2022年3月期 有報開示事例分析 第10回:時価算定会計基準

2022年12月12日
カテゴリー 解説シリーズ

EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 大浦 佑季

Question

2022年3月期決算に係る有報の「会計方針の変更」における企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」(以下「時価算定会計基準」という)に関する記載状況と「金融商品関係」の項目における「金融商品の時価等に関する事項」や「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」の記載状況を知りたい。

Answer

【調査範囲】

  • 調査日:2022年8月
  • 調査対象期間:2022年3月31日
  • 調査対象書類:有価証券報告書
  • 調査対象会社:2022年4月1日現在のJPX400に採用されている会社のうち、以下の条件に該当する198社
    ① 3月31日決算
    ② 2022年6月30日までに有価証券報告書を提出している
    ③ 日本基準を採用している

【調査結果】

(1) 会計方針の変更の記載状況

調査対象会社(198社)を対象に、会計方針の変更の注記における時価算定会計基準の記載状況を調査した。調査結果は、<図表1>のとおりである。

<図表1>会計方針の変更の記載状況

記載状況 会社数 比率
記載あり 影響額の記載あり 8 4.0%
影響は軽微である旨記載 31 15.7%
影響がない旨記載 135 68.2%
影響額に関する記載なし 14 7.1%
記載なし 過年度に早期適用済み 4 2.0%
上記以外 6 3.0%
合計 198 100.0%

会計方針の変更の記載があるものの、「連結財務諸表に与える影響はありません」などとして影響がない旨を記載している会社が最多の135社(全体の68.2%)であり、多くの会社にとって当該基準の影響はなかったことになる。

次に、調査対象会社において「影響額の記載がある会社」及び「影響は軽微である旨記載がある会社」を業種別に分析した。調査結果は、<図表2>のとおりである。

<図表2>業種別記載状況の分析

業種 影響額の記載あり 影響は軽微である旨記載
銀行業 8
建設業 5
サービス業 4
化学 3
情報・通信業 3
保険業 3
不動産業 3
その他金融業 2
その他(※) 8
合計 8 31

(※)「その他」に含まれる業種は、食料品、パルプ・紙、石油・石炭製品、ガラス・土石製品、電気機器、精密機器、海運業、小売業の計8社である

影響額を記載している会社は、すべて銀行業であった。なお、調査対象の銀行業のうち影響額の記載がない会社(3社)は、すべて2020年3月期又は2021年3月期において時価算定会計基準を早期適用していた会社である。

また、影響は軽微である旨を記載している会社が多いのは、建設業(5社)とサービス業(4社)となっている。建設業とサービス業は調査対象となっている会社数が多いこと(建設業は20社、サービス業は16社)も要因の1つと考えられる。

(2) 金融商品の時価等に関する事項の注記事例

調査対象会社(198社)のうち「金融商品の時価等に関する事項」において、「短期間で決済されるため時価が帳簿価額に近似する」として注記を省略する旨を記載していたのは、197社となっている。

 次に「短期間で決済されるため時価が帳簿価額に近似する」として注記を省略する対象となっている勘定科目を分析した。調査結果のうち上位10件は<図表3>のとおりである。

<図表3>注記を省略している勘定科目の分析

金融商品 時価の注記を省略した会社数 時価を開示している会社数
現金及び預金 175 11
受取手形及び売掛金 119 21
支払手形及び買掛金 108 9
短期借入金 95 14
未払法人税等 52 3
未払金 36 3
電子記録債務 33 1
コマーシャル・ペーパー 29 4
電子記録債権 16 2
未収入金 16 1

<図表3>から、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針の「参考(開示例)」で例示されている預金、短期借入金のほか、受取手形及び売掛金や支払手形及び買掛金を記載している会社が多い。

これらの売上債権や仕入債務に関する勘定科目については、通常、決済されるまでの期間が短い場合が多いと考えられることから、注記を省略した会社が多くなったものと考えられる。

また、短期借入金について、<図表3>で集計されている95社のほか、「1年内返済予定の長期借入金を除く」とする会社が6社あった。

(3) レベル2又はレベル3として開示されている金融商品の分析

調査対象会社(198社)を対象に、金融商品関係「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」の注記におけるレベル2又はレベル3の開示項目を調査した。調査対象会社においてレベル2として開示されている金融商品のうち、上位10件は<図表4>のとおりである。

<図表4>レベル2として開示されている金融商品

金融商品 開示数
長期借入金(1年内返済予定含む) 138
デリバティブ取引 通貨関連 104
社債(1年内償還予定を含む) 99
デリバティブ取引 金利関連 58
その他有価証券 社債 35
デリバティブ取引 35
その他有価証券 その他 28
リース債務及びリース投資資産 27
満期保有目的の債券 社債 22
長期貸付金(1年内返済予定含む) 21

「長期借入金(1年内返済予定含む)」については、元利金の合計額を同様の新規借入れを行った場合に予想される利率で割り引いて現在価値を計算し、レベル2の時価に分類している会社が多かった。なお、調査対象会社について当該科目をレベル1として記載していた事例はなく、レベル3として記載していた事例は2社であった。

また、「デリバティブ取引 通貨関連」については、一定の評価技法を用いて時価を計算した場合に、観察可能なインプットのみを使用している場合や観察できないインプットの影響が重要でない場合にレベル2とする会社が多かった。

「社債(1年内償還予定を含む)」については、市場価格がある場合と、将来キャッシュ・フローを同様の社債を発行した場合に予想される利率で割り引いて現在価値を計算し時価とする場合があり、いずれの場合もレベル2として記載する会社が多かった。

次に、調査対象会社においてレベル3として開示されている金融商品のうち、上位5件は<図表5>のとおりである。なお、「その他有価証券 その他」や「デリバティブ取引 その他」は雑多な性質を有するため集計結果には含めていない。

<図表5>レベル3として開示されている金融商品

金融商品 レベル1としての開示数 レベル2としての開示数 レベル3としての開示数
その他有価証券 社債 2 35 20
買入金銭債権 10 16
貸出金 5 10
リース債権及びリース投資資産 6 9
社債(1年内償還予定を含む) 2 99 9
長期貸付金(1年内返済予定含む) 21 9

これらの金融商品は必ずしもすべての会社でレベル3として開示されているわけではなく、例えば「買入金銭債権」、「貸出金」、「リース債権及びリース投資資産」については、レベル3として開示している会社のほうが多いが、その一方で、その他の金融商品についてはレベル2として開示している会社のほうが多くなっている。

より具体的に、「その他有価証券 社債」については「公表された相場価格を用いていたとしても市場が活発でない場合」や、「私募債の時価の計算にあたって観察可能なインプットを用いている場合」はレベル2として開示する会社がある一方、「私募債の時価の計算にあたって観察不能なインプットを用いた場合」はレベル3として開示する会社があるというように各社の実態に合わせて記載方法が分かれている。

また、「買入金銭債権」についても、外部業者より入手した価格による場合や、モデルに基づき算定された価格による場合に、これらの算定にあたって重要な観察できないインプットを使用している場合はレベル3として開示する会社がある一方、観察できないインプットを使用していない又はその影響が重要でない場合、当該金融商品をレベル2として開示する会社があるように、同一の金融商品であっても使用するインプットのレベルに応じて各社の実態に合わせて記載方法が分かれる結果となった。

(旬刊経理情報(中央経済社)2022年9月20日号 No.1655「2022年3月期「有報」分析」を一部修正)