EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
無線アクセスネットワーク(以下、RAN)は、モバイル通信ネットワークの一部を構成しており、ユーザー端末とコアネットワークをつなぐ役割を担っています。このRANについて、機器間のインターフェースを共通化(オープン化)したRANはOpen RANと、また、仮想化(Virtual)技術を活用して汎用(はんよう)サーバー上で基地局ソフトウェアを動作させるRANはV-RANと定義されます。
Open RAN、V-RANの導入により、モバイル通信ネットワークの基地局投資において、コスト削減を期待できることから、世界中の通信キャリアが、本格導入に向けてトライアルを開始しています。
一方、現時点では、Open RAN、V-RANのさらなる普及に向けて解消すべき課題、ハードルが多く存在しており、業界の動向を注視しながら、事業機会と参入のタイミングを探っている業界プレーヤーも多く存在するのではないでしょうか。
本稿では、業界団体・先進企業の動向、Open RAN、V-RANを普及させるための要諦を整理した上で、ステークホルダーの今後の事業機会について解説します。
なお、表記についての留意点です。一般的に、O-RANは業界団体のO-RAN Allianceまたは同団体が策定した仕様を表します。そのため、オープン化したRANをOpen RANと表記することで区別します。また、仮想化したRANはV-RANと表記します。
次世代通信規格5G※1のSA方式※2において、端末とコアネットワークをつなぐRANは、データをコアネットワークとやり取りするCU※3、無線信号を処理するDU※4、無線通信を担うRU※5から構成されます。
従来のクローズドなRANでは、CU/DU/RU間におけるインターフェースの仕様が共通化されていなかったため、通信キャリアは同じ機器ベンダーから機器を調達する必要がありました。これに対して、Open RANでは、機器間のインターフェースの仕様が共通化されるため、異なるベンダーの機器を組み合わせることが可能になります。
また、従来のRANでは、CU/DUはソフトウェアを組み込んだ専用ハードウェアで構築されていましたが、V-RANでは、専用ハードウェアを汎用サーバーと基地局ソフトウェアに分離してCU/DUを動作させることが可能になります。
Open RAN、V-RAN 導入前後のRAN構成(5GのSA方式)
なお、グローバル全体の市場規模について、Open RANは2029年には約447億ドル、V-RANは2029年には約70億ドルと予想されています ※6。
Open RAN、V-RANの市場規模(2023~29年)
このように急激な成長が見込まれるOpen RAN、V-RAN市場ですが、通信キャリアはこれらのRANを導入することにより、具体的にどのような効果を期待しているのでしょうか。通信キャリアが期待する主な導入効果を整理しました。
① 設備投資コストの低減
CU/DU/RUの調達において、機器選択における柔軟性を獲得できます。マルチベンダー化によりベンダー間の競争が促されるため、機器導入コストを抑えることができます。
② 運用コストの低減
マルチベンダー化により、低価格かつシンプルな機器を提供するベンダーの台頭も予想されます。通信キャリアがCU/DU/RUの調達において、ハイスペックを求めないシンプルな機器を採用した場合、運用自体も簡素化されるため、運用コストの削減が図られます。
③ サプライチェーンリスクの低減
マルチベンダー化により、CU/DU/RUの調達先が拡大します。部品不足やベンダーの経営破綻等、さまざまな理由により取引ベンダーからの供給が途絶えても、代替先を見つけやすいため、基地局の改修・新設が滞るリスクを低減することが可能になります。
④ 運用リスクの低減
CU/DU/RUにおいて、特定のベンダーの機器に不具合が発生した場合、マルチベンダー化を図っていれば、当該ベンダーの機器で構成されるRANの相対的な割合が低くなるため、モバイル通信サービスを提供できない範囲を限定することができます。
① 設備投資コストの低減
従来RANのCU/DUは、高価な専用ハードウェアで構成されていました。V-RANでは、比較的安価な汎用サーバーと基地局ソフトウェアで構成される場合が多く、基地局ソフトフェアの導入コストを加味しても、汎用サーバーによるコスト削減効果が大きいため、従来RANよりも導入時のコスト低減が図れます。また、改修時も、高価な専用ハードウェアを更新・増設するよりも、安価な汎用サーバーを継続利用または増設して、基地局ソフトウェアを更新すれば事足りるため、設備投資のコスト低減が可能になります。
② 運用コストの低減
