EY新日本有限責任監査法人 自動車セクター
公認会計士 魚橋直子/金子侑樹/河原寛弥/児島惇彦
1. はじめに
このシリーズでは、自動車産業を、自動車および自動車部品の生産、販売、利用、整備に関連した産業として定義し、現在の自動車産業の概況について、解説を行います。
なお、自動車産業における「製造から販売までの流れ」の概要は、下記の図表1を、「自動車業界の構造」の概要は、下記の図表2をご参照ください。
【図表1:製造から販売までの流れ(企業名は例示)】
【図表2:自動車業界の構造図】
図表2が示すとおり、完成車メーカーは、企業数こそ少ないですが、1社当たりの事業規模は大きく、資金を含むあらゆるリソースが集中しています。一方、一般的なサプライヤーは、1社あたりの事業規模が完成車メーカーに比べると相対的に小さく、会社数も多く、かつ特定の部品に特化した専業事業を営んでいます。従って、完成車メーカーは自動車の新規開発とエンジンや車体など中核パーツを製造し、多数のサプライヤーから部品供給を受けて、自動車を組み立てることが一般的です。また、自動車製造に係る部品供給のみならず、自動車の開発局面においても、サプライヤーが参画し、そのノウハウを活用しています。
サプライヤーは、一般に、その売上のほとんどを特定の完成車メーカーとの取引に依存し、当該メーカーの系列を形成している場合と、特定の完成車メーカーに依存することなく、各メーカーに自社のシステムやコンポーネントを提案しグローバルに部品を供給する場合が見られます。市場環境の変化を受けて、昨今では、国内外でサプライヤー間の再編が進んでおり、独自技術や規模の経済から競争力を高めたメガサプライヤーが登場し、市場に対する影響力を持つ事例も増加しています。さらに、近年では車載リチウムイオンバッテリーや車載カメラ、画像処理半導体、AI技術を開発・供給するサプライヤーがサプライチェーンの中で重要な存在になってきています。
2. 自動車産業の特徴
総合産業
一般に、自動車(四輪車)は2万~3万点の部品から構成されているといわれています。自動車産業で使用される素材、部品は多種多様にわたり、さまざまな産業に高い技術を求めることから、総合産業といわれています。また、自動車産業は製造のほかにも、運輸・販売・整備・資材など各分野にわたる広範な関連産業を持ち、これら自動車関連産業に直接・間接に従事する就業人口は社団法人日本自動車工業会の推計によると約5百万人を超えており、大きな雇用機会を創出しています。
2018年の自動車製造業の製造品出荷額等は62.3兆円、自動車輸出金額は15.9兆円であり、自動車産業は、日本経済を支える重要な基幹産業としての地位を占めています。さらに、上述の通り雇用創出という点や、高い技術力を幅広い産業で求める点からも、自動車産業は個別企業間の問題であるだけでなく、各国家の戦略的な産業と位置づけられます。このため、自動車産業は国家間における競争という複雑な問題にも直面しています。各国は自国の自動車産業を育成するために、積極的に自動車産業を誘致、発展させる政策をとっています。
CASE
自動車産業においては現在、CASEと呼ばれるパラダイムシフトが起きていると言われています。CASEとは、自動車の将来トレンドに対する考え方を示した言葉で、Connected、Autonomous、Shared&Services、Electricの四つの用語の頭文字を組合わせたものです。自動車のCASE対応により、例えば、下記の観点において、ユーザーが自動車から得られる価値が大きく変わろうとしています。
C:自動車が通信機能を備えて外部と通信を行うことで情報サービスを受けること
A:自動運転により乗員による運転操作を減じることで、乗員の負荷の軽減や交通の安全性・効率性を高めること
S:自動車の共同使用により交通資源の効率的な利用を実現すること
E:自動車の電動化により地球環境への負荷の軽減が期待されること
既に、これらに表象される変革が起きており、例えば、スマートフォンと連携してナビゲーションやエアコンの操作を行う、事故時に自動車が自動で緊急通報を行う機能が装備される、特定条件下においてシステムが運転を実施するレベル3の自動運転車が型式指定される、自動車メーカーがカーシェア事業を行う、各完成車メーカーが続々と電動車の市場投入を進めるなどの新たな取組みが行われています。これらの新技術への対応に伴い、完成車メーカーやサプライヤーなどでの研究開発費の増加に加え、従来異業種であった企業やベンチャー企業の新規参入などが生じています。
法規制対応
自動車には交通や環境に与える影響が大きいことから、さまざまな法規制が定められています。
環境面では排出ガスに係る規制や燃費規制、騒音規制などが挙げられます。また、安全面では予防安全・衝突安全に係る規制、製造物責任(PL)法やリコール制度等の規制を受けています。これらの法規制は時宜に応じて改正・強化されており、完成車メーカーやサプライヤーでは法規制対応のために研究開発が行われています。
グローバル展開
自動車産業はグローバルに展開しており、米国・欧州・日本をはじめとする先進国のみならず、世界最大の市場規模を有する中国のほか、東南アジア・南米・アフリカ諸国などの発展途上国へも、現地子会社や合弁事業を通じて各メーカーは市場に参入しています。これにより、完成車メーカー・サプライヤーなどは現地事業体の監督監視、支援などを行っています。一方で為替リスクや進出先のカントリーリスクにさらされており、これらリスクの管理・対応も行われています。
