「会計上の見積りの開示に関する会計基準」及び「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の解説

「会計上の見積りの開示に関する会計基準」及び「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の解説


情報センサー2020年10月号 会計情報レポート


会計監理部 公認会計士 髙平 圭

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示制度に関して相談を受ける業務、ならびに当法人内外への情報提供などの業務に従事。2016年から18年の間、金融庁企画市場局企業開示課に勤務し、主に開示制度に関する国内外調査および開示府令改正等の企画業務を担当。

Ⅰ  はじめに

本稿では、企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から2020年3月31日に公表されました、企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、基準31号)及び改正企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬(ごびゅう)の訂正に関する会計基準」(以下、改正基準24号)について解説します。なお、文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 基準31号(会計上の見積りに関する開示)

1. 経緯

16年3月及び17年11月に、公益財団法人財務会計基準機構内に設けられている基準諮問会議(以下、基準諮問会議)に対して、国際会計基準審議会が03年に公表した国際会計基準第1号「財務諸表の表示」(以下、IAS第1号)第125項において開示が求められている「見積りの不確実性の発生要因」について、財務諸表利用者にとって有用性が高い情報として日本基準においても注記情報として開示を求めることを検討するよう要望が寄せられました。
そして、18年11月に開催された第397回企業基準委員会において、基準諮問会議より、「見積りの不確実性の発生要因」に係る注記情報の充実について検討することがASBJに提言されました。これを受けて、ASBJは19年10月に公開草案を公表し広く意見を求め、寄せられた意見を踏まえて検討を行い、公開草案の内容を一部修正し、基準31号の公表に至っています。

2. 概要

(1) 開発に当たっての基本的な方針

基準31号の開発に当たっての基本的な方針は、個々の注記を拡充するのではなく、原則(開示目的)を示した上で、具体的な開示内容は企業が開示目的に照らして判断することとしており、IAS第1号第125項の定めを参考にしています。

(2) 開示目的

財務諸表を作成する過程では、財務諸表に計上する項目の金額を算出するに当たり、会計上の見積りが必要となるものがあります。会計上の見積りは、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出するものですが、財務諸表に計上する金額に係る見積りの方法や、見積りの基礎となる情報が財務諸表作成時にどの程度入手可能であるかはさまざまであり、その結果、財務諸表に計上する金額の不確実性の程度もさまざまとなります。従って、財務諸表に計上した金額のみでは、当該金額が含まれる項目が翌年度の財務諸表に影響を及ぼす可能性があるかどうかを、財務諸表利用者が理解することは困難であるため、会計上の見積りの内容についての情報は、財務諸表利用者にとって有用な情報であると考えられます。
ここで、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目は企業によって異なることから、個々の会計基準を改正して会計上の見積りの開示の充実を図るのではなく、会計上の見積りの開示について包括的に定めた会計基準において原則(開示目的)を示し、開示する具体的な項目及びその記載内容については当該原則(開示目的)に照らして判断することを企業に求めることが適切であると考えられました。
そこで、基準31号は、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスク(有利となる場合及び不利となる場合の双方が含まれる。)がある項目における会計上の見積りの内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することを目的としています(基準31号第4項)。

(3) 開示する項目の識別

① 項目の識別における判断

当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別します。また、翌年度の財務諸表に与える影響を検討するに当たっては、企業が影響の金額的な大きさ及びその発生可能性を総合的に勘案して判断することになりますが(基準31号第5項)、判断のための詳細な規準は示さないこととされています。これは、全ての状況において有用な情報が開示されるような規準を定めることは困難であること、また、会計基準において判断のための規準を詳細に定めなくとも、各企業で行っている会計上の見積りの方法を踏まえて開示する項目を識別できると考えられたことによっています(基準31号第22項)。

② 識別する項目

識別する項目は、通常、当年度の財務諸表に計上した資産及び負債とされています(基準31号第5項)。なお、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるものに着目して開示する項目を識別することとされたことから、例えば、固定資産について減損損失の認識は行わないとした場合でも、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを検討した上で、当該固定資産を開示する項目として識別する可能性があるとされています(基準31号第23項)。
なお、当年度の財務諸表に計上した収益及び費用、並びに会計上の見積りの結果、当年度の財務諸表に計上しないこととした負債、また、注記において開示する金額を算出するに当たって見積りを行ったものについても、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある場合には、これを識別することを妨げないとされています(基準31号第23項)。
一方、直近の市場価格により時価評価する資産及び市場価格の変動は、会計上の見積りに起因するものではないため、項目を識別する際に考慮しないこととなります(基準31号第5項)。

