平成28年株主総会 財務会計に関する対応と留意事項

平成28年株主総会 財務会計に関する対応と留意事項


情報センサー2016年6月号 押さえておきたい会計・税務・法律


公認会計士 太田達也

当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。


Ⅰ はじめに

平成28年株主総会を迎えるに当たって、取締役、監査役、部門責任者・担当者は一定の準備を行いますが、どのような質問が株主から提起され得るのかをあらかじめ想定した対応が必要不可欠です。本稿では、財務会計の分野に絞って、平成28年株主総会で提起され得る質問とそれに対する回答例、回答に当たっての留意事項などを解説します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
 

Ⅱ 平成28年株主総会の特徴

平成28年株主総会は、年初からの世界景気の減退や為替相場の円高傾向等から企業業績について先行きの不透明感が生じています。自社の現状の業績の説明と今後の見通しや計画などについて、適切な説明ができるように準備しておく必要があります。また、減益となった企業においては、その原因分析と今後の見通し、今後の計画等について、株主に対して十分な説明ができるように準備しておくことが求められます。
第一に、業績が回復している企業においては、株主から増配の要求がされる可能性があります。配当議案における配当水準の決定に当たって、今後の事業計画や今後の事業投資資金のための内部留保との関係等も考慮した上で、妥当な水準を判断している点を、株主の納得が得られるように説明する必要があると考えられます。一方、減配の企業においては、その配当水準の決定に係る理由が問題となります。業績の下降によるものであれば、今後の計画や見通しが問題となりますし、事業投資資金に振り向ける必要性からであれば、その事業投資の合理性が問われるものと考えられます。
第二に、コーポレートガバナンス・コードを踏まえて、財務面では政策保有株式の保有方針、資本政策、自己資本利益率(ROE)に関連する想定質問を用意しておく必要があると考えられます。「コーポレートガバナンス報告書」の開示内容との齟齬(そご)がないように準備しておく必要があると考えられます。
第三に、平成28年度税制改正により、法人税等の引下げが行われることになりました。この改正により、税効果会計における法定実効税率が引き下げられます。繰延税金資産等の修正が行われることにより、当期純利益の数値にも少なからぬ影響が生じ得ます。株主から質問が提起された場合、当期の業績への影響と、なぜ法定実効税率の引下げにより一時的に業績にマイナスの影響が生じるのかについて、ほとんどの株主は会計の専門知識がないため、分かりやすく説明する必要があります。
 

Ⅲ 財務会計に関する時事テーマ

1. 増配の要求

配当水準の決定については、一定の配当方針・配当政策を定め、その方針にのっとり行っていくことが求められます。配当方針・配当政策は、内部留保との関係で考慮されるべきと考えられます。税引後当期純利益から配当を控除した残額が企業にとっての内部留保となりますが、将来の事業投資資金のために内部留保を手厚く確保しようとすればするほど、結果として配当額は一時的に減少する関係になります。しかし、将来の事業投資が成功すれば、その結果として将来の配当額も増加することになるので、株主に対してその点について納得が得られるように説明する必要があります。
また、将来の業績に不確定要因がある場合には、一定の内部留保を行い、不測の事態に備えて手元流動性を確保しておく必要性が生じ得ます。そのような点を考慮して、配当水準の決定をしている場合は、その内容を説明する必要があると考えられます。

2. 為替相場

今年に入ってから、為替が少し円高に振れています。為替変動や為替に対する方針に関連した質問が提起される可能性があります。

  • 当社は、輸出を行っており、為替相場の変動が業績に与える影響は大きいと思います。円高傾向になっているが、今後の業績に影響はないですか。また、今後の為替に対する方針はどのようになっているのですか。

  • 当期は期末に少し円高傾向になりましたが、為替予約の締結を進めていましたので、当期の業績にはそれほど影響がありませんでした。今後の方針ですが、当社はリスク管理体制の一環として、為替リスクの回避のために以前から為替予約および為替オプションを行うことを基本としております。基本的な方針として、今後もその対応は変わりません。なお、翌期の業績見通しですが、翌期の想定レートを1ドル○○○円と設定しておりまして、その前提で翌期の業績見通しを公表しております。

