激動の時代におけるグローバル関税管理・DX化の重要性について

激動の時代におけるグローバル関税管理・DX化の重要性について

関連トピック

数多くのメガFTAが発効し、また猶予なく追加関税が発動する今、関税コストを適正に維持・管理するためには、グローバルな管理体制の構築が急務です。DX化によりグローバルサプライチェーンの把握の他、関税コンプライアンスリスクの軽減、工数削減が見込めます。


本稿の執筆者

EY税理士法人 インダイレクトタックス部 原岡 由美

約20年の通商経験を有し、自動車、化学、製薬をはじめ、幅広い業種の日本内外のクライアントに関税アドバイザリー業務を提供。FTAの戦略的活用やサプライチェーンの見直しによる関税コスト削減を目的としたプランニングの他、輸出入コンプライアンス体制構築・レビュー、輸入事後調査対応など、幅広く企業の通商業務を支援している。EY税理士法人 パートナー。


要点

  • 数多くのメガFTAが発効し、猶予なく追加関税が発動する「激動」の今、発効予定のFTA利用による関税節減可能額や追加関税発動による影響額を正確に把握できているか。
  • 対応策を検討し、すぐ実行に移せる体制があるか。


Ⅰ はじめに

日本企業の多くは、関税を「物を輸入する際に発生する必要経費」として捉える傾向にあり、企業の損益に影響を及ぼす積極的に管理すべきコストとしての認識は薄いように思います。関税管理も、輸出入法令遵守および関税の過少納付防止を目的とした現場での輸出入プロセス管理が主でした。

しかし、現在日本企業のおかれている通商関税環境は大きく変わっており、まさに「激動」の時代といえます。ある市場国向けの製品を、どこでどのように作るかにより、適用される関税率は大きく異なります。その時々の通商関税環境を企業の生産・調達戦略に反映することは、関税コストの節減ひいては価格競争力および収益性向上につながります。

本稿では、近年における通商関税環境の変化およびそれに伴う企業における関税管理の在り方について考察します。

 

Ⅱ 激動の通商関税環境と従来の関税管理の限界

1. 追加関税・報復関税の乱発

通商関税環境の大きな変化を象徴する事象として、貿易のルールを策定・維持し、貿易の予見可能性および自由化を促進してきた世界貿易機関(WTO)の弱体化に伴う追加関税と報復関税の乱発が挙げられます。日本企業への影響が特に大きかったのは、現在も継続されているドナルド・トランプ前政権下における次の措置となります.

① 通商拡大法232条に基づく鉄鋼(25%)・アルミニウム(10%)への追加関税発動およびEU・カナダ・メキシコ・インド・中国などによる米国産品に対する報復関税の賦課

② 通商法301条に基づく中国産品に対する追加関税の発動および中国による米国産品への報復関税の賦課

これらの措置の特徴としては、WTOの紛争解決手続を経ずに発動されていることから措置の決定から発動までの期間が短かったこと、そして<表1>に見るように、企業への影響が甚大であることが挙げられます。

表1 追加関税の影響イメージ

追加・報復関税は輸入貨物の価値に対して課せられ、追加関税25%は、対象品を輸入する米国販社にとっては販売原価の25%増しを意味します。直ちに販売価格に転嫁できない状況では、企業の損益に大きな影響を及ぼします。その影響の大きさから、措置発動直後に中国からの生産移管を決定した企業も複数ありました。

他方、対策をとらず今も25%の追加関税を支払っている企業もあります。法令遵守機能を担う現地の関税管理部署が、対象品の輸入時に追加関税が正しく申告・納付されるプロセスを構築したものの、その影響や追加関税の回避策につき経営への提言がなかったことから対応が遅れたという例もあります。

2. 大型EPAの発効

激動の通商関税環境を象徴するもう1つの事象としては、WTOが推進する加盟国全体での多角的な関税削減交渉が進展せず、締約国間の貿易にかかる関税を削減する大型EPAの発効が相次いだことが挙げられます。2018年以降、日本が関与するものだけでもTPP11、日・EU EPA、日米貿易協定・日米デジタル貿易協定、日英EPA、地域的な包括経済連携(RCEP)協定が発効しています。

