EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
金融サービスのデジタル化は目覚ましい速度で進んでおり、さまざまなメリットを生んでいる一方、新たなリスクについても指摘されています。特にAML/CFTについては、金融活動作業部会(FATF)において、より高い水準での対応が求められており、今や喫緊の課題となっています。
こうした中、金融庁・金融審議会は「資金決済ワーキング・グループ」(以下、「WG」)を設置し、安定的かつ効率的な資金決済に関する制度の在り方について検討を行い、2022年1月11日に「金融審議会 資金決済ワーキング・グループ 報告」(以下、「報告書」)を公表しました。その内容を受けた「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(以下、「改正法」)の法案が第208回通常国会において、6月3日に可決、成立しました。
本稿では、報告書の検討に至る背景と指摘されている課題の概要を把握した上、改正法のポイントを確認していきます。
報告書では、1. ステーブルコインに関する事項、2. 高額で取引される前払式支払手段に関する事項、3. 銀行等におけるAML/CFTの高度化・効率化に関する事項、の3点について意見がまとめられています。以下、各論点の概要を記載します。
「ステーブルコイン」とは、暗号資産のようなデジタルアセットに、法定通貨などのような比較的価格が安定した資産と連動させて価値の安定性を保つ機構を持つものを一般的に指します。米国などでは既に流通が進んでおり、日本では法制度での取り扱いについてWGで検討されました。
報告書では、ステーブルコインは下表の2種類に分類できるとしています。
デジタルマネー類似型 |
暗号資産型 |
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法定通貨の価値と連動した価格(1コイン=1円)で発行され、同額での償還を約するもの |
アルゴリズムで価値の安定を試みるものといった、デジタルマネー類似型以外のもの |
出典:金融庁「金融審議会 資金決済ワーキング・グループ 報告」(2022年1月11日)を基にEY作成
このうち「暗号資産型」は資金決済法上の暗号資産か金融商品取引法上の有価証券に該当するため、売買・交換やその媒介などを行う業者は既存法制により規制されることになると整理しています。
一方、資金移動業などが扱う既存のデジタルマネーでは、デジタルマネーの「発行者」と、それを移転・管理する「仲介者」が同一であることが前提であるところ、「デジタルマネー類似型」のステーブルコインでは発行者と仲介者が分かれることが多いという相違点があります。報告書では、発行、償還、価値安定の仕組みの提供(通常、裏付資産の管理やカストディサービスを含む)といった機能を担う「発行者」と、移転、管理、取引のための顧客接点などの機能を担う「仲介者」を分離した上、規律の在り方について次の通りに整理しています。
① 発行者に求められる規律
② 仲介者に求められる規律
③ 発行者と仲介者の関係に関する規律
報告書では、前払式支払手段には「紙型・磁気型」と「IC型・サーバ」があるとし、後者については下表の通りに分類できるとしています。
出典:金融庁「金融審議会 資金決済ワーキング・グループ 報告」(2022年1月11日)を基にEY作成
電子移転可能型のうち、残高譲渡型については譲渡可能な未使用残高の上限設定などを事業者に義務付けるといった内閣府令などの改正がなされています。一方、番号通知型については同様の対応は求められていないものの、番号通知型に関する不正利用や不正転売の事例があるとも指摘されています。また、国家公安委員会による「犯罪収益移転危険度調査書」に電子マネーが含まれており、例えば、数千万円のチャージが可能なプリペイドカードが存在することから、前払式支払手段でも高額取引が可能であることなどが指摘されています。
前払式支払手段について検討された規律の在り方の主なポイントは次の通りです。
FATFによる「第4次対日相互審査」における結果を受け、継続的顧客管理の一環である「取引フィルタリング」や「取引モニタリング」の高度化・効率化が、各銀行等における検討課題となっています。一方、中小の銀行等にはシステム整備や人材確保などの課題があることを踏まえ、全国銀行協会においてAML/CFT 業務の共同化に向けた検討が進められています。
報告書では、当該業務を共同機関が代行することに意義があるとした上、その場合の規律の在り方について整理しています。主なポイントを記載します。
報告書を受け、資金決済法、銀行法、金融商品取引法、犯罪収益移転防止法などに関する改正法案が作成されました。主なポイントは下記の通りです。
今後の動向として、6月に法律が成立した場合は同年冬ごろに政令、省令、監督指針などの草案が公開されることが通例です。公布から1年以内に施行される予定ですが、具体的要件が明らかになるまでしばらく時間を要します。
技術の進展により新たなリスクへの対応が求められる一方、ガバナンス強化の施策として活用することも期待されています。金融機関には高度なガバナンスが求められる中、参入企業としては既存の金融サービスに係る規制の内容を参考にしながら態勢整備を進めることが肝要となります。
金融サービスにおけるデジタルの活用が急速に進展する一方で、リスクも高まりつつあります。今回の改正法では、高額前払式支払手段の規制強化や、銀行等によるAML/CFT業務の委託を可能とする対応のほか、ステーブルコインの取り扱いについても一定の整備がなされました。事業者においては、高度なガバナンス整備が求められることになります。