公認会計士 山岸聡
ヘッジ対象である外貨建金銭債権債務等とヘッジ手段である為替予約等との関係が、金融商品に関する会計基準におけるヘッジ会計の要件を満たしている場合には、当該外貨建金銭債権債務等についてヘッジ会計を適用することができるとされています。
ここで、会計基準においては、従来の実務に対する配慮から、ヘッジ会計を適用する際に、当分の間、特例として振当処理によることができるとされています。
今回は会計基準において定められている特例について、ポイントを整理していきます。
1.振当処理の定義
振当処理とは、為替予約等により固定されたキャッシュ・フローの円貨額により外貨建金銭債権債務を換算し、直物為替相場による換算額との差額を、為替予約等の契約締結日から外貨建金銭債権債務の決済日までの期間にわたり配分する方法をいいます(実務指針3項)。
2.振当処理の会計処理
外貨建金銭債権債務等に係る為替予約等の振当処理においては、当該外貨建金銭債権債務等の取得時または発生時(決算時の為替相場を付した場合には当該決算時の為替相場)による円換算額と為替予約等による円貨額との差額のうち、「直々差額」と「直先差額」に区分した上で処理します(実務指針8項)。
(1) 差額の定義と原則処理
「直々差額」とは、外貨建金銭債権債務等の取得または発生時から、為替予約等の締結時までに生じている直物為替相場の変動による円貨額をいい、予約等締結日の属する期の損益として処理します。
「直先差額」とは、為替予約等の締結時の直物為替相場と為替予約等の締結レートとの差額の円貨額をいい、予約等締結日の属する期から決済日の属する期までの期間にわたって合理的な方法により期間配分し、各期の損益として処理します。
(合理的な方法としては、日数または月数による期間を基準として各期へ配分します。また、金額の重要性が乏しい場合は、為替予約等を締結した日の属する事業年度の損益として処理することが認められます。)
次期以降に配分された額は、貸借対照表上、長期前払費用または長期前受収益として両建て表示します。ただし、決済日が決算日から1年内に到来するものは、前払費用または前受収益として表示します。
設例にしてまとめると、以下のようになります。
≪設例:直々差額と直先差額の算定と処理方法≫
(前提条件)
ヘッジ会計の要件を満たしているとします。
(取引の概要)
2月1日 取引日: 金額$10、決済日を4月30日として商品を輸入した。
3月1日 締結日: 仕入債務$10について、為替変動リスクを回避するために、為替予約相場$1=\107、かつ、決済日を期日とする為替予約契約を締結した。
3月31日 決算日
4月30日 決済日
直物為替相場:2月1日 $1=\106、3月1日 $1=\108
※1 合理的な方法としては、日数または月数による期間を基準として各期へ配分します。
※2 直先差額について金額の重要性が乏しい場合は、為替予約等を締結した日の属する事業年度の損益として処理することが認められます(実務指針8項)。
※3 次期以降に配分された額は、貸借対照表上、長期前払費用または長期前受収益として両建て表示します。ただし、決済日が決算日から1年内に到来するものは、前払費用または前受収益として表示します。
なお、重要性のないものについては、区分掲記しないことができます(実務指針10項)。
※4 原則は為替差損益に含めて表示しますが、合理的な方法により配分された直先差額は、金融商品会計に関する実務指針における債券に係る償却原価法に準じて、利息法または定額法により利息の調整項目として処理することもできます(実務指針9項)。
(2) 例外処理
なお、為替予約等の契約が外貨建取引の前に締結されている場合には、実務上の煩雑性を勘案し、外貨建取引および金銭債権債務等に為替予約相場による円換算額を付すことができます(実務指針8項)。
設例にしてまとめると、以下のようになります。
≪設例:外貨建取引前に為替予約が締結された場合の例外処理≫
(前提条件)
ヘッジ会計の要件を満たしているとします。また、税率は40%とし、繰延税金資産の回収可能性ありと仮定しています。
(取引の概要)
