EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
オペレーショナル・リストラクチャリング 中山 貴司
事業再生や組織再編などのアドバイザリー業務を手掛ける。これまで、事業会社の海外事業戦略に関する意思決定やガバナンス構築、業務効率化などに関する助言やプロジェクトマネジメント業務を提供。前職では、外資系保険会社において国内グループ会社のキャピタルマネジメント部を統括し、事業計画の作成、再保険戦略の構築などに従事。2015年より一般社団法人日本CFA協会 理事。
企業経営を考える上で、テクノロジーのさまざまな活用方法が注目されています。本稿では、経営者が意思決定を行う際のテクノロジー、特にアナリティクスの活用メリットを考えてみたいと思います。
企業買収、組織再編、事業計画といった重要な経営の意思決定を行うため、議題の担当者には、事前に十分な分析を行い、経営判断に資する討議資料を作成・報告することが求められます。経営者はそれぞれの立場で、こうした議題の是非を判断するために、その資料には記載されていないことも質問します。例えば、企業買収の議論の場において「もし原油高が進行した場合には、買収対象企業の業績見通しはどの程度変わるのか」といった「もし○○だったら」という質問はよく尋ねられます。担当者は「次回報告します」と答え、会議の後にデスクに戻り、同僚と協議を行い、追加分析を行い、討議資料を作成し、次の会議での時間の確保を事務局にお願いすることでしょう。数週間後に開催される会議に臨んだ担当者は、前に質問されたことを振り返り、その質問に対する回答を説明します。追加分析を見た経営者はその内容に満足しますが、一息ついた担当者に次の質問をします「ところで、この資料では事業部門別に示されていますが、これを通貨別に示せますか」。
前記のような状況は、ある特定の会社のみに存在するものではなく、多くの組織で類似の話が聞かれます。担当者の立場としては、こうした議論の「繰り返し(Iteration)」によってやるべきことが増えてしまうので、結論はどうであれ決めて欲しいというのが率直な意見ではないでしょうか。
一方、決定事項に責任を取る経営者の立場は異なります。腹落ちする意思決定のためには、想定がどの程度実際から乖離(かいり)し得るのか、それをもたらす要素は何か、それが発生する可能性はどの程度かを考え、そうしたリスクは経営者として享受できるものなのかを見極めた上で、最終的な判断を行います。これを行うには、「もし○○だったら」という質問は有効であるために、この種の質問は重要な意思決定の場で良く聞かれるのです。つまり、十分な情報に基づく質の高い意思決定のためには、質疑応答の「繰り返し」が不可欠になります。もっとも、1回の質疑応答に数週間を要すると「繰り返し」が増え、意思決定のスピードは遅くなります。こうしたジレンマを解消する手段の一つがアナリティクスの活用になります。
意思決定にアナリティクスを活用することで、どのようなメリットが生まれるのかを考えてみましょう。<図1>は、「もし○○だったら」という質問の「繰り返し」回数と、意思決定に要する時間の関係を示した概念図です。「繰り返し」が多くなればなるほど、意思決定までの時間がかかります。例えば、ある企業の現状がL1で示されるとします。この線上のどこに位置するのかは議題の性質や経営者の性格、企業の文化等で決められると考えられます。例えば、時限性のある資金繰りに関する意思決定であれば左下(B)に、中長期の経営計画の決定であれば右上(A)に位置します。意思決定に際して勘と経験を重視する経営者であれば左下の方へ、情報を重視する経営者であれば右上へ偏るとも考えられます。
アナリティクスを有効に活用することで、この線は下方にシフトすると考えられます(L1からL2)。これによって、数多くの「繰り返し」が必要な議題の意思決定に要する時間は短くなります(AからA')。また、時間制約の強い議題でも、限られた時間の中でより多くの「繰り返し」が可能となり、意思決定の質も向上すると考えられます(BからB')。
冒頭の例では、一つの質疑応答に数週間かかっていましたが、アナリティクスを活用し質問を受けたその場で答えとなる分析を示すことによって、一度の会議でより多くの「繰り返し」を行えるようになります。その結果、意思決定に必要な会議の回数は減少し、より迅速な意思決定が可能となります。
より少ない議論の場で、より質の高い意思決定を行うためには、そこで活用するアナリティクス・ツールに少なくとも以下の三要件が求められます。
① 広範囲かつ細かい粒度のデータへのアクセス
特定の分析に必要なデータしか収集していない場合には、アナリティクス・ツールがあったとしても、経営者からの質問に「データ不足のため提示不能」という回答となってしまいます。こうした状況を回避するためには、事前に広範囲かつ細かい粒度のデータを収集し、アナリティクス・ツールがそうしたデータにアクセスを確保していることが必要となります。
② フォーワードルッキングな分析手法
意思決定のためには過去どうだったのかという情報はもとより、将来どのようになりそうなのかという情報も必要となります。シナリオ分析のように、将来の絵姿を示す分析を数秒で実施する機能が求められます。
③ 柔軟なディスプレー機能
見た目のわかりやすさに加え、「今映しているチャートを商品分類から地域ごとに変えみて」といったリクエストに数回のクリックで対応する機能が求められます。
一般的に普及している表計算ソフトは、意思決定の際に参照できる情報量を飛躍的に増加させましたが、前記の要件を十分には満たしているとは言えません。今まさに、前記の要件を備えたアナリティクス・ツールが次の変化をもたらそうとしています。
事前に準備された分析に基づく会議をスタティック(静的)な会議とすれば、質問に対してその場で分析を示して答えていくというスタイルはダイナミック(動的)な会議ということができます。ダイナミックな会議は一部ではすでに始まっています(<表1>参照)。今後もこうした動きが継続し、ダイナミックな会議が経営の意思決定の質を向上させてゆくと考えられます。