開示項目を補助ガイダンスで明らかにしています。

2. TCFDのシナリオ分析ステップと検討のポイント

TCFD提言では、企業の気候関連問題に対するレジリエンスを評価するためシナリオ分析の実施を推奨しています。TCFDはシナリオ分析の解説書であるTCFD Technical Supplementを公表し、下記の通り六つの検討ステップに沿って進めることを推奨しています。

【Step1:ガバナンスの整備】
シナリオ分析にあたっては、経営層の理解を獲得し、事業部を巻き込んだ体制を構築し、分析の対象範囲(地域、事業、企業)を特定し、時間軸を決めます。

【Step2:リスク重要度の評価】
企業が直面する気候変動リスクと機会を列挙した上で、起こり得る事業インパクトを定性化します。リスク重要度の評価はセクター別、サプライチェーン別に細分化して評価することが有用です。

【Step3:シナリオ群の定義】
企業に関連する移行リスクと物理的リスクを包含した複数のシナリオを想定し、いかなるシナリオと世界観が企業にとって適切かを検討します。

【Step4:事業インパクト評価】
それぞれのシナリオが企業の戦略的・財務的ポジションに対して与え得る影響を評価し、感度分析を行います。事業インパクトを試算するためのロジックを作ることが重要です。

【Step5:対応策の定義】
事業インパクトの大きいリスク・機会について、自社対応状況を把握し、必要があれば競合他社の対応状況の確認の上、適用可能で現実的な選択肢を特定します。

【Step6:文書化と情報開示】
TCFD提言の開示推奨項目におけるシナリオ分析の位置付けや、各ステップの検討結果につき、読み手の視点に立って適切に開示し、企業価値向上につなげることが重要です。

 

Ⅳ 今後の見通し

本稿ではコーポレートガバナンス・コードの改訂によって開示が求められるTCFDの概要を説明しました。プライム市場上場企業の多くは、これまでにTCFDに相当する情報開示をしていません。そうした事情や同コードが原則主義であることから、「TCFD…(中略)…における項目を全て開示しなくとも、自社に必要と考えられる項目から順次開示の取組みを進めていただくことで差し支えありません」※4とされています。そのため対応の緊急性が低いように見えるかもしれません。しかしながら、すでに欧州では企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)案が示され※5、一定のサステナビリティ情報の開示と保証の義務化が志向されています。わが国においても、コーポレートガバナンス・レポートではなく有価証券報告書における開示の義務化を金融庁が検討しています※6。さらにIFRS財団では国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を本年11月に設置※7し、今後できるだけ早い段階で国際的に統一された気候関連情報開示基準が示されることが期待されています。

こうした潮流を念頭に置くと、TCFDを付け焼刃的な情報開示と捉えることはできません。TCFDは単なる情報開示などではなく気候変動経営に直結するテーマとして認識されるべきあり、自社の中長期ビジョンとマッチさせた企業経営戦略としてさらなる検討がなされるべきです。
 

※1 「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(株式会社東京証券取引所、2021年)より引用。以下本節における引用元は同じ。
※2 「気候関連財務情報開示に関するガイダンス2.0」
※3 「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言(最終報告書)」
※4 「コーポレートガバナンス・コードの全原則適用に係る対応について」 株式会社東京証券取引所 21年7月21日 更新
※5 欧州委員会は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に関する提案を21年4月21日を公表(公式サイトAn official website of the European Union)
※6 日本経済新聞 21年7月26日
※7 IFRS対応方針協議会情報(公益財団法人財務会計基準機構webサイト)などの公表情報
 


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サマリー

主要な機関投資家、金融機関をはじめ、世界中で非財務情報開示の重要性が強く認識されています。わが国でも東証プライム市場上場企業は2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が求められることとされ、企業経営への影響を強めています。


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