欧州委員会、気候問題対策に係る政策パッケージを発表 エネルギー製品に対する課税制度の改正案などが含まれる

Japan tax alert 2021年7月29日号

エグゼクティブサマリー

欧州委員会は2021年7月14日、気候問題に係る欧州グリーン・ディールが掲げる目標達成のため、「Fit for 55」政策パッケージを発表しました。この政策パッケージは現行法の改正案と新法の提案から成る13の法案で構成されており、その影響はすべての業界に及ぶことが予想されます。今後EU加盟国と欧州議会による交渉が数ヵ月間続くことが予想されますが、企業は自己のオペレーションや持続可能なビジネスへの計画に及ぶ可能性のある影響につき検討を始めることが推奨されます。

詳細

EUは、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で少なくとも55%削減することについて昨年4月に合意しており、今回発表されたFit for 55の目的は、この合意内容を達成し、排出量の削減やより環境に優しい経済への移行に向けた法整備を行うことにあります。Fit for 55には次の項目に係る計画が盛り込まれています。

(i)排出量取引の対象業種の拡大と既存のEU排出量取引制度(EU ETS)の強化

(ii)再生可能エネルギーの使用拡大

(iii)エネルギー効率の向上

(iv)低排出輸送手段の拡大加速とそれを支えるインフラと燃料の促進

(v)欧州グリーン・ディールの目標に適した課税政策の調整

(vi)炭素リーケージ防止策の導入

(vii)自然の炭素吸収源を保全し促進させるための手段の提供1

Fit for 55には、現行法の改正案と新法の提案から成る13の法案が盛り込まれています。下記の要約の通り、すべての提案が相互に密接に結びついており、一つ一つが他の提案を補完する内容になっています2。

現行法の改正案

  • EU排出量取引制度(EU ETS) ― 排出枠の全体量の引き下げとその年間削減率の引き上げによるEU ETSの大幅な改正が提案されています3。また、航空便への無償排出割り当ての段階的な廃止と「国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム(CORSIA)」との整合性を図ることも提案されています。同様に、EU ETSの対象を海上輸送にも広げ、EU域内の航海およびEU加盟国の管轄下にある港湾に停泊する船舶による排出と、EU域内の港湾を発着する航海による排出の50%を対象にすることも提案されています。また、道路輸送と建物向けの燃料供給について、これらの分野での排出量削減が不足していることを受け、新たな排出量取引制度が別途設置されます。
  • 加盟国の排出削減の分担に関する規則(ESR) ― 建物、陸上および国内海上輸送、農業、廃棄物処理の産業および小規模産業に関して、より高い排出削減目標を各加盟国に割り当てることが提案されました。目標を国民一人当たりの国内総生産を基に設定することにより、より豊かな加盟国が削減の負担を最も環境汚染が進んでいる国々に転嫁しようとしているという懸念に対処することが提案されています。
  • 土地利用・土地利用変化および林業(LULUCF)による温室効果ガスの排出および除去の組み入れに関する規則 ― 自然吸収源による炭素除去に関する2030年までの全体目標が二酸化炭素排出量3億1,000万トン相当に設定されています。この目標達成にはすべてのEU加盟国が炭素吸収源を育て、拡大させることが必要になります(以下のEU森林戦略も参照)。2035年までに土地利用・林業・農業セクターによるクライメイト・ニュートラルの達成を目指すこととしています。
  • 再生可能エネルギー指令 ― 風力および太陽光によるエネルギーやその他のクリーンエネルギーの生産割合に関する2030年までの目標を、40%に引き上げることが提案されています。また、建物で使用されるエネルギーの49%を、2030年までに再生可能エネルギーで賄うという目標も設定しています。さらに、バイオエネルギーの使用に関する持続可能性基準を強化し、木質バイオマスに関するカスケード利用の原則が盛り込まれています。
  • エネルギー効率指令 ― エネルギー利用削減に関する拘束力のある年間目標を、EUレベルで設定することを提案しています。欧州委員会は加盟国に対して、建物の冷暖房に使用する再生可能エネルギーの割合を年間1.1%ずつ引き上げることや、エネルギー効率の向上を目的とした公共建築物の修繕を年間3%のペースで実施することを要求しています。これにより、環境上の利益に加えて雇用も創出されると期待されています。
  • エネルギー課税指令 ― エネルギー製品に対する課税制度とEUのエネルギー政策および気候政策の整合性を図ることが提案されています。これにより、燃料と電力に対する課税は、その量ではなく、汚染を引き起こす程度に基づき行うことが提案されています。また、20年近く据え置かれてきた最低税率のアップデートや、加盟国による化石燃料の使用を促す減免措置の廃止も盛り込まれています。
  • 乗用車およびワゴン車の二酸化炭素排出標準の設定に関する規則 ― 二酸化炭素の平均排出量を対2021年比で2030年以降55%、2035年以降100%削減させることにより、ゼロエミッション・モビリティへの移行が加速することが期待されます。化石燃料を使用する新車の販売禁止までに約15年の猶予が与えられ、自動車業界が必要な技術を開発し電池その他の構成部品の域内生産を拡大させるのに数年の猶予が与えられることになります。
  • 代替燃料インフラに関する指令 ― 乗用車およびワゴン車に関する二酸化炭素排出標準の設定と併せて、効率的な充電および燃料補給を促すため、加盟国はゼロエミッション車の需要に応えられる充電設備の拡大が求められることになります。また、代替燃料インフラにより加盟国は、主な空港および港湾にて航空機や船舶がクリーンな電気にアクセスできるようにすることが求められるでしょう。

