公認会計士 太田 達也
はじめに
令和5年10月1日から、適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス方式)が導入されます。適格請求書を交付できる事業者として登録を受けた者(適格請求書発行事業者)には、相手方(課税事業者に限ります)からの求めに応じて、適格請求書(または不特定多数の者に資産の譲渡等を行う事業に係る適格簡易請求書)もしくはそれらの電磁的記録(いわゆる電子インボイス)の交付義務が課されます。また、適格請求書発行事業者には、課税事業者に返品や値引き等の売上げに係る対価の返還等を行う場合、適格返還請求書の交付義務が課されます。これらの交付義務が、失念その他の原因により履行されなかったときの取扱いが論点になります。
本稿では、適格請求書と適格返還請求書に分けて、それぞれの論点を解説します。
適格請求書の交付義務
適格請求書発行事業者には、国内において課税資産の譲渡等を行った場合に、相手方(課税事業者に限ります)からの求めに応じて適格請求書を交付する義務が課されます(新消法57条の4第1項)。
売手側に交付義務が一義的に課されていますので、請求書の記載内容に誤りがあった場合には、売手は、①正しい内容が記載された適格請求書を再発行する、または②当初に交付したものとの関連性を明らかにし、修正した事項を明示したもの(正誤表のようなイメージ)を交付する、もしくは③買手において適格請求書の記載事項の誤りを修正した仕入明細書等を作成し、売手である適格請求書発行事業者に確認を求めるといった対応を図る必要が生じます。買手側が勝手に修正等することは認められません。
適格請求書を交付しなかった場合の取扱い
このように適格請求書発行事業者には、相手方(課税事業者に限ります)からの求めに応じて適格請求書を交付する義務が課されていますが、もしも故意に交付しなかった場合、または過失により交付しなかった場合にどのように取り扱われるのかが問題となります。
この点については、消費税法上、交付しなかったことに対応する直接の罰則規定が置かれているわけではありません(適格請求書類似書類等の不正交付に係る罰則規定は内容が異なるものであり、この場面では適用されません)。ただし、適格請求書発行事業者が故意または過失により交付しなかったことにより、相手側において仕入税額控除ができなくなったときは、売手はその買手に対して、仕入税額控除できなくなったことによる損失について民事上の不法行為に係る損害賠償責任を負うものと解されます(買手が請求するかどうかは別ですが)。このように法律上の義務を履行しなかったことが故意によるもの、または履行しなかったことに過失があると判断される場合には、民事上の損害賠償責任を負うことになる点に留意する必要があります。
なお、適格請求書を交付しなかった場合であっても、その課税資産の譲渡等の対価の額に係る消費税額については、売上税額にカウントしなければならないことは言うまでもありません。
適格返還請求書を交付しなかった場合の取扱い
適格請求書発行事業者には、課税事業者に返品や値引き等の売上げに係る対価の返還等を行う場合、適格返還請求書の交付義務が課されています(新消法57条の4第3項)。
適格請求書発行事業者が、適格返還請求書の交付を行わず、適格返還請求書の写しの保存がない場合であっても、売上げに係る対価の返還等をした金額の明細を記録した帳簿を保存している場合には、対価の返還等の額に係る消費税額を売上税額から控除することは認められると考えられます(新消法38条2項)。
ただし、適格返還請求書の交付がなかったことが原因でその買手において仕入税額からの対価の返還等に係る金額に係る消費税額の控除を失念してしまうと、納付税額が過少になるため、買手が税務調査で指摘を受けることになりかねません。その場合に発生する加算税・延滞税について、先の考え方と同様に、売手に民事上の損害賠償責任が課されるものと考えられます。
以上のように、適格請求書および適格返還請求書の交付は義務である以上、買手に迷惑をかけないように、その義務を履行すべきものと考えられます。
(注)令和5年度税制改正大綱に「売上げに係る対価の返還等に係る税込価額が1万円未満である場合には、その適格返還請求書の交付義務を免除する。」と明記されました。今後成立する法令等をご確認していただければと思います。
当コラムの意見にわたる部分は個人的な見解であり、EY新日本有限責任監査法人の公式見解ではないことをお断り申し上げます。