EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC Com Finance 公認会計士 鹿子 雄介
CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、経営管理領域における方針策定からシステム導入まで一気通貫で支援するプロジェクトを中心に従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) シニアマネージャー。
要点
急速なグローバル化に伴う国と地域を越えた事業活動の拡大、経済のデジタル化による産業構造の破壊的変革、SDGsなどのサステナブル経営に向けた社会的要請、VUCA時代におけるレジリエントな経営スタイルの必要性の高まりなどメガトレンドが複雑に絡み合い、未来が予測しにくい経営環境となっています。
このように日々複雑性が高まる経営環境に対して、Finance部門が求められる責任や役割も変化しており、Finance部門そのものが変革する必要性に迫られています。
例えば、今までは短期的な業績・キャッシュ・フローの最大化とそれら経営目標の達成を阻害するリスクへの対応、資産活用や資本効率といった財務観点での対応が求められていました。
このような短期的財務指標を達成するための機能性、利便性、経済性を優先する経営の意思決定に対応する責任・役割がFinance部門に求められてきました。
一方、これからの企業経営は社会的価値の創出と企業の経済利益活動を同時に実現し、長期的な企業価値を向上させることが求められており、Finance部門は社会課題解決やサステナブルな成長に向けた投資といった新領域の探索とROIC等の指標を活用した事業ポートフォリオマネジメントと収益性強化による既存コア事業の深化と相反する経営を可能にする両利き経営の実践や、左記の原資となるキャッシュ・フローの継続的な創出に向けた資金の効率的な投下と計画的成長促進、またはマクロ経済動向や複雑化する政治情勢、グローバル規制強化の動きなど、複合的な外部環境に起因するリスクへの戦略的な対応が求められます(<図1>参照)。
このような役割の変革に対応するため、Finance部門はどのような施策をとるべきでしょうか。本稿では、複雑化した経営課題に対応し得るFinance部門への変革をテーマに、必要な施策にフォーカスを当て解説します。
EYではFinance部門のCapability深化における施策として、レジリエントなFinance部門の構築、非財務・将来予測を含む業績・リスク管理、ビジネスモデル実現のリード、社会課題解決へのフォーカス、データドリブン経営の実践、DXの推進が重要であると考えます。
本稿では、Capability深化における施策のうち、弊社によくお問い合わせいただくレジリエントなFinance部門の構築、CFOの方とお話しする際に課題感としてあげられることの多いビジネスモデル実現のリード、ERP導入を契機とし重要性が増しているデータドリブン経営の実践について記載していきます。
前述の新たな役割を発揮するためには、それら機能・業務に従事する人材を確保するためのリソースシフトがまず必要となります(<図2>参照)。また、合わせて高度化・複雑化する会計・税制や少子高齢化を背景とした要員不足などにも対応した組織へと変革しなければなりません。
今までのFinance部門は、決算・開示や日々の記帳といったオペレーション業務をいかに効率的に実施できるか、また堅ろうな内部統制の構築などに主眼が置かれ、人員も多く配置してきました。
このような機能の重要性は言うまでもないですが、今後は当領域における工数・要員を圧縮し、新たな役割であるビジネス視点・経営視点から能動的に事業側へ情報を発信し、事業側の意思決定への参画への工数を増加させることで、経営課題の解消に事業と共に取り組むことに多くの工数をかける必要があります。
また海外拠点に目を向けると、今までは海外進出しているグローバル企業においても日本人を中心としたネットワーク構築による管理を行っている会社が多いのではないでしょうか。しかしこれからは海外拠点の現地採用人材への期待として定型業務を担う役割だけでなく、地域における戦略的なビジネスサポート業務やガバナンス強化への貢献等、従来、主に日本人が担っていた役割に現地採用人材を登用することで、現地に近い意思決定によりスピード感をもった経営課題解消につなげることが重要となります。