3. コーポレートガバナンス・コード関係(財務面)

(1) 政策保有株式

東京証券取引所から公表されたコーポレートガバナンス・コードによれば、「上場会社がいわゆる政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で主要な政策保有についてそのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである。上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための基準を策定・開示すべきである。」とされています。
持合株式などの政策保有株式を保有している場合に、保有することによる取引関係の強化などのメリットが十分でないと、保有することによる資金の固定化により、資本効率が低下する可能性が生じます。保有することによるリターンを十分に検証し、適切な判断を行うべきであると考えられます。保有を継続する銘柄については、取締役会において検討を行った経過等を踏まえて、その保有の合理性を説明できるようにしておくことが考えられます。

  • 当社は政策保有株式を保有しています。コーポレートガバナンス・コードによれば、コーポレートガバナンス報告書において政策保有に関する方針を開示することになりました。政策保有株式を保有することによるメリットを十分に検証し、資金が固定化されることによる資本効率の問題などを考慮した上で、取締役会において保有するか処分するかの方針を決めるべきであると思われます。当社においては、取締役会でどのような審議がされ、その結果どのような方針を定めたのでしょうか。

  • 政策保有株式については、事業機会の創出や取引関係の構築・強化のための手段として取得・保有することがあります。株価の変動リスクが財務の状況に重要な影響を与え得ることに鑑み、その保有の意義、採算性等を踏まえて、保有の継続の是非を判断いたします。
    保有の意義が認められる場合とは、現時点での採算性および将来の採算性の検証結果を踏まえ、当社グループの企業価値の維持・向上に資すると判断される場合です。他に有効な資金活用はないかも含め検討いたします。株式保有が事業戦略遂行上必要不可欠であり、その事業がグループ企業価値の中長期的な維持・向上に資すると判断した場合に、株式の保有を継続する方針です。個々の株式の保有については、毎年、保有目的の見直し・検証を行い、継続保有・売却等の判断を行います。
    当社においては、政策保有株式が約20銘柄あり、その銘柄ごとに保有の意義を検証しました。リターンが相応でないと判断される約5銘柄について処分する方針を定めました。処分により回収した資金は、より効率性の高い事業投資に振り向ける方針です。また、残りの銘柄については、いずれも取引関係が良好であり、また、成長性、将来性が認められる先であり、保有の意義が認められると判断いたしました。今後も取引関係の強化を図っていきたいと考えておりますので、保有を継続する方針です。

(2) 資本政策

コーポレートガバナンス・コードにおいて、支配権の変動や大規模な希釈化をもたらす資本政策(増資、MBO等を含む)については、既存株主を不当に害することのないよう、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきであるとされています。資本政策についても、想定問答を準備しておく必要があります。

  • 当社の資本政策について、詳しくお聞きしたいと思います。

  • 当社は、以下のような資本政策を基本としています。
    第一に、当社としては、株主価値が中長期的に向上していくことを経営目標としており、そのためには持続的な成長が必要であると考えております。成長投資とリスクの許容を可能とする株主資本の水準を確保することを基本的な方針としております。当社は、ROEを重要な指標の一つと捉え、この目標値を公表し、株主資本の有効活用を目指すとともに、財務の健全性等を総合的に勘案し、最適な資本構成の構築を図っています。
    第二に、配当については、半期ごとの業績を基準として、配当性向25%を一定の重要指標と考えております。各事業年度の配当の額については、国内外の経済環境の動向、当社の経営環境、業績等を総合的に勘案し、決定していく方針です。配当回数については、原則として期末配当と中間配当の年2回といたします。
    第三に、自己株式の取得については、経営環境の変化に機動的に対応し、ROEの改善、株主価値の向上に資する財務政策等の観点から必要であると考えております。自己株式の取得枠の設定を決定した場合には、速やかに公表し、会社で定めた運営方針に従って実行する方針です。

