「引当金に関する論点の整理」について 第2回

ナレッジセンター 公認会計士 福山伊吹

前回は「引当金に関する論点の整理」の全体像を紹介しました。今回は、IAS第37号改訂案で提案されている認識要件における蓋然性基準の削除と測定方法についての検討内容を解説します。

1.認識要件


本論点整理では、これまでの実務慣行や国際的な会計基準の動向等を踏まえた上で、注解18の認識要件について、見直しの要否を検討する必要があると考えられるとしています。

「企業会計原則」注解18のわが国の会計基準における取り扱いと、IAS第37号およびIAS第37号改訂案における引当金の認識要件を比較すると以下のようになります。


【引当金の認識要件の比較】

 

注解18

IAS第37号

IAS第37号改訂案

(1)その発生が当期以前の事象に起因企業が過去の事象の結果として負債の定義を満たしており
(1)(2)の要件についてはIAS第37号と実質的に差はないと考えられるが、(3)の要件は削除が提案されている。

 
(2)将来の特定の費用または損失現在の債務(法的または推定的)を有している

 
(3)発生の可能性が高い当該債務の決済のために、経済的便益を持つ資源の流出が必要となる可能性が高い
(4)金額を合理的に見積もることができる当該債務の金額について信頼できる見積もりができる信頼できる見積もりが可能
偶発事象発生可能性が低ければ引当金計上不可。
偶発債務等は注記。
偶発負債は引当金計上不可。発生可能性がほとんどない場合を除き、開示される(注解18の考え方と基本的に差はないと考えられる)。偶発負債の用語を削除。
上記の要件を満たしていれば非金融負債として計上し、発生可能性は測定に反映する。
  • 注解18では(2)の要件において、将来の特定の費用または損失としていますが、IAS第37号およびIAS第37号改訂案では、負債の本質的な特徴は、企業が過去の事象から生じた現在の債務を負っていることであるとされており、負債の定義を満たすことはIAS第37号の(1)と(2)の要件を満たすことと同じと考えられます。
  • そのため、IAS第37号およびIAS第37号改訂案と同様の負債の定義を用いる場合には、修繕引当金のような、将来において自らの行動により回避することが可能なものは負債に該当しないことと考えられることとなります。
  • IAS第37号改訂案においては、(3)の「発生の可能性が高い」という注解18の要件およびIAS第37号の「資源の流出が必要となる可能性が高い」という、蓋然性要件の削除が提案されていることが大きな相違点となっています。

2.蓋然性要件


わが国の会計基準および国際的な会計基準では引当金の認識要件の中に、発生の可能性が高いという要件(蓋然性要件)を設けていますが、IAS第37号改訂案では、蓋然性要件を削除することが提案されているため、検討してみたいと思います。

  • わが国の注解18では、蓋然性要件に当たる発生の可能性が高いことが明記されているとともに、発生の可能性の低い偶発事象に係る費用または損失については引当金を計上することはできないとされています。
  • IAS第37号改訂案では蓋然性要件の削除を提案しています。これは、「①負債の定義を満たす現在の債務が存在する場合には、資源の流出が発生する蓋然性にかかわらず負債として認識すべきであり、②将来の事象に関する不確実性は、認識される負債の測定に反映すべきである」という考え方によるものです。

この点についての取り扱いを比較して示すと以下の表のようになります。

IAS第37号での引当金と偶発負債の分類

IAS第37号

IAS第37号改訂案

現在の債務(present obligation)

発生の可能性が高い(probable)もの

引当金

非金融負債

発生の可能性が低いもの

偶発負債
(注記開示)

非金融負債

信頼性をもって測定できないもの

偶発負債
(注記開示)

非金融負債
(注記開示)

潜在的債務(possible obligation)

偶発負債
(注記開示)

該当なし(*1)

(*1) IASBでは、コメント募集後の審議において、現在の債務が存在するか否かが不確実な項目で現在の債務が存在しないと判断した場合、開示を求めることを合意しています(本論点整理第113項参照)。

