2022年11月30日
Next Gen Treasury -VUCAの時代における戦略トレジャリーマネジメントとは-

Next Gen Treasury -VUCAの時代における戦略トレジャリーマネジメントとは-

執筆者
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2022年11月30日
関連トピック コンサルティング

VUCAの時代において持続的成長を実現するために、最適資金配分とリスク最適化を担う戦略機能としてトレジャリー機能を強化するグローバル先進企業が増えています。本稿ではグローバル先進企業と日本企業におけるトレジャリー機能の高度化に対する対応の違いに触れながら、企業の持続的な成長に向けたトレジャリー組織の進むべき方向性について解説します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance 横井 知行

CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、変革構想策定、資金管理、IFRS導入など幅広いプロジェクトに従事。また、チーム内ではトレジャリー領域のオファリングチームメンバーとして活動。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)シニアマネージャー。
 

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance 大島 史成

CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、資金管理、DX支援等のプロジェクトに従事。また、チーム内ではトレジャリー領域のオファリングチームメンバーとして活動。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) シニアコンサルタント。
 

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 藤原 拓

当法人内の財務会計アドバイザリーの部門に所属し、IFRS導入やさまざまな会計アドバイザリー業務に従事。また、財務分野の専門家としてトレジャリー領域のオファリングチームメンバーとしても活動している。当法人 シニアマネージャー。

要点
  • グローバル先進企業では、約10年前にトレジャリー機能の高度化を実現し、現在に至るまで持続的成長を遂げている。
  • 最適な資金配分の考え方は、財務的価値の最大化から、非財務価値も含む長期的価値の最大化へと移行しつつある。
  • 将来的にトレジャリー組織がCFOのビジネスパートナーとして機能するための改革を、すぐにでも着手することが望ましい。

Ⅰ はじめに

グローバル先進企業とそれ以外の企業の収益性にどの程度の差が生じているかご存じでしょうか。収益性の差が生じている原因については、さまざまな原因が想像されると思いますが、筆者らは、その一因にトレジャリーマネジメントの差があると考えています。

あるグローバル大手消費財メーカーグループでは、キャッシュプーリング等を通じてグループ全体の資金を集約し、資金の状況をリアルタイムで捕捉、資金予測に必要な情報基盤も整備した上で、中期計画や予算と連動させ、精度の高いキャッシュ・フロー計画を実現しています。同時に、流動性や為替などのトレジャリー関連リスクについて、エクスポージャーやボラティリティも適時に把握できるようにし、リスク管理の適時性や精度を高めています。これらの施策を通して、グループ全体の余剰資金を、精緻化されたキャッシュ・フローやリスクの情報を活用して、成長投資への優先的な資金拠出や事業ポートフォリオの組替えを前提とした資金アロケーションを行うことで、持続的な成長を資金面から支えています。

この消費財メーカーにおける事例が、すでに10年前に実現されていたと考えると、いかがでしょうか。グローバル先進企業がこの10年間でさらに持続的成長を遂げる中、前述のような対応が遅れた企業との差が広がり続けていることを、今まで意識しないで来た企業も多いのではないでしょうか。

これまでの企業経営において、主役はフロントの事業部門であり、財務部門は裏方の役割だとお考えの方も多いかと思います。一方で、グローバル先進企業では財務部門も事業部門と同列に、業績を作っていくために重要な役割を担うべきと認識されています。企業の業績判断指標としてP/L上の営業利益ではなく、連結ベースのキャッシュ・フロー、あるいはその経年の成長率や、ROIC(投下資本利益率)等の効率指標が重視されるようになってくると、これまで企業の競争力の源泉として重視されてきた「製品力」や「営業力」「調達力」や「製造技術」と同じくらい「資金調達力」や為替・金利等に係る「財務リスク対応力」といったトレジャリー領域のCapabilityは企業がKGI(重点目標達成指標)を実現するために重要になってくると考えられます。