(3) ROEの改善

議決権行使助言会社の最大手であるISSが、2015年議決権行使基準の中で、過去5期の平均の自己資本利益率(ROE)が5%を下回る企業の経営トップに反対推奨する旨を盛り込み、話題になったことは記憶に新しいと思います。株主の間で、株主資本が有効に活用されているのかどうかという意識が浸透してきたことも事実です。
ROEは、当期純利益を株主資本の額で除することにより算出されます。従って、余剰資金がある場合には自己株式の取得により株主資本を圧縮することで改善できます。ただし、株主資本を圧縮することにより、当期純利益が減少し、ROEが悪化しては意味がないため、自己株式の取得に充てる財源はあくまでも利益の獲得に有効に活用されていない資金、または、活用される見込みのない資金でなければならないと考えられます。従って、遊休資産の売却、不採算事業の整理等により生じた余剰資金を自己株式の取得に充てる場合は、ROEが改善することになります。

  • 当社のROEは、3%程度であると認識しています。株主から調達した資本でどれだけの利益を稼いだのかは重要であり、株主としてもこの指標を重視しています。現状の数値については株主として不満足ですが、この数値を今後改善できる見込みはあるのですか。具体的な計画をお聞きしたいと思います。

  • 当社のROEは、平成28年3月期の数字に基づきますと、3.2%です。当社としては、株主の皆さまからお預かりした資本をできる限り有効に活用しようと考えております。向こう3年間をカバーする中長期計画において、ROEを8%まで改善する目標を定めております。すでに公表しておりますように、その目標数字を達成するために、重点事業への積極投資、遊休資産の売却、不採算事業の整理等をより一層進め、それによって生じた余剰資金による自己株式の取得を並行して進めていく方針です。その点、どうかご理解をお願いしたいと思います。

4. 税効果会計関係

税効果会計のルールでは、税率が変更された場合は、新たな税率に基づいて、繰延税金資産および繰延税金負債を再計算しなければならないとされています(「税効果会計に係る会計基準」注解6)。繰延税金資産および繰延税金負債の再計算による修正差額は、税率変更に係る改正税法が成立した日を含む事業年度の法人税等調整額に加減して処理されます。
実効税率が引き下げられる改正内容であるため、繰延税金資産等の減額修正となります。その結果、税制改正の成立日を含む事業年度の当期純利益を減少させる影響が生じ得ます。
平成28年度税制改正法は平成28年3月29日に国会で成立したため、平成28年3月期決算において繰延税金資産および繰延税金負債の修正を行うことになります。

  • 当社の業績は、来期以降改善に向かうとの説明でしたが、当期の決算で繰延税金資産が○○億円減少しており、その結果損益計算書における法人税等調整額が○○億円増加しています。この数字が最終の当期純利益の足を引っ張ったと考えることができますが、業績が回復する見通しの中で、なぜ繰延税金資産の取崩しがこのように発生するのですか。今後の見通しと当期の決算の数字が整合していないように見受けられますが。

  • 当期は、繰延税金資産○○億円を取り崩しましたが、これは業績の見通しが厳しくなったからでは決してありません。翌期の業績予想は増収増益を見込んでいます。
    今回、繰延税金資産を取り崩したのは、平成28年度税制改正により法人税率等の引下げが決定されたことによる影響です。税効果会計における繰延税金資産は、将来の税金の減額効果を持つものを「前払税金」として資産に計上しておくものです。会計上は費用として計上したものであっても、税務上損金不算入となるような有価証券の減損損失や固定資産の減損損失等については、将来税務上の損金算入要件を満たした時点で税金の減額効果が生じます。当期は、税務上損金不算入なので(法人税の申告書上所得に加算されていて)税金はすでに支払っていますが、将来の税金の減額効果を持つことから、「前払税金」の性質であると考えられ、会計上繰延税金資産として資産計上するわけです。
    今回の税制改正により、翌期以降の実効税率が下がることになりましたので、将来の税金の減額効果もその分弱まることになります。そのため、その弱まった分に見合った繰延税金資産の一部を取り崩し、それに伴い法人税等調整額が増加したものです。
    あくまでも税制改正による影響であって、当社の業績の実態とは関係ない要因によるものです。業績が改善傾向にある基調には何も変わりはありませんので、その点どうかご安心ください。


「情報センサー2016年6月号 押さえておきたい会計・税務・法律」をダウンロード


情報センサー
2016年6月号
 

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。