今後の方向性

  • 蓋然性の削除については、情報の有用性や実務上の対応の困難などの観点から反対意見が多く出されていましたが、IASBではコメント受領後の再審議においても蓋然性要件を削除する方針を再確認しており、2010年2月に公表された新基準全体のワーキングドラフトにおいても変更されていません。本論点整理ではIAS第37号の最終的な改訂において、蓋然性要件の代替となるような取り扱いが導入されるかどうかも含めてIASBの今後の動向に注意していく必要があるとしています。
  • 蓋然性基準を削除する場合、期待値方式による測定に結び付くと考えられ、また現状では注記とされている発生可能性の低い偶発債務を負債に認識することとなるため、測定や開示の論点との関係にも留意する必要があるとされています。

3.測定


(1) 測定の基本的な考え方

わが国の会計基準では、引当金全般に関する測定の基本的な考え方は明記されておらず、注解18の引当金の計上要件の一つである「合理的に見積ること」に関する基本的な考え方が定められているわけではなく、実務に委ねられていると考えられます。

これに対して、IAS第37号では、「期末日における現在の債務の決済に要する支出の最善の見積り」によるとしており、IAS第37号改訂案では「期末日において現在の債務の決済又は第三者への移転のために合理的に支払う金額」により非金融負債を測定することを提案しており、現時点決済概念の考え方を強調しています。

なお、依然として測定方法が不明確とするIAS第37号改訂案に対するコメントを受けて、再公開草案では負債の測定について「企業が債務から解放されるために合理的に支払う額」で測定することとされ、債務をキャンセル又は移転することができる場合など、債務の履行以外の方法が存在するときも含めて、測定方法を詳細に定めています。詳細については、IFRS実務講座IAS第37号「引当金、偶発債務及び偶発資産」の改訂案をご参照ください。

(2) 現時点決済概念と究極決済概念

IAS第37号改訂プロジェクトの議論の中では上述した「期末日において債務の決済又は第三者への移転のために合理的に支払う金額」を現時点決済概念による金額とし、「将来において債務を消滅させるために要求されることが見積もられる金額」を究極決済概念による金額として、両者を対比しています。

ここでは、現時点決済概念の基礎は期待値であり、究極決済概念では最頻値など可能性のある単位の金額に結び付くことになるとされています。

現時点決済概念と究極決済概念について、数値例を用いて比較してみます。

【数値例】

X社とY社がそれぞれ単一の債務を負っており、期末日現在の見積もりでは、以下のように予想しているとします。

X社:60%の確率で100の請求があり、40%の確率で請求がないと予想
Y社:90%の確率で100の請求があり、10%の確率で請求がないと予想

この場合、

究極決済概念によると、X社、Y社ともに100を認識します。
現時点決済概念によると、X社は60(100×60%)、Y社は90(100×90%)の負債を認識することになります。

今後の方向性

IASBの議論では、引当金の測定に関する基本的な考え方は究極決済概念ではなく現時点決済概念であるとしています。しかし、本論点整理においては、企業自らの履行による決済が前提となっている場合が多いことを踏まえれば、究極決済概念の方が整合的とも考えられるとしています。また、IASBのコメント受領後の暫定合意では、現時点決済概念において債務を企業自身が履行すると想定している場合でも測定にマージンが含まれるという考え方(*2)が採られているため、本論点整理ではこうした点も考慮しつつ、期待値方式との関連にも留意しながら引き続き検討するとしています。

(*2) なお、「債務を企業自身が履行すると想定している場合でも測定にマージンが含まれるという考え方」に関して、再公開草案では、以下のように整理されています。

① 負債の測定は、(a)債務を履行するために必要な資源の現在価値の見積り (b)債務をキャンセルするために必要な支出額 (c)債務を第三者に移転するために必要な支出額 の中で最も小さい金額となります。