③ 識別する項目の数

企業の規模及び事業の複雑性等により異なると考えられるものの、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別することから、比較的少数の項目を識別することになると考えられるとされています(基準31号第25項)。

(4) 注記事項1-注記内容

基準31号に基づく注記は、独立の注記項目とし、識別した会計上の見積りの内容を表す項目名及び識別した項目のそれぞれについて、次の事項を注記します。

基準31号第7項

(1)当年度の財務諸表に計上した金額

(2)会計上の見積りの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報

これらの事項の具体的な内容や記載方法については開示目的に照らして判断することとされています(<図1>参照)。なお、これらの事項を会計上の見積りの開示以外の注記に含めて財務諸表に記載している場合には、注記の重複を避ける観点から、当該他の注記事項を参照することにより当該事項の記載に代えることができます(基準31号第7項)。

また、基準31号第7項(2)の注記に関しては、例えば、次のようなものがあるとされています。

基準31号第8項

(1)当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法

(2)当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定

(3)翌年度の財務諸表に与える影響

基準31号第8項(1)及び(2)の開示は、財務諸表利用者が当年度の財務諸表に計上した金額について理解した上で、企業が当該金額の算出に用いた主要な仮定が妥当な水準又は範囲にあるかどうか、また、企業が採用した算出方法が妥当であるかどうかなどについて判断するための基礎となる有用な情報となる場合があるとされており、単に会計基準等における取扱いを算出方法として記載するのではなく、企業の置かれている状況が分かるように開示することが、財務諸表利用者にとって有用な情報となると考えられます(基準31号第29項)。
また、基準31号第8項(3)の開示は、当年度の財務諸表に計上した金額が翌年度においてどのように変動する可能性があるのか、また、その発生可能性はどの程度なのかを財務諸表利用者が理解する上で有用な情報となる場合があり、翌年度の財務諸表に与える影響を定量的に示す場合には、単一の金額のほか、合理的に想定される金額の範囲を示すことも考えられます(基準31号第30項)。

(5) 注記事項2-連結財務諸表を作成している場合の個別財務諸表における取扱い

連結財務諸表及び個別財務諸表で同様の取扱いとすることを原則としていますが、連結財務諸表を作成している場合には、個別財務諸表において基準31号に基づく開示を行うときは、基準31号第7項(2)の注記事項について連結財務諸表における記載を参照することができます(基準31項第9項前段)。
また、識別した項目ごとに、当年度の個別財務諸表に計上した金額の算出方法に関する記載をもって基準31号第7項(2)の注記事項に代えることができる簡素化された開示が認められています。この場合であっても、連結財務諸表の記載を参照することができます(基準31号第9項後段)。

(6) 適用時期等

① 適用時期

21年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用となります。ただし、基準31号の公表日以後終了する連結会計年度及び事業年度における年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができます(基準31号第10項)。

② 適用初年度の取扱い

基準31号の適用初年度は、表示方法の変更として取り扱われます。ただし、実務上の困難さの観点から、比較情報に記載しないことができます(基準31号第11項)。

 

Ⅲ 改正基準24号(会計方針の開示)

1. 経緯

18年11月に開催された第397回企業基準委員会において、基準諮問会議より、「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続」に係る注記情報の充実について検討することがASBJに提言されました。これを受けてASBJは19年10月に公開草案を公表して広く意見を求め、寄せられた意見を踏まえて検討を行い、公開草案の内容を一部修正し、改正基準24号の公表に至っています。

2. 概要

(1) 改正基準24号が扱う範囲

改正基準24号は、「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続」に関する注記情報の充実を図ることを目的としていますが、関連する会計基準等の定めが明らかな場合におけるこれまでの実務に影響を及ぼさないために、企業会計原則注解(注1-2)の定めを引き継ぐこととされました(改正基準24号第28-2項)。

(2) 重要な会計方針に関する注記の開示目的

重要な会計方針に関する情報は、財務諸表利用者が財務諸表の作成方法を理解し、財務諸表間で比較を行うために不可欠な情報であると考えられます。このため、改正基準24号では、重要な会計方針に関する注記は、財務諸表を作成するための基礎となる事項を財務諸表利用者が理解するために、採用した会計処理の原則及び手続の概要(どのような場合にどのような項目を計上するのか、計上する金額をどのように算定しているのか)を示すことを目的とすることとされました(改正基準24号第44-2項)。

