オランダにおけるエネルギー転換と水素戦略の行方

情報センサー2023年11月 JBS

オランダにおけるエネルギー転換と水素戦略の行方


EYオランダJBSでは、2023年3月にアムステルダムにて、「カーボンニュートラルに向けた新規事業創出の事例紹介」セミナーを開催しました。登壇された方々の知見もお借りし、その背景等も踏まえて、エネルギー転換に関するオランダの動向を解説します。


本稿の執筆者

EYオランダ アムステルダム事務所 公認会計士 平野 英史

多くのグローバル企業に対するIFRSや米国基準等に準拠した財務報告と内部統制の監査に豊富な経験を有す。2022年7月よりEYオランダのアムステルダム事務所にて、監査だけでなく、財務・非財務報告や内部統制の構築等を含めた日系企業の支援に従事。EYの監査メソドロジー開発・導入メンバー。



要点

  • 欧州最大の貿易港ロッテルダムは、現在、政府、港湾事業者企業、革新的な起業家等が集う、水素の製造・輸入・輸送という国際的な水素ハブを目指している。
  • オランダは、現在、欧州で2番目に大きな水素生産国であり、官民のさまざまな計画や投資が続いているが、水素の効果的なエネルギー利用には解決すべき化学的・技術的な課題も残されている。
  • 欧州やオランダのエネルギー転換には、ウクライナ情勢の変化や、その歴史的・地理的な条件が影響を及ぼしている。


Ⅰ はじめに、オランダロッテルダム港では今

先日、Dujat(蘭日貿易連盟)のご招待で、日系企業の方々と一緒にロッテルダム港を見学してきました。

ナポレオン皇帝も宿泊したというロッテルダム市の名所Schielandshuisにて、まずはロッテルダム市の取り組みをご紹介いただききました。欧州をまたがるライン川が北海へと注ぐ玄関に位置し、古くから欧州経済の発展を物流の要として担ってきた欧州最大の貿易港ロッテルダムは、現在、政府、港湾事業者企業、革新的な起業家等が集う、国際的な水素の製造・輸入・輸送という、水素ハブを目指して動き出していることが紹介されました。その後、登壇者の方からは、水素生成拡大のためのサプライチェーン構築、洋上での水素生成システム、運搬のための保存といった課題と、それらに対する現状の取り組み等が、熱くかつ冷静に語られました。また、水素エネルギーで運行できるゼロ・エミッションの飛行機や船、移動可能な小型水素エネルギー製造装置(80キロワットの24時間稼働)等の紹介もありました。

あらためて、オランダの地理的・歴史的にふさわしい挑戦と、そこで生み出される技術や製品の斬新さを感じ取ることができ、また、その魅力に引き込まれる日本企業の活躍が垣間見える貴重な体験でした。

EYオランダJBSでは、2023年3月に、アムステルダムにて、「カーボンニュートラルに向けた新規事業創出の事例紹介」というセミナー※1を開催しました。本稿では、セミナーに登壇された方々の知見もお借りし、その背景等も踏まえて、エネルギー転換に関するオランダの動向を紹介します。

※1 過去のセミナー 在蘭商工会議所, www.jcc-holland.nl/jcc-event/past-seminar (2023年9月22日アクセス)

 

Ⅱ EUのサステナビリティ追求と情報開示制度

欧州では、早くから地球資源・環境保護への意識が高く、地球温暖化に危機感を募らせ、その原因とされる二酸化炭素等の温室効果ガス(GHG)への対応をリードしてきました。代表的なものとして、EU(欧州連合)は、2019年に、持続可能な経済の実現に向けた成長戦略European Green Deal※2を公表し、2050年までのカーボンニュートラルの実現と、その過程の2030年にはGHGの1990年比55%削減を目標に掲げました。EU各国は、これに応じて化石燃料から再生可能エネルギーへの移行等、さまざまなエネルギー関連法案を発表し、政府は補助金によって技術開発を支援してきました。

EU加盟国オランダにおいても、Climate ActやNational Climate Agreementにおいて、2030年までに再生可能エネルギーの利用を70%にまで高め、2050年にGHGの1990年比95%削減と電力生産の完全CO2ニュートラルを実現し、さらに、エネルギー問題より広範な、経済資源全体を100%再利用する循環型経済(サーキュラーエコノミー)の移行することも掲げています※3。前述のEYセミナーにおいても、オランダの将来30年の新しいエネルギーシステムに向けた挑戦として次の2点を取り上げました。