CU/DUのソフトウェア化に伴う遠隔保守範囲の拡大により、現地作業の工数が削減され、運用コストを低減させることが可能になります。
③ 運用リスクの低減
CU/DUにおいて、特定の汎用サーバーが故障した際は、別の汎用サーバーで仮想マシンが自動起動するため、短期間での自動復旧が可能になります。
このような導入効果を期待して、通信キャリアを中心に各ステークホルダーは業界団体を組成して、Open RAN、V-RANの普及に向けて、各種取り組みを推進しています。以下に、主な業界団体の特徴を整理しました。
① O-RAN Alliance(O-RAN)は標準仕様の策定に注力
O-RAN Allianceは、5G時代におけるRANのオープン化とインテリジェント化(RAN Intelligent Controllerを用いたネットワークの自動最適化)の推進を目的に、AT&TやChina Mobile、NTTドコモ等の世界の通信キャリア5社が中心となり2018年に設立されました。参加企業は304社(2022年12月20日時点)と最も規模が大きく、標準仕様の策定に注力しています。本団体の加盟企業の多くは、O-RAN Allianceの標準仕様を参考に製品・サービス開発を自社内で進めています。※7
② Telecom Infra Project (TIP)は製品・サービスの実装を推進
Telecom Infra Projectは、RANのオープン化や仮想化の流れを通信インフラに適用し、ハードウェアおよびソフトウェア、オペレーションに革新をもたらすことを目的に、Facebook(現在のMeta)が中心となり2016年に設立されました。Telecom Infra ProjectとO-RAN Allianceの双方に加盟する通信キャリアや機器ベンダーも多く、O-RAN Allianceでは標準仕様に策定に注力し、Telecom Infra ProjectではO-RAN Alliance等で検討された標準仕様にのっとった製品づくり(例:他社の通信機器と相互接続可能なCU、DU、RU 等)の検証に注力しています。※8
③ Open RAN Policy Coalition (ORPC)は米国がグローバルでの主導権を握るための政策を検討
Open RAN Policy Coalitionは、Open RANの仕様に関して、政策検討を行う団体として2020年に米国で設立されました。本団体の参加者の多くは、O-RAN AllianceやTelecom Infra Projectにも加盟しています。米国がハイテク分野において、グローバルでの主導権を握るための政策検討に注力している模様です。 ※9
では業界団体に加盟する各企業は、Open RAN、V-RANの普及に向けて、どのような取り組みを行っているのでしょうか。ここでは、世界的に先進的な取り組みを行っているNTTドコモおよび楽天モバイルの活動を解説します。
NTTドコモは、Open RANおよびV-RANに関する導入支援コンサルティングに注力しています。サービスブランド「OREX」を発足して、海外の通信キャリア向けに、Open RANおよびV-RANをパッケージ化して提供し、さらに導入・運用・保守までサポートします。例えば、OREXが展開するオープンシェアードラボを活用することにより、海外の通信キャリアは、自国からV-RANの検証を行うことができます。これにより、自前でラボを構築することなく、迅速かつ低コストでV-RANの検証を進めることができます。同社は既に、韓国KT、フィリピンSmart Communications Inc.、英 Vodafone Group Plc、米 DISH Wireless、シンガポール Singtel の 5社に対して、導入支援を行っている状況です(2023年2月27日時点)。※10
また、楽天モバイルの子会社である楽天シンフォニーは、自社構築の仮想化・クラウドネイティブネットワークのアセットを海外の通信キャリア向けにレンタルするサービスを開始しています。楽天モバイルが国内で実現した完全仮想化・クラウドネイティブネットワークの知見を活用することにより、モバイルネットワーク「Rakuten Communications Platform」を構築して、通信キャリア向けに通信インフラをレンタルするサービスです。通信キャリアは、当該サービスを利用することでネットワークコストを大幅に削減でき、設備投資を抑えた通信事業の展開が期待できます。既にドイツ1&1が2021年にその採用を決めており、楽天シンフォニーは商用化では先行した取り組みを行っています。※11
これまでの通り、Open RAN、V-RANの普及に向けて、業界団体や通信キャリアでさまざまな営みが行われています。今後、これらのRANをさらに普及させていく上で、どのような留意事項があるのでしょうか。主な普及の要諦を整理しました。
