OECDと国連、国境なき税務調査官が2022年度年次報告書を公表

  • 国境なき税務調査官(TIWB:Tax Inspectors Without Borders)イニシアチブに関する2022年度年次報告書が、税源浸食・利益移転に関するOECD/G20包摂的枠組み(OECD/G20 Inclusive Framework on Base Erosion and Profit Shifting(BEPS))の第14回会議にて発表された。
  • 本アラートでは、同報告書に記されている2021年7月から2022年6月までのTIWBの成果に関する最新情報と今後の目標について、まとめている。
  • 2021-2022報告期間中、TIWBは追加税収の獲得と開発途上国の税務当局の全般的な任務遂行を長期的に改善させる調査能力の強化に貢献したと年次報告書は述べている。
EY Japanの視点

この「国境なき税務調査官」プログラムは、国際機関と先進国税務当局とが協力して、開発途上国における税務当局の税務調査機能の強化を図ることを目的としています。数的にはアフリカが多いのですが日系企業が多く進出するアジアの国の税務当局も支援の対象になっています。新興国・開発途上国の税務当局は、税収確保の必要性から、税務調査機能を急速に強化し、その税務調査もアグレッシブになる傾向にあり、日系企業の海外子会社においてもアグレッシブな課税を受けるケースが急増しています。日本に存する本社としても、海外子会社における税務調査の動向にこれまで以上に注意を払う必要があるでしょう。

EY Japan の窓口
EY税理士法人 ディレクター 
荒木 知

エグゼクティブサマリー

2022年10月6日、国境なき税務調査官(以下、「TIWB」)イニシアチブに関する2022年度年次報告書が、BEPSに関するOECD/G20包摂的枠組みの第14回会議において発表されました。

同報告書はTIWBイニシアチブのもとで実施された活動を振り返るもので、2021年7月から2022年6月までのTIWBの成果に関する最新情報と今後の目標が記されています。本アラートでは同年次報告書の要点をまとめました。

詳細解説

背景

TIWBは経済協力開発機構(OECD)と国連開発計画(UNDP:United Nations Development Program)の共同イニシアチブです。TIWBは、開発途上国が税収を増やそうと模索する際の主な制約の一つとされる「能力不足」に対処すべく、2015年に立ち上げられました。このイニシアチブの重点エリアはアフリカ、アジア太平洋、東欧、そしてラテンアメリカ・カリブ海地域です。

このイニシアチブのもとでは、専門家が開発途上国の税務当局に派遣され、進行中の調査事案および関連する国際税務上の問題について実務的・実践的な支援を提供します。TIWBの協力税務当局ネットワークから派遣される専門家や、UNDPが管理する税務専門家名簿に登録している国際的な専門家が、TWIBの支援を要請する受入側税務当局の税務署員による日々の問題への対処の支援と、関連税法の運用に必要な手順の整備徹底を行い、受入側税務当局はそれら専門家から学ぶことができます。

TIWBの主な活動は、調査支援プログラムを通じて開発途上国を支援することです。また、TIWBイニシアチブはその機能を拡大させており、自動的情報交換やBEPS 2.0プロジェクトなど、存在感の高まりつつある、国際的な税のトピックに関するより対象が絞られたイニシアチブについてのギャップを埋める役割も果たしています。この狙いは、職員の技能や能力、国際租税に関する知識、国際税務調査を実施する自信の向上を通じて、税務当局の有効性の改善と税法の執行実現に貢献することにあります。

プログラムと運用に関する最新情報

2022年6月30日現在、TIWBのプログラムが実施された国・地域の数は54に達し、完了したプログラムは56件、進行中のプログラムは50件に上ります。本報告期間中、TIWBはアフリカを中心に16件の新たなプログラムに着手しました。

年次報告書には、能力強化に関するもろもろのニーズに対処すべく昨年受入当局を支援したTIWBイニシアチブの概要が示されています。その例を以下にまとめました:

税務調査

TIWBは、リスク評価と税務調査対象の選択、移転価格調査、業界・業種固有の問題、および事前確認制度(Advance Pricing Agreements)と相互協議(Mutual Agreement Procedures)に関する支援を提供しています。2012年以降、TIWBの調査支援では、アフリカ税務フォーラム(African Tax Administration Forum)とOECD、世界銀行グループによる共同ワークショップの中で、非特定化された調査の監督・指導(ケースワーク)も実施されています。