またFinance部門のリソースシフトの検討に当たっては、多様化する外部リソースの活用も重要な施策の一つです。従来では、主にScore Keeper領域の一部である単純事務処理作業を外部リソース活用の主としていました。一方、スキル不足等を理由に外注化が困難であった決算や税務・資金管理といった高度・専門的業務は内製で人材を確保・育成してきましたが、BEPS2.0に代表される複雑な税制により人材育成やコンプライアンスの維持が困難となりつつあります。会計士や税理士、またはコンサルタントといった専門組織へ外注化、または専門家の人材派遣で不足分を賄うといった手法を検討していくことで、社内リソースシフトを促進するだけでなく、専門家が持つ知見を活かした業務効率化や新制度対応といった成果発揮も期待できます。
近年はこのような高度・専門的業務の外部リソース活用手段も多様化していることから、これらを活用することでよりレジリエントなFinance部門の構築が期待できます。
経営管理の必要性が認識されるにつれて、日系企業は経営管理が遅れているのではないかという疑念が抱かれるようになっています。このような状況において経営管理の主たる目的である企業価値最大化を達成するためのビジネスモデル実現をリードする役割についてFinance部門がどのような施策を検討すべきでしょうか。
ビジネスモデル実現の重要な施策として事業ポートフォリオ最適化と両利きの経営推進が考えられますが、本章では事業ポートフォリオ最適化について記載していきます。
最適な事業ポートフォリオとは、不採算事業に投資している経営資源を収益性、成長性の高い事業へ再配分することで、経営資源を適切に使い、各事業が成長に必要なキャッシュ・フローを永続的に生み続けられる状態だといえます。そのような状態を目指す際の強化策として定量評価指標の見直しや、投資・撤退ルールの明確化が重要な施策となってきます。
「儲かっている」を図る定量指標として、売上の成長率や営業利益率を主としている企業が多いかと思います。それらの指標はなじみが深く、また分かりやすいため社内での共通理解を得られやすいといった利点がある一方、キャッシュ・フローとの乖離(かいり)がある、また営業利益ベースでは黒字でも資本コストを考慮した際に採算が合わないといったケースもあり、事業の定量評価指標として必要な視点が不足しているとも言えます。
そこで事業価値をより適切に判断する指標として、キャッシュ・フローとの乖離を抑えることができるEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization)といった指標や、資本コストの概念もとり入れたROIC(Return on Invested Capital)のような指標に見直すことで、より適切な事業の定量評価が可能となります。
事業価値を判断するに際して収益性と成長性は重要な尺度であるため、例えば縦軸に収益性を図る際に資本コストを加味したROICを使用し、横軸に成長性を図るためのEBITDA成長率を使用したマトリックスで事業を比較することで、どの事業により多くの経営資源を配分するかが明確になり、最適な事業ポートフォリオ形成につながります。
このように、より事業価値を適切に示した指標に基づいて投資や撤退を判断しようとしても「この事業は歴史が深く撤退するべきでない」といった声により資源配分の適切性が阻害されているケースが散見されています。特に、撤退に関しては見極めが遅れ、結果的に多額の減損を招いているという悪循環が発生している企業も存在し、撤退ルールの明確化は重要な論点と考えます。例えばA会社では、ビジネスユニット単位で3年連続FCFがマイナスであれば撤退というルールが徹底されています。一例ではありますが、このように撤退の意思決定が遅れないよう、適用要件、モニタリング単位、主幹機関、実行責任者、管理体制の明確化、またモニタリング単位で継続的に定量情報を取得できるようなオペレーション、システムの具備を進めることで適切なタイミングで撤退の意思決定を行い、その事業に投資していた経営資源をその他の事業に再配分することでポートフォリオの最適化を進めることが可能になることからも、投資・撤退ルールの明確化は重要な施策であり、その上でFinance部門として次年度以降の経営資源の配分への意思決定に主幹として関与することで企業価値の最大化に向け重要な役割を果たせるといえるでしょう。
2010年代はテクノロジーが急速に実用化された年代といえます。
