欧州議会が気候変動関連の包括法案を採択、EU加盟国代表との最終交渉も近く開始の見込み

エグゼクティブサマリー

2022年6月22日、欧州議会は、気候変動関連の包括法案を、圧倒的多数で採択しました。この包括法案には、EU排出量取引制度(以下、「EU ETS」)、新しい炭素国境調整メカニズム(以下、「CBAM」)および社会気候基金の修正が含まれています。

EUの立法プロセスにおける次のステップは、欧州議会と欧州理事会、すなわちEU加盟国代表者との交渉となります。メディア報道によると、議長国であるフランスがこのプロセスを迅速に推進する可能性が高いとのことです。

再策定前の法案が欧州議会により否決されたばかりである1背景を踏まえると、今回の採択を実現した迅速な合意は、欧州グリーンディール対策の実施に対する強いコミットメントを反映しているといえます。また、本投票は、より野心的な気候目標を掲げる動きと、そしてEU産業の変革に必要な時間を確保する動きの双方のバランスを取る方向性を反映していると見られます。

詳細解説

EU排出量取引制度の改革

EU排出量取引制度(以下、「EU ETS」)は、EUの気候変動対策の要となる政策です。特に、2030年の温室効果ガス(GHG)排出量削減目標を61%から63%(2005年比)に引き上げることが求められています。

EU ETS改革において、欧州議会は、EUの主要となる産業界がさらなる排出量削減をより速いペースで行うようインセンティブを与えること、また、低炭素排出技術へ投資することを検討しています。具体的には、以下の変更を含む改革が実施される予定です:

2027年以降の無償割当の段階的廃止:炭素排出量の無償割当は、2027年から段階的な廃止を経て、2032年初頭までに廃止完了を予定。なお、当該無償割当の削減は急激に進む予定となっており、具体的には、2027年に93%、2028年に84%、2029年に69%、2030年に50%、2031年に25%まで削減され、2032年に0%となる。

ボーナス・マルス制度:これは、各対象セクターで最も効率的な設備に対して追加の無償割当を与え、気候変動対策に取り組まない(エネルギー監査で示された勧告を実施しない、エネルギーシステムの認証を受けない、あるいは設備の脱炭素化計画を策定しない等)製造業者からEU ETSの無償割当の一部または全部をはく奪する制度である。当該制度は、2025年から導入予定。

海上輸送へ適用を拡大:EU ETSは海上輸送にも適用が拡大される予定。欧州議会は、2024年時点で欧州域内航路の排出量を100%、2024年から2026年末までは欧州域外発着航路の排出量を50%対象とするよう求めている。なお、2027年以降は全ての航路の排出量が100%対象となる一方で、EU域外発着分については、条件付きで50%に軽減される可能性がある。また、対象となる温室効果ガスの定義には、メタン・亜酸化窒素も含まれる。海上輸送に対する割当量を売買することで得られる収益の75%は海洋基金(「Ocean Fund」)2に割り当てられる。

都市廃棄物の焼却:都市廃棄物の焼却は、2026年以降、EU ETSに含まれる。

建物と道路輸送:排出量取引制度(以下、「ETS II」)は、2024年1月1日までに、建物の暖房や道路輸送に使われる燃料にも拡大される。ただし、国民が負担するエネルギーコストの上昇を抑えるため、自家輸送と住宅に使用する燃料に関しては2029年まで除外対象となる3。このほか、欧州議会は50ユーロの価格上限を設ける意向を示しており、ETS II証書の平均価格が2030年までに当該上限額を超えた場合は、1,000万ユーロ分の割当をEU市場安定化リザーブ(EU Market Stability Reserve)よりリリースするとしている。また、1億5,000万件分のETS II証書から得られる収益は、低所得者層の支援を目的とする社会気候基金に充当される。

収益の使用:EU ETSからの収益は、EUおよび加盟国における気候変動対策に限定して使用される。

炭素国境調整メカニズム(CBAM)

CBAMは、カーボンリーケージ4のリスクを低減し、また国際的に定められた炭素排出量の削減目標を達成するために設計されています。また、当該政策措置は、他国にEUと類似する基準の気候政策の制定へと乗り出すよう働きかける効果をもたらすことが期待されています。

欧州議会はこれまでに発表された法案に対して、以下の修正を行うことを想定しています:

対象範囲の拡大:CBAM規制に対する原案では、鉄鋼、製油所、セメント、有機基礎化学品および肥料のカテゴリに属する広範囲の品目を対象としていたが、今回の改正では、対象範囲をさらに拡大し、有機化学品、プラスチックポリマー、水素、アンモニアも対象となる。なお、有機化学品とポリマーついては、技術的な特殊性について、さらなる評価が行われる。