新法案

  • 炭素国境調整メカニズム(CBAM) ― Fit for 55の重要要素であるCBAMの狙いは、炭素リーケージのリスクを防ぎ、炭素排出量削減の世界的な取り組みを強化することにあります。CBAMにより鉄鋼、セメント、アルミニウム、肥料、電気をはじめとする特定の輸入品に対して課金されることになります。国内製品と輸入品の間で炭素価格を等しくし、気候政策が不十分な国へ生産が移管されることによりEUの気候目標が損なわれないようにすることがCBAMの趣旨です。CBAMは段階的に導入するとされており、2023年から2025年の移行期間が設定されています。この期間中企業は、内包されている排出量と国外で支払った炭素価格を報告することが求められます。そのうえで2026年から全面運用となることが予定されています。CBAMの制度はEU ETSの改正、特に無償割り当ての削減案と深く結びついています。
  • EU森林戦略 ― 2030年までに少なくとも30億本の木を植えることでEUの森林の質、量、および耐性を向上させることが盛り込まれています。
  • 気候変動対策社会ファシリティ ― 2025年から2032年の間に加盟国へ722億ユーロを支給する社会気候基金を新設し、エネルギー効率、新しい冷暖房システム、より環境に優しいモビリティへの民間による投資を促すことを目標としています。
  • 持続可能な航空燃料(ReFuelEU Aviation)とグリーンな欧州海運領域(FuelEU Maritime) ― ReFuelEU Aviationイニシアチブにより、EUの大半の空港に対して2025年までにより環境に優しいジェット燃料を航空会社へ供給することが求められるようになります。同様に、FuelEU Maritimeイニシアチブは、EUの港湾に寄港する船舶にて使用するエネルギーの温室効果ガス含有量について上限を設けるものであり、これによりグリーンな海運燃料の普及が促されると期待されています。

企業に求められる対応

「Fit for 55」政策パッケージは、経済全体のあらゆる産業および消費者に影響が及ぶことが予想されるため、EU加盟国と欧州議会の間で数ヵ月におよび交渉が繰り広げられることが予想されます。企業は、今後の動向を注視するとともに、Fit for 55による現状のオペレーションや持続可能なビジネスへの計画への影響を検討することが推奨されます。

 

巻末注

  1. 欧州委員会、欧州グリーン・ディール:欧州委員会は、気候に関する抱負を達成するためにEUの経済と社会の転換を提案しています。(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_21_3541
  2. 同上
  3. EU ETSについては、排出上限の年間削減率を4.2%に引き上げるという提案がなされており、そうなれば排出枠の削減が急速に進みます。新削減率が2021年に施行になったのと同じ効果が得られるように、特別上限調整措置も併せて提案されています。

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