サービスとしてのソフトウェア(SaaS)取引の会計処理
情報センサー2021年12月号 IFRS実務講座
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 物井一真
当法人入所後、主としてメディア・エンターテイメント業や不動産業の会計監査及び内部統制監査に従事。2015年より東証一部上場の総合商社に出向し、連結決算業務や監査対応業務に携わり、18年に帰任後は、消費財・小売業の会計監査及び内部統制監査に従事。21年よりIFRSデスクに所属し、研修業務、執筆活動などに従事している。
Ⅰ はじめに
近年、テクノロジーの進歩や大容量データの活用、ネットワーク環境の向上からクラウド・コンピューティングサービス(以下、クラウド・コンピューティング)の利用が拡大しています。一方で、IFRSにはこのようなクラウド・コンピューティングの利用に係る会計処理を直接的に取り扱ったガイダンスはありません。そのため、関連する会計基準を参照してさまざまな判断に基づき会計処理を決定していく必要があります。この点、2018年から21年にかけてIFRS解釈指針委員会(以下、解釈委員会)ではベンダーが提供するクラウドサーバーにあるソフトウェアをサービスとして顧客が利用する契約(Software as a Service(以下、SaaS契約))に係る会計処理の議論が複数回行われており、その関心の高さがうかがえます。そこで本稿では、SaaS契約関連のサービスを顧客が受けるために発生するコストの会計処理について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 利用する基準の決定
SaaS契約において、企業は、サプライヤーのアプリケーションソフトウェアに、インターネット回線や専用回線を介してアクセスし、その機能を使用します。この取引の会計処理に関連するIFRSの基準は、IFRS第16号「リース」やIAS第38号「無形資産」といった複数の基準が考えられます。SaaS契約に関する会計処理決定の流れを<図1>で示します。
なお、本誌20年2月号のIFRS実務講座「IFRS第16号「リース」リースの識別(クラウド・コンピューティングの会計処理)」※1では、19年3月の解釈委員会で議論されたクラウド・コンピューティングに関する論点の概要を踏まえ、<図1>における「契約がリースを含んでいるか」に関する論点を紹介しています。従って本稿では図の黄色のボックスに記載される、契約がリースを含まない場合の会計処理を取り扱います。
Ⅲ 無形資産を含むかどうかの評価
まず始めのステップとしては、顧客がクラウドサービスを受けるために支払ったコストがIAS第38号の無形資産に該当するか否かを判断します。IAS第38号では、無形資産の認識には、識別可能性、支配、将来の経済的便益といった三つの要件の全てを満たす必要があります(IAS38.18)。
19年3月の解釈委員会のアジェンダ決定によると、SaaS契約におけるアプリケーションソフトウェアへのアクセス権が無形資産に該当するか否かを判断する際は、支配の要件、すわなち、対象となる資源から生じる将来の経済的便益を獲得するパワーを有し、かつ、当該便益への他者のアクセスを制限できるかを慎重に検討する必要があります。検討に際しては、関連する事実及び状況を理解し、総合的な判断を行う必要があります。
Ⅳ 無形資産を含まない場合の会計処理
19年3月の解釈委員会のアジェンダ決定では、SaaS契約がサプライヤーのアプリケーションソフトウェアへアクセスする権利のみを与える場合は、顧客である企業に支配できる資源が提供されていないため、無形資産を含んでいないことが示唆されています。
Ⅲに基づく判断の結果、サービスとしての経済的便益を将来受け取るための支出が企業に生じたものの、それが認識可能な無形資産等を創出しない場合、そのような便益の受取に係る支出はサービスの受取時に費用認識することになります(IAS38.69)。この場合、サービスを受け取るのは、契約条件に従ってサプライヤーが企業にサービスの提供義務を履行した時となります(IAS38.69A)。そのため、前述のサプライヤーのアプリケーションソフトウェアに顧客がアクセスする権利はサービスの受領時、すなわちサービスの契約期間にわたり費用化することになります。