本稿では、トレジャリー機能高度化の必要性や実現ステップを紹介し、その中でも特に従来型の財務機能から脱却していくための課題や打ち手について解説します。加えて、現在、グローバル先進企業がどのようなビジョンの下でトレジャリーマネジメントを活用しているかについても紹介します。

Ⅱ トレジャリー機能高度化の可能性

<図1>はトレジャリーマネジメントの進化モデルを示したものです。前述のグローバル先進企業では、10年前の時点でTRM3.0※1に表現されている戦略ナビゲーション機能の一部を実現しています。他方、それ以外の企業の多くは、オペレーションの非効率が残り、資金やリスクを可視化するための情報基盤が十分整備されておらず、経営意思決定情報としてこれらの情報が活用されていない点で、TRM1.0ないしTRM2.0の実現途上にあると考えています。

図1 トレジャリーマネジメントの進化モデル

グローバル先進企業がトレジャリー機能の高度化を進めている目的の1つとして、グループ全体の資金を有効活用することによる持続的な成長の実現があります。前述のグローバル先進企業などに代表されるような、トレジャリーマネジメントに対する感度が高い企業は、グループ全体の資金やリスクを可視化し、グループ全体で集約した上で統合管理することによって適切な資金アロケーションを実現することが、健全なビジネスの新陳代謝を経ながら持続的な成長を実現するためのキーファクターであるということを10年以上前から理解し、実行していました。このような企業では、収益性とリスクのバランスを客観的な基準に基づき判断し、その上で企業価値を高める可能性が高いと判断すれば、仮に余剰資金の多くを使い切るようなことになる場合でも躊躇(ちゅうちょ)なく資金を投下します。

昨今においては、資金の投下先についても従前とは変化が見られ始めており、グローバル先進企業では財務的な価値のみに立脚した資金アロケーションの最適化にとどまらず、非財務的な価値も含む「長期的価値」※2の最大化を行うための資金アロケーションの最適化を目指すトレジャリー機能への進化へと歩みを進めつつあります。「長期的価値」を重視する世界観の下では、例えば、これまで財務的価値の視点ではその価値を適切に評価されなかった社会課題解決のための研究開発投資なども適切に評価されるようになります。

このような動向は、先進企業の取組みとしてだけではなく、ステークホルダーサイドにも表れています。例えば、EYも立ち上げを支援したEPIC(Embankment Project for Inclusive Capitalism)において、著名なアセットマネージャーが参画しており、実際にこれらのアセットマネージャーはESGスコアを投資判断の重要な一要素に含め始めるなど、ステークホルダーにおける企業の価値判断もやはり同様に変化し始めています。

Ⅲ 日本の現状

日本で売上高数千億円の大手企業であっても、国内の資金管理ができているもののグローバル展開までは進んでおらず、トレジャリーマネジメントの強化はまだ道半ばの状態にとどまっている例が散見されます。

<図2>はトレジャリー機能における4つの役割を示したものです。出納業務や資金繰り、為替予約の実行等のTreasury Operator領域が占める割合は大きいものの、資金関連の内部統制強化等のCustodian領域、マネジメント層への資金繰りレポーティング等のCommentator領域の業務は、日常的な財務オペレーションの範疇としてある程度実行されているかと思います。他方で、Business Partner領域に示すような戦略支援機能を財務部門が担っているケースはまだ多くはありません。

図2 トレジャリー機能の役割

このように、財務部門はTreasury Operator領域のような出納オペレーション機能を中心とした組織であり、Business Partner領域のような戦略や事業に対する支援機能を担う組織とは十分認知されていないという点が、トレジャリーマネジメントの強化が進まない原因の1点目と考えています。仮に財務部門自体がトレジャリー機能の高度化の必要性を認識しても、組織内の限られた予算、人的リソースの下での小規模な作業効率化レベルにとどまっています。

トレジャリーマネジメント高度化阻害要因の2点目として、財務部門におけるトレジャリーマネジメント高度化の重要性に係る訴求力の乏しさが挙げられます。すなわち、トレジャリーマネジメントの高度化が経営意思決定においていかに有用かを訴求しきれていないため、会社全体としての抜本的なトレジャリー機能の高度化に踏み切ることができていないということです。

