情報センサー

デジタルトランスフォーメーションとは何か


情報センサー2017年8月・9月合併号 マーケットインテリジェンス


企業成長サポートセンター 東大野恵美

通信事業者など企業の情報システム部門にて基幹系業務システムの企画開発に10年以上従事。2007年、当法人入所。マーケッツ本部にてテレコム、テクノロジーを中心に経済・産業動向および企業の調査分析を担当したのち、17年7月より現職。情報処理技術者ITストラテジスト、PMP(プロジェクトマネジメントプロフェッショナル)、CISA(公認情報システム監査人)。


Ⅰ  はじめに

本誌で筆者は過去2回(2015年6月号・17年2月号)、デジタルトランスフォーメーション(DX)に触れてきました。DXをめぐる議論は引き続き深化を続けていますが、本稿ではあらためてDXの定義を確認しておきたいと思います。
 

Ⅱ   幸せな暮らしのためのデジタルトランスフォーメーション

DXの定義についてはさまざまありますが、古くは04年、英国で開催された情報処理国際連合※1(IFIP)のカンファレンスにおいてスウェーデンのStolterman教授が発表した論文があります。この論文は、情報システムと企業、人々の暮らし、社会との関連性に関する概念を提案するもので、情報技術があらゆるものから不可分になってきている今日の現象をDXと名付ける、としています※2。そして多くの人々の関心事が「good life」にある以上、DXはその実現を助けるものでなければならないとしています。
世界経済フォーラムは17年、人工知能(AI)や自動運転、ビッグデータなどの技術によってあらゆる産業にDXが起き得ることを示した白書を公表し、各業界における事例紹介とともにデジタル化がもたらす経済価値を推計しています。DXはまた、日本の重要課題である地方創生にも影響を及ぼし得るでしょう。農林業のDXによる生産性向上・利益率改善も期待されています※3
 

Ⅲ DXは本当に注目されているのか

手元のデータベースを使って「D i g i t a l Transformation」という言葉の利用例を調べると、最も古いものでは90年、CDプレーヤーの利便性を伝えるニューヨークタイムズ紙のコラムがあります。その後DXの出現頻度は04年ごろから徐々に増え始め、特に14年から急速に増えています(<図1>参照)。小売業界ではこの頃からオムニチャネルが注目を集め、14年にはドイツ政府がインダストリー4.0を公表しています。そうした中、DXへの注目度も大きく高まってきたようです。


図1 「Digital Transformation」が含まれる記事の数

Ⅳ DXによる経済的現象

アナログレコードからCDへ、フィルムからデジタルカメラへといった変化はデジタル化(digitalization)であり、アナログ信号からデジタル信号への変換はデジタル変換(Digital Convert)です。ここで「そもそもデジタルとは」と始めてしまうとかえって分かりにくくなってしまうので省きますが、写真や音楽のデジタル化によって、カメラや音楽プレーヤーといったプロダクトとその製造者は変革を余儀なくされ、対応が遅れた企業は経営危機に直面することとなりました。
また、デジタル化によって複製や加工、流通、探索といった処理が、従来に比べ大幅に安価に実現できるようになりました。デジタル化された情報はインターネットという通信基盤を通じて容易に拡散・収集できるようになりました。ストレージ技術の発展や半導体の性能向上、通信速度の向上などによりクラウドサービスの時代がもたらされ、SNSの登場は人同士のつながりさえもデジタル化しました。こうしたデジタル情報とその基盤システムには、利用者数の増加が価値の向上につながる「ネットワーク効果」と「深さの経済」※4が働くため、より多くの利用者を集めることに成功したプレーヤーがすべてを得るという現象を引き起こしました。他方、複製や流通の容易さによってもたらされる限界費用の抑制効果は、消費者余剰を生み出しています。
このようなデジタル化の進展によって観察される一連の動きが実際のDXであり、市場環境の変化に伴い企業自身もプロダクト/サービスのデジタル化とビジネスモデルの変革、それを実現するための組織能力の改革が求められています。そうした企業の取り組みはさらなる社会の変革を引き起こし、人々は、DX後の社会はどうあるべきか、私たちはどうありたいのか、という問題にぶつかり続けることになるでしょう。
 

Ⅴ DXの取り組みに向けて

Stolterman教授らはDXを考える上で、情報システムのための従来の分析手法はもはや通用しないとし、「good life」を実現するためのaesthetic experience(美的体験)※5の重要性を指摘した上で、新たなメソドロジーの必要性を指摘しました。顧客体験を重視するデザイン思考などは、この流れに沿ったものかもしれません。しかし、従来の手法にも役立つものはまだありそうです。例えばビジネスモデルの変革にはビジネスモデルキャンバスがあります。変革プロセスの実行のためには適切なKPIの設定とモニタリングといったチェンジマネジメントの手法が引き続き有効でしょう。
いずれにせよ、私たち自身がどのような社会を目指したいのかというビジョンを持つこと、そして技術の変化に合わせてそれを考え続けることの重要性は、今後も変わりのないことでしょう。
 

※1 1960年、情報処理技術の発展と発展途上国支援のために国連ユネスコによって設立。日本の情報処理学会も、もともとはIFIPにおける日本としてのメンバー学会となるべく設立された。

※2 "Information Technology and The Good Life", Erik Stolterman, Anna Croon Fors, Umea University, Information Systems Research Relevant Theory and Informed Practice, IFIP TC8/WG2 2004

※3 鍋山徹「IoTの新たなビジネスの可能性と地域に関する調査研究~地域の中堅・中小企業への影響と処方箋~」日本経済研究所(2017年)

※4 製品・サービスの供給または利用経験の増大に伴い、その経験を通じた学習量の増大と知識水準の深化が進み、結果、製品・サービスの品質向上や単位費用の低減が起きること。

※5 哲学上の概念の一つ。「快適」「満足」などの美的感覚を獲得すること、あるいはそれを求めること。Stolterman教授によれば、情報技術が人々の暮らしに及ぼす影響と社会の変化を幅広く捉えるには、美的体験のような概念が有効という。

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2017年8月・9月合併号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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