EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 ソウル駐在員 公認会計士 垂井 健
東京事務所企業成長サポートセンターにてIPO支援業務および監査業務に従事後、2021年8月より韓国のEYソウル事務所に日本事業本部パートナーとして駐在。韓国における日系企業の事業展開のサポートに従事している。当法人 パートナー。
要点
韓国では、2022年3月の大統領選挙で尹 錫悦(ユン・ソンニョル)氏が当選し、5月に大統領に就任しました。これまでの「共に民主党」政権から保守系政権への交代ということで、大幅な政策の変更が予想されます。本稿では、尹大統領の公約等からその政策の方向性を示し、企業活動等への予想される影響をお伝えします。
尹大統領は6月16日、今後5年間の経済政策運営の基本となる「新政権の経済政策方向」を発表しました。尹大統領は「民間・市場が主導し、経済の体質を変えていかなければならない」と強調しています。その主な内容は次の通りです。
① 規制改革:政府は民間の革新と新産業を阻害する古い制度や法令に基づかない規制を全て撤廃すること
② 産業育成:経済安全保障時代の戦略物資である半導体など国家戦略産業へのR&D(研究開発)支援と人材育成に政府があらゆる努力をすること
③ 福祉社会の実現:若年層の就業の機会を阻害する労働市場、現場が求める人材を育成できない時代遅れの教育制度、将来の世代に負担を先送りする年金制度を改革すること
また、足元の経済においては、現在直面する物価問題、金利問題、住居問題について「至急解決しなければならない問題」と捉えています。
尹大統領は基本的には民間企業と市場の自律的な発展を支持する考え方をとっており、前大統領と比較しても、規制を緩和・撤廃していく方向とみられます。幾つか企業活動への影響が大きいものを例示します。
前大統領の政権下においては、労働者の利益を大幅に重視した政策がとられ、日系企業含め在韓企業においては賃金アップを含めその対応に苦労されている企業は多いような印象がありますが、新政権ではある程度調整が入ることが見込まれます。基本は弱者である労働者を保護し、企業の社会的責任を問う政策は継続され、特にプラットフォーム労働者(配達業者、運転代行者等、ITプラットフォームとの契約により業務遂行する労働者の総称)のような脆弱(ぜいじゃく)な労働環境にある労働者の権利確保も公約に掲げています。ただし、前政権で定められた週52時間労働の基本は維持しながらも、公約の中で賃金および勤労時間と関連した主要政策として、年供給中心の賃金体系を職務価値および成果を反映した賃金体系に改善することを提示し、週52時間制勤労時間を柔軟化できる多様な方案を提示しました。
一方、労働団体との対話を尊重しながらも、労働組合の過激な集団行動等に対しては厳しい対処が予想されます。ただし、これは労働団体の活動激化によるさらなる混乱を招く恐れもあるとの指摘もあります。
21年1月26日に重大災害等の処罰に関する法律(重大災害処罰法)が制定され、22年1月27日より施行されています。この法律は、会社の経営責任者等に対して、従業員や市民の安全保健確保を行うことを直接に義務付けており、当該義務の違反によって重大な事故が発生した場合には、法人だけでなく代表理事等の経営責任者個人に対して刑事処罰等の法的責任を問うことができるように規定しています。そのため、日系企業を含め全ての在韓企業に与える影響が大きいと見込まれ、各社対応を検討されているところです。
尹大統領は、重大災害処罰法は、産業および労働市場に負担を与えるものという認識を持っており、改正の意向があるとみられます。ただ、現状の国会の状況で短期間に法律改正がなされることは難しいと判断されます。したがって、今後の捜査および法適用過程で合理的な方向への調整が予想されますが、当面は引き続き事前的な規制検討およびコンプライアンス分析に伴う対応策作りが要求されるものとみられます。
