情報センサー

デジタル × ファイナンス~経理・財務部門に求められる人材育成の「今」~


情報センサー2021年8月・9月合併号 EY Consulting


EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) People Advisory Services 高栁圭介

IT系・会計系ファームを経て、現在はピープルアドバイザリーサービスにてタレント領域の責任者を務める。専門領域は、グローバルタレントマネジメント戦略策定、要員・人件費計画策定、プロフェッショナル人材育成など。組織・人事領域全般の幅広いプロジェクト経験を有し、人材戦略策定からIT導入までワンストップで行うコンサルティングが持ち味。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)パートナー。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) People Advisory Services 川手文佑

大手教育、国際会計事務所にて、営業部門や人事・経営企画等の管理部門に従事した後、コンサルティング業界へ入職。戦略立案からその実践・実行までワンストップに対応。またカウンセラー資格を有し、常にクライアントニーズを正しく捉えたサービス提供が真髄。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)マネージャー。


Ⅰ はじめに

多くの企業でデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の推進が叫ばれる中、経理・財務部門においてもデジタルを活用した業務の高度化・効率化が求められています。本稿では、経理・財務部門におけるデジタル化を支える人材をどのように育成するかに焦点を当て、その具体的な方法や成功要因について解説します。

Ⅱ DXに対する二つの誤解

財務・経理部門は、規制当局や株主といったステークホルダーからの要求に対し、常に正確に応える使命を担ってきました。さらにステークホルダーは多様化し、経営陣や各事業部門のリーダー、そして一人一人の従業員からの要求に対しても、正確かつタイムリーな情報提供が求められ、以前にも増して敏捷性が必要になってきています。敏捷性を高めるためには、これまでの業務をいかに高度化・効率化をしていくかが重要です。そういった背景から、財務・経理部門においてもDXの推進が必須事項になってきました。DXには二つの側面があります。一つはこれまでなかったものを新たに創造する「プロダクトイノベーション」、そして、もう一つが既存の手順や方法に対して改革・改善を行う「プロセスインプルーブメント」です。巷ではプロダクトイノベーションばかりが脚光を浴びていますが、「博打的」な要素が強いのも確かで、昨今では着実に結果を出すためのプロセスインプルーブメント(デジタルを活用した業務改善)を実施しようとする企業が多くなってきている印象を受けます。

しかし、このプロセスインプルーブメントが各企業において成功を収めているかと言えば、そうとも言い切れません。実際に、「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)※1 導入などのIT投資に踏み切り、導入当初は効果が出ていたもの、その先が続かずに困っている」といった相談が私たちへ多く寄せられています。こういった状況が生まれる背景には、DXに対する二つの誤解が隠れていると考えます。一つ目は、デジタルツールさえ導入すれば、DXは勝手に進むという誤解です。デジタルツールは魔法の道具ではありません。それを正しく使うことができる環境があって、はじめてその効力を発揮するものです。

<図1>は経営者に対してDXの失敗要因を尋ねた調査結果ですが、上位四つはいずれも人材や組織に関するものでした。このような実体験を通じ、各社はDXを推進する人材(以下、DX人材)をどのように確保するかについて真剣に検討するようになってきたわけですが、この段階において、もう一つの誤解が生まれています。

図1 DXの失敗要因

それは、DX人材は特別な人材であり、社内にそのような人材がいるはずもなく、社外を探さないといけないという誤解です。たしかに、プロダクトイノベーションを生み出そうとすると、最先端のデジタル技術等の高い専門性や、従来踏襲ではない第三者の視点が求められるため、自社の財務・経理部門に適格な人材はいないかもしれません。しかし、プロセスインプルーブメントに必要なのは、デジタル技術を使いこなすための最低限の知識と、なによりも自社のビジネスや業務に対する深い理解や課題意識です。つまり、プロセスインプルーブメントを志向する場合、社外からの採用やIT部門からの異動でデジタル技術に関する高度な知識を有した人材を財務・経理部門へ連れてきたとしても、ビジネスや業務に疎いため、改革・改善は生まれません。既に自社の経理業務や財務状況を理解している社員にデジタルスキルを習得させるアプローチこそ現実的であり、DX実現の近道となるのです。

Ⅲ 財務・経理人材をDX人材に変える方法

私たちがDX人材の育成を支援する場合、二つのポイントを大事にしています。一つ目のポイントは「小さな成功体験を積ませる」ということです。デジタルスキルの習得はスマートフォン操作をイメージしてもらうと分かりやすく、実際にツールを触り、何ができるか体感し、自分のやりたいことを実際にやってみることを通じて、理解が格段に深まっていきます。一方、最初に触れた際に難しさや自分の役に立たないと感じてしまうと、次の一歩を踏み出しにくくなるとも言えます。そのため、私たちが企画するDX人材育成では、講師が受講者に二人三脚で寄り添い、実業務でデジタル技術を活用できる場面を見つけ、ツール開発を補助し、実際に活用するところまで伴走する形で支援します。そうすることで、自分が作ったデジタルツールが業務の効率化に寄与するという成功体験を得られ、「自分にもできる、デジタルは役に立つ」というマインドの醸成に繋がります。二つ目のポイントは「一過性で終わらせないための、仕組みと仕掛けを作る」ことにあります。これまで述べてきたDX人材の育成は、現業を持っている中で行われることになります。従って、トレーニングを受けることのメリットを明らかにして、その後の活躍を会社として認知する仕組みや仕掛けを整えることが重要です。例えば、デジタルスキルの習得度を年度評価へ反映する認定制度(仕組み)や、デジタルスキルを活用して実業務を効率化・高度化した結果をコンテスト形式で社内表彰(仕掛け)するといったものが挙げられます。

実際、私たちがデジタルスキルの習得支援を担った企業では、伴走型トレーニングの結果、受講者の98%がツールを作り切り、成功体験を積むことができています。また、頑張りを認める仕組みや、コンテスト等の競争を楽しむ仕掛けも相まって、一定数の突き抜けた活躍を示す従業員が出てきています(<図2>参照)。こういった突き抜けた人材を特定し、その後のDXの旗振り役に任命することで、組織全体のDX活性化に繋がっていきます。つまり、DXの失敗要因が人材にあったように、成功要因も人材にあるのです。

図2 トレーニング受講者とアウトプット数の関係

Ⅳ おわりに

財務・経理部門の高度化・効率化を実現する上で、会計・税務といった専門スキルを底上げすることは極めて重要です。しかし、専門性に加えデジタルスキルの教育も考えていかなければ、各所からの高い要求に応える財務・経理部門であり続けることはできません。専門性×デジタルの両備えの人材をどう育成するか、そのための取り組みが今、求められています。

※1 ソフトウェアロボットによる業務プロセス自動化技術

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2021年8月・9月合併号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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