このような現状を踏まえ、当該企業はどのような打ち手を取るべきでしょうか。財務部門は一般的に少数精鋭で財務オペレーションを回していることが多く、スキルやリソースの面ですぐに改革に踏み切る余力があるケースは少ないかもしれません。そのため、オペレーションの効率化やSSC・BPO等の活用などを通じて、まず組織として高度化に踏み出すための「余力」を作り出していく必要があると考えています。

また近年では、このようなトレジャリー業務の効率化や高度化を志向し、日本企業でもトレジャリー・マネジメントシステム(TMS)の導入が進み始めています。しかし、安易にCMS・TMS等のシステム導入に踏み切るのではなく、銀行口座のスリム化等のプロセス改善をセットで検討することが肝要です。また、TMSで可視化された資金やリスク情報を用いたオペレーションをグループ全体で適切に運用し、最適な資金アロケーションを実現できるように、グループ全体の意思統一を図るための財務ポリシーを策定し、グループ内に浸透させていくことも求められます。

Ⅳ おわりに

キャッシュリッチな一部企業などでは、当面の企業経営に支障がないのであれば、必ずしも喫緊でトレジャリーマネジメントの高度化に踏み切る必要性はないという見解もあると思います。しかし、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代に突入した現在において、急激な円安や米欧を中心とした世界的なインフレ傾向を受けた資金そのものの価値変動リスクの上昇、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による人・モノの流れの変化を受け、バリューチェーンやサプライチェーンが変化することによる資金需要の大幅な変化、Brexitや米中冷戦、国際紛争等により新たな資金移動に係る制約が生じ、実際にさまざまなディスラプションも生じています。<図3>は前述のVUCAも含むメガトレンドの変化を踏まえた、企業の直面する課題やCFOの役割変化を示したものですが、このような環境下では「これからのCFO」に記載の通り、戦略と資金、資金とリスクの統合管理がますます重要となります。

図3 メガトレンドとCFOの役割変化

一方で、トレジャリー機能の高度化は一足飛びで実現できるものではありません。自社の状況を振り返って改めて考えてみると、どのようなプロセスが必要か理解しやすいでしょう。グループ全体のキャッシュ・フローの可視化はできていますか。為替や金利、不正などのリスクに対応できる財務ポリシーを整備していますか。中長期での資金繰り予測と資金の使い道は連動していますか。財務部門を単純なオペレーターからCFO直下のビジネスパートナーとしての役割を担うトレジャリー組織へと変革するためには自分たちが置かれている現在地を把握し、1つ1つ段階を踏んでいくしかありません。

前述のように、財務部門は事業戦略に直結しないと誤解され、重要性が低く見られがちですが、高度な財務戦略が事業戦略の実行可能性を高めることは、グローバル先進企業では当然のこととして理解されています。財務部門の高度化が企業成長の鍵を握ることを認識された「今」から、戦略機能を担うトレジャリー組織への変革に向けたアクションを起こすのはいかがでしょうか。

※1 TRM X.0はトレジャリーマネジメントの進化フェーズを指す(<図1>参照)。

※2 「長期的価値」とは、「財務的価値」のみならず「消費者価値」「人材価値」「社会的価値」の非財務的価値を含む4つのカテゴリーにより構成される企業の価値を指す。長期的価値については、本誌2022年5月号「Long-term value -持続的成長のためのKGIとは」を参照。

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  • 「情報センサー2022年12月号 EY Consulting」をダウンロード

サマリー

VUCAの時代において持続的成長を実現するために、最適資金配分とリスク最適化を担う戦略機能としてトレジャリー機能を強化するグローバル先進企業が増えています。本稿ではグローバル先進企業と日本企業におけるトレジャリー機能の高度化に対する対応の違いに触れながら、企業の持続的な成長に向けたトレジャリー組織の進むべき方向性について解説します。

情報センサー2022年12月号

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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