EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
会計監理部 公認会計士 髙平 圭
品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに当法人内外への情報提供などの業務に従事している。
本稿では、2019年3月19日に金融庁より公表されました「記述情報の開示に関する原則」(以下、開示原則)及び「記述情報の開示の好事例集」(以下、好事例集)の内容について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
18年6月に公表された「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(以下、DWG報告)の提言を受けて、19年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が公布・施行され、有価証券報告書の記載内容について改正が行われました。本改正により、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」などの記述情報について、より充実した開示が求められることとなりました。
DWG報告では、有価証券報告書の開示内容について、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促すため、開示内容や開示への取り組み方についての実務上のベストプラクティス等から導き出される望ましい開示の考え方・内容・取り組み方をまとめたプリンシプルベースのガイダンスを策定すること、また、わが国全体の開示内容の充実を図るため、開示に関するルールやプリンシプルベースのガイダンスの整備に加え、一部企業のベストプラクティスを全体に浸透させるための取組みを行うことが必要であるとの提言がなされました。このような背景のもと、有価証券報告書の記述情報の開示の充実を図ることを目的として、金融庁より、19年3月19日に開示原則および好事例集が公表されました。
(<図1>参照)
開示原則においては、財務情報以外の開示情報である、いわゆる「記述情報」について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取り組み方がまとめられています。その中でも、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業との深度ある建設的な対話につながる項目とされている経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、リスク情報を中心に、有価証券報告書における開示の考え方等を整理することが目的とされています。なお、開示原則は、新たな開示事項を加えるものではないとされています。また、開示書類の作成・公表に関与する者(例えば、経営者、作成事務担当者、IR担当者等)には、開示原則に沿った開示が実現しているか、自主的な点検を継続することが期待されており、開示原則は投資家と企業との対話の際にも利用されることが有用と考えられます。
開示原則は、公表後に作成される有価証券報告書について適用されるものと考えられます。なお、「Ⅱ.各論」における「法令上記載が求められている事項」の記載は、19年1月31日に公布・施行された改正後の「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、開示府令)により記載が求められる事項を示しており、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」「事業等のリスク」の記載については、それぞれ改正後の開示府令の適用時期※に合わせて開示原則に従った対応が必要になるものと考えられます。
開示原則は、「Ⅰ. 総論」において、企業情報の開示における記述情報の役割や記述情報の開示に共通する事項についての原則が定められています。また、「Ⅱ. 各論」においては、有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」の項目ごとに、法令上記載が求められている事項をもとに、企業が有価証券報告書の作成に当たり考慮すべき開示の考え方及び企業が望ましい開示に向けて取り組むべき内容が示されています。
(<表1>参照)
記述情報は、財務情報を補完して投資家による適切な投資判断を可能とするのみならず、投資家と企業との建設的な対話が促進されることで企業の経営の質を高めるができ、企業が持続的に企業価値を向上させる観点からも重要とされています。企業は記述情報及びその開示のこのような機能を念頭においた上で、充実した開示をすることが期待されています。
有価証券報告書における記述情報のうち、特に、経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、リスク情報は経営判断と密接に関係しているため、経営に係る決定が行われる取締役会や経営会議における議論を適切に反映することが重要とされています。また、経営者が開示書類作成の早期から開示内容の検討に積極的に関与し、開示についての方針を社内に示すことや、開示に携わる関係部署の適切な連携のための体制の構築が求められています。
記述情報の開示については、重要性という評価軸を持つことが求められています。各課題、事象等について企業価値や業績等に与える影響度を考慮し、その重要性に応じて説明順序等を工夫することが望ましいとされています。記述情報の開示に当たっての重要性は、投資家の投資判断にとって重要であるか否かという観点から判断するべきと考えられ、経営者の視点による経営上の重要性も考慮した多角的な検討を行うことが重要と考えられています。また、経営者が重要性を判断したプロセスを説明することも有益と考えられています。
記述情報は、投資家に対して企業全体を経営者の目線で理解し得る情報を提供するために適切な区分で開示することとされており、財務情報における報告セグメントごとの開示だけでなく、必要に応じて、経営方針・経営戦略等の説明に適した区分(事業セグメントや地域セグメントなど)の情報を開示することが有用とされています。