(3) 関連する会計基準等の定めが明らかでない場合

関連する会計基準等の定めが明らかでない場合とは、特定の会計事象等に対して適用し得る具体的な会計基準等の定めが存在しない場合をいいます(改正基準24号第4-3項)。
現状では、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に、企業が実際に採用した会計処理の原則及び手続が重要な会計方針として開示されているか否かについて実態はさまざまであると考えられるため、企業が採用した会計処理の原則及び手続について、財務諸表利用者が理解することが困難なこともあると考えられます。このような場合に、採用した会計処理の原則及び手続の開示上の取扱いを明らかにして、財務諸表利用者が財務諸表を理解する上で不可欠な情報が提供されるようにすることは有用と考えられます。従って、重要な会計方針に関する注記の開示目的について、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合についても同じであることが示されました(改正基準24号第44-3項)。
なお、開示目的における会計基準等とは、企業会計基準適用指針第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準の適用指針」第5項及び第16項でいう「会計基準等」を指しており、法令等により会計処理の原則及び手続が定められているときは、当該法令等も一般に公正妥当と認められる会計基準等に含まれる場合があるとされています。
また、「関連する会計基準の定めが明らかでない場合」として、以下の事項が例示されています(改正基準24号第44-4項、第44-5項)。

【関連する会計基準の定めが明らかでない場合の例示】

  • 関連する会計基準等が存在しない新たな取引や経済事象が出現した場合に適用する会計処理の原則及び手続で重要性があるもの
  • 対象とする会計事象等自体に関して適用される会計基準等については明らかでないものの、参考となる既存の会計基準等がある場合に当該既存の会計基準等が定める会計処理の原則及び手続を採用したとき
  • 業界の実務慣行とされている会計処理の原則及び手続のみが存在する場合で当該会計処理の原則及び手続に重要性があるとき(企業が所属する業界団体が当該団体に所属する各企業に対して通知する会計処理の原則及び手続が含まれる)

(4) 注記事項

財務諸表に注記する重要な会計方針について、次の例が示されていますが、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができます(改正基準24号第4-5項)。なお、注記の内容は企業によって異なるものであり、各企業が開示目的に照らして判断すべきものと考えられたことから、開示の詳細さ(開示の分量)については特段の定めが設けられていません(改正基準24号第44-7項)。

【会計方針の例】

  • 有価証券の評価基準及び評価方法
  • 棚卸資産の評価基準及び評価方法
  • 固定資産の減価償却の方法
  • 繰延資産の処理方法
  • 外貨建資産及び負債の本邦通貨への換算基準
  • 引当金の計上基準
  • 収益及び費用の計上基準

(5) 未適用の会計基準等に関する注記

未適用の会計基準等に関する注記の定めは、従来は会計方針の変更の取扱いの一部として定められていましたが、専ら表示及び注記事項を定めた会計基準等も含め、いまだ適用されていない新しい会計基準等全般に適用されることを明確化するための改正が行われました。なお、専ら表示及び注記事項を定めた会計基準等については、新しい会計基準等の適用による影響に関する記述は要しないとされています(改正基準24号第22-2項)。
なお、ASBJは、当該注記について、本改正の趣旨を鑑み、改正基準24号の公表後、適用までの間においても、改正基準24号第22-2項を類推適用し、次の事項を注記することが適切と考えられるとしていますので、留意が必要です(改正基準24号「公表にあたって」参照)。

(1)本会計基準の名称及び概要

(2)適用予定日に関する記述

(6) 適用時期等

① 適用時期

21年3月31日以後終了する事業年度に係る財務諸表から適用されます。ただし、公表日以後終了する事業年度の年度末に係る財務諸表から適用することができます(改正基準24号第25-2項)。

② 適用初年度の取扱い

改正基準24号を適用したことにより新たに注記する会計方針は表示方法の変更には該当しませんが、これを新たに適用したことにより、関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続を新たに開示するときには、追加情報としてその旨を記載することとなります(改正基準24号第25-3項)。

「情報センサー2020年10月号 会計情報レポート」をダウンロード


情報センサー
2020年10月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。