① アライアンス強化と商用導入に向けた取り組みの推進
Open RAN、V-RANは新しい技術であり、導入期では、可能な限り多くの事業者を巻き込みアライアンスを形成して、仕様策定・製品サービスの開発等、商用化までに必要な取り組みを推進し続けることが、普及の鍵となります。そして、取り組みが停滞することなく順調に成長期に入るためには、Open RAN、V-RANの導入効果が発揮され、従来RANとの差分が明確に市場に認知されることが重要です。
② 通信品質を担保する知見・技術力
Open RANでは、異なるベンダーの機器を組み合わせる場合、機器間での相互接続性を入念に検証し、改善のサイクルを迅速に回す必要があります。また、V-RANでも、汎用サーバー/アクセラレータ/仮想化基盤ソフト/基地局ソフトウェア間の相互接続性の検証は必須です。技術力が高い通信キャリアであれば、自らが検証し、通信品質を担保することは可能ですが、全ての通信キャリアができることではありません。SIerが相互接続を行い、テスト支援メーカーが品質テストを行っても、最終的に通信品質を担保するのは通信キャリアのため、納入された製品・サービスを受け入れテストできる知見・技術力を有することが必要です。
③ インテグレーションを加味したコストメリットの検証
Open RAN、V-RANは設備投資コスト、運用コストの低減が期待できる一方で、CU/DU/RUで異なるベンダーの機器を採用した場合、または、アクセラレータを組み込んだ汎用サーバー上で基地局ソフトウェアを動かした場合にRANとして適切に動作させるためのシステムインテグレーションに関する費用が発生します。そのため、通信キャリアは、インテグレーションを加味したTCO※12において、従来比でコストメリットがあるのか検証する必要があります。
④ Open RAN固有のサイバーセキュリティ対策
Open RANは、従来RANと比べて、CU/DU/RU間等のインターフェース(接続)が増加し、新たなコンポーネントも存在するため、従来RANでは発生しなかったOpen RAN固有のサイバーセキュリティリスクが懸念されます。想定されるセキュリティリスクを網羅的に洗い出し、セキュリティ要件とソリューションを準備しておくことが必要です。コンポーネントごとに各ベンダーがセキュリティ対策を講じるのか、RAN全体として通信キャリア自身が対策を講じるのか等、今後、より具体的な検討が求められます。
⑤ RANの保守運用手順の標準化
従来RANでは、特定ベンダーが一括でCU/DU/RUを納入していたため、基地局全体で見ても、保守運用の手順書の種類が限定されていました。一方で、Open RANによりマルチベンダーを採用する場合は、基地局全体でさまざまなベンダーの手順書が存在することになり、従来RANよりも保守運用が複雑化する懸念があります。どのベンダーを採用したとしても、標準化して保守運用できる仕組み・運用ルールの構築が必要です。
⑥ 汎用サーバーから基地局ソフトウェア間のインテグレーション高度化
Open RANはCU/DU/RUの機器の組み合わせおよび接続が論点となります。一方で、V-RANは、無線信号を処理するDUの機器内部のハードウェアおよびソフトウェアのアーキテクチャ構築、実装が求められます。そのため、Open RANと比べても、通信品質により大きな影響を与えることが想定されます。今後、仮想化を普及させる上では、アクセラレータを搭載した汎用サーバー上で基地局ソフトウェアを機能させるためのインテグレーションを高度化して、通信品質を安定化させる技術の実装が肝要となります。
⑦ 不具合箇所の早期発見とBCPの事前整備
従来のCU/DUは単一ベンダーによる納入のため、通信障害が発生した際、専用ハードに精通した当該納入ベンダーにより早期の復旧が可能でした。一方、V-RANではコンポーネント毎にベンダーが異なることが想定されるため、汎用サーバー/アクセラレータ/仮想化基盤ソフト/基地局ソフトウェアのどこに通信障害の不具合があるのか特定が困難になる懸念があります。そのため、早期復旧を促すためには、不具合箇所を早期に特定可能とする仕組みやシステムの構築が求められます。加えて、不具合箇所およびその内容ごとに、対応手順や復旧方法のマニュアルを準備する等、BCPの事前整備が重要となります。
このような要諦を踏まえてOpen RAN、V-RANが将来普及した際、ステークホルダーにどのような事業機会をもたらすのでしょうか。
マルチベンダー化、ソフトウェア化等により、参画するステークホルダーが増え、幅広い事業機会をもたらすことが期待できます。想定される事業機会について、ステークホルダーごとに解説します。
Open RAN、V-RANのステークホルダー図(EY想定)