①洋上風力による1次エネルギーを、2050年に主要なエネルギーへ転換する(2022年でも化石燃料がエネルギー供給の過半を占めている)。

②洋上風力エネルギー等を利用して生成する水素を、補助的なエネルギー源とする。

なお、EUは、この持続可能な社会への取り組みを企業活動においても重視し、他国の制度に先駆け、また、より拡充した、ダブルマテリアリティに基づくサステナビリティ情報開示(社会や環境が企業財務に及ぼす影響だけでなく、企業活動がそれらに及ぼすインパクトをも評価)と第三者による保証を制度化しました※4。これにより、2025年度からEU内の日系企業も大企業(売上高40百万ユーロ、総資産20百万ユーロまたは従業員250人の3つの指標のうち2つ以上を満たす企業グループ。ただし、現在、近年のインフレを反映した金額基準の増額が検討されています)であれば開示が要求され、さらに2028年度からは、EU域内売上高が150百万ユーロ以上ある場合等には、EU域外の日本企業にも対象が拡大される予定です。オランダも現在、当該EU指令に沿った国内法の整備を進めており、該当する企業は早急な対応が必要とされます。

※2 A European Green Deal, European Commission, commission.europa.eu(2023年9月22日アクセス)
※3 Measures to reduce greenhouse gas emissions, Government.nl, www.government.nl/topics/climate-change/climate-policy(2023年9月22日アクセス)
※4 Corporate Sustainability Reporting Directive (CSRD), European Commission, finance.ec.europa.eu(2023年9月22日アクセス)

 

Ⅲ ウクライナ情勢とエネルギー危機

2022年2月以降のウクライナ情勢の変化は、エネルギーの価格高騰だけでなく、供給の不安定不足への恐れを引き起こしました。オランダの一般物価水準も20%近く上昇し、寒い冬を過ごすための暖房への深刻な危惧を肌で感じました。幸い2023年に掛けての冬は暖冬でしたが、エネルギー供給は、安全保障や人々の日々の暮らしの根幹であることを切り離しては考えれられない問題であることが再認識されました。

EUの対応は非常に迅速で、2022年3月には、REPowerEUという宣言を発表し、2030年までにロシア産化石燃料等のエネルギー輸入を停止すると決め、2022年5月には、より詳細な計画を明らかにしました※5。そこでは、気候変動への対応だけでなく、ロシア資源への依存から脱却してウクライナを支援することを目的とし、その手段として、輸入やそのための国際企業との連携を含んだエネルギー供給の多様化や、再生可能エネルギーの利用拡大を加速することとしています。2030年までに、エネルギー全体に占める再生可能エネルギー割合を45%にまでいっそう高める目標も、このREPowerEUで策定されました。

オランダにおいても、これ以降、エネルギー転換は、未来に残すべき地球環境のためだけでなく、現在の安全保障問題である現実を前に、政府が率先して前述の転換を押し進めています※6

日本との違いで言えば、この他にも、オランダに広がる平地・低地へ吹きつける北海からの強風による風力発電等を含め、再生可能エネルギーが既に豊富に供給できていることと(2022年にオランダのエネルギー総供給量の40%)、オランダとその周辺諸国に巡らせた天然ガス用パイプラインが既に完備されていること等が挙げられます。また、オランダでは、2022年12月に、新たに原子炉を建設した原子力エネルギーの利用拡大計画も公表されました※7

※5 REPowerEU: A plan to rapidly reduce dependence on Russia fossil fuels and fast forward the green transition, European Commission, ec.europa.eu(2023年9月22日アクセス)
※6 Reducing dependence on Russia, Government.nl, www.government.nl(2023年9月22日アクセス)
※7 Netherlands talking to three suppliers to build new nuclear power plants, Reuters, www.reuters.com/business/energy(2023年9月22日アクセス)

 

Ⅳ 水素エネルギー供給とその課題

オランダは、現在、既に年間900万立法メートル以上の化石燃料から水素を生産する欧州で2番目に大きな水素生産国となり、既に1,000キロメートルを超える専用の水素パイプラインが敷設されています。さらに、前述の天然ガスパイプラインが13万6千キロメートルにわたって水素輸送用に転換可能とされており※8、官民のさまざまな計画や投資が続いています。

水素は、特定の国や地域に偏在していずれ枯渇する化石燃料と異なって無限に存在するため、他国へ依存する必要がなく、また、自然界にある他の再生可能な風力や太陽光等と違って気象条件の影響も受けないため、これをエネルギーに活用できれば、化石燃料の枯渇を抑制し、二酸化炭素の排出も削減できるということで、従来さまざまな研究がなされてきました。

