情報センサー

役員に対するインセンティブ報酬としての株式交付信託の活用と実務


情報センサー2017年8月・9月合併号 押さえておきたい会計・税務・法律


公認会計士 太田達也

当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。


Ⅰ  はじめに

「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」において、「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。」(原則4-2)と記述され、経営陣報酬へのインセンティブ付けを行うことの重要性が明記されました。また、「経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。」(補充原則4-2①)とされ、中長期の業績に連動する報酬・株式報酬の活用促進を明確化しました。
役員に対するインセンティブ付けを行う報酬制度としては、株式交付信託、特定譲渡制限付株式、ストックオプションが代表的であり、そのほかにパフォーマンス・シェア、パフォーマンス・キャッシュ、ファントムストックなどがあります。
本稿では、インセンティブ報酬として代表的なものの一つである株式交付信託を取り上げ、平成29年度税制改正との関係なども含めて、その実務と活用について解説します。なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りしておきます。
 

Ⅱ   インセンティブ報酬制度の位置付けと活用に当たっての留意点

日本企業の役員報酬は、固定報酬が中心であり、短期の業績に連動する役員賞与がそれに付加される設計を行っているケースが中心です。海外の企業に比べて、中長期の業績に連動する報酬や株式報酬の採用割合が少ないのが実情です。コーポレートガバナンス・コードは、中長期の業績に連動する報酬の割合について検討すべきことを示したわけですが、中長期の企業価値を高めるインセンティブとして働くことを期待してのものと考えられます。この中長期の業績に連動する報酬として、現在では株式交付信託、特定譲渡制限付株式、ストックオプションが中心的な位置を占めています。
また、株式報酬は、経営陣に株主目線での経営を促したり、中長期の業績向上インセンティブを与えたりといったメリットがあり、その導入拡大は海外を含めた機関投資家の要望に応えるものと考えられています。
平成29年度税制改正では、株式交付信託について、役員の在任時に株式を交付する方法(在任時交付型)についても、税務上の事前確定届出給与または業績連動給与の要件を満たすものについては、損金算入を認めるとしました。損金算入要件を満たさない業績連動給与をすでに導入している企業も少なくないと思われますが、損金算入要件を満たした方が、納税額の減少によりキャッシュアウト・フローを抑えることができますので、平成29年度税制改正により損金算入が可能になった以上は、損金算入要件を満たす形で導入できるかどうかを検討する余地も生じます。
 

Ⅲ 株式交付信託の意義と法律の手続

1. 株式交付信託の意義

株式交付信託は、信託制度を利用する点がポイントです。信託制度とは、財産を所有する者(委託者)が、他人(受託者)を信じて、財産を託す制度です。受託者は、信託財産の管理・処分等を行います。受益者が信託の目的に従い、その信託財産から一定の給付を受けることになります。株式交付信託は、企業を委託者、信託会社を受託者、役員を受益者として、信託契約を締結します。企業は、信託会社に対して金銭の信託を行います。信託会社は、その資金により市場からその企業の株式を取得しますが、その企業が保有する自己株式を信託会社が取得する場合もあります。
受益者である役員は、受益権を得たときに、その信託財産から自社の株式の交付を受けることになります。受益権については、在任期間に応じてポイントを付与し、一定期間経過後に付与されたポイント数に応じて株式の交付を受ける方法(RSU)や、業績の達成度に応じてポイントを付与し、付与されたポイント数に応じて株式の交付を受ける方法(PSU)などがあります。

2. 株式交付信託の手続

企業の手続の内容は、次のとおりです(<図1>各番号と対応)。


図1 株式給付型の手続等の仕組み

<株式交付信託の手続>


①株式交付信託の導入に係る取締役会決議および株主総会における役員報酬に係る株主総会決議を得る。報酬上限等を定める。

②取締役会において株式交付規程を制定する。

③信託会社との間で信託契約を締結し、株式の取得のための資金を信託会社に拠出する。

④株式交付信託は、その企業の株式を市場またはその企業から取得する。

⑤企業は株式交付信託に対して、信託の保有する株式に係る剰余金の配当を行う。

⑥信託管理人が、株主としての権利行使の指図をする。ただし、役員を対象とした株式交付信託の場合は、権利行使しない旨の合意をしておくのが通常であり、信託管理人が議決権不行使の指図を行うことになる。

⑦企業は信託期間中において、役員の地位・役職、在任期間、業績達成度等に応じて、役員にポイントを付与する。ポイントに応じた株式が、一定年数経過時または退任時に一定の受益者要件を満たした役員に対して付与される。例外的に、株式交付信託内で株式を換価して金銭で交付することもある。


会社法上、確定額報酬として上限枠を定めて決議を採ることになりますが、非金銭報酬としての決議も併せて採ることが考えられます(会社法361条1項1号、3号)。また、自己株式取得規制との関係から、受託者が議決権の行使をしないという取り決めをします。具体的には、信託管理人が、議決権不行使の指図を行います。
 

