情報センサー

AIというバーチャルおかんとの付き合い方


情報センサー2020年4月号 EY Advisory


EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)
吉田尚秀

医学部を卒業後、外資戦略コンサルティングファーム、外資組織人事コンサルティングファーム等を経て現職。組織人事コンサルタントとして国内外企業のタレントマネジメントや人事評価・報酬等の仕組み設計支援に数多く従事。分析的・科学的アプローチに精通したバックグラウンドを豊富なコンサルティング経験と掛け合わせることで人事領域におけるビッグデータやAIなどの先端技術活用をリードしている。シニアマネージャー。

Ⅰ  はじめに

先々月(2020年1月)、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)では「JEFTY」というAIを開発・導入しました。まずは自然言語処理でテキストデータを分析させることからスタートしており、従来分析したくてもしきれなかった言語系の膨大な従業員情報、例えば評価コメントや設定目標、アンケートの自由回答等の分析を通じ、コンサルティング業務の後方支援に就いています(非言語情報にもいずれは拡大させる予定です)。このAI開発経験を基に、本稿では(かなり一般的な論と異なるかもしれませんが)思い切って新しい角度から「2020年におけるAIとの付き合い方」を紹介します。

 

Ⅱ  「Mother」を目指し「おかん」を作っている現状

AIと言うとSF映画でよく見かける、全てをつかさどる(あるいは牛耳る)「Mother」を想像される方もおられるでしょう。これは天の父に対し地の母という考えから来た名前で、平易に言えば、絶対的に正しい完全無欠なAIが、あらゆる情報を管理し、そこから人智を超えた新しい価値を生み出すようなイメージです。
誤解がないように先に述べておきますが、AIを作る側の人間は多かれ少なかれこの「Mother」を目指しています。さすがに今の段階で全ての領域をカバーすることは難しいかもしれませんが、それでもやはり狙った領域では「できる限り間違わない」「人よりも優れた結論を導き出す」ものを目指しています。そんな大それたことは...と言う開発者もいるかもしれませんが、それでもAIを出せば必ず精度が問われる現状からもこの目標設定は不可避と言えます。無論、それは弊社の「JEFTY」も同じです。
しかし実際にAIを作ってみると、母は母でも「おかん」だというのが筆者の(20年時点での)実感です。まず、人が気付かないところを探ろうとすると深層学習(ディープ・ラーニング)が有力ですが、深層学習を使うと「なぜそういう結論に至ったか(何と何をどうつなぐとそう考えられるのか)」という判断根拠がブラックボックス化していきますし、疾病など白黒評価できる領域を除いて精度判断も難しくなります。最近話題の説明可能なAIでいずれ解消するかもしれませんが、少なくとも現時点では与えた課題に対してAIが「経緯がよく分からない仮説」をポンポン出してくるようになる、とお考えください。まさに、井戸端会議やワイドショーなど、出所の定かでない情報から「それにはナントカが効く」と言い出すおかんのようなものです。
そして、お節介です。「それはさすがに分かっているよ」というところから、「いや、そこまで求めていないんだけど」というところまで、指示しない限り何から何まで言い続けてきます。あなたのためと追いかけまわしてお小言を並べ立てる様子は、まさにおかんとしか言いようがありません。加えて無邪気です。教えたこと、指示したことは理解しますが、それ以外は人間にとってどんなに常識的なことでも知りませんし、知ろうともしません。好きな男性アイドルやにわかに話題になったラグビー選手は趣味や癖まで知っているのに、サッカー選手は全部同じに見えるおかんなわけです。
現在、世に出ている全てのAIが同じである、と断言するわけではありませんが、いずれも技術的な話ですので、多くのAIはこのような状態だろうと推察されます。シンギュラリティ※が実現すれば「Mother」に進化するかもしれませんが、少なくとも2020年時点ではAI≒おかん説が濃厚でしょう。完全性を求めるのであれば、今はまだRPA等の自動化に分があります。

 

Ⅲ おかんAIの良さ(付き合い方)

今のAIがおかんだからといって使えないわけではありません。ユーザーのためにとさまざまなお節介を焼く様子はたまに鬱陶(うっとう)しいですが、全知全能の神よりはるかに身近ですし、そういうものと思って付き合えば多くのメリットもあります。幾つか例を挙げましょう。

1. 情報ハブになってくれる

同じ仕組みを使う分析を異なるデータでも行おうとした場合、データや仕様の共有は結構手間がかかりますが、おかんAIに放り込んでおくと勝手に共有してくれます。セキュリティ面から直接共有できないこともありますが、ローデータの共有を禁止しても、例えばそのデータから学習した学習済みエンジン、というものであれば知見だけを共有することも可能です。

2. たまに良いことを言う

常に良いことを言う方が望ましいのは明らかですが、それを差し引いても使えます。例えば弊社で大量の採用評価文を「JEFTY」に読み込ませてみたところ、複数ある評価項目のうちの特定の項目にコメントが偏っているという結果が得られました。思ってもみない、あるいは表立って問題視されていないところから時々こういう気づきを与えてくれるのは、おかんAIの良いところです。見る目が増えればそれだけ新しいものが出る可能性も増えるので、そこにいるおかんAIを議論の輪に加えない手はありません。

3. ちょっとしたことなら追加で頼める

「もうちょっとこうしておいて」とか、「それはこういう風に整理して」「こういうグラフで可視化して」というような雑用処理は、追加で指示しておけば嫌な顔をすることなくこなしてくれます。確かに、全部おかんAIにやらせると非効率なこともありますが、残業時間を気にすることなくいつでも依頼できるヘルパーさん的に捉えるととても使えます。

 

Ⅳ おかんAIが苦手なこと(付き合わせ方)

おかんAIには苦手領域もありますので、何かをやらせる際に留意すべき点としてこちらも代表的なものを紹介します。

1. 無限

「正解がなく、かつ選択肢が無数に出せる」無限タスクは、おかんAIの苦手業務の代表例です。アイデア出しや目的のない探索、課題仮説を立てるなど、人がやれば無数にできる業務が該当します。これをそのまま渡してしまうとおかんAIが無限稼働してしまいますので、「終了条件を考える」等のひと手間でも人間が担当し、有限世界に置き換えた上で渡しましょう。

2. データ不足

データ・情報がないところからゼロベースで考えることもおかんAIにはできませんので注意が必要です。ただ、ここは筆者としてはデータ蓄積で乗り越えられる可能性を感じています。新規事業のアイデア等、社内に情報がないことでも社外のどこかには情報がある可能性があります。そういう情報を探す、あるいは作る(複数社で情報シェアの仕組みを作ってしまう等)ことで解消できるかもしれません。

 

Ⅴ おわりに

いかがでしたか。昨今、AIと人間とを比較してどちらが優秀とか、AIに仕事を奪われるとか、そういう論調が多いですが、少し違う角度からAIを眺めると、また別のAI活用スタイルが見えてくるのではないかと思います。作り上げるところは苦労もありますが、一度作ればかなり応用は効きますので、ぜひ皆さまもおかんAIをお手元に迎えてみてはいかがでしょうか。

※シンギュラリティ(技術的特異点):AIが人間の知能・知性を超越し、独自に価値創出を行い始めるタイミングのこと。

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2020年4月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。