メーカー間の提携
自動車メーカーは市場や製品セグメント、保有する技術を補完するため、単独での事業展開にとどまらず、他の自動車メーカーと連携をする事例が多数見受けられます。連携に際して採用される形態も多様であり、技術提携や生産提携のみならず、資本提携やアライアンス、合併の形態を採る事例もあります。さらに前述のCASEに係る技術対応などを主眼に、他産業に属する企業との提携も数多くみられています。
3. 自動車産業の事業概況
主要市場の変化
1990年代まで自動車市場は、米国ならびに日本、欧州がその主要な販売市場でした。一方で2000年代以降は前述以外の販売市場がその規模を拡大しており、中でも中国市場が2009年に世界一の規模となりました。2021年現在では、全世界で年間9千万台を超える自動車が販売されており、前述の国のほか東南アジアや東欧市場などの新興国市場が市場規模を拡大しています。
各市場では消費者が自動車に求める性能や車型に相違があり、米国の大型ピックアップトラック、日本の軽自動車などのように、特定の市場に特化した製品が製造販売されるなど、自動車メーカーには各市場ニーズに適した製品投入が求められています。さらに消費者の嗜好が変化しており、セダンのような車型からSUVへニーズがシフトしているなどの事象が見られています。
環境規制および環境対応技術の変化
自動車の原動機は、従来、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンといった純内燃機関を中心としていましたが、1997年にハイブリッドシステムを搭載した車両が量産車として市場投入されて以降、日本や米国を中心にハイブリッド自動車(HEV)が普及しています。このほかにも2000年代には欧州を中心にクリーンディーゼルエンジン車や過給機付きガソリンエンジン車が普及しました。また、現在では中国やインドを中心にバッテリー式電気自動車(BEV)の促進が行われているほか、欧米各国では、環境規制の強化に伴い政策的な電動化車両の推進が行われ、HEVやプラグインハイブリッド自動車(PHEV)などの導入が相次いでいます。日本市場においては、水素の活用が期待されており、燃料電池自動車(FCEV)の開発・量産が進められています。
自動車に求められる環境性能は、年々厳しさを増しています。完成車メーカーやサプライヤーは、多様な動力技術を保有することにより、年々厳しさを増してゆく排気ガス規制や燃費規制、ZEV(Zero Emission Vehicle)規制に適応しています。
燃費規制については、Corporate Average Fuel Economy(CAFE)という、目標年度において完成車メーカーが出荷した燃費基準対象車両の燃費値を出荷台数で加重平均した値が、燃費基準値を当該製造事業者等の目標年度における出荷台数実績で加重平均した値を下回らない場合に基準を達成したと判定する規制方法が各国で採用されています。
ZEV規制については、近年では欧州各国を皮切りに、純内燃機関自動車の販売を将来的に禁止することなどが表明されています。わが国においては、2020年12月に公表された「2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略」において「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現」することが目標として掲げられています。なお、ここでいう電動車は、ハイブリッド自動車も含むとされています。
環境規制を遵守できない場合、自動車メーカーに多額の罰金等が科される場合があり、各メーカーは基準の達成に注力しています。
テクノロジーの変化
自動車はさまざまな技術が活用されており、自動車の発展に伴い、動力性能や信頼性、快適性、衝突安全性などさまざまな性能が向上してきました。性能の向上に伴い、用いられる技術は日々進化し続けています。近年では、運転支援技術、自動運転技術が著しく進歩しています。前方に対する衝突被害の軽減・防止から、側方や後方の衝突防止、車線維持支援などがその代表です。当該技術が発展し、自動運転技術開発が進歩しており、高速道路上でのハンズオフやアイズオフができる車両が認可されています。また、デジタルトランスフォーメーション(DX)に伴いConnected技術やAI技術が進歩し、自動車の電子プラットフォームやユーザーインターフェースが変化しています。自動運転により運転操作から解放された乗員にエンターテイメントを提供することなどの機会が増えることなどから、当該分野に係る技術が進歩することが予想されます。また、Connected技術が進み、車両ソフトウェアのアップデートを通信により行うOTA(Over The Air)機能が搭載され始めています。
自動車の利用形態の変化
個人消費者の自動車利用に際しては、一括支払による購入のほか、自動車ローンを利用した購入の形態が主流といえます。自動車ローンは、金融機関が融資を行うローンと、自動車メーカー系販売金融会社などが提供するクレジットに大別されます。わが国における自動車販売の実務では、ディーラーでの販売が一般的ですが、ディーラーで自動車購入と同時にスムーズに手続きを行えることの利便性等から、自動車メーカー系販売金融会社が利用される場合が多く、自動車メーカーの大きな収益源となっています。このほか、近年では、残価設定型ローンの形態によるクレジットが増加しています。