査察調査

TIWBは、受入側税務当局が脱税に関する査察調査を実施するための体系的な手法を試す試験プログラムを設計しました。同プログラムは、(OECD公表の「租税犯罪との闘い:10のグローバル原則(Fighting Tax Crime - The Ten Global Principles)」に基づく)脱税調査強化モデル(Tax Crime Investigation Maturity Model)を通じた自己評価と、ケースワークおよび関連する能力強化の支援で構成されます。2022年2月、試験対象の国・地域からの肯定的な意見が寄せられたことを受けて、この試験プログラムは試験段階から定期プログラムに移行しました。

自動的情報交換(AEOI:automatic exchange of information)の効果的利用

このプログラムでは、データの検索と絞り込みや第三者データソースの活用、自動照合とデータ分析、リスク評価、コンプライアンス介入、納税者への通知、調査方針、および租税査定など、共通報告基準(Common Reporting Standard)のもと受け取るデータの使用に関する能力を強化します。

報告書では、当報告期間中の運用の動きとして、TIWB支援要請手続の簡素化、UNDP各国事務所との連携強化、協力当局ネットワークの拡充、新しい専門家調整役プログラム、新しいオンライン研修コース、立ち上げられたばかりの指導プログラムが挙げられています。

成果

年次報告書によると、TIWB参加国は税収と課税額の増加を記録し、追加税収は総額17億米ドル、追加課税額は39億米ドルに上りました。

さらに同報告書は、TIWBイニシアチブが、職員の技能・能力や多国籍企業による自主的法令順守にプラスの効果を及ぼしていることを挙げ、歳入以外の効果も発揮していると指摘しています。またTIWBイニシアチブは、国際租税システムとしての知識の共有と開発途上国との連携にも寄与しており、これは、租税係争の増加と絶えず変化する国際租税環境を考えると、重要なことと言えます。

今後の方針

年次報告書は、運用拡充を続けるための翌年度の計画として、少なくとも15件に上る新TIWBプログラムの開始、8件の脱税調査プログラムの実施、自動的情報交換データの効果的利用プログラム2件と税務当局のデジタル化プログラム2件の試験運用、TIWBプログラムへの専門家派遣に前向きな2つ以上の協力税務当局からの支援確保などを挙げています。

さらに同報告書には、プログラムの認知度強化と、経済のデジタル化・グローバル化に由来した租税上の課題に対処する各国への支援方針に関する行動計画が示されています。その例を以下にまとめます:

税務当局のデジタル化

変革のマネジメントや戦略策定、予算編成、プログラム管理など、デジタル化関連の重要トピックに関して、マネジメントレベルのコンフィデンシャルな助言を提供する試験プログラムが提案されています。同プログラムでは主にマネジメントレベルとの対話に焦点が当てられ、制度設計や方針策定に関する戦略的な信頼できる助言という形での支援が提供される予定です。試験プログラムについては、その実行可能性、潜在的な価値、TIWBの概念との適合性を評価するための準備が進められています。

BEPS 2.0プロジェクト第2の柱に関するソリューションの実施

報告書は、TIWBは各国によるデジタル経済への課税およびBEPS 2.0プロジェクトにて策定された新たなルールの実際の運用を支援する貴重な役割を果たせるとしています。各国のニーズと優先順位に基づいて、TIWBの支援を拡充する機会の模索が図られる予定です。第1の柱に関しては、市場国・地域における税源の拡大への新ルールの適用および移転価格の設定への簡素化アプローチの適用において支援が必要であろうと報告書は指摘しています。第2の柱に関しては、グローバル最低税率の適用、軽課税国・地域との新租税条約規定の適用、および税制優遇措置の見直しにおいて支援が必要であろうと報告書は指摘しています1

影響

2021-2022報告期間中、TIWBは追加税収の獲得と開発途上国の税務当局の全般的な任務遂行を長期的に改善させる調査能力の強化に貢献したと、年次報告書は述べています。資金と専門家を提供する国際機関との連携を通じて、TIWBは活動範囲と支援対象の拡大を続けており、今までよりも多くの開発途上国の税務当局を支援する構えです。

TIWBなど、国際的なベストプラクティスの共有を通じて開発途上国の税務当局の能力強化を支援するイニシアチブは、こうした支援を受ける国で業を営んでいる企業納税者にとってプラスに作用する可能性があります。

巻末注

  1. 2022年10月13日付EY Global Tax Alert「OECD releases report on interaction of Tax Incentives and Pillar Two」、2022年10月26日付EY Japan税務アラート「OECDが税制優遇措置と第2の柱の相互作用に関するレポートを公表」をご参照ください。

お問い合わせ先

関谷 浩一 パートナー

荒木 知 ディレクター

大堀 秀樹 ディレクター