電力からの間接排出:含有炭素量の計算には、製造業者が使用する電力から生じる間接的排出量も含まれる。

2023年からの移行期間:輸入業者が報告を義務付けられる移行期間は2023年から2026年末まで適用される。

2027年からの導入: CBAMは、2027年1月1日から2032年までは段階的に導入される予定。したがって、輸入品に適用されるCBAMは、世界貿易機関(WTO)の内容と整合性を確保するため、EU ETSにおけるEU産業への無償割当の段階的廃止と合わせて縮小される見込みである。

輸出調整メカニズムの導入検討:現在導入検討が進められている当該メカニズムは、EU ETSと同様のカーボンプライシングの仕組みがないEU域外へ輸出されるCBAM対象製品の製造に起因する排出量に対し、EU ETSに基づく無償割当を行う。欧州議会は2025年12月31日までに、EU ETSとCBAMが(1)CBAM対象製品の製造およびEU域外への輸出をするEU産業界、(2)世界の排出量の推移、および(3)輸出施設のWTOの内容と整合性に及ぼしうる影響を評価した報告書を発表する予定。

EU CBAM当局の一元化:EU加盟国ごとに27のCBAM当局を設ける代わりに、EUレベルのCBAM当局を設ける。

収益の活用:輸入業者が購入したCBAM証書による収益は、EUの予算に充当される。ただし、CBAM証書の販売による収益と同額もしくはそれ以上の額を、後発開発途上国の製造業に対する脱炭素化への取り組み支援のために提供するとしている。

社会気候基金

社会気候基金は、以下の方法でEU加盟国の財源を支えることで、エネルギー価格の上昇に悩む低所得者層を支援します。

  • 道路輸送や暖房用燃料の価格上昇に対処するための一時的な直接所得支援策5
  • 再生可能エネルギー、建物の改築、私的交通手段から公共交通機関への移行、カーシェアリングやカープール利用の利用および自転車などのアクティブな交通手段等を促進させる長期的な構造投資
  • その他財政的なインセンティブ、バウチャー、補助金、ゼロ金利ローン等を含む支援制度       

今後の影響

EUの脱炭素対策は、2050年までにEU経済をゼロエミッションに転換することを目標としており、特に一部のEU加盟国は、より大きな国家目標を掲げています。EUのエネルギー・温暖化政策の目標は、排出量を削減し、全体的な気候目標を達成することが緊急に必要であることを明確に示しているほか、EUの新たな気候変動政策は、世界各国に同様の政策を実施を促すものと期待されます。

今後予定されている欧州議会とEU理事会の交渉により、詳細が変更される可能性もありますが、全体としては、EUの将来の気候・温暖化政策について、より明確で確実な水準にあると言えるでしょう。温室効果ガスの排出量を削減し、最終的にはゼロにするという目標の達成には変革が不可欠です。この変革は、バリューチェーンとサプライチェーン全体に適用されるインフラとテクノロジーの革新と発展により成し遂げられるものであり、その計画から実現に至るまで長い年月を要する可能性があります。移行を後押しするために利用できる財政的・非財政的なインセンティブを含め、多くの要因を考慮する必要があります。

多くの詳細が明らかになり、また、CBAMの初期措置(CBAM対象輸入品に係る報告義務等)は、2023年と間もない開始を予定していることから、影響下にある企業はインパクトアセスメント、戦略立案、キックオフの準備措置などを検討することが望ましいといえます。

また、この影響はEU域内にとどまらず、企業のグローバルな調達および流通体制全体、さらには取得データや報告要件にまで及ぶと考えられるほか、製造過程で発生する炭素排出量が企業にとって追加コストとなった場合、当該コストにより製品競争力、調達、サプライチェーン、投資戦略および企業価値など、さまざまな分野に影響が及ぶ可能性があります。

企業はこの変化に積極的に向き合い、ビジネスモデルを調整する準備を進めていく必要があります。

巻末注

  1. 以前の法案は2022年6月8日に否決されています。詳細については、2022年6月28日付EY税務アラート「欧州議会、EU ETSおよびCBAMを含む気候変動関連の包括法案を否決」をご参照ください。
  2. EUの海運業の気候変動対策への移行を支援する基金。
  3. ただし、事前の包括的評価およびEU理事会と欧州議会が合意する新たな立法案が条件となるため、注意が必要。
  4. この文脈のカーボンリーケージとは、EUに拠点を置く企業が、基準の緩い海外に移転して炭素集約型の生産を行ったり、EU生産品がより炭素集約型の輸入品に置き換わったりするリスクを指す。
  5. エネルギー税や料金の引き下げ等を含む。

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関谷 浩一 パートナー

岡田 力 パートナー