EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
公認会計士 太田達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
平成28年株主総会を迎えるに当たって、取締役、監査役、部門責任者・担当者は一定の準備を行いますが、どのような質問が株主から提起され得るのかをあらかじめ想定した対応が必要不可欠です。本稿では、財務会計の分野に絞って、平成28年株主総会で提起され得る質問とそれに対する回答例、回答に当たっての留意事項などを解説します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
平成28年株主総会は、年初からの世界景気の減退や為替相場の円高傾向等から企業業績について先行きの不透明感が生じています。自社の現状の業績の説明と今後の見通しや計画などについて、適切な説明ができるように準備しておく必要があります。また、減益となった企業においては、その原因分析と今後の見通し、今後の計画等について、株主に対して十分な説明ができるように準備しておくことが求められます。
第一に、業績が回復している企業においては、株主から増配の要求がされる可能性があります。配当議案における配当水準の決定に当たって、今後の事業計画や今後の事業投資資金のための内部留保との関係等も考慮した上で、妥当な水準を判断している点を、株主の納得が得られるように説明する必要があると考えられます。一方、減配の企業においては、その配当水準の決定に係る理由が問題となります。業績の下降によるものであれば、今後の計画や見通しが問題となりますし、事業投資資金に振り向ける必要性からであれば、その事業投資の合理性が問われるものと考えられます。
第二に、コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、財務面では政策保有株式の保有方針、資本政策、自己資本利益率(ROE)に関連する想定質問を用意しておく必要があると考えられます。「コーポレートガバナンス報告書」の開示内容との齟齬(そご)がないように準備しておく必要があると考えられます。
第三に、平成28年度税制改正により、法人税等の引下げが行われることになりました。この改正により、税効果会計における法定実効税率が引き下げられます。繰延税金資産等の修正が行われることにより、当期純利益の数値にも少なからぬ影響が生じ得ます。株主から質問が提起された場合、当期の業績への影響と、なぜ法定実効税率の引下げにより一時的に業績にマイナスの影響が生じるのかについて、ほとんどの株主は会計の専門知識がないため、分かりやすく説明する必要があります。
配当水準の決定については、一定の配当方針・配当政策を定め、その方針にのっとり行っていくことが求められます。配当方針・配当政策は、内部留保との関係で考慮されるべきと考えられます。税引後当期純利益から配当を控除した残額が企業にとっての内部留保となりますが、将来の事業投資資金のために内部留保を手厚く確保しようとすればするほど、結果として配当額は一時的に減少する関係になります。しかし、将来の事業投資が成功すれば、その結果として将来の配当額も増加することになるので、株主に対してその点について納得が得られるように説明する必要があります。
また、将来の業績に不確定要因がある場合には、一定の内部留保を行い、不測の事態に備えて手元流動性を確保しておく必要性が生じ得ます。そのような点を考慮して、配当水準の決定をしている場合は、その内容を説明する必要があると考えられます。
今年に入ってから、為替が少し円高に振れています。為替変動や為替に対する方針に関連した質問が提起される可能性があります。
東京証券取引所から公表されたコーポレートガバナンス・コードによれば、「上場会社がいわゆる政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で主要な政策保有についてそのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである。上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための基準を策定・開示すべきである。」とされています。
持合株式などの政策保有株式を保有している場合に、保有することによる取引関係の強化などのメリットが十分でないと、保有することによる資金の固定化により、資本効率が低下する可能性が生じます。保有することによるリターンを十分に検証し、適切な判断を行うべきであると考えられます。保有を継続する銘柄については、取締役会において検討を行った経過等を踏まえて、その保有の合理性を説明できるようにしておくことが考えられます。
コーポレートガバナンス・コードにおいて、支配権の変動や大規模な希釈化をもたらす資本政策(増資、MBO等を含む)については、既存株主を不当に害することのないよう、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきであるとされています。資本政策についても、想定問答を準備しておく必要があります。
議決権行使助言会社の最大手であるISSが、2015年議決権行使基準の中で、過去5期の平均の自己資本利益率(ROE)が5%を下回る企業の経営トップに反対推奨する旨を盛り込み、話題になったことは記憶に新しいと思います。株主の間で、株主資本が有効に活用されているのかどうかという意識が浸透してきたことも事実です。
ROEは、当期純利益を株主資本の額で除することにより算出されます。従って、余剰資金がある場合には自己株式の取得により株主資本を圧縮することで改善できます。ただし、株主資本を圧縮することにより、当期純利益が減少し、ROEが悪化しては意味がないため、自己株式の取得に充てる財源はあくまでも利益の獲得に有効に活用されていない資金、または、活用される見込みのない資金でなければならないと考えられます。従って、遊休資産の売却、不採算事業の整理等により生じた余剰資金を自己株式の取得に充てる場合は、ROEが改善することになります。
税効果会計のルールでは、税率が変更された場合は、新たな税率に基づいて、繰延税金資産および繰延税金負債を再計算しなければならないとされています(「税効果会計に係る会計基準」注解6)。繰延税金資産および繰延税金負債の再計算による修正差額は、税率変更に係る改正税法が成立した日を含む事業年度の法人税等調整額に加減して処理されます。
実効税率が引き下げられる改正内容であるため、繰延税金資産等の減額修正となります。その結果、税制改正の成立日を含む事業年度の当期純利益を減少させる影響が生じ得ます。
平成28年度税制改正法は平成28年3月29日に国会で成立したため、平成28年3月期決算において繰延税金資産および繰延税金負債の修正を行うことになります。