① 大手通信キャリア
② SIer
③ テスト支援メーカー(エミュレーター、測定機器メーカー等)
④ セキュリティメーカー
⑤ SMO※13ソフトメーカー(Non-RT RIC※14)、Near-RT RIC※15ソフトメーカー
⑥ 仮想化基盤を構成するハードウェア、ソフトウェアメーカー
⑦ CU/DU基地局ソフトウェアメーカー、RU機器メーカー
⑧ 新興の通信キャリア
本稿では、国内外の先進事例分析や、有識者へのインタビュー等で得た知見に基づき、Open RAN、V-RANを普及させるための要諦、関連ステークホルダーの新たな事業機会を考察しました。特に、導入期の現時点においては、可能な限り多くの事業者を巻き込みアライアンスを形成し、仕様策定・製品サービスの開発等、商用化までに必要な取り組みの推進が、普及の鍵を握ると考えています。それにより、幅広いステークホルダーに新たな事業機会をもたらすことになります。事業機会を探索している業界関係者の方は、本稿を参考として自社のケイパビリティが当該事業領域でどのように生かせるかを考えてみてはいかがでしょうか。
脚注
1 5G: 5th Generationの略。5Gの主な特徴として、高速大容量、低遅延、多数同時接続が挙げられる
2 SA方式: Standaloneの略。5G専用の基地局とコアネットワークを組み合わせた通信方式
3 CU: Central Unitの略。データをコアネットワークとやり取りする基地局
4 DU: Distributed Unitの略。無線信号を処理する基地局
5 RU: Radio Unitの略。無線通信を担う基地局のアンテナ部分
6 QYReseach, Global O-RAN Market Report (2023)
QYReseach, Global Virtualized Radio Access Network (vRAN) Market Report (2023)
7 O-RAN ALLIANCE、https://www.o-ran.org/(2023年7月4日アクセス)など
8 Telecom Infra Project、https://telecominfraproject.com/(2023年7月4日アクセス)など
9 Open RAN Policy Coalition、https://www.openranpolicy.org/(2023年7月4日アクセス)など
10 NTTドコモ「オープン RAN 実現に向けてドコモが支援する海外通信事業者が 5 社を突破」、https://www.docomo.ne.jp/binary/pdf/info/news_release/topics_230227_00.pdf(2023年7月4日アクセス)
11 楽天「楽天、ドイツ通信事業者1&1社のモバイルネットワークを構築」、https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2021/0804_03.html(2023年7月4日アクセス)
12 TCO: Total Cost of Ownershipの略。一般的にはITに関する導入コストとランニングコストの総額を表す。本稿では、RANに関する導入コストとランニングコストの総額を指す
13 SMO:Service Management and Orchestration。RANの監視・保守やオーケストレーション(RANリソースやネットワーク接続性を管理すること)を行うコンポーネント
14 Non-RT RIC:Non Real Time RAN Intelligent Controller(非リアルタイムRIC)。CU/DUの最適なパラメータ設定、運用の効率化を図るコンポーネントであり、SMO内に配置される
15 Near-RT RIC:Near Real Time RAN Intelligent Controller(準リアルタイムRIC)。Non-RT RICから通知された制御ポリシーに従って、CU/DUを制御するコンポーネント
【共同執筆者】
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター
水島 幹雄(シニアマネージャー)
小林 真也(マネージャー)
堀田 稔(コンサルタント)
Intelligence Unit
菅 哲雄(コンサルタント)
※所属・役職は記事公開当時のものです。
世界中の通信キャリアが、Open RAN、V-RANの本格導入に向け、活発にトライアルを始めています。EYでは国内外の先進事例分析や、有識者へのインタビュー等で得た知見に基に、これらのRANを普及させるための7つの要諦を抽出し、また関連ステークホルダーの新たな事業機会を考察しました。