情報センサー

香港の現状と今後の展望


情報センサー2021年6月号 JBS


EY新日本有限責任監査法人 香港駐在員 公認会計士 塚原俊郎

製造業、卸売業、小売業、情報通信業等の多数の上場・非上場会社に対し、会計監査に従事する傍ら、IFRS導入支援、内部統制構築支援、クロスボーダーM&Aなどの各種アドバイザリー業務にも従事。執筆活動やセミナー講師経験も有する。2019年7月よりEY Hong Kongに赴任し、在港日系企業に対して会計監査のみならず税務、M&A関連業務など幅広いサービスを提供している。


Ⅰ はじめに

2019年6月に起こった100万人規模のデモから、翌年(20年)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック、さらには同年(20年)7月の国家安全法の制定まで、これらの一連の出来事は香港のビジネス環境に大きな変化をもたらしています。このようなビジネス環境への変化を経て、従来の姿を変えようとしている香港は、日系企業のみならず外資系企業からも高い注目を集めています。

本稿では、統計データに基づき、今般の香港における日系企業の状況、今後の動向および日系企業に与える影響について解説します。

 

Ⅱ 現在の状況

香港政府の香港統計局(Census and Statistics Department)は香港外に親会社をもつ香港会社(以下、香港会社※)を対象に毎年アンケート調査を実施していることから、直近(20年11月)に公表されているアンケート結果の一部を紹介します。なお、本年度のアンケートは20年6月上旬に対象企業に送付され、同年9月中旬に回収されています。

<表1>のアンケート結果(一部)は、香港会社にとって香港に拠点を置くに当たっての優位性を集計しています。優位性として68%の香港会社が簡素な税制度と低税率を挙げている他、情報(58%)や物流(53%)の自由度、加えて地理的な位置(61%)や中国本土のビジネスチャンス(52%)を挙げています。


表1 香港会社にとって香港に拠点を置くに当たっての優位性

一方、不利要素としては、香港会社の多くが、住居(40%)・オフィス(30%)の利便性の低さやコスト負担を挙げています。この他、政治の安定・治安について不利要素とした香港会社は20%、続いて人的リソース不足やコスト負担が15%になっています。数の推移を示しています。親会社を日本にもつ香港会社は1,398(20年)、1,413(19年)と19年対比では15僅かに減少していますが、18年より以前の水準は上回っています。他方、中国本土を親会社にもつ香港会社は、過去5年連続で増加しており、会社数は他のエリアで最大を維持しています。


表2 過去5年間の香港会社数の推移

Ⅲ 今後の動向

今後の香港会社の動向を理解するにあたって香港統計局による今後3年間のビジネスプランのアンケート結果を紹介します。

<図1>のアンケート結果によると、香港会社の56%が今後3年間のビジネスプランとして大きな変更を予定していないと回答しています。また15%は香港におけるビジネスを拡大すると回答しています。他方、21%は今後3年間の動きは不明であるとし、4%が香港の外にビジネスを移転するもしくは香港からビジネスを撤退させる、5%は回答なし、と回答しています。

図1 香港での今後3年のビジネスプラン(2020年)

また、今後の動向を予測する上で、もう一つ参考となるものとして昨年20年11月に香港政府のキャリー・ラム行政長官より行われた施政報告があります。

同報告のうち、特に「経済への新たな動力の注入」では、一国二制度や広東・香港・グレーター・ベイエリア(以下、GBA)を活用し、香港企業による中国本土市場への進出促進を香港の今後の基本的戦略として定めています。また、景気や雇用への影響を踏まえ、今後数年間で約1,000億香港ドル規模のインフラ投資事業を継続するなどを発表しています。

さらに、直近の21年3月に香港政府の財務長官が20~21年度の予算演説を行いました。

背景として香港政府の財政は過去1年間のCOVID-19関連の経済救済措置による一連の臨時支出により、その公的資金が著しく減少していました。一方で当該演説では、財政長官は、基本的には従来からの簡素な税制と低税率を維持した上で経済回復に向けた持続可能な道筋を概説しつつ、幾つかの経済刺激策を示しています。

特に景気回復に向けて、今後GBAエリアにおいて電子商取引の活発化を背景とした航空貨物サービスの需要が高まる可能性があることから、香港国際空港が世界とGBAを結ぶゲートウェイとして果たすべき積極的な役割を強調しています。

 

Ⅳ おわりに

デモや国家安全法の制定は、日系企業をはじめとする外資系企業にとって香港に対してネガティブな影響を与えるものでしたが、足元では今後の香港の動向を見据えて、従来の事業を維持し、慎重に状況を見ていることが統計データから読み取れます。

また、香港は依然として、簡素な税制や低税率、物流の自由度や地理的な利便性等の対中国投資拠点としてのビジネスメリットを有していることに加え、前述のように香港政府主導により力強い中国経済の取り込みを狙ったさまざまな施策が実施されようとしています。

このように、中国ビジネスのゲートウェイとしての香港のメリットは、少なくともこの数年で大きく失われるものではないと考えられます。香港におけるビジネスを検討するに当たっては、イメージ先行ではなく、統計データ等の事実を理解した上で、香港を活用して将来的に対中国ビジネスをどのように進めていくかという視点の下で、慎重に判断する必要があるといえます。


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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。