情報センサー

南米における移転価格税制の動向


情報センサー2020年10月号 JBS


サンパウロ駐在員 公認会計士 笹澤誠一

2004年、当法人に入所。主に化学産業、製造業、商社などの監査業務に従事。19年7月よりEYブラジル サンパウロ事務所に駐在。ブラジルを中心に南米に進出している日系企業に会計、監査、税務、M&Aアドバイザリー等の幅広いサービスをサポートしている。

Ⅰ  はじめに

2019年12月、経済協力開発機構(以下、OECD)とブラジル連邦歳入庁(Receita Federal do Brasil:RFB)は、ブラジルの移転価格税制ルールをOECDガイドラインに沿った国際的な標準ルールに整合させるための共同報告書を発表しました。ブラジルがOECDに加盟するためには、移転価格税制ルールを国際的な標準ルールと整合させることが最も重要な論点の一つであると考えられており、これにより現在課題となっている二重課税リスクや税務の不確実性の解消が期待されています。また、アルゼンチンでは20年5月に新しい移転価格税制の規則が公表されました。本稿では、両国の移転価格税制の動向を紹介します。

 

Ⅱ ブラジルの移転価格税制の動向~OECD加盟へ向けて~

1. 背景

ブラジルでは、移転価格税制が課税政策における重要な課題の一つとされてきました。現在のブラジルの移転価格税制ルールは1996年に制定されたもので、OECDモデル租税条約第9条に定められているアームズ・レングス原則に基づく国際的な標準ルールと異なる点が多くあります。OECD加盟国にはOECD移転価格ガイドラインで定義されているアームズ・レングス原則の遵守が求められており、アームズ・レングス原則の適用は、OECD加盟候補国を評価するためのOECD租税委員会(OECD Committee on Fiscal Affairs)における必須かつ最も重要な事項の一つとされています。そこでOECDとRFBは、18年2月にブラジルの移転価格税制に関する共同プロジェクトを開始しました。このプロジェクトの主な目的は、ブラジルの移転価格税制のフレームワークとその適用に関する詳細な分析をもとにブラジル移転価格税制ルールを評価し、OECD移転価格ガイドラインおよびその他の関連するOECDガイダンスを参考にして、ブラジルの移転価格税制ルールを国際的な標準ルールと整合させるための選択肢を検討することでした。その後、ブラジルは19年5月にOECDへの加盟手続を正式に要請しました。

2. 検討結果と今後のシナリオ

(1) 検討結果

19年12月に公表された共同報告書では、ブラジルの移転価格税制ルールとOECDガイドライン等の国際的な標準ルールとの間に、次のような多数の相違点が報告されています。

【移転価格税制ルールの主な相違点】

  •  アームズ・レングス原則が採用されていない
  • 固定マージンアプローチが採用されている
  • 納税者が移転価格税制のルールを選択して採用できる
  • 複雑な取引(無形資産、サービス、事業再編、費用負担の取り決めなど)に関する特別な考慮事項がない
  • ロイヤリティ支払控除の制限
  • 比較可能性分析が限定的である(機能・リスク分析が必要とされていない)
  • 品目ごとのアプローチが採用されている
  • 輸出におけるセーフハーバールール
  • 価格設定の取り決めおよび調整の欠如
  • 利益分割法などの利益に基づく方法がない

ブラジルの移転価格税制ルールは固定マージンアプローチを採用していることなどから、簡便的かつ実務的であり、国内的には税務的な確実性があるという評価もありますが、多数の相違点から次のような問題点も挙げられています。

二重課税のリスク
国際的な標準ルールと多数の相違が存在しており、二重課税のリスクが高く多国籍企業グループ企業に税の歪みが生じ、税務の不確実性が高い

BEPSリスクが高まり税収が減少している可能性
国際的な標準ルールとの相違からBEPSリスクが高く、ブラジルの課税所得と税収が減少している可能性がある

税務の不均衡が生じるリスク
二重課税のリスクがある一方で、一部の納税者は二重非課税となるなど税の不均衡が生じている可能性がある

これらは、ブラジルへの新規投資を妨げる要因でもあると分析されており、ブラジルの移転価格税制ルールを国際的な標準ルールに整合させることで、国際的な観点から税の確実性が高まり、ブラジルをグローバルバリューチェーンに統合しやすくなると結論づけています。

(2) 今後のシナリオ

共同報告書では、ブラジルの移転価格税制ルールを国際的な標準ルールに整合させていくための二つのシナリオが選択肢として示されています。

①即時に全てのルールを国際的な標準ルールに整合させる。これには、アームズ・レングス原則およびOECD移転価格ガイドラインの適用に関するガイダンスも含まれます。

②段階的に全てのルールを国際的な標準ルールに整合させる。これは、対象企業を規模に応じて段階的に拡大していく方法です。

共同報告書によると、②のシナリオがより合理的な選択肢とされています。これは、適用される企業の範囲を、大規模な多国籍グループから、順次、段階的に拡大していくことで、中小規模の多国籍企業グループである納税者は新しいシステム導入への時間的な猶予を得ることができるためです。
今回の共同報告書が正式に公表されたことで、ブラジルの移転価格税制に関する論点が整理されるとともに、20年7月からセーフハーバールールとAPAに関するアンケート調査も実施されており、OECD加盟に向けて大きく前進したと考えられます。

 

Ⅲ アルゼンチンの移転価格税制の動向

20年5月15日アルゼンチンの公共歳入連邦管理庁(Administración Federal de Ingresos Públicos)は公共歳入連邦管理庁一般決議(Resolución General 4717/2020。以下、GR4717)を発行しました。GR4717は、アルゼンチンにおける移転価格税制に関する最新の規則であり、18年12月に終了した会計年度以降の移転価格税制に関するコンプライアンス義務を対象としています。
GR4717では、移転価格税制に関する定義、コンプライアンス義務および期限、運用規則や各種の条件に加え、移転価格レポート(ローカルファイル)およびマスターファイルの作成義務要件やForm 2668と呼ばれる報告書の提出義務が規定されています。なお、国別報告書に関しては17年に定められた規定から変更されていません。
クロスボーダー取引の分析に当たり、移転価格コンプライアンスの一般的なフレームワークに加えて、アルゼンチン会計基準に基づくインフレ調整された会計情報に基づく分析が求められています。また、次の分析に関する規定が設けられています。

  • グループ内のサービス取引
  • 金融取引
  • 無形資産を伴う取引
  • 研究開発活動
  • 国際業務を扱う商社間取引
  • 事業再編

GR4717では、取引規模等に応じて提出書類の義務が異なることから、遵守しなければならない義務を慎重に評価し、報告する必要があります。また、グループ内のサービス取引、グループ内の金融取引および無形資産を伴う取引などについては詳細な分析が必要となる場合があることから、アルゼンチンでビジネスを行う多国籍企業グループは留意が必要です。

 

Ⅳ おわりに

本稿では、南米のうちブラジルとアルゼンチンの移転価格税制の動向を紹介しました。移転価格税制ルールの変更は、現在、南米に子会社等を有する多国籍企業グループや将来の南米投資に影響を与える可能性があることから、今後の動向を注視していくことが重要と考えられます。

参考文献
「Transfer Pricing in Brazil-Towards Convergence with the OECD Standard」
www.oecd.org/tax/transfer-pricing/transfer-pricing-in-brazil-towards-convergence-with-oecd-standard-brochure.pdf

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。