SaaS契約では、顧客はサービスを受け取るに当たり、サプライヤーのアプリケーションソフトウェアにアクセスする権利の対価以外に、必要なパフォーマンスを達成するためのシステム要件定義の代替案の策定及びその評価といった調査コストや、コンフィグレーション※2やカスタマイゼーションコストといったサービスを受け取る環境をセットアップするための導入費用を生じることがあります。
このような導入費用のうち、上記の調査コストは、一般的にIAS第38号に定められる研究活動にかかるコストであると考えられるため、発生時に費用処理されます。次に、コンフィグレーションやカスタマイゼーションコストについては、まず、これらのサービスに係る支出を個別に会計処理すべきか否かを決定する必要があります。しかし、IAS第38号はサービスに係る支出の会計処理単位の判断に関するガイダンスを含んでいません。そのため、21年4月※3の解釈委員会のアジェンダ決定では、IAS第8号の類似の事項や関連する事項を扱っているIFRS基準における要求事項を参照する規定(IAS8.10,11)を参照し、IFRS第15号を適用する旨が示されています。具体的には、契約の識別及び履行義務の識別を行い、個別に会計処理するか否かを検討します(IFRS15.22,27)。すなわち、コンフィグレーション又はカスタマイゼーションなどの導入サービスがSaaS契約のサプライヤー企業により提供される契約の場合(SaaS契約のサプライヤーから他の第三者である企業にこのような業務が委託されている場合も含みます)で、顧客が受け取る導入サービスが前述のIFRS第15号の規定に照らして、ソフトウェアのアクセス権と別個のサービスには該当しない場合は、アプリケーションソフトウェアへのアクセスが提供される期間にわたりアクセス権とともに費用化します。一方、ソフトウェアへのアクセス権と別個のサービスである場合は、コンフィグレーション又はカスタマイゼーションのサービスを受け取った時点で費用化します。
Ⅴ 無形資産を含む場合の会計処理
21年4月の解釈委員会のアジェンダ決定では、契約内容によっては、SaaS契約に関連したコンフィグレーション又はカスタマイゼーションなどの導入費用が無形資産として認識される可能性は完全には否定されていません。しかし、IAS第38号の要求事項に鑑みると、このような支出が無形資産として計上できるケースはかなり限定されると考えられます。また、クラウドサービスを受けるために支払ったコストが無形資産を含む場合であっても、その全ての導入費用が資産化されるわけではありません。そのため、導入費用の内容を精査し、IAS第38号の要求事項に沿って慎重に検討した上で、資産化する範囲を決定し、会計処理する必要があります。
Ⅵ おわりに
21年4月の解釈委員会のアジェンダ決定では、SaaS契約に関連したコンフィグレーション又はカスタマイゼーションなどの導入費用が無形資産として認識されるケースは非常に限定されることが示唆されています。IFRS財団のデュー・プロセス・ハンドブックによると、企業が従前から行っている会計処理がアジェンダ決定と異なる場合、会計方針の変更が必要になる可能性があります(なお、過年度の誤謬(ごびゅう)と判断される場合は関連する規定に従う)。企業は、会計方針の変更を行うために必要と判断される範囲の十分な準備期間の確保が認められます。そのため、企業は自社においてSaaS契約を有している場合は、当該契約に係るコストについて前述のアジェンダ決定を受けて会計処理の変更が必要か否かについて慎重に判断する必要があると考えられます。
※1 情報センサー2020年2月号「IFRS第16号「リース」リースの識別(クラウド・コンピューティングの会計処理)」
※2 一般的には、ソフトウェアのコード修正又はコード作成を伴わないソフトウェアの既存のコードが特定の方法で機能するようにセットアップすることを指す。
※3 21年3月のIFRIC Updateへの補遺において公表されている。
- YouTubeで動画配信中
【IFRS】サービスとしてのソフトウェア(SaaS)取引の会計処理