2023年3月期有価証券報告書のIFRS財務諸表の開示における留意点
情報センサー2023年6月号 IFRS実務講座
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 岩﨑 尚徳
当法人入社後、主として化学品等の製造業、プラントエンジニアリング業、小売業、商社などの会計監査および内部統制監査に携わる。2020年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
Ⅰ はじめに
2023年1月31日に気候変動や人的資本・多様性等のサステナビリティに関する企業の取組みの開示等を求める、改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、改正開示府令)等が公布・施行され、23年3月31日より適用されています。サステナビリティに関する企業の取組みに関する情報は、投資家の関心が高い情報であり、企業価値の向上を実現するためには、有価証券報告書においても充実した開示が重要となります。
23年3月24日には、「有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項及び有価証券報告書レビューの実施について(令和5年度)」が金融庁より公表され、令和5年3月期以降の重点テーマ審査の対象は「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」とされており、注目度が高い領域です。
また、気候変動に着目すると、22年10月6日、英国を拠点とする非営利シンクタンクであるCarbon Trackerが、気候変動が及ぼす影響が財務諸表で適切に開示されていない、また監査人による監査も十分でない旨を指摘するレポート「Still Flying Blind」を公表しています。世界的な気候変動リスクへの意識の高まりを背景として、気候変動が財務報告へ与える影響の適切な考慮の観点から、財務諸表作成者および監査人に対する投資家の要求水準もまた高まってきていると言えます。なお、同レポートでは、二酸化炭素排出量が多い全世界の134社が調査対象とされており、日本企業も4社がその対象となりました。
さらに、23年3月29日には、欧州の規制当局の集まりである欧州証券市場監督局(ESMA)が「2022 Corporate Reporting Enforcement and Regulatory Activities Report」を公表しました。本レポートは、ESMAが欧州上場企業の21年度の年次財務報告書のレビューを行った結果をまとめたものです。21年度のレビューにおいてESMAは、重点課題としたテーマの1つとして、「気候変動の影響が適切に考慮され開示されているかどうか」を選定しており、重点的なレビューがなされました。本レポートの中で、気候関連事項の開示に関して重大な改善の余地があるとキーメッセージを述べており、IFRSに準拠して作成された財務諸表(IFRS財務諸表)と非財務情報との不整合や、IAS第36号「資産の減損」、IAS第16号「有形固定資産」、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」等に照らした具体的な開示項目についての検証結果がまとめられています。
本稿では、改正開示府令の概要、IFRS財務諸表における気候変動の影響、IFRS財務諸表と非財務情報との整合性について触れ、23年3月期有価証券報告書のIFRS財務諸表の開示における留意点を解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
また、記載された内容は今後の各々の審議等の進捗(ちょく)に伴い、変更される可能性があることをお断りします。
Ⅱ サステナビリティに関する企業の取組みの開示(改正開示府令の概要)
<図1>の通り、「サステナビリティ全般に関する開示」として、有価証券報告書等に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設されました。「ガバナンス」と「リスク管理」は、企業において、自社の業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、サステナビリティ情報を認識し、その重要性を判断する枠組みが必要となる観点から、全ての企業が開示することが求められます。そして、各企業が「ガバナンス」と「リスク管理」の枠組みを通じて重要と判断したサステナビリティ項目については、「戦略」と「指標及び目標」の開示も求められます。本改正において、気候変動関連の情報についても、サステナビリティ情報の1つとして、上記の枠組みの中で、その開示の要否が判断されることになります。
また、今回の改正では、適用すべき報告基準や細かな記載事項は規定せず、各企業の現在の取組み状況に応じて柔軟に記載できるような枠組みとされています。
Ⅲ IFRS財務諸表における気候変動の影響
23年3月期有価証券報告書の前段(経理の状況以外の部分)において、サステナビリティ情報の1つとして、気候変動関連の情報について、開示が必要と判断されることは十分想定されます。その際、より適切な会計処理や開示の実現の観点から、気候変動がIFRS財務諸表に及ぼす影響について検討する必要があります。
IFRSには気候変動リスクに焦点を絞った特定の基準は存在しないものの、気候変動リスクはさまざまな分野の会計処理に影響を及ぼす可能性があり、特に、気候変動に関連する最も重要な仮定、見積り及び判断に関する十分な開示は重要であり、同時に、IFRS財務諸表と非財務情報との整合性(Ⅳを参照)も重要です。
ここでは、有価証券報告書の前段で開示された気候変動項目をIFRS財務諸表でどう考慮するのか、IAS第16号「有形固定資産」、IAS第36号「資産の減損」に着目し確認したいと思います。
前提として、23年3月期の有価証券報告書の前段で、以下の会社目標を開示しているものとします。
【会社目標】
- 30年までにGHG(温室効果ガス)排出量を、カーボンオフセット考慮後のネットベースで15年比50%削減する。
- 50年までにGHG排出量をネットゼロにする。
また、この会社目標実現のために、下記の対応が必要と経営者は合理的に判断しているものとします。
【会社対応】
- GHG排出量が多い現在の製造装置Aの使用を27年までに中止し(従来は30年までに使用予定)、28年から排出量が少ない製造装置Bを新たに購入する。
① IAS第16号「有形固定資産」の検討ポイント
製造装置Aの耐用年数の短縮が必要となる可能性があります(IAS第16号51、57項)。
② IAS第36号「資産の減損」の検討ポイント
耐用年数の短縮が減損の兆候に該当する可能性があります。該当する場合、使用価値の算定上、より短い期間内の将来キャッシュ・フローで減損テストを行うことで(IAS第36号33(a)項)、減損損失が生じる可能性があります。
Ⅳ IFRS財務諸表と非財務情報との整合性
有価証券報告書の前段で記載される気候変動関連の開示(定性的・定量的)内容、例えば、会社のGHG排出量削減目標やTCFDに基づく気候変動リスク・機会の財務的影響を把握し、その内容とIFRS財務諸表の見積りの仮定に不整合がないかどうかを確認することが重要です。その際、適用すべき会計基準の要求事項に沿った場合等、両者に不整合があっても問題ないと判断する場合にはその合理性を説明することができるのか、合理性を説明できるとしてもグリーンウォッシュであると規制当局や投資家から思われてしまうリスクはないかどうかを検討することが重要です。
Ⅴ おわりに
海外では、気候関連財務情報開示タスクフォースのTCFD提言、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の国際サステナビリティ開示基準等、国内では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)による基準開発、今回の改正開示府令等、非財務情報の開示枠組み・基準をめぐる動きが活発になっています。
こういった状況の中、23年3月期の有価証券報告書の前段の「サステナビリティに関する考え方及び取組」において、気候変動情報を含むより多くのサステナビリティ情報の開示が想定されますので、IFRS財務諸表と当該前段における気候変動情報の整合性の確認がより重要となる点を強調したいと思います。