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英国EYの会計・開示制度研究-長期的企業価値に関する会計とレポーティング-


情報センサー2019年新年号 JBS


ロンドン駐在員 公認会計士 宮川 朋弘

当法人シニアパートナー。2016年よりEYロンドンオフィスへ駐在し、英国およびアイルランドにおける日系企業向けサービスを統括するとともに、欧州・中東・アフリカ・インド地域における駐在員代表を務める。


Ⅰ はじめに

英国Ernst & Young (以下、英国EY)は、企業の長期的価値に関する会計とレポーティングに関する報告書を2016年に公開し、現行の会計ならびに開示制度の問題点を指摘するとともに、その課題を補完・改善するためのフレームワーク創設の必要性に関する提言を行いました。その後、英国EYは、英国における公開企業、投資家、規制当局ならびに学術研究機関が参加するプロジェクトを展開し、現代における会計とレポーティングに対する意見発信を継続しています。本稿では、前記の英国EYの提言内容を中心に紹介します。

 

Ⅱ 問題の所在と課題に対する提言

企業開示に関しては、英国における制度としては戦略報告書、そして全世界的な取り組みとしては統合報告において企業の価値創造能力に関する記載の充実を図る試みがなされていますが、以下の4点が依然として課題であると認識しています。


① 会計上の利益と株主価値増大の認識のタイミングのずれ
② 認識および測定されない企業価値の源泉の存在
③ 環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する開示の適正性の向上
④ 開示情報量の増大に反比例する分かりにくさ


1. 会計上の利益と株主価値増大の認識のタイミングのずれ

一般に認められた会計基準においては将来利益を報告対象にしていないため、会計上の利益として認識されない企業価値の増大が報告されません。一方、企業の長期的価値の増大につながる価値創造過程への取り組みとその効果について十分に報告する制度がないことから、客観的な指標として会計上の利益を重要視する投資家は少なくない状況にあります。

提言1:企業価値の増大に関する情報開示を行う新たなレポーティングの仕組みの開発

会計上の利益のみでは把握できない企業価値の増大に関する情報を開示する仕組みが必要です。例えば、企業の投資対象に関する情報、投資の経営戦略との関連、将来の収益貢献への期待といった内容を提供する仕組みを整備する必要があります。

2. 認識および測定されない企業価値の源泉の存在

産業革命以降、機械設備投資がビジネスの成長のために最も重要であった時代においては、それらへの投資額が企業価値の主要素であり、かつ支出額を基準に投資を測定した結果計算される会計上の利益は、過去において企業価値の増大に関する有用な情報として利用されてきたと言えます。一方、現代においては知的財産や技術的優位性、人材、ブランドその他の無形資産の価値が企業価値の最も重要な企業価値の要素となっていますが、それらの価値の増加を支出額のみで測定することは困難です。

提言2:企業の目標達成に向けた取り組みに関する情報提供

企業価値は競争優位性を創り出すことによって増大すると考えた場合、競争優位性の源泉であること、有価値であること、希少であること、模倣が難しいこと、代替物がないことに関する情報の提供が必要となります。しかし、これらに関する詳細で具体的な情報は非常に秘匿性が高く公開になじまないことから、現時点では多くの企業が、一般化された開示に留めています。ただし情報化が進展することで、これらの情報は現代においてはある程度、そして今後はより入手可能となることが予測されており、秘匿性の維持に関して、企業はこれまでよりは厳格に考えることがなくなるかもしれません。
一方、企業が競争優位性を創出・維持しているかどうか判断するに当たっては、関連する活動について企業がどのような意思決定をしているか、またはその活動が戦略に適合したものか、といった情報が有用です。そのため、例えば選択した投資と選択しなかったトレードオフの関係にある投資についての意思決定や優先順位付けの情報開示を行うことなどが有効であると考えられます。

3. 環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する開示の適正性の向上

投資家および規制当局の関心が高まっているため、適切な対応ができない企業は利害関係者からの信頼を喪失するリスクに直面しています。

提言3:多くの利害関係者に有用な情報開示を提供

昨今、会計上の利益以外に重要な関心を持つ利害関係者への情報提供が重要になってきています。そのためには正確かつ大量の情報の収集、集計が必要になりますが、データ処理技術の進展を効果的に利用することが重要です。また多くの利害関係者からのプレッシャーに対応することは、長期的な企業価値の維持、増加につながります。

4. 開示情報量の増大に反比例する分かりにくさ

開示基準の改正およびその他の規制による新たな要請などにより、開示情報は継続して増加傾向にある一方、企業価値を理解する上で理解しやすい情報を提供しているとは必ずしも言えない状況にあります。

提言4:簡潔なレポーティング

企業価値の増大に関する情報を適切かつ簡潔に伝達するためには、当該価値の増大に密接に関係する「戦略的資産」(利害関係者の要求目標を達成するために企業が維持、強化する組織的能力やリソースの総体)に関する情報の提供に焦点を当てることが肝要です。

 

Ⅲ 長期的企業価値モデル

前記の4点の課題に対する提言を実行に移す上で、新たなレポーティングフレームワークとして「長期的企業価値モデル」の導入を提案しています。当該長期的企業価値モデルにおいては、以下の要点を実現するものとして開発することを検討しています。

  • 長期的価値の創出の状況とその進展について主要な利害関係者に情報伝達することに焦点を当てる
  • 企業の社会的存在としての目的やビジネス戦略との適合状況を報告する
  • 企業価値に関する本質的情報を利害関係者に伝達する一方、その他の開示情報量を削減する
  • 企業価値に関する新たなレポーティングに必要なデータの保証を提供する
  • 無形資産、戦略的資産、統合レポートといった新たなレポーティングに関する研究成果を活用する

なお、戦略的資産は長期的企業価値の創出、維持に直接影響する最も重要な要素であるため、その開発、維持、展開に関する情報をレポートの重要な開示要素と考えています。

 

Ⅳ おわりに

16年の報告書を公開した後、英国EYは投資家、企業を交え継続して協議を実施しています。当該プロジェクトは、初回会合の開催地にちなみエンバンクメント・プロジェクトという名称で継続しており、参加団体も30社を超えるまでに拡大しています。

<参考>
公表されました報告書を含め、プロジェクトに関する情報は英国EYのウェブサイトで閲覧可能です。
ey.com/en_uk/long-term-value


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