EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
FAAS事業部 CCaSSグループ 川原 千明
当法人に入所後、環境およびCSRに関するコンサルティング業務に従事。ESG評価向上、ESG情報開示支援、CSR・環境マネジメント、サステナビリティ報告保証業務といったサービスを幅広い業種のクライアントに提供している。経営学博士。
昨今、豪雨やハリケーン、台風といった自然災害が地球規模で増加しており、その影響は企業にとっても無視できないレベルにまで拡大しています。例えば、この夏、西日本を中心に起きた記録的な集中豪雨は、交通や水道といった各地のインフラに大きな打撃を与え、企業活動にも生産停止やサプライチェーンの寸断、設備の破損といった被害をもたらしました。
このように激甚化する自然災害の一因と推測されているのが、地球温暖化です。地球温暖化とは、温室効果ガスに起因する地球の平均気温上昇という現象であり、国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)によると、今世紀末にはさらに0.3℃~4.8℃の範囲で上昇するとされています。この気候変動に伴うさまざまなリスクが懸念されており、世界経済フォーラムがダボス会議の開催に合わせて毎年公表している「The Global Risks Report」の2018年版でも、発生可能性が高く、かつ負のリスクとして上位五つの中に挙げられています(<表1>参照)。
このように、気候変動に関連するリスクの重要性は世界的に高まっており、投資の世界においても気候変動リスクに関する情報開示を企業に求める機運が高まっています。
こういった動きを背景に、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Climate-related Financial Disclosure:TCFD)による提言が17年6月に公表されました。
前述したとおり、急速に高まる気候変動リスクは投資行動にも影響を及ぼしています。具体例として、座礁資産を懸念した投資引き揚げ(ダイベストメント)の動きが挙げられます。座礁資産とは、市場環境や社会動向の劇的な変化によって価値が大きく毀損(きそん)し、投資資金が回収できなくなる資産を指します。気候変動対応としてゼロ・カーボンの実現が求められる社会では、温室効果ガスを排出する化石燃料に関わる資産は価値が無くなってしまうため、座礁資産に該当します。このため、世界各国で次々と年金基金や金融機関が投資を引き揚げ始めています。日本でも、生命保険業界を中心に同様の動きが起きています。
このように、企業の気候変動への対応が投資意思決定を左右し得る状況を踏まえ、TCFDは、整合性のある「金融市場が気候変動リスクを理解する一助となる開示」の提示を目指し、G20の財務大臣・中央銀行総裁会合コミュニケの要請を受けた金融安定理事会(Financial Stability Board:FSB)によって15年に設置されました。
1年半あまりの検討の後、17年にTCFDが公表した提言は、FSBを通じて同年のG20サミットに報告されました。
提言の大きな特徴として、以下が挙げられます。
① 対象は債券、株式の発行主体全てとなり、企業のほか、公的/民間年金基金、財団も含む。
② 金融セクターおよび一部の高リスク非金融セクター(エネルギー、運輸、材料・建築、農業・食品・木材製品)に対してはセクター向け補助ガイダンスが提供されており、より具体的な実践が求められる。
③ 気候変動に関するリスクと機会の開示を求めている。気候変動リスクは、移行リスクと物理リスクに分類される。
④ 財務書類における開示を求めている。このため、開示情報には適切な内部統制・品質管理が求められる。文章
⑤ 先見性のある情報をステークホルダーに提供するため、気候変動によって自社がどのような影響を受けるのか想定し得るシナリオを、長期的に分析することが推奨されている。
TCFDは、気候変動に関するリスクと機会の特定および管理を既存のリスクマネジメントシステムに組み込むことの重要性を強調しており、<図1>のような概念図を示しています。
また、TCFDの提言は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」から構成されており、それぞれのテーマにおいて開示すべき情報が示されています(<表2>参照)。
このように、気候関連リスク・機会を経営の中核要素に組み込んで報告していくことで、株主・投資家は気候変動が企業にもたらす財務的インパクトの内容とボリューム、そして企業がどのようにそれを把握し、経営の中で管理しているのかを知ることができます。
18年8月時点において、390を超える企業および政府・国際機関等が、TCFDへの賛同を表明しています。このうち、日本は金融企業11社、非金融企業12社、政府機関等3団体という状況です。
TCFDは、賛同表明企業数を500社に拡大する目標を掲げ、キャンペーンを展開しています。おそらく、近い将来この目標はクリアされるだろうという勢いで、賛同表明企業は増えています。
TCFDの提言が示すフレームワークに即した情報開示を実現するためには、既存のガバナンスやリスクマネジメントプロセスの変更を伴うため、時間や人材を含むさまざまなコストを要します。しかし、気候関連リスク・機会は、社会・環境要因を配慮したESG投資や社会的責任投資SRIにとどまらず、メインストリームの投資家においても重視されるファクターとなっています。この流れは、低炭素社会への移行が進むにつれ、ますます強まることが予想されます。来たる将来に備え、先行した着手が望まれます。