また、自動車を購入しないで利用する形態の取引も増えており、自動車に係る税金やメンテナンス等所有に係るコストをパッケージとした、いわゆるサブスクリプションがさまざまなメーカーで導入され始めています。さらに近年のシェアリングエコノミーの拡大に伴い、その経済性や手軽さからカーシェアリングを利用する形態も増加しています。
4. わが国におけるディーラーの状況
ディーラーの様態
わが国における新車ディーラーの特徴として、一部輸入車正規ディーラーを除き、一つのディーラーごとに一つのブランドを取り扱っている点が挙げられます。
また、新車ディーラーは完成車メーカー資本系のディーラーと独立資本(地場資本)系のディーラーの二つに大別されます。複数チャンネル化などによる販売力強化や、経営不振等に際して地場ディーラーに資本注入を行った場合などに完成車メーカー資本系のディーラーが成立しました。
ディーラーの変化
かつて経済成長期やバブル期などに、完成車メーカーはフルライン化することで市場シェアの拡大を図りました。この際に、完成車メーカーの動きに合わせて、ディーラーにおいても、多チャンネル化が進められた事例があります。多チャンネル化により、単一のメーカーながら同じ地域に複数、別の車種を取り扱うチャンネルが進出しました。しかし、バブル崩壊以降、多チャンネルにあわせ複数の車種を開発する負担の増加や、ディーラー間での競争激化がみられるようになりました。このため、多チャンネル化の動きは見直され、単一チャンネル、もしくは複数チャンネルで同一の車種を取り扱う形態に変化しています。このような流れの中、ディーラー網の再編が進んでおり、同一地域で同一メーカーの車両を取り扱うディーラーが合併する事例が生じています。
また、2020年頃以降、COVID-19を契機に消費者の来店頻度が減少したことを受けて、オンラインでの販売の増加や、サブスクリプションやシェアリングに伴い、整備サービスを提供する拠点に変化が見込まれます。
このほか、車両の販売時に法定点検に係る工賃やエンジンオイル等の消耗品代を定額のパッケージ化し、販売後にディーラーへの整備入庫を増加させて収益確保を行い、また新車販売などに向けた顧客とのコンタクトポイントを確保しています。
中古車市場の状況
日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会によると、日本における2018年の中古車販売台数は約695万台です。中古車は、自動車の買替え時に新車ディーラーや中古車買取店で生じるほか、自動車リース会社、レンタカー会社においても発生します。これらの中古車は、新車ディーラーの中古車販売店舗や中古車販売店で直接消費者に向けて販売されることもありますが、中古車オークションや業販を通じて他の中古車販売業者によって販売される場合が多く見られます。また、日本国内において販売されるケース以外にも、東南アジアやアフリカ市場など、海外へ輸出される場合もあり、輸出を専門に行う事業者も市場に参入しています。
サービス市場(自動車整備等)の状況
自動車の普及に伴い、自動車に関する点検整備ビジネスも大きく発展しており、現在、自動車整備業者は、大きく次の四つのタイプに分かれます。
① 自動車整備を主体とする専業整備業者
② 中古車販売やカー用品販売、ガソリン販売などに付随して整備を行っている兼業整備業者
③ 新車販売のアフターフォローとして自動車整備を引き受けているディーラー
④ 運送会社の工場でバスやタクシーのメンテナンスを担っている自家整備業者
企業数では、①の専業整備業者が圧倒的に多いものの、相対的に事業規模の小さい拠点が多く、売上高では専業整備業者全体よりも、③のディーラー全体の売上高の方が上回っています。整備業者同士の連携が進む一方、自動車整備を担う人材であるメカニックの争奪戦が激化しています。
また、上記③のディーラーでは、新車販売による利益の獲得が厳しくなる一方、自動車整備等の自動車整備部門の体制を強化することで経営の安定化、継続的成長を図ることが一般的になっています。
参考資料
- 一般社団法人 日本自動車工業会「基幹産業としての自動車製造業」(参照 2021-2-16)
- 国土交通省「自動運転車の定義および政府目標 別紙1」(参照 2021-2-16)
- 国土交通省「世界初! 自動運転車(レベル3)の型式指定を行いました」(参照 2021-2-16)
- International Organization of Motor Vehicle Manufacturers「REGISTRATIONS OR SALES OF NEW VEHICLES - ALL TYPES」(参照 2021-2-16)
- 経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略 令和2年12月 資料1」(参照 2021-2-16)
- 日経バリューサーチ「自動車販売(中古車)・買取 業界概要」「自動車整備 業界概要」
- 『自動車流通の経営史』(日本経済評論社 2020) 四宮正親
自動車産業
- 第1回:自動車産業の概況 (2021.03.29)
- 第2回:サプライヤーの事業・会計処理の特徴 (2021.03.29)
- 第3回:完成車メーカーの事業・会計処理の特徴 (2021.03.29)
- 第4回:ディーラーの事業・会計処理の特徴 (2021.03.29)