2月1日 締結日: 予定される仕入取引$10について、為替変動リスクを回避するために、為替予約相場$1=\112、かつ、決済日を買掛金の予定決済日5月31日とする為替予約契約を締結した。
3月31日 決算日
4月30日 取引日: 金額$10、決済日を5月31日として商品を購入した。
5月31日 決済日
為替相場※:3月31日 $1=\108、4月30日 $1=\113、為替予約決済日 $1=\114
※ 説明の単純化のため、先物為替相場は直物為替相場と同一と仮定しています。
※ 設例では検討を省略していますが、繰延ヘッジ損益に対する税効果の適用は税効果実務指針に基づくとともに、回収可能性の判断においては、貸借対照表上の純資産の部の表示に関する会計基準等および日本公認会計士協会監査委員会報告第66号に基づいて判断する必要があります。
3. 外貨建金銭債権債務等の決済日前の消滅
為替予約等の対象となった外貨建金銭債権債務等が予約等の決済日前に消滅した場合、振当処理を終了し、次期以降に配分される額は当該金銭債権債務等が消滅した期の損益として処理します(実務指針8項)。
また、期末における為替予約等の未決済残高は、デリバティブ取引等に係る会計処理に準拠して処理します。
4. 振当処理の適用要件
(1) 会計方針としての採用
振当処理の採用は、会計方針として決定する必要があり、また、ヘッジ会計の要件を満たす限り継続して適用しなければなりません(実務指針3項)。
なお、金融商品に関する会計基準による原則的処理の採用を決定した後で振当処理へ変更することは認められない点に留意が必要です。これは、振当処理は実務に対する配慮からの特例であり、原則的処理の採用を決定した後で振当処理へ変更することは、特例の趣旨に反するためです。
(2) 振当処理を満たすための要件
振当処理が認められるには、取引時および取引時以降において、下記のヘッジ会計の主な適用要件を満たすことが必要となります(実務指針4項)。
これらの詳細な要件は、金融商品に関する会計基準等に基づき、慎重に判断することが求められます。
ヘッジ取引 | 適用要件 | 具体的な内容 |
---|---|---|
取引時 | ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが取引時に客観的に認められること | 当該取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、文章により確認できること または 企業のリスク管理方針に関して明確な社内規定および内部統制組織が存在し、当該取引がこれらに従って処理されていることが期待されること |
取引時以降 | ヘッジ手段の効果が定期的に確認されていること | ヘッジ対象とヘッジ手段の損益が高い程度で相殺される状態 または ヘッジ対象のキャッシュ・フローが固定され、その変動が回避される状態が引き続き認められること |
5. 振当処理の対象となる外貨建金銭債権債務等
為替予約等を外貨建金銭債権債務や予定取引等に付すことにより、円貨でのキャッシュ・フローが固定されることから、為替予約等についてはヘッジ会計における「キャッシュ・フローを固定する」ヘッジ取引に相当するとして特例処理が認められています。
従って、振当処理の対象となる外貨建金銭債権債務等は、為替予約等が振当処理されることにより、「将来のキャッシュ・フローが固定されるもの」に限られることになります(実務指針5項)。
なお、次のような外貨建金銭債権債務および予定取引等に関しては、振当処理は認められていないことに留意が必要です。
(認められない取引等)
取引等 | 認められない理由 |
---|---|
満期保有目的以外の外貨建有価証券 | 売却時期が未確定であり、かつ、時価の変動により受け取る外貨額が変動することから、為替予約等によりキャッシュ・フローを固定することが困難と考えられるため(実務指針5項) |
将来の外貨建貸付 | ヘッジ手段に係る損益または評価差額は、外貨建金銭債権債務または外貨建有価証券の換算差額と同様の性格を有すると考えられるため(実務指針5項) |
将来の外貨建借入 | |
将来の外貨建有価証券(その他有価証券および子会社・関連会社以外)の取得 |