しかし、水素は、化石燃料、原子力または他の再生可能エネルギーのような既に自然界にそのまま存在する1次エネルギー源とは異なり、化石燃料や水を分解して2次的に作り出す必要があります。化石燃料からの生成では、化石燃料に限りがあることや二酸化炭素の発生をいかに抑えるか(いわゆる「ブルー水素」化)の技術やコストが課題ですが、現状において、オランダはこの取り組みにも意義を認めています。一方で、水からの生成は、現在の技術では、他の2次エネルギーの生成に比べて非常に高コストであり、また、水の電気分解に必要なエネルギーよりも水素が生み出すエネルギーが小さいという非効率を解消・克服していくアイデアや技術革新が必要とされます。

このため、風力や太陽光による余剰電力を水素生成のエネルギー源に活用することで(いわゆる「グリーン水素」生成)、全体としてより多くのエネルギー供給を追求したり、発熱効果が弱い電気では十分なエネルギー供給ができない産業分野への利用を優先したりしています。これらによって化石燃料の枯渇と二酸化炭素排出を回避できますが、利用範囲は限定されます。

※8 Excelling in Hydrogen Dutch technology for a climate-neutral world, Netherlands Foreign Investment Agency, japan.investinholland.com(2023年9月22日アクセス)

 

Ⅴ おわりに 企業の取り組みとEYセミナー

ロッテルダムでは、水素エネルギーの実用化にはいまだ多くの課題があるものの、オランダと連携するEU諸国や企業が知恵と技術を集約し、オランダ国内からEU諸国にわたるハブ港を目指してさまざまな投資・技術開発がなされ、その成果が報告されています。

前述の通り、EYオランダJBSでは、これらの背景と、人々や企業に及ぼす広範な影響に着目し、オランダで活躍されている、エネルギー供給や水素の活用に造詣の深い方々をオランダ政府や企業からお招きしてセミナーを開催しました。

まず、オランダ経済気候政策省企業誘致局の高官からは、「EUとオランダのエネルギー政策の現状と、日系企業にとっての投資の魅力」と題して、エネルギー転換に向けてオランダが克服するべき課題とそれが日本企業等にとってどのような機会を生み出すのかを解説いただきました。また、オランダで事業を展開し、ロッテルダム港の取り組みにも参画されている日系企業のご登壇者からは、「欧州の水素ゲートウェイに向けたオランダと日本の協働」や「カーボンマネジメント~脱炭素ソリューションプロバイダーを目指して~」といったテーマで、ロッテルダム港と協同した水素のグローバルサプライチェーンのための新技術開発プロジェクトや、より広範なエネルギー資源の安定供給と社会・経済活動の低・脱炭素化を両立させる戦略事例等をご紹介いただきました。

そして、EYオランダからは、EY Strategy and TransactionエネルギーセクターリーダーBruno Jelgerhuis Swildensが、オランダにおけるエネルギー転換に伴うビジネスの概要と、活発化するM&A動向について、過去5年間の注目すべき取引事例109件を次のような切り口にて分析して解説しました。

① 総合エネルギー企業所有権に関する、ローカルから欧州・グローバルへの移行の変遷
② 政府補助金によって推進された洋上風力発電セクターの成熟化
③ 外国の太陽光発電デベロッパーに積極的投資
④ エネルギー企業による既存の化石燃料発電所の売却と変革
⑤ エネルギー転換に伴う新しいアプリケーション
⑥ オランダ産業界の革新的プロジェクトへの参入
⑦ バッテリーや電気チャージによる、再生可能エネルギーの柔軟な供給機会の創出

セミナーにご参加いただいた企業の皆さまからも、実情や未来を切り開く技術について、分かりやすい解説で理解が深まったと好評をいただききました。このように、EYオランダJBSでは、現地の環境変化に応じてどのような経済活動がなされているのか一緒に考え、必要とされるビジネス支援や財務・非財務報告の専門リソース・ナレッジを駆使した提案やサービスを提供しています。


サマリー

EYオランダJBSでは、2023年3月にアムステルダムにて、「カーボンニュートラルに向けた新規事業創出の事例紹介」セミナーを開催しました。登壇された方々の知見もお借りし、その背景等も踏まえて、エネルギー転換に関するオランダの動向を解説します。


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