記述情報は、その意味内容を容易に、より深く理解することができるよう、分かりやすく記載することが期待され、決算説明資料や年次報告書における図表、グラフ、写真等の補足的なツールを用いたり、前年からの変化を明確に表示したりするなど、投資家の分かりやすさを意識した記載が期待されています。
経営方針・経営戦略等の記載においては、経営環境についての経営者の認識の説明を含め、企業の事業内容と関連付けて記載することが求められています。経営方針・経営戦略等は経営判断の根幹となるものであり、開示に当たっては、経営者が作成の早期の段階から関与することや取締役会や経営会議における議論を適切に反映することが期待されています。また、セグメント別の経営方針・経営戦略等の開示や経営環境についての経営者の認識も併せて説明されることが望ましいとされています。
事業上及び財務上の課題の重要性を明らかにするために、経営方針・経営戦略等との関連性の程度や重要性の判断等を踏まえて記載することが求められています。また、当該課題決定の背景となる経営環境についての経営者の認識を説明することも考えられるとされています。
KPIを設定している場合には、その内容として、目標の達成度合いを測定する指標、算出方法、なぜその指標を利用するのかについて説明することや、合理的な検討を踏まえて設定された経営計画等の具体的な目標数値を記載することが考えられるとされています。なお、Non-GAAP指標(企業独自の会計ルールに基づく業績指標)を開示する場合には、類似する会計基準に基づく指標との差異を説明するなど、投資家に誤解を与えないような記載とすることが望ましいと考えられます。
事業等のリスクの開示は、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している主要なリスクについて、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載することが求められています。開示に当たっては、一般的なリスクの羅列ではなく、投資家の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を具体的に記載することが求められています。
経営成績等の状況の分析の開示においては、経営者の視点による分析・検討内容を具体的に、かつ、分かりやすく記載することが求められています。単に財務情報の数値の増減を説明するにとどまらず、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、当期における主な取組み、当期の実績、増減の背景や原因についての深度ある分析、その他当期の業績に特に影響を与えた事象について、認識している足許の傾向も含めて、経営者の評価を提供することが期待されています。また、KPIと関連付けた開示を行うことが望ましいとされています。
動性に係る情報(開示原則Ⅱ. 3-2.)
資金需要の動向に関する説明に当たっては、企業が得た資金をどのように成長投資、手許資金、株主還元に振り分けるかについて経営者の考え方を記載することが有用であるとされています。成長投資への支出については経営方針・経営戦略等と関連付けて説明すること、また、株主還元については配当政策など他の関連する開示項目と関連付けて説明することが望ましいとされています。資金調達の方法については、資金需要を満たすための資金が営業活動によって得られるのか、銀行借入、社債発行や株式発行等による調達が必要なのかを具体的に記載することが考えられるとされており、資本コストに関する企業の定義や考え方についてもこれらの内容とともに説明することも有用とされています。
重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、それらと実績との差異などにより企業の業績に予期せぬ影響を与えるリスクがあり、経営者がどのような前提を置いているかということは経営判断に直結する事柄と考えられるため、これらの開示については経営者が関与して充実した開示が行われることが重要であるとされています。
金融庁は、投資家・アナリスト及び企業による開示の好事例(ベストプラクティス)収集のための勉強会を開催し、投資家等からの望ましい開示に関する意見や紹介された開示例をもとに、好事例集をとりまとめました。好事例集では、開示原則の各論における各原則に対応する形で、企業が充実した開示を行うための参考となる開示例及び好事例として着目したポイントが示されています。この好事例集は随時更新が行われるとともに、必要に応じて開示原則に反映していくことにより、開示内容全体のレベルの向上を図ることが予定されています。
セグメントごとの経営環境の記載や、財務情報におけるセグメント単位より詳細な経営方針・経営戦略等の説明に適した単位で記載している等の好事例が紹介されています。
個々の重要な投資案件の潜在的なリスク、事業等のリスクの性質ごとの分類について分かりやすく記載している例や、事業等のリスクの把握及び管理方法を記載している例が紹介されています(p. 2-1、p. 2-6、p.2-13)。
財務情報におけるセグメント単位に加え、経営方針・経営戦略等の説明に適した単位で記載している例や、重要と考える主要財務項目について、過去数年の実績の趨勢を記載している例が紹介されています(p.3-2、p. 3-10)。
成長投資、手許資金、株主還元の方針と、資金需要に対する資金調達の方法や設備投資の水準についての経営者の考えの記載や、今後の実質フリー・キャッシュ・フローや株主還元の目標水準及び株主資本コストの目標水準を記載している例が紹介されています(p. 4-3、p. 4-4、p. 4-5)。
見積方法と使用した仮定について、中期計画や経営戦略との関連付けや、実績が見積りと乖離(かいり)した程度や見積りの正確性について記載している例が紹介されています(p. 5-1、p. 5-5)。
※ 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等、経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析、事業等のリスクについての改正後の規定は、20年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用される。ただし、19年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から改正後の規定に沿った記載をすることも可能とされている。