Ⅳ 株式交付信託の会計処理

1. 会計処理のポイント

企業会計基準委員会から、平成25年12月25日付で実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」(以下、実務対応報告)が公表されています。実務対応報告は、従業員または従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引についての実務上の取扱いを示すものであり、役員に信託を通じて自社の株式を交付する取引を直接的に対象としているものではありませんが、内容に応じて、この取扱いを参考にすることができる場合があるとされています。実務対応報告4項の定めるスキームとの類似性の有無、その信託の実務対応報告5項の要件への該当性、企業の追加負担の可能性など、実務対応報告を参考にして処理することが適切かどうかは、案件ごとに検討する必要があると考えられる点に留意が必要です。
実務対応報告に示されている会計処理の主な内容は、次のとおりです。
第一に、対象となる信託が、以下の①および②の要件をいずれも満たす場合には、企業は期末において総額法を適用し、信託の財産を企業の個別財務諸表に計上します。


① 委託者が信託の変更をする権限を有している場合

② 企業に信託財産の経済的効果が帰属しないことが明らかであるとは認められない場合


第二に、企業から信託へと株式を交付した際に自己株式処分差損益を認識するとともに、期末に信託が保有する自社株式については、個別財務諸表および連結財務諸表ともに、自己株式として表示します。
第三に、企業は受益者に割り当てられたポイントに応じた株式数に、信託が自社の株式を取得したときの株価を乗じた金額を基礎として、費用およびこれに対応する引当金を計上します。信託による自社の株式の取得が複数回にわたって行われる場合には、受益者に割り当てられたポイントに関する費用およびこれに対応する引当金は、平均法または先入先出法により算定します。
第四に、信託から受益者に株式が交付される場合、企業はポイントの割当時に計上した引当金を取り崩します。引当金の取崩額は、信託が自社の株式を取得したときの株価に交付された株式数を乗じて算定します。信託による自社の株式の取得が複数回にわたって行われる場合には、引当金の取崩額は、平均法または先入先出法により算定します。

2. 設例

具体的な<設例>により、仕訳を示すものとします。なお、実務対応報告の「受給権を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する会計処理」(実務対応報告10項から14項)に準じた処理を行ったものとします。前提条件によっては、会計処理も異なる点に留意してください。


設例 株式交付信託に係る会計処理と申告調整

Ⅴ 株式交付信託の税務処理

1. 平成29年度税制改正の内容

平成29年度税制改正前は、株式交付信託に係る報酬については、退職給与に該当するもの(退任時に受益権が確定するもの)のみについて損金算入が認められ、在任時交付型(在任期間中に受益権が確定するもの)は損金不算入とされていました。
平成29年度税制改正により、在任期間中に受益権が確定するものであっても、事前確定届出給与または業績連動給与のいずれかの要件を満たすものについて、損金算入が認められるものとされました。本改正は、平成29年4月1日以後にその支給に係る決議(当該決議が行われない場合には、その支給)をしたものから適用されます。
また、退職給与に該当するものについては、従来どおり損金算入が認められます。ただし、業績連動型の退職給与については、業績連動給与の要件を満たすものについて損金算入が認められ、業績連動給与の要件を満たさないものについては損金算入が認められない点に留意する必要があります。本改正は、平成29年10月1日以後にその支給に係る決議(当該決議が行われない場合には、その支給)をしたものから適用されます。
なお、ここでいう支給に係る決議とは、報酬上限等に関する株主総会決議や新株発行・自己株式処分の取締役会決議ではなく、株主総会または取締役会等における役員報酬の具体的な内容を決定する決議または決定と考えられます※。

2. 株式交付信託に係る税務

第一に、税務上は信託設定時点において、委託者である企業が信託の変更をする権限を有している場合には、企業が信託の受益者とみなされると考えられます(みなし受益者)。信託拠出時には、税務上は内部取引として何もなかったものとして取り扱われると考えられます(仕訳なし)。従って、会計上、自己株式処分差損益を計上し、その他資本剰余金が変動したとしても、法人税申告書別表5(1)の資本金等の額は変動ないものとして調整することになると考えられます。
第二に、先の設例における役務提供1年目から3年目においても、税務上は損金算入されませんので、会計上の株式報酬費用を別表4で加算する必要があると考えられます。
第三に、役員に対してポイントに応じた株式が交付された時点において、役員給与が認識されますが、税務上はこの時点で資本金等の額が増加することになると考えられます。また、役員が株式交付信託の受益者として確定した段階において、株式交付信託の保有する当該企業の株式が役員に帰属すると考えられるため、給与所得または退職所得として課税対象になります。

※経済産業省『「攻めの経営」を促す役員報酬 -企業の持続的成長を促すためのインセンティブプラン導入の手引-(平成29年4月28日時点版)』Q2参照。


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