EPA発効により、締約国間の貿易にかかる関税が即時または段階的に撤廃されるため、大きな関税節減効果が期待できます。しかし、締約国間の輸入であれば自動的に通常より低いEPA税率が適用となるわけではありません。協定ごと、品目ごとに異なる利用条件(締約国での付加価値や加工工程に関する基準や、その充足を証明する形式要件、輸送に関するルールなど)を満たす必要があります。このような利用準備のほとんどは輸出側で発生します。輸出側は関税節減効果を享受しないため、対応に必要となる人員増加のための予算が付かず、工数不足を理由にEPA発効後も通常の関税を支払い続ける企業も珍しくありません。

また、EPAの活用を現場に委ねると、現状のサプライチェーンを前提とした活用に限定されてしまうという弊害もあります。この点、早くから本社関税担当部署によるグローバルな関税管理を導入している企業では、大型EPA締結時には既存のサプライチェーンでの活用機会の抽出はもちろん、その地域向けの生産戦略(工場移管含む)を見直すことによるさらなる関税節減の可能性も模索しています。また、別の企業では、自社製品のEPA活用をより確実とするため、サプライヤ選定基準に部材の生産国の指定や、EPA活用への協力の義務化などを盛り込んでいます。

 

Ⅲ 新しい関税管理の在り方

企業は、もはや「関税は必要経費」などとは言ってはおられず、関税コストの積極的な管理が当然に求められるようになっています。そのため、現地法人から必要な情報を吸い上げ、生産・調達戦略に反映する機能が必要となり、グローバルな関税管理組織を本社に設置する動きが見られます。

新設されたグローバルな関税管理組織は、まず何をどこから輸入しているのか、関税支払額、EPA利用による関税節減額等を把握する必要があります。しかし、このような基礎的な情報すら現地から入手できず困っているという声が意外と多いです。

現地が保管する輸入許可書には、輸入品目ごとの船積地、原産地、数量、価格、適用された関税率とその種別などが記載されています。しかし、輸入申告手続は電子化されていても、その業務を通関業者に委託し、現地は紙またはPDFの輸入許可書のみを保管していることが一般的です。情報としては存在してもデータとして管理していないため、これらの膨大な紙やPDFの数字を集計するには膨大な工数が必要となり「できない」ということになるのです。

これでは組織を作っても、タイムリーに関税措置の影響額を試算し、対応策を検討することができません。そこで、通関業者からデータを入手し、関税支払額、節減額、さらなる節減可能額などを分析するソリューションや、自社のシステムに通関データが蓄積される申告システムの導入が検討されています。また、関税当局は、近年データアナリストを採用し、申告データを事前に分析したリスクベースの調査を実施することが増えており、これに対抗するためにも、このようなDXソリューションの導入は有用といえます。

また、人材不足のためEPAを活用しきれていないという相談も非常に多いです。前述の通関データの分析によりさらなる関税節減効果を提示し費用対効果を示すことにより必要なリソースを確保するというのも一案です。ただし、いくら人を投入しても、マニュアル作業では人為的なミスを防ぐ、ルール変更へ迅速に対応するという点で限界があります。EPAの利用額が大きい企業ではEPA管理システムを導入していることが多いです。企業の製造原価管理システムから情報を取得してEPAの原産性を自動的に確認するもの、機械学習やチャットボットを用いてHSコードを付番するものなど、さまざまなソリューションがEPA活用をサポートします。

 

Ⅳ おわりに

本稿で見たように、追加・報復関税やEPAなど、適用される関税率に影響するさまざまな要素が複雑に絡み合う現在、通商関税環境を生産・調達戦略に反映することは企業の価格競争力を維持する上で必須と言っても過言ではありません。

通商関税環境の変化にタイムリーかつ適切に対応できるよう、関税管理部署の役割が現場でのプロセス管理から戦略提言へ拡大され、管理手法も従来の紙・マニュアル管理からDX化への変革が求められています。


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サマリー

日本企業の海外人材受け入れの課題は「海外からの人材受け入れに慣れていない」「専門家等外部リソースの活用に慣れていない」「統一的なモビリティポリシーが存在しない・または機能していない」が挙げられます。また、同じ海外赴任者でも、日本から海外赴任する場合とは異なる留意点が多いので注意が必要となります。


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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。


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