現在、親族の範囲に血族6親等、親戚4親等まで含まれているため、全く認知しなかった親戚・姻戚が特殊関係人に含まれて彼らが運営する会社が系列会社に編入され、特殊関係人関連の系列会社編入の申告、公示などから漏れてしまう事例があります。特殊関係人の範囲を、現実に合わせて再整備し、上記のような問題を最小化しようとするものと考えられます。日系企業の場合、独資の場合には影響は少ないですが、韓国企業との合弁等の場合、企業の負担が軽減されることが見込まれます。
新政府は「成長と福祉の好循環」「革新による成長潜在力の向上」を掲げており、前政権が掲げていた「所得主導の成長」からは大幅な変更がなされるものと思われます。規制改革専門機関を設置し、デジタルヘルスケア、遠隔教育等の新産業分野の成長のために規制を革新し、企業投資の活性化を図るとしています。22年7月21日に企画財政部から公表された22年の税制改正案では新成長・源泉技術※、国家戦略技術などに投資する中堅企業は基本控除率が引き上げられ、国家戦略技術に投資する大企業は基本控除率が引き上げられる案が出されています。一方で、国内事業所を閉鎖後2年以内に国内事業所を新設・増設する場合に税制優遇がなされていますが、これを3年以内に変更することを公約に盛り込むなど、企業のUターンを積極的に進める政策もとられるものとみられます。
暗号資産、NFT、メタバースなどの領域にも積極的に取り組むことが公約とされています。暗号資産の譲渡所得非課税限度を現在の250万ウォンから5千万ウォンに限度枠を拡大すること、現在、実質的に禁止されている韓国国内での暗号資産の発行(ICO)を段階的に許可していくこと、デジタル資産庁の設立を通じたデジタル資産産業の振興およびデジタル資産基本法の制定等を公約としています。
環境対策の側面では、実現可能な目標と手段に重点を置き、市場への影響を最小限にとどめる方向性が示されています。温室効果ガス排出量を18年対比40%削減するという前政権の目標は同じように維持しました。ただし、アプローチの方法を変え、前政権の脱原発政策を廃棄する意向です。化石燃料の代替として原発建設を積極的に推進し、再生可能エネルギーの拡大幅を減らすことを公約しています。
尹大統領の公約は、前政権が過度な再建築·再開発規制により需要の多い都心の住宅供給不足で住宅価格が暴騰したことにより多くの国民が苦痛を受けており、有住宅者は税金負担、無住宅者は過度な貸し出し規制によりマイホーム購入が難しくなるなど、住宅政策全般に対する国民の不満が大きいという点から出発しています。そのため、5年間250万戸以上(首都圏130万戸以上、最大150万戸)の住宅を供給することを公約し、ロードマップを作成していく方針です。また、現在過重と不満が出ている住宅保有者税制負担を改正することで、不動産の健全な流通を促すことを意図しています。
在韓日系企業にとって最も関心が高いのは、日韓関係の改善と考えられます。前政権においては、一説には日韓関係は史上最悪と思われるまでに悪化したと言われています。これは主に文 在寅(ムン・ジェイン)前政権による、人によっては、反日政策とも受け取られる政策とそれに対応した日本政府によるものであり、今後韓国政府がどのような対応を示すかに注目が集まっています。尹大統領は8月15日の光復節における演説においても日本を「世界の市民の自由を脅かす挑戦に立ち向かい、力を合わせるべき隣国だ」とし、関係改善の必要性を訴えています。ただし、具体的な打開策は示されておらず、韓国内での意見集約に難航している様子が見て取れます。今後の動向を引き続き見守る必要があります。
※ 今後の成長の源泉となる技術を指す。技術の種類は毎年更新され、例えば21年度の税制改正では、カーボンニュートラル技術、バイオ等の新産業技術が新たに追加されている。
韓国では、5年ぶりに新大統領が誕生し、その経済政策も大きな転換がなされるとみられています。規制改革や産業育成に軸足を置くとみられている尹 錫悦(ユン・ソンニョル)新大統領の政策や企業活動への影響について紹介します。
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