特に、IoTに代表される膨大な情報の取得・格納・処理やRPAなど複数のシステムを介在した処理の自動化については著しい発展を遂げました。会計システムに目を向けると、多くの会社がERPや会計パッケージを導入し、必要な業務処理の大部分がシステムでカバーされている状態となっているといえます。またERPにおいては、基盤としてデータベースがインメモリー化され、劇的に高速処理が可能となり、業務工数についても大きな圧縮が実現可能となりました。このようにテクノロジーが急速に実用化され、Finance部門の多くの業務がシステム化されている状況ではありますが、業務が効率的に行えていないと感じる、またシステム化され多くの情報が取得できる状況であるにもかかわらずデータに基づいた客観的な意思決定ができていないと感じる方も多くいるのではないでしょうか。
本章では多種多様な情報を迅速に統合した上で、データドリブンでの客観的な意思決定を実現し、合理的な意思決定を実現するための施策としてデータ統合・標準化、非財務データの活用について記載していきます。
多くの会社ではグループ間で会計システムは統合されつつあるもののマスターやデータ粒度は各社各様といった状況が散見され、勘定科目一つとってもグループ横断での比較が困難であるという状況ではないでしょうか。このようなデータ統合・標準化の障害を解決するために言語・文化・組織の障害を解決する必要があります。
例えば、勘定科目統合といった施策を実行するに際して、本社または各社主導か、システム部門またはFinance部門主導かといったように組織間でどこが主導するかといった時点でもめてしまう、また統合のスコープを決定する際にも海外は文化が違うので、まずは国内グループ各社だけといった限定的な統合とせざるを得ない会社も多いのではないでしょうか。そのような状況であるとデータ統合・標準化は難しく、状況は改善しません。部門・法人を横断した財務データの提供責任を担うFinance部門が主導的にこのようなデータ統合・標準化については進めるべきと考えます。
経営層へのレポーティングの役割を担っているFinance部門が主導となることで、経営層が意思決定に必要な項目や粒度が反映され、後続工程であるレポーティング作成、分析・評価業務等も見越した上でのデータ統合・標準化とすることが可能となります。
また、これからはIoT技術がさらに進み、さまざまなモノがインターネットに接続される結果、その膨大なデータが格納され、必要な情報として処理されていくでしょう。それらのデータをいかに活かし適切な意思決定を行っていくかということが今後の企業に求められ、Finance部門としても非財務データの活用は重要な施策の1つです。
例えば、原価計算で人件費を製品に配賦する際、同じラインで生産している製品の配賦は何らかの基準を定め配賦するのが一般的でした。しかしIoTにより、どの製品にどれだけ時間をかけたのかが自動的に記録することができ、より正確な原価計算が可能となります。その結果、製品ごとの採算管理が高度となり、より適切な製品ポートフォリオの管理が可能になります。また在庫管理においても、人手を介して在庫の棚卸をするのではなく、商品ごとにICタグを付け、常にシステム台帳上で在庫数、直近の売れ筋、月ごとの販売傾向などを管理することにより、在庫不足による機会損失を防ぐだけでなく、より適切な生産計画の策定、監査の短縮化にも貢献できるでしょう。
このように膨大なデータがインターネットを通じて活用できる時代においては、Finance部門が主となり、必要な情報と取得経路、処理プロセスを定義し、膨大なデータを必要な情報に適切に加工することで、経営層に対してより価値のある示唆を提供し、企業価値の最大化に向けた意思決定に貢献できると考えます。
本稿では、複雑化された経営課題に対応し得るFinance部門への変革をテーマに、必要な施策にフォーカスを当て、重要な施策のうち、レジリエントなFinance部門の構築、ビジネスモデル実現のリード、データドリブン経営の実践について論じてきました。本稿が貴社のFinance部門の変革に際しての一助となれば幸いです。
メガトレンドが複雑に絡み合い未来が予測しにくい近年、これからのファイナンス部門はどのような役割を担うべきでしょうか。近未来におけるファイナンス部門の役割についてプロセス、テクノロジー/データ、意思決定、人材の育成・活用の観点から考察します。
クライアントの皆さまが変革の時代(Transformative Age)にもさらなる飛躍を目指し成長し続けられるよう、EYの優れた連携力を持つコンサルタントが支援します。