② 負債の測定に(a)を使用する場合、債務を履行するために「相手方に支払うことにより履行される場合」と「サービスを提供することにより履行される場合」に区分します。さらに後者を当該サービスに「市場がある場合」と「市場がない場合」に分けて、市場がない場合に、将来の時点において企業が当該サービスを提供したときに、第三者に請求するであろう金額を見積り、当該金額には企業に発生すると予想される原価のほか、企業が第三者に請求する際に上乗せするマージンが含まれるものとなっています。詳細については、IFRS実務講座IAS第37号「引当金、偶発債務及び偶発資産」の改訂案をご参照ください。

(3) 期待値方式

IAS第37号改訂案では2.蓋然性要件で解説したように、蓋然性要件を削除することが提案されているため、期待値方式による測定に結び付くと考えられています。IAS第37号改訂案では、引当金の測定値を見積もる方法を、生起し得る複数のキャッシュ・フローをそれぞれの確率で加重平均した金額(期待値)による方法に一本化し、最も生起する可能性が高い単一の金額(最頻値)による方法を削除することが検討されており、本論点整理でも検討がされています。

数値例を用いて考えてみます。

【数値例】

負債の定義を満たす債務がA、B、Cと3種類ありそれぞれ、期末日現在の見積もりでそれぞれ以下の請求があると予想されているとします。なお、A、B、Cいずれも近い将来発生する事象で、発生時期が長期と見込まれるものはないという前提とします。

発生可能性

請求額

A

85%

100

85

B

10%

50

5

C

5%

20

1

合計91
(引当金の計上額)

IAS第37号改訂案で提案されている考え方に基づく場合、負債の定義を満たす現在の債務が存在すれば、発生可能性の高低にかかわらず負債として認識し、将来の事象に関する不確実性は測定に反映させることになります。そのため、BやCの債務のように発生可能性が低いものも負債として認識します。また、その場合、私見ですが、期待値方式を採用して測定することになるので、生起し得るA、B、Cのキャッシュ・フローをそれぞれの発生確率で加重平均して、期末の引当金計上額を算定することになると考えられます(上記の数値の例の場合、計上額は91となります)。

仮に最頻値により測定するとすれば、85%と最も生起する可能性が高いAの将来において決済される債務額100で引当金を計上することになると考えられます。

今後の方向性

単一の債務に関する引当金の測定について、期待値方式のみを認め、最頻値方式を削除することは、情報の有用性や測定の信頼性、あるいは実行可能性等の観点から懸念があるとする意見も多く、本論点整理では、蓋然性要件や測定の基本的な考え方などの他の論点とも結び付いているため、IASBによる審議(*3)を注視しつつ検討を行う必要があるとしています。

(*3) 再公開草案では、自社の履行を前提として、「債務の履行時に必要な資源の現在価値の見積り」を行う場合(上述(2)*2参照)、期待現在価値法(Expected present value technique)を用いること求めています。この期待現在価値の見積りには以下のプロセスを考慮することになります。

① 起こり得る複数の結果を明らかにする。
② 起こり得る複数の結果について資源の流出金額と時期を見積もる。
③ それぞれの結果の現在価値を計算する。
④ それぞれの結果の発生可能性を見積もる。
⑤ 計算された複数の将来のキャッシュ・フローを発生確率で加重平均する。

この期待現在価値を算定する際に、以下の計算要素を考慮して見積ることとされています。

  • 貨幣の予想流出額(将来キャッシュ・フローの金額)
  • 貨幣の時間価値(支払時期)
  • 資源の実際の流出額が予測と異なるリスク

仮にIASBで現在提案されている再公開草案の考え方が、日本の会計基準において導入される場合、企業は負債の測定に当たって、起こり得る複数の結果とそれぞれキャッシュ・フローと発生確率等に関する情報を集めることが必要となり、事象の発生時期が長期と見込まれる場合は割引計算が必要となるため、これまでより複雑な見積り計算が必要となると考えられます。詳細については、IFRS実務講座IAS第37号「引当金、偶発債務及び偶発資産」の改訂案をご参照ください。



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