EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) 公認会計士 石田一樹
当法人において会計監査業務等に従事した後、EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)(現EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株))に転籍。現在はバリュエーションの観点からM&Aや組織再編などのトランザクション、企業結合会計や減損テストなどの会計業務を支援している。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。
M&A取引の中でも構造的な利益相反関係にある取引や株主等の利害関係者に重要な影響を与える可能性のある取引については、取引価格の公正性を担保するとともに株主等への説明責任を果たす必要があります。本稿では、取引価格の公正性担保および説明責任の観点から有用な手段となり得るフェアネスオピニオンについて、その利用状況および有用性を解説します。
フェアネスオピニオンとは、財務に関する専門性を有する第三者算定機関が、合意された取引価格や比率の公正性について、財務的見地から意見を表明するものです。財務に関する専門性を有する第三者算定機関が提供する類似業務としては株式価値算定がありますが、以下のような点で異なることから、フェアネスオピニオンは、より直接的で重要性の高い情報を提供すると考えられます。
2019年6月に経済産業省から公表された「公正なM&Aの在り方に関する指針」(M&A指針)では、マネジメント・バイアウト(MBO)や支配株主による従属会社の買収等、構造的な利益相反関係にある取引における公正性担保措置として、フェアネスオピニオンの有用性が指摘されています。
<表1>は日本取引所グループによるプレスリリース※4が集計対象とした19年7月から21年6月までに公表されたMBOおよび支配株主による従属会社の買収について、買収対象会社および買収対象会社の特別委員会によるフェアネスオピニオンの取得状況を示したものです。
フェアネスオピニオンの取得割合は全体の3分の1に満たない水準ですが、M&A指針の公表以前は極めてわずかな事例しか見られなかったことと比較すると大きく増加しています※5。また、支配株主による従属会社の買収のうち、特に規模の大きな4件においては、買収者においてもフェアネスオピニオンが取得されています。買収対象会社(特別委員会を含む)が取得するフェアネスオピニオンでは買収者を除く買収対象会社の株主にとっての公正性に関する意見が示されることが一般的ですが、買収者が取得するフェアネスオピニオンでは買収者または買収者の株主にとっての公正性に関する意見が示されることとなります。前者はM&A指針が想定する公正性担保措置に該当するものですが、後者はM&A指針では想定されていないものであると考えられます。このような事例は、典型的なMBOや支配株主による従属会社の買収のような構造的な利益相反関係にある取引のみならず、利害関係者に重要な影響を与える可能性のあるM&A取引一般において、説明責任を果たす観点からフェアネスオピニオンが有用であることを示唆しています。
フェアネスオピニオンは前述の通り、株式価値算定よりも直接的で重要性の高い情報を提供することから、構造的な利益相反のある取引や高度な説明責任が求められる取引において有用であると考えられます。また、M&A指針によると欧米等ではこのような取引においてフェアネスオピニオンを取得することが一般的なプラクティスとなっているとの指摘もあり、海外株主への説明の観点からも有用と考えられます。しかし、日本においては一部の諸外国と異なり、フェアネスオピニオンの発行に関する規制が存在するわけではなく、また、法的な位置付けが必ずしも明確ではないのが現状です。そのため、フェアネスオピニオンの有用性はこれを発行する第三者算定機関の信頼性によって支えられており、M&A指針では第三者算定機関の選定に際して以下の4点を考慮して検討することが望ましいとされています。
上記①の第三者算定機関の独立性・中立性に懸念が生じる具体例として第三者算定機関が所属するグループ会社が買収者に対して買収資金の提供を行うような場合が考えられます。<表1>に含まれる取引においても、買収対象会社の財務アドバイザーのグループ会社が買収者に対して買収資金の提供を予定していることから、財務アドバイザーとは異なる第三者算定機関を選任している事例があります。
また、上記②の慎重な発行プロセスに関して、適切な内部体制を構築している第三者算定機関では、独立した審査会による重層的なレビューを実施する等の株式価値算定書を発行する場合と比較して慎重なプロセスを経てフェアネスオピニオンが発行されます。
国際化・複雑化が進展する企業環境においては、M&A取引の実行に際しても高度な説明責任が求められるものと想定されます。本稿で解説したフェアネスオピニオンはその有用な手段の一つとなるものと考えられます※6。
※1 東京証券取引所においても、株式価値算定書の取得とは異なり、フェアネスオピニオンの取得は企業行動規範に定める「意見の入手」を行ったものと取り扱うとされている(東京証券取引所「会社情報適時開示ガイドブック(2018年8月版)」、2018年8月1日 654ページ)。
※2 株式価値算定書においては算定された価値や比率のレンジが示されるのみであり、取引価格自体には言及されないことが一般的である。
※3 買収対象会社が取得するフェアネスオピニオンにおいては、買収者以外の買収対象会社の一般株主にとっての公正性が判断されることが一般的である。
※4 株式会社東京証券取引所「『公正なM&Aの在り方に関する指針』を踏まえた開示状況の公表について」(日本取引所グループ プレスリリース 2020年6月30日)および、株式会社東京証券取引所「『公正なM&Aの在り方に関する指針』を踏まえた開示状況(2020年7月~2021年6月)について」(日本取引所グループ プレスリリース 2021年7月2日)
※5 鈴木一功「新MBO指針の企業価値評価実務への影響に関する考察」(『証券アナリストジャーナル』2021年6月号 58~62ページ)
※6 フェアネスオピニオンに関しては以下のウェブページに追加的な情報を記載しています。
ey.com/ja_jp/strategy-transactions/fairness-opinions