6. 複数の外貨建金銭債権債務等と為替予約等との対応
ヘッジ対象が複数の資産または負債から構成されている場合における、ヘッジ手段に係る損益または評価差額の配分は、各ヘッジ対象に対するヘッジの効果を反映する配分基準に基づいて行うとされています(実務指針7項)。
具体的には、為替予約等の契約締結時に、外貨建金銭債権債務等の外貨額を基礎として為替予約等を比例配分しますが、この場合には、同様な決済期日を有する外貨建金銭債権債務等をグルーピングして配分することも認められます。
7. 振当処理が認められる通貨スワップおよび通貨オプション
為替予約以外に、通貨スワップおよび通貨オプションにおいてヘッジ会計の要件を満たすものは振当処理を採用することができますが、相対取引で契約条件を契約当事者の合意により調整することが可能であることから、これを排除するため、次の条件を満たすことが必要となります(実務指針6項)。
条件 | ||
通貨スワップ | 直先フラット型 | a. 通貨スワップ契約時における支払円貨額と通貨スワップ契約満了時における受取円貨額が同額である場合。 または b. 通貨スワップ契約時における受取円貨額と通貨スワップ契約満了時における支払円貨額が同額である場合 |
為替予約型 | a. 通貨スワップ契約により当該契約期間満了時に支払うべき円貨額が、当該外貨建金銭債務の支払日を期日とする為替予約による円貨額と同等と認められる場合 または b. 通貨スワップ契約により当該契約期間満了時に受け取るべき円貨額が、当該外貨建金銭債権の受取日を期日とする為替予約による円貨額と同等と認められる場合 |
|
通貨オプション | 買建通貨オプション | 締結時において権利行使が確実に行われると認められるもの |
(直先フラット型と為替予約型との違い)
直先フラット型は、通貨スワップ契約時の直物為替相場に基づく円貨額と通貨スワップ契約満了時の円貨額が同一となります。このため、直先フラット型は為替予約型と異なり、直先差額は生じないことになります。
(直先フラット型)
(為替予約型)
また、振当処理の会計処理は以下のようになります(実務指針6項)。
直々差額 | 直先差額 | |
---|---|---|
通貨スワップ | スワップ契約日の属する期の損益として処理 | 通貨スワップ契約日の属する期からスワップ期間満了日の属する期まで合理的な方法で期間配分し、各期の損益として処理※1、※2、※3 |
※1 直先フラット型においては、契約時と満了時の為替相場の差額は生じないため、直先差額は生じません。
※2 合理的な方法には、利息法、為替予約として振当処理する方法および単純期間配分が考えられます。
※3 重要性が乏しい場合には、その残高を予約日の属する期の損益として処理できます。
契約締結時までの差額※1 | 差額残額および支払オプション※2 | |
---|---|---|
通貨オプション | 通貨オプションの契約締結時の属する期の損益として処理 | 通貨オプションの契約締結日から決済日の属する期にわたり期間配分する。※3 |
※1 行使価格による円換算額を外貨建金銭債権債務に付し、外貨建金銭債権債務の取得時または発生時の為替相場による円換算額と行使価格による円換算額との差額のうち、通貨オプションの契約締結時までに生じている為替相場の変動額を表します。
※2 外貨建金銭債権債務の取得時または発生時の為替相場による円換算額と行使価格による円換算額との差額から、通貨オプションの契約締結時までに生じている為替相場の変動額※1を除いた残高および資産計上している支払オプションを表します。
※3 算定された差額および支払オプション料の金額に重要性がない場合には、期間配分することなく、通貨オプション契約を締結した日の属する事業年度の損益として処理することができます。
この記事に関連するテーマ別一覧
外貨建取引
- 第1回:外貨建取引と在外支店の換算 (2010.09.02)
- 第2回:為替予約等の処理 (2010.09.09)
- 第3回:外貨建有価証券等の換算と処理 (2010.09.16)
- 第4回:在外子会社の換算と処理 (2010.09.24)