情報センサー

国際的なサステナビリティ基準開発の進展


情報センサー2021年8月・9月合併号 IFRS実務講座


EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 江口智美

2008年入所以来、証券会社、メガバンクを含む大手金融機関の会計監査及び内部統制監査に従事。14年から約1年半EYロンドンに出向し、現地金融機関の会計監査及び内部統制監査に従事。18年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。CFA協会認定証券アナリスト。当法人シニアマネージャー。


Ⅰ はじめに

IFRS財団評議員会(以下、評議員会)は2021年4月「『サステナビリティ報告に関する協議ペーパー』(以下、本協議文書)のフィードバック・ステートメント」(以下、本ステートメント)を公表しました。これは20年9月に公表された本協議文書に寄せられた570超のコメントのうち特に重要なもの及び評議員会の回答をまとめたものです。また、「IFRSサステナビリティ基準を設定する国際サステナビリティ基準審議会を設立するためのIFRS財団定款の的を絞った修正案」(以下、本公開草案)も同時に公表しました。本稿では、本ステートメントと本公開草案の内容について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 背景

サステナビリティ報告は資本市場においてますます重要視されています。現在、ESGに配慮する投資を求める「責任投資原則(PRI)」に署名した機関は世界で3,000を超え、その資産総額は103.4兆ドル(約11,311兆円)を超えます。日本でも15年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRIに署名した後、ESG関連投資は顕著に伸び、投資家の多くが財務情報に加え、非財務情報を重要視しています。

一方、サステナビリティ報告に関する基準はいくつかありますが、グローバルで統一的に使用される基準はいまだ存在しないと考えられます。そのため、投資家等から、国際的に比較可能で一貫したサステナビリティ報告に関する基準の設定が喫緊に求められています。

Ⅲ 本ステートメントの概要

フィードバックコメントから、1国際的に一貫し、比較可能なサステナビリティ報告が緊急に必要であること2IFRS財団が関連基準の設定において主導的な役割を果たすべきという幅広い要望があり、迅速な行動が求められていること、がわかりました。

また、IFRS財団の下にサステナビリティ基準の設定を担う審議会を新設することへの幅広い支持に対応するため、IVで詳述する本公開草案を公表しました。
さらに、その他のコメント内容を考慮し、新審議会の戦略的方向性として以下4点を立案しています。

1. 企業価値及び投資者に焦点

基準の対象範囲を企業価値に関する報告とし、投資者等資本市場参加者を利用者として想定することとしています。<図1>は報告書範囲の概念図であり、Bが、新審議会による基準の対象範囲に該当します。

図1 報告書範囲の概念図

2. サステナビリティの範囲、気候の優先

緊急性の高い気候関連の開示事項を優先するとともに、その他のESG(環境、社会、ガバナンス)事項の情報ニーズの充足に向けても取り組むこととしています。

3. 既存のフレームワークを基礎に

「気候関連財務情報開示に関する金融安定理事会のタスクフォース(TCFD)」のガイダンスや非財務情報の主要な開示基準設定主体である5団体の共同文書(基準のプロトタイプ)※1 を基礎にする予定です。

4. ビルディング・ブロック・アプローチ

主要な法域等と連携し、国際的に一貫した比較可能なガイドラインを提供する一方で、報告対象拡充に対する要望にも柔軟に対応することとしています。

また、新審議会の業務開始や技術面のサポートを提供する目的で、技術的準備ワーキング・グループの設立が提案されました。TCFD、バリューレポーティング財団※2、気候変動開示基準委員会(CDSB)、世界経済フォーラム(WEF)、および国際会計基準審議会(IASB)がメンバーとして関与する予定です。グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)及びCDPとも協働し、証券監督者国際機構(IOSCO)がオブザーバーとして参加する予定です。

さらに、グローバルのステークホルダーとも協働するため、マルチステークホルダー専門家協議委員会の設立に向けて取り組む予定です。

Ⅳ 本公開草案の概要

本公開草案では以下の3点が提案されています。

1. IFRS財団の目的の修正

IFRS財団の目的として、「明確に記述された原則に基づく、高品質で理解可能な、強制力のある国際的に認められるサステナビリティ基準」の開発を追加することが提案されています。

2. ISSBの設立

新審議会の名称を「国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards board: ISSB)」とし、評議員会の下部組織として、IASBとは並列に位置づけることとしています(<図2>参照)。

図2 IFRS財団 提案組織図

また、新基準の名称を「IFRSサステナビリティ基準」とすることが提案されています。これを受けて、IASBやIFRS解釈指針委員会から公表されている基準を「IFRS会計基準」と呼称し、「IFRS基準」は「IFRSサステナビリティ基準」と「IFRS会計基準」を包含することを提案しています。

さらに、ISSBのメンバーの指名や基準の可決プロセス等について定めています。基本的にIASBの規定を準用していますが、メンバーの地域への割当や公表草案及び基準公表の可決方法等様々な点で、IASBに比べ柔軟な運用が認められるよう提案されています。

なお、サステナビリティ基準に係る解釈指針委員会の設立は、基準策定が進んだ後、再検討する予定です。

3. その他の修正

ISSBの設立を受け、IFRS財団のガバナンスに係る事項や用語等に関し、必要な修正が提案されています。

コメント期限は21年7月29日で、ISSBの設立が決定される場合は、21年11月開催のCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)にて公表される予定です。

Ⅴ おわりに

G7、IOSCOやWEFを含め、多くのステークホルダーがIFRS財団による基準設定を支援する声明を発表しています。評議員会は迅速に対応しており、早ければ今年度中にも新審議会が設立される予定です。日本でも、コーポレートガバナンス・コードの改訂にプライム市場上場企業において、TCFDまたはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量の充実を進めるべきとされたことでより関心が高まっています。IFRSサステナビリティ基準が策定されれば、開示の必要性はさらに高まることと思われます。

※1 Reporting on enterprise value Illustrated with a prototype climate-related financial disclosure standard (co-authored by CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASB)29kjwb3armds2g3gi4lq2sx1-wpengine.netdna-ssl.com/wp-content/uploads/Reporting-on-enterprise-value_climate-prototype_Dec20.pdf

※2 国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)の統合後組織

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